2010年03月29日

[意匠]シンポジウム『デザインの本質と法的保護の未来を探る』を聞いて

早稲田大学知的財産拠点創成研究所『文と理の狭間からの飛翔 デザインの本質と法的保護の未来を探る』(2010年3月28日、東京開催)聴講メモ

デザイナーの目から見た意匠制度と、法学者が解釈により対応すべき点について議論を行う貴重な機会があった。なお、本メモは筆者の責任でまとめたものであり、シンポジウムにおいてパネリストが発言したと記述している部分についても、筆者の誤解によって誤りが含まれる可能性があることをご留意いただきたい。

■シンポジウムでの学び
シンポジウムの中で興味深かった点は以下の3点である。また、これに加えて、フリーランスのデザイナーが多数活動する中、デザインを実施する企業との関係ではフリーランスデザイナーの立場は弱いことから、安価・簡易な権利保護の必要性が五味弁理士、峯弁理士から指摘された。

(1)意匠法の目的=デザイン開発力の増強という観点への合意
デザインは需要を喚起させるためだけの「付加」価値ではなく「全体価値」との指摘が川崎教授からなされたように、時代の変化の中で「デザイン」の役割は単なる装飾を超えたものとなっていることが認識された。
その上で、意匠法を単に装飾が模倣されることへの対策と捉えることは目的の解釈として狭すぎ、産業の振興という観点に立ち返ると、デザイン開発力の増強と捉えることが意匠法の目的として適切であるということについて、パネリストの間で共通の方向性が確認できた。

(2)意匠法の類比判断基準
田村教授は意匠法24条2項も最高裁判例も一般需要者における美観を問題にしており、混同を要件とした訳ではないことを指摘された上で、同じような需要を喚起する意匠には権利を及ぼさないとの政策判断がありうるとかつて指摘された(加藤恒久『意匠法要説』(1981年、ぎょうせい))上で、田村教授は創作された意匠の要部について需要者の目から見て新たな需要(ただし、これは市場での利益にとどまらず、生活の豊かさなど広い解釈をとっている)な喚起するかを基準とすべきと述べられた。

(3)内部の構造の保護
意匠法上内部の構造が保護されないことは周知のとおりであるが、同じ立場を不正競争防止法がとっていることの問題点が田村教授から指摘された。
不正競争防止法2条1項3号条にいう模倣を誰の目で見るか(需要者の目で見るか、創作者の目で見るか)という点は法では定められていない。この点が争点となり得た事件として〔ベルーナ・RyuRyu事件〕(東京地判平成14年11月27日 判時1822号138頁)、〔同2審〕(東京高判平成15年5月28日 平成14(ネ)6392号)がある。需要者から見れば大きな違いであるが、創作者からすると同一ともいえるものであったが、裁判所は判断基準について詳細を述べることはせず同一性を肯定している。
フリーライドの防止によるファーストランナーの投資の保護、という観点からは判断基準は創作者になる。ただし、特許庁と裁判所の役割分担や、アイデア保護の否定という観点から考えると、広範な保護が行われるべきでなく、改変が容易であることが明白な場合に限るべきである。その観点からは前述の〔ベルーナ・RyuRyu事件〕の判断は穏当である。
第2に、内部の構造の保護である。不正競争防止法においても内部構造は裁判例で保護されないとの判断がなされてきた。これは意匠法上であれば、需要を喚起しないことから、保護しないとの解釈を採ることは適切であるが、市場先行の利益を保護する不正競争防止法2条1項3号では適切でない。にも関わらず2005年改正で内部構造が保護されないことが明文化されてしまったことは問題である、と田村教授は述べている。

