2008年09月23日

[知財一般]遺伝資源の利益配分と特許権

1992年に採択された生物多様性条約(Convention on Biological Diversity:CBD)により遺伝資源へのアクセスに対し、各国の主権が認められることとなった(注1)。また、遺伝資源の利用によって生じた利益の配分も求められるようになった。
特許権との関係でも議論があるところであるので、頭の整理のため、いくつかのポイントをまとめておきたい。

■世界における議論の現状
(注2)
遺伝資源の利益配分を巡る議論は、南北問題の文脈で語られることが多いようであり、利益配分を求める声は主に途上国側からあがっている。

国際レベルでは、特許権との関係については、WTO、COP(CBD締結国会議)、WIPOでそれぞれ議論が進められているようである(注3)。出所開示を制度として求めるようにするべきとの意見が出されているが、先進国側は反対をしており、議論はこう着状態にあることが窺える(注4)。
途上国側は、利益配分の実効性確保や、遺伝資源に基づく技術が当該資源国以外の者により特許権取得がなされること(いわゆる「誤った特許」(ERRONEOUSLY GRANTED PATENTS))の問題)を理由としているようである。他方、先進国側は特許制度と関係させる必然性が無いこと、誤った特許については公知文献としての整備を行うことが妥当であることを主張している。

各国レベルでは、特許出願にあたって遺伝資源の出所開示を求める動きもある。
例えば、中国では専利法改正案で、遺伝資源の出所開示を求めること、遺伝資源に関係する関係諸法に違反する場合に特許権成立を認めないこと、の2点を盛り込もうとしている(注5)。

■遺伝資源と特許権の関係のあり方についての若干の考察
遺伝資源の出所開示等を特許出願にあたって求める点に対しては、賛否両論がある(注6)。
田村教授は遺伝資源に対する所有権の侵害に対する救済手段として何を認めるか、ということが問題の本質であり、理論のみを以てどちらか一方の結論を導くことが困難であることを指摘されている(注7)。

では、どのようにあることが望ましいのだろうか。

仮に、利益配分ルールが事前に十分に定められていない場合(注8)、出願人は遺伝資源の利用による成果に係る特許出願をためらう方向に働くように思われる。出願行うと技術内容が明らかとなり、遺伝資源利用の有無の探索が容易になるためである(なお、遺伝資源を利用していると「勘違い」することも容易になることには留意が必要である)。この場合、出所開示義務があればなおさら出願をためらう結果につながろう。
そうすると、利益配分ルールを十分に定めない上での出所開示義務は、遺伝資源を利用した特許権の取得を阻む手段として主に機能はするが、十分な利益配分を促さない可能性があるのではないか。

もっとも、遺伝資源を利用した成果が製薬分野である場合、特許権の有効性が格段に大きいため(注9)、権利取得の動機は十分にあることもある。その場合は有効なのかもしれない。

他方、利益配分ルールが十分に定められている場合、出所開示を定めることには、依然として出願人に対して負のモチベーションとはなるが、そこまでクリティカルでないように考えられる。導入をすることは価値判断にゆだねられるだろう。

ただし、これまでの議論は、遺伝資源へのアクセスが十分に認められている場合を想定しているからこそ円滑に進むものかもしれない。

近年、インドネシアは鳥インフルエンザウイルスは遺伝資源であると主張し、WHOの枠組でその利益配分がこれまで極めて不十分であったことを理由に、WHOへのウイルスの提供を拒んでいる。現状は、MTAを結んだ特定の企業にのみ提供しているようである(注10)。排他的権利として行使されるようになれば、利益配分は、契約で十分解消できるように思われる(注11)。

このような傾向が進むならば、特許制度との関係で調整する必要は無いのではないだろうか。

(注1)ただし、「他の締約国が遺伝資源を環境上適正に利用するために取得することを容易にするような条件を整えるよう努力し、また、この条約の目的に反するような制限を課さないよう努力する」(CBD15条2項)との努力規定が存在する。
(注2)田上麻衣子「遺伝資源及び伝統的知識の保護を巡る議論の基層」日本工業所有権法学会年報30号(2006年)252頁以下に詳しい。
(注3)田上・前掲(注2)263頁〜265頁。
(注4)COPでは2008年5月に会合があったが、特段の進展は無かった(特許庁「生物多様性条約 第9回締約国会議の結果概要」)。
(注5)ジェトロ北京センター知的財産権部ウェブサイト参照。
(注6)賛成論としては、邦語ではBrad SHERMAN=才原慶道(訳)「遺伝資源へのアクセスと利用の規制:知的財産法とバイオディスカバリー」知的財産法政策学研究8号(2005年)37頁以下。
(注7)田村善之「伝統的知識と遺伝資源の保護の根拠と知的財産制度」知的財産法政策学研究13号(2005年)60頁。
(注8)現実には、ルールを整備している国は少なくないが、発展途上国においてルール整備が進んでいないとも聞く。
(注9)たとえば、James Bessen=Michael Meurer, "Patent Failure: How Judges, Bureaucrats, and Lawyers Put Innovators at Risk" Princeton Univ Pr(2008).
(注10)森岡一「インドネシアの高病原性鳥インフルエンザウイルス検体提供拒否問題が提起している課題」知財ぷりずむ Vol.5 No.57(2007年)26頁以下。
(注11)契約での解決は、田上麻衣子「遺伝資源及び伝統的知識の開示に関する一考察」知的財産法政策学研究8号(2005年)92頁でその妥当性が述べられている。
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2008年09月03日

[知財一般][やるべきこと]バイドール法はプロスペクト論からしか説明できないのだろうか?

中山一郎「大学特許の意義の再検討と研究コモンズ」知的財産研究所編『特許の経営・経済分析』301-343頁(2007年)はバイドール法の本質をアメリカでの議論を中心に理論的に検討している点で面白い論文である。

その中で、一点わからない点があった。調べるべきなので、覚え書きとして残しておく。

■論文のポイント
中山一郎先生は、以下の筋道で、バイドール法の本質はプロスペクト論(特許制度が実用化の投資を保護するものと理解する考え(注1))とからしか説明できないと述べられている。

まず、創作インセンティブ説に対しては、以下の点で説明がつかないとする。
○大学の研究費のほぼ大多数が、国または大学からまかなわれており、特許権による収入が事実上発明の動機となっていない
○研究活動を名誉とする文化があり、特許制度が無くても発明を行うインセンティブがある
つまり、大学については、特許制度が無ければ創作のインセンティブが無い、と言えないと結論づけている。

次に、公開代償説からの説明についても、上記の後者の点を挙げ同様に否定している。

■創作インセンティブ説の理解は、知的財産法が無いと「インセンティブが失われる」なのか?
理論的に疑問であったのは、創作インセンティブ説を「特許制度が無ければ創作のインセンティブが無い」と説明されているかのような点である。もしこのように考えてしまうと、特許制度以前に発明が生み出されたことの説明がつかない。
しかし、創作インセンティブ説は、「発明のインセンティブを増大させる」ことに本質があると思うのだが、私の思い違いなのだろうか。あるいは、米国ではそのような理解がなされている可能性もある。この点は今後、調べることとしたい。

■実質面で創作インセンティブとして機能する余地はないのか?
2004年度においては、米国の大学で使用される研究費424億ドルのうち、民間からの配分は5億ドルである。わずか1.2%にすぎない。
だが、これを少ないと見るか、多いと見るか、これは価値判断が分かれる領域であるように思う。わずか1.2%にせよ、日本円にして500億円規模の研究費の元になっている。特許権を取得し、利益を得ることで新たな研究資金につなげる可能性は十分ある。
実質面から創作インセンティブ説によるバイドール法の説明を棄却することは果たして妥当なのだろうか。

(注1)E.W.Kitch, The Nature and Function of The Patent System, 20 J.L. & Ecom. 265 (1977)
(注)文部科学省「平成19年度科学技術白書」(第2-1-13図)(2007年)
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2008年09月02日

[知財一般]地方自治体の知的財産戦略の効果

昨日の記事「[知財一般] 地方自治体の知的財産戦略の意味についての私見」に引き続き、地方自治体の知的財産戦略を取り上げたい。

■地方自治体の知的財産戦略の効果指標は出願件数だけか
これまで、いくつか先行研究がなされている(注1)が、いずれも効果の指標として、特許、商標の出願件数を用いている。
これは、現状では多くの自治体において企業の知的財産に対する理解が乏しく(注2)、まずは、出願件数を増やすべきとの考えが働いているものと推察される。
また、実際に地方自治体が定める知的財産戦略においても、出願を促す施策が中心となっていることも要因だろう。
さらに、効果指標として定量的に把握・分析可能である情報が事実上、出願件数のみであるという事実も影響しているように思う。

しかし、経済振興策としての知的財産戦略という観点からは、必ずしも出願件数の増加だけが効果の指標として扱われるべきでないと考える。例えば、産業の状況、その競合の状況、市場の状況いかんによっては、特許や商標出願をしない、という方策もあり得るのではないか。
そうであるならば、できるならば、産業が活性化したか、という点から知的財産戦略の効果が観察されることが望ましいといえる。もっとも、景気動向(マクロ的な動向および各産業分野における動向)の影響をコントロールする必要が出てくる。これはかなり困難を伴うものであり、指標とすることは実質的には不可能なのかもしれない。

(注1)政策研究大学院大学「地域の知財政策として大学支援策を実施するためのガイドライン策定研究−大学で創出された産業財産権の活用による地域振興の推進に向けて−」(2007年)、加藤浩「自治体による知財政策の在り方に関する考察―知財政策の有効活用に向けて―」パテント Vol.61 No.2(2008年)
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2008年09月01日

[知財一般] 地方自治体の知的財産戦略の意味についての私見

知的財産立国が唱えられて数年後、多くの都道府県、政令指定都市で知的財産戦略が定められた。その後、制定の動きは鈍っている印象を受けるが、政府の定める「知的財産推進計画2008」において明記されているように、地方自治体による戦略策定は依然として求められている。

しかし、地方自治体が知的財産戦略を定める意味については、以下のような疑問も存在するようである。
○自らが事業を行っていない地方自治体が企業と同じように知的財産戦略を定めるのは意味がない。
○知的財産制度の政策決定権を持たない地方自治体が戦略を定める意味は乏しい。

これらの意見は、民間事業者の知的財産戦略や、国の知的財産戦略と同じものが地方自治体に求められていると理解したことから生じる疑問であるように思う。だが、地方自治体に望まれる知的財産戦略とは、民間事業者や国に望まれる戦略と異なる性格もあわせて有しているものと考える。以下、地方自治体に望まれる知的財産戦略の性格を考え、知的財産戦略を定める意味の有無を検討した。

■地域の経済振興施策方針としての知的財産戦略
私は、地方自治体において特徴的に求められる性格は、地域の経済振興施策方針としての戦略であると考える。
知的財産の中でも知的財産権として保護されているものは、経済活動において法的に保護する必要性が高いと歴史的に考えられてきたものから構成されている。それゆえ、経験則からは、知的財産として保護されるものが、経済活動において中心的な利益の源泉と考えられる。
この利益の源泉に関する施策メニューを整理し、明示することで、中長期にわたって一貫した経済振興策が展開され、民間の事業者は将来の支援を織り込んだ事業展開が可能となる。他方、自治体の側は、経済振興施策がぶれないようにするツールとしてもつかうことができる。
このような経済振興策は地域の活性化につながることであり、有権者の同意が得られる限りにおいて(注1)望ましい取り組みといえる。

■地方自治体の知的財産戦略が有しうる他の性格
もちろん、地方自治体が知的財産権を保有している場合もある。たとえば、公設試験場などが知的財産権、とりわけ産業財産権の取得を行っている場合が典型的である。この場合、自治体に帰属する知的財産権の活用戦略を記述することもあり得る。これは、自己の財産の処分戦略であり、定める意味はある。
さらに、地域の産業状況によっては、国に望ましい制度のあり方を唱えるものとしても機能することがあり得る。典型的には、バイオ産業の集積がある場合には、地域としての政策への態度を示すことも可能だろう。

■地域の知的財産戦略は経済振興策の中心的な方針の一つとして定めることには意味がある
以上のように、地域の知的財産戦略策定は意味があるといえると私は考える。また、その性格は大きく3つの分けられると考える。
ただし、本当に意味があるものにするためには、地域の実情、強み・弱みをふまえたものであることが望まれる。

(注1)ここで限定をつけた理由は、市場の失敗を補う場合のように公的セクターの介入が必須の場面ではないからである。
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2008年07月01日

[知財一般]研究開発力強化法にみる知財制度改革の方向性

2007年に総合科学技術会議で議論がなされていた、いわゆる研究開発力強化法(注1)が、先月成立した。同法は第3期科学技術基本計画の具体化法としての役割を担うものと考えられ、国、国立大学法人、研究開発型独立行政法人それぞれが研究開発力を強化するために担うべき役割を定めている。主には、優れた研究者の活用や、資源配分の競争的資金へのシフトなどに努めることを規定している。

この中に、知的財産制度に関する目標規定も含まれている。それがなかなか面白い。面白いところに踏み込んでいるのである。
正直に言えば、疑問なしとしない踏み込み方なのである。

■研究開発力強化法にみる知的財産制度に関する目標規定
□特許制度の国際的調和(40条1項)