(4)market-testingの許容
以下の点が五味弁理士から指摘され、非登録の制度併設の必要性が示唆された。
欧州ではライフサイクルの短いデザイン保護のためと、market-testingの機会保証のため(欧州での登録制度では1年間のグレースピリオドを有していることの不都合を埋めるため)、無登録の保護制度を無審査の登録制度に併設する形としている。
他方、日本では新規性喪失の例外規定(4条)の理由は、market-testingの保証にあるとされているが、実際はその間の模倣(デッドコピーを除く)の対策ができないことや手続き上煩雑であることにより活用されていない。
もっとも、この点については不正競争防止法2条1項3号によりすでにカバーされている領域があり、また、2条1項3号の解釈論で対処可能な領域もあるため、非登録の制度創設にあたっては不正競争防止法との関係について十分な考慮が必要であることが田村教授から指摘された。

(5)視覚性要件・物品性要件
解釈論としては視覚に限定せざるを得ないが、立法論としては触覚も含めてよいのではないかとの指摘が五味弁理士からなされた。峯弁理士からは形状を保護対象とすることさえ残していれば、視覚要件や美観要件は取り除いても良いのではないかとの意見が示された。他方、田村教授からはあえて視覚要件を突破する必要性はないとの指摘がなされた。
不動産を除くとして理由はかつて混同説があったためであり、これを除く理由は全くないとの指摘が田村教授から示された。ただし、物品性要件を取り除くことについては著作権法との切り分けから躊躇を覚えるとの意見も述べられていた。

■私見
□フリーランスデザイナーを考慮した制度設計について

フリーランスのデザイナーの活動へのincentive付与という観点で、現状の意匠制度では権利化の判断が困難であることや、コストがかかりすぎるとの指摘がなされていたが、これがあるからといってより安価で簡易な制度を設計する必要性について、政策上、決定的な理由にならないと私は考える。たとえば、意匠出願の仕方をデザイナーに十分教育する機会を設けた上で、出願料減免措置をとればよい。デザイナーの側も部分意匠の戦略的な出願という形でコストを抑える方策を採ることができる。現状の意匠制度で対応可能なのではないか。
しかも田村教授も指摘されていたように、不正競争防止法2条1項3号による保護の可能性もある。もちろん、デザイナー自身は請求権者になることができないこと(注1)は課題ではあるが、デザインの委譲にあたって相手方との契約で対処が可能なのではないかと思う。
むしろ、シンポジウムでは十分に指摘されていなかったと思うが、フリーランスのデザイナーを巡る問題は、提案したデザインを実施品にするにあたってデザイン上の変更がありうる(通常は行われる)という点が主なのではないか。もっともこれも現行の制度上致命的なものとは考えられず、関連意匠の更なる後出し(あるいは審査の繰り延べ)ができれば対応が可能である。
投資の回収という観点も指摘されていたが、あまり簡便な制度でかつ広範な制度にしすぎると、権利の薮が生じ、かえって投資回収の阻害要因になるところは悩ましい。とくに非登録の制度とし、かつ、広範な制度とした瞬間に、業界以外から権利主張をする者が現れかねないように思うのだが・・・。

(注1)なお、不正競争防止法2条1項3号で「営業上の利益」と言った際に最終商品を作らないデザイナーの利益は、同条が商品を問題としていることからこの中に含めることは難しいとの指摘が田村教授からなされた。
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2010年03月21日

[著作権]チャップリン事件知財高裁判決の国際私法の観点からの意義

道垣内正人「チャップリンの映画の著作権侵害についての準拠法」ジュリスト1395号(2010年)172頁-174頁読書メモ

■要旨
〔チャップリン映画DVD事件〕知的財産高等裁判所判決(注1)は、著作権侵害の準拠法決定ルールがベルヌ条約5条2項にあると位置づけていると理解した上で、裁判所のこれまでの判決が同条に基づき、著作権侵害の準拠法を保護国法としてきたことを紹介している。その上で、ベルヌ条約5条2項が準拠法決定ルールではない(法廷地法によることを定めているだけである)との理解を紹介し、そのような(=法廷地法によるとの)解釈は、あえて不統一な法の適用を求めているものであると批判している(道垣内正人(2010年)174頁)。
他方、知的財産高等裁判所判決の中で損害賠償請求権の性質決定において不法行為であると位置づけたことについては、ベルヌ条約5条2項を準拠法決定ルールと見るのであれば、「ベルヌ条約が殿範囲の問題を保護国宝によると定めているかと見極めるべき」と指摘されている。その上で、5条(2)でいう「保護の範囲及び著作権の権利を保全するため著作者に補償される救済の方法」の中に(法文として稚拙な点はあるにしても)損害賠償は含まれないと解釈することは適切でないとし、知的財産高等裁判所はベルヌ条約上損害賠償請求権も著作権の救済の方法として位置づけられると解釈した上でベルヌ条約5条2項により準拠法が日本法になるとの理解を示唆している。