同法では「研究開発の成果の適切な保護を図るために極めて重要」な課題として特許制度の国際的調和を挙げている。国際的な特許権取得を促すのではなく、制度調和にまで踏み込んでいるのである。知的財産推進計画と異なり、法で定めているのであるから重みが違う。
ただ、こればかりは相手のあることであるし、わざわざ法で定めてどれほど効果があるのか…とも思う。あるいは、米国の制度調和を促すために、多少の妥協をするよ、というのを法で担保したのだろうか。

□知的財産権侵害事犯の取り締まり等知的財産権の安定的保護の環境整備(40条2項)
同法では、「研究成果にかかる知的財産権を行使しして正当な利益を確保することが、その研究開発能力強化に重要」として上記の目標を定めている。
同法は、民間の事業者も含めた研究開発力強化についての法律であるので、民間の研究開発力強化のための規定とみればあまり不思議は無いのかもしれないが、あえて刑事での取り締まりを明示している点は面白い(正直に言えば、違和感を覚えた)。
同法が主に意識しているのは特許法だと思うのだが、特許侵害事案か否かの判断はなかなか難しい。司法警察/検察の機能を強化するならば対処は可能かもしれないが、相当な自由刑と法人罰を伴う刑事罰は産業界を萎縮させるようにも思う(注2)。
あるいはこの規定は、海外への働きかけを行うことを定めた規定なのかもしれない。

(注1)正式には「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律」。長いっ。
(注2)なお、台湾では司法警察の疲弊と産業界への弊害を理由に刑事罰を廃止している。
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2007年11月23日

[知財一般]インドネシアの知的財産制度の現状

BRICsの躍進が経済的に与える影響は大きいが、BRICsの経済力の下支えをしている国も気になるところである。インドネシアはそのような国のひとつであるが、なかなかなじみがない。RCLIPが、各国の知的財産権の現状についてのセミナーの中で、インドネシアの判事を招いていた。なかなか珍しい機会であるので聞いてきた。

1.報告概要
(1)知的財産権制度の整備状況

・1995年TRIPsに加盟。知的財産権制度を整備。企業秘密、意匠、IC、特許、商標、著作権の6法に分かれている。
・企業秘密侵害以外の民事訴訟案件は、地方裁判所に存在する商事裁判所(全国に5箇所)で審理される。上訴は最高裁判所に対して可能(二審制か?)。審理期間は法定されており迅速な判断が下される。
・刑事訴訟は地方裁判所、高等裁判所(ただし、第1審で全面無罪判決が出た場合は最高裁)、最高裁判所の3審制であり、審理期間の定めがなく、判断が下るまで時間がかかるケースが多い。

(2)損害賠償請求の現状
・権利者は侵害により蒙った損害を立証を行う必要があるが、きわめて立証が困難。事実上、差止請求が中心となっている。
・弁護士費用については損害賠償に含まれない。

(3)刑事罰の現状
・商標権侵害においては、同一物品・役務における同一標章の使用の場合と、それ以外の場合(法律上は、類似物品・役務における類似標章使用の場合のみ規定(注1))

2.私見
損害賠償額の算定規定が無い。これは衝撃的であった。他国の制度を参考にしたらいいのに…というのが正直な感想である。
同国の訴訟制度は審級関係が複雑であるが、知的財産権侵害に係る民事訴訟が二審制となっていること、さらに迅速な判断が法律上も止められている点は特筆される。(もっとも、同国の司法制度は不備が多いとの指摘もあることに鑑みると、迅速な判断が運用として出来ているのは、現在、知的財産権制度が活用されていないからに過ぎない可能性も存在する)。
私は別件でインドネシアの法制度について触れたことがあり、そこでの印象がよくなかったため、ついついネガティブに捉えてしまうが、不備なり、大きな制度的な違いなりがある場合は、それだけ、正確に制度を把握する必要があるということだろう。
なお、インドネシアにおける知的財産権制度の現状に触れた文献で、私がざっと調べた限りでは以下のとおりである。

制度関連
ジェトロ−インドネシア
http://www.jetro.go.jp/biz/world/asia/idn/ip/
中川博司『東アジアの商標制度』(経済産業調査会、2007年)
新地真之「インドネシアにおける知的財産権エンフォースメント問題の歴史的考察(1)(完)」法学論叢157巻6号、8号(2005年)
山本芳栄「インドネシアにおける知的財産分野の損害賠償請求訴訟」知財管理54巻13号(2004年)
「インドネシア共和国における特許権行使上の留意点」知財管理53巻13号(2003年)

運用関連
富田徹男「インドネシアにおける内国民特許・意匠出願の分析」知財マネジメント3号(2005年)
http://www.me.titech.ac.jp/ip/Vol3/vol3p1.pdf

(注1)同一物品・役務における類似標章の使用、類似物品・役務における同一標章の使用についての規定が欠如している。報告者の誤記や誤訳の可能性もあるが、インドネシアの法律については、立法の過誤がしばしば見られるようだ(私は、JETROの報告書でそのような事実に触れた)。
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2007年11月08日

[知財一般]模倣品・海賊版拡散防止条約の方向性が知りたい

外務省、経済産業省などが連携して、模倣品・海賊版拡散防止条約の策定・合意にあたるようだ。
その内容はプレスリリース(http://www.meti.go.jp/press/20071023001/001_press.pdf)から推し量るしか無いが、
知的財産権の執行に係る強力な法的規律と、その執行の強化及び国際協力を柱とする

と言うからには、水際規制が主なのだろうか。水際規制は税関当局(日本ならば主務官庁は財務省)である。省の壁を越えて取り組んでいただければなあと思う。
ただし、日本の現行制度はTRIPsとの整合性について疑義が上げられたところであり、制度設計の慎重さも求められるのではないだろうか。

気になる点として、
消費者の健康や安全を脅かしている

というが、これは標識や表示に関する知的財産権の冒用があった場合に限られるだろう。特許や意匠の冒用であっても、それは単なる「粗悪品」にすぎないし、粗悪品は摸倣品に限ったことではない。
単なるキャッチフレーズだろうか。

いずれにせよ方向性が知りたいところである。関連する外国政府のサイトから情報を集めたい。
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2007年10月05日

[知財一般]創出された情報についてコントロール権を与えることで新たな情報が生まれるかどうか。

最近、自分の時間の確保ができていない。時間の量り売りをしていてはダメだ…と思うのだが。
そのような事情なので、今日は脱力系の書き方となっている。たぶん、間違い、ピンボケ
多数。

Dennis S. Karjala, Does Information Beget Information?, 2007 Duke L. & Tech. Rev. 1に触れた(注1)。この論文は、オープンになった情報が新たな情報を生み、除法の豊富化に結びつくとし、情報の豊富かインセンティブ増大のため、情報をオープンにし、さらに創作活動を活発化させる仕組みとして創作者に対する情報コントロール権の拡大を唱えるR. Polk Wagner, Information Wants to Be Free: Intellectual Property and the Mythologies of Control, 103 Colum. L. Rev. 995 (2003)への批判が中心となってる。

Wagnerの主張は、2段階に分かれる。まず、情報は情報をねずみ算式に生む、と理解している。例えば映画が発表されば、それに触発され、直接関係する評論、小説、それに影響された小説…と情報の豊富化が起こる、と説明している。次に、そもそもの情報創出のインセンティブとして情報へのコントロール権が有用だとの前提の基に、コントロール権強化により情報豊富化を導くことができる、としているようだ(注2)。

で、カージャラの批判の要点は何点か有って、そのうち1つが、コントロールが行き過ぎたら負のインセンティブになるじゃん!というもの。

今回はこれに関して(言いがかりを)考えてみたい。

まず、今回は単純に「金銭的な」インセンティブを中心として考える。
現状の知的財産法のもと、一つの作品(a1)で権利者が得られる利益をp[0][a1]とし、現状より情報へのコントロールが強くなった状態で権利者が得られる利益をp[1][a1]と便宜上表記する。
当然、
 p[0][a1] < p[1][a1]
である。

で、この増加分の使い道であるが、他の侵害の可能性があるものへのアタックに使われる可能性があるのではないか。
著作物においては顕著であると思うが、独自創作だろうが、「似ている」のであればとりあえずアタックしてみる、ということが考えられる。その原資には、コントロール権の強化により増加した金銭的インセンティブ部分が当てられるのである。
特に、 p[0][a1] << p[1][a1] の場合にその傾向は顕著だろう。
1回でも勝てば利益を一気に増やすことができるということで、濫訴となる可能性も捨てられない。

後から情報を生み出す者は、確率qでp[1][a1]に比例したいくらかの損害賠償を支払う潜在的なリスクが有る訳だが、qは増大するし、p[1][a1]はでかいし、というのであれば、合理的な者は一個良い情報を生み出したら、あとは情報の豊富化に寄与しない、というのがあり得ると思う。

というわけで、極端なモデルではカージャラ教授の言うことに賛成!というのが今回の記事であるが、後で、できるかぎりこの論文の要旨をまとめたい。

(注1)コンピュータプログラムの著作権法上の保護についてまとめた、『日本−アメリカコンピュータ・著作権法』(日本技術評論社、1989年)でご存知の方も多いはず。最近は著作権延長に反対する論文以外目立った活動がないような…。少し残念である。ちなみに、この論文も著作権延長に反対する立場からのもの。
(注2)まだ精読できてないので(ってほんとはかなーりまずいんだけど)とりあえず「ようだ」ってことで。なお、Wagnerはideaも含めたinformationすべてについて言及している。
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2007年08月06日

[知財一般]ウイルスは知的財産権だ!とインドネシアが言うことはナンセンスか?

8月1日に産經新聞から「鳥インフルのウイルスにも知財権? インドネシアの主張に困惑」という記事が配信された。Yahoo!JAPANのニュースに出ていたのでご覧になった人も多いのではないだろうか。残念ながら産経Webにも出ておらず、産經新聞の本紙にも見当たらなかったので(そのために図書館まで行ったのに…)主要部を引用する。
新型インフルエンザのワクチン開発をめぐり、インドネシアなど途上国側が提供したウイルスに「知的財産権」を認めてほしいと主張、ワクチンを研究・開発している先進国側に困惑が広がっている。7月31日からシンガポールで始まった“医薬品の南北問題”を討議する世界保健機関(WHO)の専門家会議の行方次第では、インドネシアがWHOへのウイルスの検体提供を再び拒む事態が懸念されている。
 鳥インフルエンザの人への感染が最多のインドネシアは今年2月、「検体を提供しながら開発されたワクチンを高く購入させられるのは不公平」と、提供を中止。5月のWHO総会でワクチンを公平に供給する体制を構築することを確認したことから、提供を一時再開したが、その後、ストップしている。

■ インドネシアの主張は理論的にナンセンスか?
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正直なところ、そんなナンセンスな!という反応が先に立ってしまったが、冷静に考えると、「知的財産」の捉え方次第で違和感は解消されるように思えた。

ここで問題となっているのはウイルスという遺伝資源である。遺伝情報を中心とする無形の価値が存在するもの、という点は間違いない。
さて、知的財産という日本語を使わず、懐かしい「無体財産権」で考えてほしい。
遺伝資源を無体財産権の対象とすることは、理論上あり得ないものではない。

ではなぜ「知的財産」と言われたときに反発を覚えるのか?その深層にあるのは「知的活動が関わっていない」と言うところにあるだろう。
しかし、「知的活動の成果」であることが常に知的財産の正当化根拠ではない。この点を巡っては争いがあるところであるが、少なくとも「人の精神作用の成果は自然権として創作者に帰属するからである」という正当化根拠は近時あまり支持されていない(注1)。

いわゆるインセンティブ説に立つと、『公開・豊富化による社会的厚生増大をはかるため、公開・豊富化インセンティブを与えること』が正当化根拠となる。

ウイルスについては、全世界での流行に備えるため早期に公開されることが望まれる。『公開』へのインセンティブ設定をすることは、あながち知的財産の考え方から外れるものではない。

もっとも、情報の豊富化に資する訳ではない。この場合は、ウイルスという遺伝資源が豊富化することを意味するが、利益に預かるインドネシアがウイルスを創作している訳でもないし、まして、創作されても困る(笑)この観点からは、利用の自由を阻害してまで保護すべきかは難しいところとなる。

次の反発の原因は、「知的財産権」というと排他的独占権を想起するところにあると推測される。
だが、転々譲渡が予定されるようなものに比べ、1回の譲渡で十分であるウイルスについては排他権は必要不可欠なものでない。
排他権の設定は実質的に問題が出ることも容易に想定できる。たとえば、世界中で大流行しうる可能性があるウイルスにアクセスできないことが起こりえてしまうからである。

しかし、広義の知的財産権、つまり報償請求権的な権利としての「知的財産」だと理解すれば、違和感は格段に失われないだろうか。
例えば、reasonable and non-discriminatoryという条件でアクセスが保証されているならば、あとは、ウイルス情報の公開による利益と、利用の自由が阻害される不利益の衡量に持ち込まれる。そのいずれを採るかは国際社会の政治的決定にゆだねられる。


■ インドネシアの主張を認めることは適切か?
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ご存知の方は、ウイルスなどの遺伝資源の提供国は、生物多様性条約15条に基づき、利益を受けることになっている点が気になったと思う。本来であれば、インドネシアはウイルスの提供により、それによる利益の配分を受けているはずである。