■私見
知的財産高等裁判所の判断は、ベルヌ条約5条2項を準拠法決定ルールと見ていると理解することは、判決文の該当箇所の文言を読む限りでは適切であるように思われる(注2)。その上で、そう見ているのであれば著作権侵害に基づく損害賠償の性質決定にあたってはベルヌ条約が参照されなければならないとの主張も正しいと思う。

ただ、1点気になる点は、ベルヌ条約5条2項にいう「保護の範囲及び著作権の権利を保全するため著作者に補償される救済の方法」("the extent of protections, as well as a the means of redress afforded to the author to protect his rights")に損害賠償が本当に想定されていたか(直感的に含まれていそうであるが…)、という点である。この辺りは条約の制定史や当時の国際的な法制をふまえる必要があるので私には論及できないが、引っかかるところである(注3)。

(注1)〔チャップリン映画DVD事件〕知財高判平成20年2月28日判時2021号96頁
(注2)ただし、判決文全体を見た中で整合的に解釈するためには、素直に読んではいけない、という指摘がありうるかもしれない、ということは留保しておきたい。
(注3)我が国では立法技術上、損害賠償請求権は一般不法行為と同じであるために、形式的には両者が含まれる法典は分けられていたが、実質的に著作権侵害の救済手段として損害賠償が予定されていた、ということはおそらくできるだろう。
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2010年03月13日

[知財一般]弁理士の展開先としての知的財産コンサルティング市場は本当に小さいのか

産業構造審議会 第13回知的財産政策部会の資料を見ていると、来期の知的財産(産業財産権関係)政策の柱は、(1)特許活用の促進、(2)知的財産権制度の国際的な制度調和、(3)中小企業等幅広いユーザーを支援する知財制度の利便性向上、(4)特許料金の見直し、の4つのようである。

このうち、中小企業に関する資料を読んでいると、弁理士の展開先としての知的財産コンサルティング市場(注1)は、少なくとも中小企業を相手にする限りにおいて潜在顧客は少なくないのではないかと思わせるような点がいくつかあった。もちろん、中小企業相手では十分なリターンが得られないというご指摘もあるだろうし、市場というのは潜在顧客×単価で決まってくるので、後者が小さいと意味がないというご批判もあると思うが、ここでは潜在顧客数のみを問題にする。

さて、関東経済産業局が2008年に中小企業に対して実施したアンケート調査(有効回答654社)(注3)によると、中小企業の知財経営における問題点のうち、もっとも顕著なものは、「知的財産の権利化や権利侵害への対応のための人材が不足」(50.1%)とあり、同時に「知的財産の戦略的な権利化ができていない」(25.9%)も多数指摘されているる中で、「適当な弁理士・弁護士等の専門家を確保できない」(4.5%)ことを課題に挙げている企業はごく少数にすぎない(55%)。

社内人材は不足しているが、弁理士は確保できている、という様子がうかがえる。しかも前者が課題として強調されている。ここから、中小企業の少なくとも1/3程度は権利化・権利侵害対応を内製化しようとしている傾向が示唆されないだろうか。

実際、日頃から外部専門家(弁理士、弁護士、コンサルタント)に相談していると回答した企業は21.4%(43頁)であり、多い数字とは言えないように思われる。とくに知的財産担当者をおいていない企業(兼任としてもおいてない場合も含める)が34.0%(36頁)あることを考えると少ないようにも思える。