しかし、現実には利益配分の枠組みが出来上がっておらず、途上国を中心とする遺伝資源提供国には不満があるようだ。それゆえ、知的財産という耳目を惹く主張をしたのかもしれない。

生物多様性条約に定める遺伝資源提供に対する利益配分の正当化根拠を、先進国と途上国の過去の経緯もふまえた衡平の実現にある、と考える(注2)ならば、現状の方が問題であろう。

それゆえ、排他性の無い財産権を認めることが公平に叶う可能性があると言える。

ただし、2点留意点があると思う。

1点は、ウイルスの情報提供ルートのうち公的研究機関への提供については、できる限り保証すべきである、という点である。下記の記事では私企業との関係が問題となっているが、WHOは、東京(国立感染症研究所か?)、メルボルン、ロンドン、アトランタにある研究機関への無償提供ルートを設けている。世界的な感染症流行を防ぐ観点から、少なくともこれらへの情報提供はできる限り安価に保証されていてほしい。

もう1点は、ウイルスの提供元が、今年2月にインドネシアが行ったような、遺伝資源の秘匿を行わせてはならない、と言う点である。自国でも感染症が流行することになるが、他国にとっても脅威となる。ある種の自爆テロであるので、これを防ぐ仕組みは必須である。具体的には、強制的にアクセスを保証する手段を用意する必要があろう。


参考
(特許庁)
http://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/iden_sigen_hatumei.htm
(BBC 2007/2/7)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6337435.stm
(産經新聞 2007/2/7)
http://www.sankei.co.jp/kokusai/world/070207/wld070207001.htm
(ABC News(Australia) 2007/2/8)
http://www.abc.net.au/am/content/2007/s1838108.htm

(注1)ただし、憲法でそのような規定があるアメリカでは別の議論となる。
(注2)田村善之「伝統的知識と遺伝資源の保護の根拠と知的財産法制度」知的財産法政策学研究13号(2006年)59頁。
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2007年08月01日

[知財一般]成果冒用と不法行為、松村論稿を読んだ

(2007/8/5修正)

松村信夫「他人の成果の冒用と不法行為」知財管理57巻6号(2007年)859頁以下読書メモ

他人の成果の冒用行為のうち、知的財産権での保護が否定された行為について不法行為とされる裁判例が存在する。それらの裁判例を分析し、おおよその射程を整理されたのがこの論文である。

■ この論文の概要
------------------------------------

まず、近時の知的財産法の理解を手がかりに、知的財産権での保護が否定された行為であっても、競業法的な規制が及びうることを指摘される。
その上で、「タイプフェイス」「商品形態」「デジタル成果物」の冒用が争点となった裁判例の射程を分析している。
「タイプフェイス」については、複数ある裁判例の示して基準の中でゴナ書体事件判決の基準を松村弁護士は重視されているようである。
「商品形態」については、不正競争防止法2条1項3号の創設後の判例からは、混同惹起、信用毀損、加害等の他の違法性考慮事由があいまった形の裁判例が多いことを指摘されている。
「デジタル成果物」については、裁判例の傾向から、他人の先行成果の冒用のデッドコピーが禁止されていることを指摘されている。

■コメント
------------------------------------

この領域は私にとっては思い入れの強い分野で、かなり追っかけたことがある。
その経験から思うのだが、要件論については、決定的な理由を見い出すことは難しい。やもすると、裁判例の基準に依拠するになる。しかし、裁判所による基準を重視すると、結局のところ「裁判所による法創造」を追認することになる。「何故そのような基準なのか」というところがなかなか明らかにならない。

この論文について言えば、松村弁護士の射程分析は優れていると思うが、概要で抜き出したように、そこで述べられている要件論についての若干のコメントの理論的な裏付についは弱いように思えてしまう。そもそも、裁判例自体が少なく、裁判所による規範が定立されたと見るにはなお苦しいのではないか。
私は、松村先生には申し訳ないが、本論稿は事件の見取り図としての価値は高いが、まだまだ検討すべき点が残されているように思う。

「成果冒用と不法行為」という問題について、裁判所による規範定立がなされたと見るには苦しいという理由は次の点である。
事案によっては、不法行為とされたのが消極的な理由からではないか、と思われるものもある。たとえば、当事者の主張立証の仕方の問題点を伺わせるものもある(〔法律書籍事件控訴審〕(注1))。
さらに、著作権での保護は行き過ぎだ、という価値判断が働いたため、不法行為を選択したとも推測できる事案が存在する(具体的には、〔ヨミウリオンライン事件控訴審〕)。
今後あり得る点として、知的財産権の排他性が主たる問題となり、差止め請求権を排除したいが為に、知的財産法による保護を否定し、不法行為の成立により衡平を保とうとする事案も登場するかもしれない(注2)。

(注1)もっとも、仮にそうだとしても適切なリードをすることが裁判所に求められているのであり、一概に当事者は批判できないのだが。
(注2)法制度が違うので、同列に論じることはできないが、アメリカの事案で興味深いものがある。標準化技術に必須の特許を行使した者に対し、その者が標準化過程で当該技術に関する特許出願の存在を明らかにしていなかったことを捉え、特許権が行使できない、と判断し、他方、衡平法上のequityを要求している判決が存在する。
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2007年07月08日

[知財一般]移転価格税制のガイドラインが公表された

税の話はまったく知らないのだが、知財に関する話題であったので覚え書き程度に触れる。

海外に置いている子会社との間で無形資産をやりとりしたときにも、税が問題となってくる。その税の算定方法についてのガイドラインの改訂版を国税庁が発表した。それにあわせて、事例集も公表している(下記サイト参照)。
<国税庁>
http://www.nta.go.jp/category/tutatu/jimu/beshi/6115/01.htm

基本的なことで恥ずかしいが、親会社の特許発明の実施品たる製品を子会社が製造する場合にも課税される点など、細やかな補足が必要なことに驚かされる。

無形資産の課税問題については税務署に事前相談が可能で、その判断は税務署長を拘束する、というもののようなので、活用の場面は多いと思われるが、そもそもの資産評価のコストなどはなかなか大変なものだろう。

これは、グループ内企業での移転に限ったことではない。特許移転を振興しても、課税面でブレーキがかかることもあり得る。評価メソッドがより改良されれば良いが、しかし、こればかりは難しいだろう。
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2007年06月21日

[知財一般]伝統的知識の現状をまとめた論考

●山名美加「遺伝資源・伝統的知識をめぐる国際紛争と特許制度」
Law&Technology35号(2007年)読書メモ


先日、インドがアメリカに対し、ヨガに関する特許の無効を求めたと伝えたが、
そのような特許と伝統的知識について近時の状況も交えた整理はなかなかなされ
ない。この点を、かねてからインドの特許制度など、ニッチではあるが面白い分
野を研究されている山名先生がまとめてらっしゃったので、読んでみた。

論文の概要
山名先生はまず、伝統的知識についての問題のうち「Bio-Piracy」に触れ、それが新規性がないにも関わらず先進国側が特許としてしまうこと、と、伝統的知識等の資源にアクセスしながらその利益配分を行っていないこと(への不満)、の2種に分かれていることを指摘される。
後者については生物多様性条約で各国の天然資源について主権的権利が認められたこと、また、その中で生物的多様性と共生する先住民の知識がもたらす利益の衡平な配分にも言及している点などに触れ、伝統的知識も「財産的情報」として扱えるのではないか、という途上国側のロジックに触れられている。
もっとも、知的財産として捉えることには、帰属の問題点などから難しいとされながらも、EU、ブラジル、インド、アフリカの趨勢として伝統的知識を用いた発明には出所開示義務を課す方向にあることを指摘し、日本特許法の中に出所開示義務を課すことの可能性について言及されている。日本政府は出所開示義務に消極的なことを山名先生は否定的に捉えられ、国際的趨勢を意識するべきだと締められている。

私見
勉強になった点は、次の2点である。
まず、伝統的知識について特許が与えられてしまうことの原因の一つは、伝統的知識が「文献」になっていないことにあるという点だった(注1)。
もっとも、この点について、欧州特許においては口伝の知識であっても、公知公用として扱う。それゆえ、伝統的知識について新規性の問題は容易にクリアできる、また、そうでなくても伝統的知識のデータベース化で対処できる。現にインドはデータベース化につとめている、という点である。

さて、伝統的知識について考えたときに、日本が出所開示義務を課さない理由はわからないでもない。伝統的知識として何らかの評価の対象にする際、現在の議論では(というかその性質上)特許発明と異なり、ある時期をもって考慮対象外となるものではない。常に懸念の対象となる。それが調査しにくいものであったら(それこそ、口伝のもの)特許を出してもいつかつぶされるという見えにくいリスクを増やすことになる。
また、科学技術の発展において「自然のまねをする」というアプローチが使われやすい。これは伝統的知識と「偶然」似る可能性も秘めている。偶然の一致であっても、出所開示義務違反だと騒ぐことはできる。
私が先進国の人間だからか、どうしても伝統的知識の保護にはためらいがあるが、立場はともかくとして、興味深い話である。

(注1)2007年06月02日の本ブログ記事では欠落していた視点であった。
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2007年06月19日

[知財一般][時事]日本工業所有権法学会を聴きに行ってみた(その3)

工所法学会報告の3回目。これで完結である。

(3)松村信夫「商標の類似」
概要
不正競争防止法2条1項1号の「混同」と商標法4条1項にいう「類似」と同37条にいう「類似」の概念の違いを裁判例から汲み取られていた。松村先生の検討結果のポイントの1つは(注1)、商標法37条(つまり侵害の場面)では、他方に周知性がある場合に、外観・称呼の範囲が若干緩やかに判断をしており、混同について直接判断している訳ではないようだ、という点であった。しかしこれには類似概念は中立的であるべきという批判があることを紹介され、その上で松村先生としては、混同が無いような類似の範囲については違法性阻却のような形で侵害の責任を否定するべきと述べられていた。

感想
もっとも難関のテーマに挑まれていただけあって、興味深い報告だった。惜しむらくはプレゼンの方法で、判例分析をするならば、概要は表などにまとめた上で、分析箇所を丁寧に説明されるべきでは…と感じた。
内容に関しては、私自身の考えがまとまっておらず、これからの勉強課題のため留保。
(注1)このように書いたのは他のポイントを聞き逃したからである…。


(4)宮脇正晴「著名商標の保護」
概要
混同概念と稀釈化概念を整理された上で、稀釈化はイメージの保護であり信用保護とは一線を画すものとの説明をされていた。そして、裁判例分析から不正競争防止法2条1項1号は「混同」概念を拡張してでも用いられているのに対し、2号が用いられることが消極であることを指摘し、その理由として稀釈化を構成する「不鮮明化」を禁止することへのためらいがあるのではないかと指摘された。本題の著名商標の保護については、商標法の現在の原則に反してしよう主義的となること、また、保護する手法としては稀釈化からの保護と考えられるが、これは商標法の行う信用保護と性質が異なることを理由に、消極的な立場であると述べられていた。

感想
個人的には一番面白かった報告であった。丁寧な裁判例分析と、商標/標識の機能の概念整理は根源的で、かつ、意欲的なものであると思う。商標分野では宮脇先生は注目すべき存在だ、と思われた方もいるかもしれない。
一点だけ疑問を述べれば(ただし私の聞き漏らしが原因かもしれないのだが)著名商標の保護に消極的な理由は、「現行の」商標制度の概念的な点との不整合を理由にされていた(と思う)が、はたしてそれが決定的な理由になるのか、という点である。既に江口先生が述べられていたように、不正競争法との統合という方向もある訳で、そうすると、競争秩序維持に死する限りで「商標」制度を使ってイメージを保護しても良いのではないだろうか。
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2007年06月18日

[知財一般][時事]日本工業所有権法学会を聴きに行ってみた(その2)

昨日からの続きである。あと1回続く!!

3.シンポジウム「商標法による商標の保護ー不正競争防止法との関係からの考察ー」
(1)江口順一「総論」
概要
米国、ドイツ、スウェーデンでの不正競争防止法と商標法の位置づけが、競争秩序法として一元的に捉えられていることを紹介され、知的財産諸法の基本法として不正競争防止法を捉えていくべきであることを述べられた。

感想
標識法についてはどうしてもそういう方向になるのだろうという漠然とした(それは不勉強によるものだが)共感を覚えた。ついでに、「著作隣接権なんかも不正競争規制で十分なんだよ!」とかアグレッシブなことをおっしゃってくれれば…と勝手な妄想を抱いたが、残念、今回は著作権は対象外であった(笑)

(2)鈴木將文「新しい形態の保護」
概要
におい、音など新しい形態の商標の保護可能性について欧州、米国の状況を中心に記述的に整理されていた。色、音については欧州、米国ともに登録事例が存在するとのことであった。米国は登録要件として視覚性について強く求めておらず、その結果、においの商標すら存在していることを指摘された。
なお、音の商標については、データベースで再生用曲データまで添付する工夫までされていることを紹介されていた。

感想
簡潔、明快な整理で最新事情の勉強となった。今後日本の商標法において色、音のなどの商標が認められるか否かの検討に当たって影響を与えうるものと思われる。
その場合、IPDLの更新がいるなぁ、だれがやるのかなぁ?(お金が動くなー)などと思ってしまった。(感想がこれだけなのは、貴重な報告にも関わらず、朝早く出たことがたたって熟睡してしまったからである…)
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2007年06月17日