しかもアンケート対象企業の中で弁理士を利用したことがある企業は53.2%もある(29%)。これは、かつて関わった弁理士が企業のニーズを満たしていなかったということを示唆しているのではないだろうか。もちろん、これまでは知的財産コンサルティングに対して十分な対価を払う意思が企業側になかった可能性が少なくないが、これほど知的財産権が大事と言われるようになっていると状況が違ってくるようにも思う。

(注1)特許庁「知的財産政策の今後の方向性について」産業構造審議会第13回知的財産政策部会資料1(2010年) available at JPO Web site
(注2)弁理士も従来の出願代理業務だけでは市場に限界があり(リーマンショック前の統計に基づく推計値では約1,600億円)、新たなビジネス展開が求められているようである。
(注3)関東経済産業局『中小企業のための知財支援策活用集』
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[つぶやき]久しぶりに発信

すっかり知的財産関係の情報発信から遠ざかってしまっていた。

土日も含め毎日終電生活というように仕事に追われてしまった…というのが表面的な理由ではあるのだが、これは知的財産制度を研究する人間が独占レントを形成することができず自身の労働力のダンピングでなんとかしていたというのを吐露することを意味しており、非常に恥ずかしい。

さて、久しぶりにいくつか情報発信をはじめてみたい。このようなブログをご覧いただいてる方には感謝申し上げる。
posted by かんぞう at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月31日

[著作権]1%が全体を止める(『破天荒力』著作権侵害事件 地裁判決)

松沢成史さんの著書『破天荒力』に、山口由美さんの著書『箱根富士屋ホテル物語』で用いた表現が複数箇所用いられている、として『破天荒力』の販売差止と損害賠償を求めた訴訟の第1審判決が下され、1カ所(240頁中2行)の著作権侵害が肯定され、販売差止が命じられたとの報道がなされた。

■侵害認定について興味を引く点:微妙な侵害認定
判決文が入手できていないが報道を読む限り、問題となった表現は以下の箇所のようである。(あくまで、報道の限りであるので不正確である可能性がある)
「彼は、富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない」との部分が、山口さん記述の「正造が結婚したのは、最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない」の複製と指摘
(共同通信2010年1月29日「松沢知事の本、販売禁止命じる 著作権侵害と東京地裁」)

判決を読まないとわからないが、直観としては非常に微妙な認定である。アイデアにとどまるのではないか、という思いを持つ方もいるだろう。「YOL記事見出し事件」での創作性の評価と照らし合わせると、著作権の侵害を巡る悩ましさがいっそう増す。裁判官も相当悩んだのではないだろうか。

■1%が全体を止めること:当然であるがいいのか?
この結果差し止め請求が認められた点も興味深い。

損害額の認定にあたっては、報道をみる限り、
松沢知事の著書、約240ページのうち、「2行が著作権侵害にあたる」と指摘。松沢知事の著書が約1200万円の売り上げだったことから、損害額を5万円と算定。これに慰謝料5万円と弁護士費用を加えた。
(MSN産経ニュース2010年1月29日「松沢知事の著作権侵害認める 12万円賠償命令 東京地裁」)
とあり、単純な計算では全体の0.4%の著作権侵害が全体を止めた、ということになる。

もちろんこれは著作権法上、著作権侵害の場合に常に差止請求が認められるようになっているからであり、差止を認めたことは至極真っ当な結論であるのだが、感情論として違和感を持つ方もいるだろう。

とくにプロの作家の方にとっては、無意識に第三者の特徴的な表現をわずかでも利用してしまった場合に、自著の出版が止められる可能性を意味しているのであり、反発があってもおかしくない。

■出版社に取っての示唆
この判決を評価するには、本来は被告(侵害とされた側)の主張をみてからでないといけない(主張が残念ながら適切でなかった可能性もある)。また、高裁(知財高裁)で覆される可能性もある。そのためこの件は直ちに一般化できない(著作権侵害を否定して不法行為で処理する可能性があるように思う)。
しかしあえて先取りして出版側の立場に立った点を検討しておきたい。
本件は、紙で出版しつづけることのリスク(注1)を認識させる一つの事例であるように思う。電子出版とした方が、侵害箇所を削る場合のコストは少ない。電子出版のベネフットを認識させる一つのポイントになるだろう。
(注1)ただし、本件については同著が平成19年に出版されていることから、現状ではほぼ販売を行っていない可能性もあり、実質的なダメージは少ないかもしれない。(だからこそ裁判所も差止を認めることに躊躇がなかった可能性がある。)
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2010年01月25日

[意匠]IP5での画面デザインの意匠制度による保護状況の整理

日本ではまだあまり使われていない(年間150件程度)画面デザインに関する意匠登録であるが、たとえば欧州ではOSメーカなどが積極的に画面デザインについて意匠登録を行っているようである。
覚え書きとして、主要国(いわゆるIP5)での保護状況とその根拠について、特許庁の資料(注1)をもとにまとめてみた。

□米国:画面デザインの保護=運用により○
根拠:審査指針1540.01(a)(注2)
保護の要件:物品(画面)に応用または具現化されてること

□欧州:画面デザインの保護=○
根拠:EU意匠規則1条(物品性を求めておらず、また、製品にグラフィックシンボルが含まれること明示している)

□中国:画面デザインの保護=運用により×
根拠:2006年に改正された審査指針で明示的に保護しないことが書かれている(注3)

□韓国:画面デザインの保護=運用により○
根拠:2004年に改正された意匠審査基準で保護することが明示されている
保護の要件:物品に一時的に具現化されること

(注1)産業構造審議会 知的財産政策部会「意匠制度の在り方について」(2006年)35頁を参考にした。
(注2)USPTO, MPEP:1504.01(a) Computer-Generated Icons
(注3)呂媛媛「中国における商品携帯の保護の現状―2008年改正専利法の特徴を中心に」Design Protect 83号(2009年)6頁。
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2010年01月24日

[時事]日本新聞協会の著作権の包括的フェアユース規定への反対意見に思う

■文芸協、日本新聞協会のフェアユース規定への反対声明の読み方
(社)日本新聞協会を含む6団体から権利制限の一般規定に反対する声明「「権利制限の一般規定」導入に関する意見書」が出されたことは、報道や知財系ブログで多々触れられているところである。
これを読むと、この声明は大きく2つで構成されていることを読み取ることができる。(一連の流れのようにも読めるが、論理的に考えると2部構成とみた方がよいように思う。)

前段は、包括的なフェアユース規定への反対の意思表明である。

後段は、具体的な「フェア」の基準について議論が尽くされていないことの例として、知的財産戦略本部デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会『デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について』に
形式的に違法となる例として「ネット上の写真への写り込みやウェブページ印刷などの行為」
と記載されていることへの反論の提起である。

後段については、知的財産戦略本部での議論であるから、文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員に文句を言っているのであれば筋違いである。ここは前向きに解釈し、「ウェブページ印刷などの行為について議論してほしい」との著作権分科会 法制問題小委員への要望とみるべきだろう。

■新聞業界のビジネスモデルの試練を著作権問題にすり替えていないことを願う
この声明には、小倉弁護士からは「これからは新聞記者は資料としてウェブをプリントアウトしたりなどしない」(注1)という厳しい皮肉が寄せられていたり、『企業法務戦士の雑感』のFJneo1994さんからは新聞記事見出しの著作権による保護を否定した事例を持ち出して補強に用いようとしてしまったことのお茶目さ(笑)(注2)の指摘が寄せられている。

私はこのほかに、この声明の着眼点が、新聞というビジネスモデルがいま世界的に直面している状況から目をそらすものになってはならないことを注意喚起したい。

すでに言い尽くされている感はあるが、米国を中心に新聞業界は試練の場面にある(注3)。インターネットの登場により、新聞は購読数を減らしている(このほかに、高齢化(複数誌を購読しない)、グローバルな価格競争のなかでのコストカット(企業は無駄な新聞を買わない)、専門情報事業者からのメール配信へのシフトなども要因だろう)。