[知財一般][時事]日本工業所有権法学会を聴きに行ってみた(その1)

京都で開かれた工所法学会を聴講してきた。研究界の大先生や、著名な弁護士先生、また有名企業の法務責任者をはじめとする豪華な参加者、そこに、誰しも名前を聞いたことがある勢いのある若手・中堅研究者の報告があるのだからなんとも贅沢なものである。そんな中で、私は師匠の横で小さくなって聞くしかできないのだが、聞くだけならできる!ということでとったメモをお伝えすることにする。

なお、本メモは報告の内容を誤って伝えている可能性がある。その責任はすべて私にあるので留意されたい。

1.島並良「特許権の排他的効力」
概要
特許制度が、発明の取引費用を減少させるものである、というMergesらの議論(注1)を紹介し、日本のクレーム確定理論について取引費用という視点から記述的な分析をなさっていた。
取引費用に注目する議論の出発点は、特許制度は、発明創作のインセンティブであり、発明成立後にはある種「邪魔者」である、という理解がなされることへの反論(注2)にある。
均等論、間接侵害、消尽、職務発明規定につきそれぞれ取引費用減少の制度と理解できる、とされ、このような理解が今後規範論において示唆を与えうると述べていらっしゃった。
もっとも、島並教授はローエコに直ちに組するものでなく、規範論における分析ツールとしての可能性に触れていたのにとどまることは注意が必要である。

感想
研究サイドや政策サイドには、なかなか興味深いものであったように思う。ローエコも使い方次第であることは気をつける必要があるが、不毛な観念的価値判断に陥ってしまった際には、一つの客観的指標として多いに使えるものではないか。そのように感じさせた報告であった。

(注1)Robert P. Merges, A transactional View of Property Rights, 20 Berkeley Tech. L.J. 1447 (2005)
(注2)もちろん、特許制度は発明成立後においても十分効用があるという理解は十分可能である。無対物ゆえ排他性を確保しないと公表へ負のインセンティブとなり、公表することが社会的効用を増大させる、という前提の元では特許制度が無いと困るのである。


2.諏訪野大「独占的通常実施権について」
概要
独占的通常実施権者の差止・損害賠償請求権行使の可否について、肯定的立場から述べられていた。肯定されるのは当事者間に侵害者排除の合意がある場合という前提が付された場合について、であるが、その場合債権者代位構成により認めたとしても、そもそも債権者代位の構成が限定的にしか認められていないことから不都合はない、と考えられているようだ。その上で起こりうる既判力の問題については民訴法115条により特許権者にも及ぼして良い、と述べていらっしゃった。ただし、実用新案については審査というスクリーニングを経ていないため、独占的通常実施権者に差止・損害賠償請求権行使を認めると不都合があるため、これを認めるべきでない、とされていた(その不都合、とは濫訴だ、と理解したが聞き違いかもしれない)。

感想
学説上の通説的見解をフォローするものが、いまいち根拠がわからなかった。非常にまとまっていた発表だけに、不勉強な私がついていけなかったのだろう。まったく反省である。
そもそも論で恐縮なのだが、それほどまでに独占的通常実施権者に差止・損害賠償請求権行使を認める積極的な理由があるのか疑問であったが、報告後考えても解けなかった。諏訪の先生があげられるように「当事者間に侵害者排除の合意」があるならば、原則は通常実施権者は契約に基づいて特許権者に損害賠償を請求すれば良いのではないか。ここで仮に責任財産が確保できないならば、この場合はなんら違和感無く債権者代位が使えると思うのだが…。
この点は、私自身の勉強課題としておいておくとして、ともかくも諏訪野先生の報告は刺激を与えるものであった。実務的な観点への配慮もあり、机上の空論にとどまらないところがすばらしかった。実務家の方の間ではなかなかの評判であったようだ。
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2007年05月14日

[知財一般]2006年度の模倣品被害の実態――中国偏重が窺える

特許庁が2006年の模倣品被害実態調査結果を公表した。
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/puresu/puresu_jittai.htm

調査方法は企業への模倣品被害の有無を問うアンケート調査のようなので、厳密な知的財産権侵害の有無とは異なるので注意が必要だが(注1)、傾向としてみるべきところが多い。
おおよその傾向として、商標権侵害の割合が増えていること、中国での被害が顕著なこと、があげられている。それだけ、中国での知的財産権侵害を日本企業はしっかりウォッチしているということが読み取れる。

発展途上国が模倣をしてくることは世の常だと思う。だからといって許容するのでなく、断固侵害阻止を働きかけるべきと思うが、他方で日本企業にも対策が求められる。安い労働力を目当てに安易に飛びつけば、簡単にノウハウが盗まれる。これほど愚かなことはない。もちろん、多くのまともな企業はこのことにとっくに気がついていて、中国進出には巧妙な戦略を練っている。この姿勢は守り続けてもらいたいものである。

さて、報告書を見ていて一つ気になった。中国での侵害実態の多さに比べ、BRICs中、インド、ブラジルの割合が極めて低い。少なくともインドは地理的に遠いとは思わないし、十分市場になるはずなのだが…。模倣品被害が多いというのは、それだけ経済交流が活発なことの証左だと思っている。変な言い方をすれば、インドでの模倣品被害が増えること望む。
(注1)例えば特許権では、文言侵害でなくても侵害している、というように映ることもあろう。反対に、侵害の事実を知らない場合もあるだろう。
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2007年05月04日

[知財一般][やるべきこと]パブリシティ権を整理する枠組みについてのおもいつき

早稲田大学のCOEのひとつ、RCLIPの研究会(第19回)に参加してきた(レポートがちょっと遅くなってしまったが…)。今回の担当は上野准教授(立教大学)で、パブリシティ権についての考察がテーマであった。

パブリシティ件については、権利の法的性質論においての対立が注目されがちなものなのだが、上野准教授は、性質論から議論をスタートすることは議論を不毛なものにしかねないと指摘されていた。この指摘には賛同する。パブリシティ権一般の議論に用いる際に性質論を強調すると、そのあとの話がドグマティックになるように思う。もちろん、法的性質論は(注1)、判決の解釈としては意味があるだろうが…(注2)。

上野准教授の話は示唆的で思うところがいろいろあった。こういう風に考えれば議論の整理に繋がるのではないかなぁ、という枠組みを思いついたので、覚書として残してみる。読者の意見をいただけると幸いである。

まず、「パブリシティ権」の用語でどこまで論者が意識しているかを整理してみたい。おそらく、パブリシティ権との用語で保護されるべきと考えている利益領域にはズレがあると思う。また、法律家の机上の空論にしないためにも、保護して欲しい!というニーズもここに入れて考えるべきだろう。
その上で、それぞれの利益を保護するメリット・デメリット、また、他の法律との抵触・不整合のチェックを行う。