その中で、Webのプリントアウトはビジネスモデル全体に与える影響は微小ではないだろうか。
声明で指摘しているように、
日本複写権センター、 学術著作権協会、出版者著作権管理機構という主要3団体だけでも、「企業内での著作物の 複製利用」の年間使用料収入は10億円
という。そうならば各新聞社・出版社が受けている分配金は1社あたりよくて年間1億円ほどだろう。地方支局1つないし2つ賄えるか否か…という額である。

そうならば、Webを媒体を買ってもらう呼び水と位置づけ、積極的に利用してもらった方が、新聞社には利益につながるのではないか。新聞のWeb版を印刷して誰かに資料として見せることは、前向きに解釈すれば、Webページの閲覧者が新聞社の営業マンとして働いてくれている、ということを意味する。

広告モデルに固執するのではなく、他の戦略を検討することも重要である(無料を戦略的に活用するビジネスを整理した注3記載の書籍は大いに参考になるだろう)。おそらく新聞業界の方はすでにいろいろと検討されているのであろうが、上記の声明ではそのような将来の新聞業のあり方の検討に目をつぶるような後ろ向きな視点が感じられなくもない。その点が残念であった。

(注1)小倉秀夫『benli』(2010年1月22日記事)「これからは新聞記者は資料としてウェブをプリントアウトしたりなどしない」。
(注2)FJneo1994『企業法務戦士の雑感』(2010年1月21日記事)「[企業法務][知財]「日本版フェアユース」の叩き台公開。
(注3)クリス・アンダーソン (著)・小林弘人 (監修)・高橋則明(訳)『フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(日本放送出版協会、2009年)
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2010年01月20日

[時事][著作権]権利制限を幅広く認める包括的フェアユース規定導入を諦めた(であろう)ことの意味

(2010年1月21日一部修正)


■日本版フェアユースの行方を報道から探る
非公開であった文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 権利制限の一般規定ワーキングチームの報告内容が報道された。詳細は末廣さんのブログ『Copy & Copyright Diary』に詳しい(注1)が、報道を見る限り、かなり個々の行為の価値判断について言及されているようである。
「ITベンチャー企業によるテレビ番組の転送サービスなどは適用対象から外れる見通し」(NIKKEI NET 2010年1月19日記事「著作権侵害、対象外に 写真の端に写った絵画など、文化庁方針」)
「テレビ番組のロケで偶然に他人の絵画を撮ってしまう「写り込み」など、付随的な著作物の利用行為は認めるべきだとする意見が大勢だった。」
(朝日新聞2010年1月19日朝刊「「公正」なら許可は不要 著作物利用の緩和、範囲は限定的に」)
この報道の限りでは、包括的フェアユース規定にしたとしても、かなり要件を絞った上で詳細なガイドラインを提示する予定であるように思われる。あるいは、包括的フェアユース規定でなく、個々の権利制限規定の追加で対処するのかも…とも思えてしまう。いずれにせよ、具体的な報告書の公表を待ちたい。

■権利制限を幅広く認める包括的フェアユース規定導入を諦めた(であろう)ことの意味
さて、もし、要件を絞った規定であるとするならば、その意味はどのように考えられるだろうか。

私は、ワーキングチームの提言は、著作権の権利範囲の調整について、著作権法の所管官庁(現状では文部科学省文化庁)が相当程度のウエイトを担うことを提言していると読み取ることが出来るのではないかと考えている。

「1億総クリエーター」の中で利害関係者が極めて多数になっている問題の利益調整を、文化庁が引き続き担うことは、その担当の方たちにとっては必ずしも容易な仕事ではないものと推察する。とくに、著作権に関して文化庁の当事者であった方から、
社会全体に「権利者寄り」の意見を言いにくい雰囲気がある。
自由闊達、建設的な議論が出来ない。
との印象も指摘されている中である(注2)。利益調整の大きな負担を、文化庁が引き続き負い続けることをになる。見方を変えると、ワーキングチームの有識者は文化庁に厳しい提言を行った、と評価することも出来るのではないだろうか(注3)(注4)。そのような文化庁に厳しい提案を、文化庁側が受け入れるのか、気になるところである(もちろん、最終的な立法の権限は国会にあるのであり、ワーキングチームの結論を基に議員立法の形をとってもよいのだが)。

もっとも、「要件を絞った規定」となるのでなく、要件は限定的にせず、たとえば、ガイドラインに行政としての価値判断を記すやり方を選ぶのであれば、上記の私の見方は当てはまらない。というのも、訴訟においてガイドラインの内容が覆されることは十分にあり、利害調整の場は裁判所にシフトする余地が大きいからである。

■余談:期待したい個別の権利制限
ここは話が逸れるが、日本経済新聞の記事によると、
「本来の利用でない複製(言語分析のために小説を複写するなど)」
(日本経済新聞2010年1月19日朝刊)
も権利制限の対象としてワーキングチームでは評価されているようである。

膨大な量の著作物に基づき分析を行うことに意義がある情報学分野では長年念願としてきたことであり、そのような権利制限が確立すれば、言語分析学を中心とした学術的発展が期待される。また、さまざまな展開も想像できる。歓迎したい権利制限である。

(注1)『Copy & Copyright Diary』2010年1月19日記事「日本版フェアユースの範囲」。
(注2)甲野正道「デジタルコンテンツの流動化と知的財産権制度の課題」日本知財学会誌5巻3号(2009年)12頁。
(注3)伝統的には官公庁の審議会(およびその下部のワーキンググループ等)の提言は、そのメンバー選定や進行を通じて相当程度、当該所管官庁の意向を反映していると指摘されており(森田朗『会議の政治学』(慈学社出版、2006年))、今回のワーキングチームの提言も文化庁自身が著作権に関する利害調整から逃げないことの決意を表明したものである可能性がある。
(注4)最近、私は、包括的フェアユース規定は、著作権の権利範囲の利害調整の役割のウエイトを官庁(文化庁)から裁判所にややシフトさせるものと捉えている。包括的フェアユース規定により、官庁が些末な利害調整に追われず、政策的課題に人的資源を割くことが出来る点が、利点であると考えている。

※注:ここでは単に「フェアユース規定」と呼ばず「包括的フェアユース規定」と表現した。
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2010年01月11日

[つぶやき]創作活動は税で支える方向にしないほうがよい

フランス政府が出資し、作成、公表された、パトリック=ゼルニクらによる報告書「創作活動とインターネット」(Patrick ZELNIK, Jacques TOUBON and Guillaume CERUTTI, "Creation et Internet" (2010)、いわゆるZelnick Report(Le rapport Zelnik))によると、
Google、MSN、Yahooなどの大手広告企業とインターネットサービスプロバイダ(ISP)に課税し、その税収を音楽および出版業界に対する助成金に当てることを提案している。
(出典:CNET Japan記事)(注1)
らしい。

■特別目的税による音楽・出版業界助成はこれら業界にとって望ましいのか
それ以上に日本にとって示唆がある点は、そもそも論として「税収を音楽および出版業界に対する助成金に当てることを提案している。」であろう。もしかすると、これを読んでわが国でもさらなる助成とそのための財源を検討するべきだ、という議論が起こるかもしれない。

もちろん、文化振興策としてそのような選択肢が選ばれてきたことはわかる。だが、そのような国費による助成を深める方向に進めていくことがが、創作者(クリエイター)やその頒布の仲介者(ディストリビューター)にとって望ましいことであるかどうかについては、私は疑問がある。

近年、税による助成を受けた者が説明責任を果たすことがますます求められるようになっている。税からの分配を受けたのであれば、その使途が目的において妥当で、額が適切なものであるか、情報を開示する必要が生じる。このようなことがクリエイティブな活動に向くのだろうか?クリエイティブな活動を行うためには、納税者の視点から見れば妥当でなく、不適切な出費を行うことも、必要なのではないだろうか。

そうであれば直接の助成でなく、たとえば出版・音楽を行う企業に対する寄付に対する控除税制の設立を求め、市民の意思に委ねたほうが、創作活動には適していないのだろうか(もちろん、控除も間接的な助成とみて、説明責任を求める声が生じる可能性はあるが…)。

特段の理論的な根拠のないつぶやきで恐縮だが、私は上記の提言が軽々に利用されないことを期待している。

■余談:その理由は適切なものか
CNETの記事によると、同報告書は上記の提案の理由として、
Googleは、音楽アーティストや書籍出版者に対する「何の配慮もなく利益を上げている」(前掲注1)
とのことであるが、原文を斜め読みしてみると、ここでいう利益は「広告による利益」を指しているようであり、しかもフランスの企業でないことを問題にしているようにも読める(もっとも、筆者の読解が誤っている可能性もある。フランス語に自信はない!)。(該当箇所は以下の通り)
Compte tenu de la taille du marche publicitaire sur internet, cette mesure pourrait a terme rapporter une dizaine de millions d'euros par an, acquittes principalement par les grandes societes operant des services supports de publicite en ligne telles que Google, Microsoft, AOL, Yahoo! ou encore Facebook.
(※文字中のアクサンテギュは省略。)

確かに、インターネット上で発生する利益の課税国についてはさまざまな思いのあるところであることはわかるが、それと「音楽アーティストや書籍出版者に対する配慮」と結びつけることには違和感がある(カウンターパンチのように、他の諸国からもフランスのサイトが広告から得た利益の分配を求めてくる可能性はないのだろうか?)。また、もし仮に自国の検索サイトでないから、という主張であるならば、情報が国境なく流れる環境にあっては筋の悪いものに見える。

(注1)CNET Japan(2010年1月8日)「フランスの報告書、グーグルやMSNへの課税による音楽業界などの助成を提案」
posted by かんぞう at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月09日

[知財一般]Qualcomm事件(日本国公正取引委員会決定不服審判)の注目点

Qualcomm社の3G標準規格に関する特許のライセンス契約において、クアルコムおよびそのライセンシーに対する知的財産権の不行使を定めた条項(非係争条項)が含まれており、この拘束条件を契約したとして、不公正な取引方法に該当すると公正取引委員会から判断された事案に関する不服審判を開始することが、2010年1月8日、報道された。

Qualcomm社の日本の訴訟代理人によると、
「拘束条件を強制した事実はない。非係争条項は競争の阻害要因ではないという点を審判で強調したい」(注1)
との主張をしたい旨報道されている。おそらく、非係争条項の競争に対する影響について反論を試みるものと推測される。

この論点は、(報道が理解を誤っていないのであれば)Qualcomm社の主張の主要な点の一つとなるものと思われるが、公正取引委員会側はその点を主に考えておらず、非係争条項の受け入れを余儀なくされた、という主観的態様をやや重視しているきらいがある、と指摘するものもある(注2)。

実質的な競争阻害性がどの程度考慮されるか、あるいは、公正取引委員会の考え方と十分にかみ合うのか、が大変興味深い。

(注1)日本経済新聞(2010年1月4日朝刊19面)「3G携帯での拘束条件付き特許契約、公取委、クアルコムに排除命令(法務インサイド)」
(注2)鈴木孝之「判例評釈」ジュリスト1391号117頁(2009年)。なお、鈴木教授はマイクロソフト事件において、審決が行為の「量的または質的な影響」の判断を求めていたにもかかわらず、同審決において非係争条項の受け入れを余儀なくされることは研究開発の意欲を妨げると述べたことに影響されすぎたために、Qualcomm事件の審決においても主観的態様が強調され、行為の「量的または質的な影響」を考慮すべきと述べたマイクロソフト事件の審決の趣旨を生かし切れていないと批判する。
posted by かんぞう at 18:23| Comment(2) | TrackBack(0) | ☆知財一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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