次に、既存の法枠組みで保護が可能か、を検討する。
人格権で可能なもの、および、不正競争防止規範としての枠組みで保護可能なもの、については当面は民法709条の枠内で捉えていくことになろう。

最後に、それぞれの利益を(a)排他的権利とした場合、(b)報償請求権として構成した場合、それぞれについて費用・便益の分析を行う。

最後の分析は立法論において求められることで違和感があるかもしれない。しかし、私はパブリシティ権の問題は最終的に立法的解決がいるのではないかと思っている。
また、この検討枠組みは、パブリシティ権を1個の権利とするのでなく、多層的な法的性質を持つものとして構成している。パブリシティ権の本質に基づいた大胆な再構成を図るものではない。この点は批判を受けるところだろうが、安定性のある解決を図る点でメリットがあるとは思うのだが…。
(注1)財産権説、人格権説、不正競争防止規範説、インセンティブ説である。学説については、内藤篤=田代貞之『パブリシティ権概説 第二版』(木鐸社、2005年)に詳しい。
(注2)ちなみに上野准教授は詳細な判例分析を行って、人格権説が有力であることを指摘されていた。
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2007年01月18日

[知財一般]ライセンス料収支から見た知財の経済貢献

知的資産(資産、の方である)の移転についての課税問題について話を聞く機会があった。(税がらみのことはさっぱりなので、一大トピックなんだな〜くらいしか学び取れなかったのは勿体無いところであったが…)。その中で、知的財産(財産、の方である)の移転の一形態であるライセンスにより得られる使用料の国際収支についての言及があり、面白かった。

特許料収支については、従来は赤字(ライセンス料支払いの方が多かった)のだが、2002年以降黒字化しており、ここ3年は1000億円級の伸びを見せている(JETROの国際貿易収支統計《JETROへのリンク》参照)。他方、著作権料収支は恒常的に赤字になっている。そのうち音楽や映画などの古典的創作物については1割程度に過ぎず、大半がソフトウエアのライセンス料となっているようだ(山口英果「特許等使用料収支の黒字化について」《日本銀行へのリンク》参照)。

ライセンス料だけの観点からは、トータルでは日本経済に貢献している度合いはさほど大きくない(もちろん、収支バランスがプラスにするのが良いという評価基準からであって、経済をまわすという意味の評価からは十分に貢献していると言える。)。
ここから単純に知財が役立ってないとは言えない。先進国の中でも非常に良い状態であるとの指摘もされている(例えば、日下公人「まれに見る発展段階の日本経済〜トリプル黒字がもたらす発展の可能性〜」《日経BPへのリンク》)。

現状の特許料収支はアジアで黒字、対米、対欧では若干の赤字のようだが、これが黒字に転換すれば新たな貿易摩擦を生むのかもしれない。対アジアでの黒字過多は、その国での知財のエンフォースの負のインセンティブになりかねない。考えるとなかなか面白い事実であるように思えた。
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2006年11月16日

[知財一般]データベースからのデータ抽出権をめぐる覚書

EUがsui generis権を導入してから10年が経つ。導入時のインパクトは強く、データベース保護法制の議論も盛んになった。とくにデータの抽出に対する排他的権利を与えることの是非は中心的な論点であった。権利を導入することに肯定的な論者が特に問題視したのは、主要なデータを抽出され、それを利用した成果が公表されてしまうと、データベース制作者の投資回収の機会は大きくそがれてしまうことである。これは、現行の不正競争防止法や不法行為の枠組みでは対処不可能と考えられるものである。データ抽出に対する排他的権利の創設の必要性を説く論者はこの点を一つの有力な根拠としている〔蘆立順美『データベース保護制度論』(信山社、2004年)参照〕。

翻って、EUの現状を見れば、sui generis権には少なからず否定的な見解がある。主な批判は、「本質的部分」との要件が不明確であるとするもの、データの囲い込みによる学術・研究の阻害となっているとするものである(Commision of the Europian Communities,"DG INTERNAL MARKET AND SERVICIES WORKING PAPER, First evaluation of Directive 96/9/ED on the legal protection of databases"(2005),P4)。

前者の点については、欧州裁判所(ECJ)が2004年9月に下した予備的裁定によって、単に投資の多少を問う意味であることが示された(本サイト「[知財一般]EUにおけるデータベース保護の近時の動向」参照)。後者の点についての考慮は、おそらく同予備的裁定の中で、「データ収集への投資」を保護し、「データ生成のための投資」を保護しない旨を明らかにした点に表れていると思われる。特定のものがデータ生成した段階では、そのデータは特定人に帰属しているのであって、これを保護することで情報(生のデータ)の独占が可能である。しかし、「データ収集行為」のみを保護対象とする場合は、生のデータは通常、他人が有しているのであり、情報独占は生じないと想定される。

だが、このように考えても、予備的裁定の示した基準は容易に潜脱可能である。前掲のワーキングペーパー("First evaluation",P24)が指摘するように、Directiveはデータの「収集・検証・提示」への投資を保護するため、提示のレベルで多額の投資を行えばよい。すなわち、アクセスコントロールを充実させれば、保護対象となってしまうのである。これでは情報独占への懸念は増してしまう。

問題は、sui generisがデータ保護に近いものである点ではないか。そうであるならば、やはりデータ抽出権なるものは導入に消極的であるべきのように思われる。

なお、米国では2003年にデータベースを不正競争型の保護の対象とする法案が提出されているが、廃案となっている。この法案では、「データベース作成のための投資」を保護対象とし、「データの鮮度」「フリーライド」「無断利用者とデータベース製作者の市場での競合」をファクターとして違法性を決するものであったようだ。日本で考えられるとすれば、こちらのタイプではないだろうか。
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2006年11月15日

[知財一般]EUにおけるデータベース保護の近時の動向

●ジェレミー・モートン著(平野正弥訳)「EUにおけるデータベース保護:近時の動向〜英国競馬公社対ウィリアムヒル」国際商事法務33巻2号(2005年)188頁〜読書メモ

EUはデータベースをsui generis(独自)権で保護している。しかし、不都合も生じているのではないだろうか。それに対応したと思われる、近時のECJ(欧州裁判所)の決定を紹介する論文に触れたので、ここに覚書として残してみた。

1.論文の概要
(1)EUにおけるデータベース保護(おさらい)
EU Directive 96/9/EC《EUへのリンク、doc形式》は、(i)コンテンツの収集・検証・提示に際して実質的な投資(substantial investment)が行われたデータベースの、(ii)コンテンツの全部または実質的部分を、(iii)許諾無く抽出または再利用した場合、独自のデータベース権侵害とする。

(2)近時の動向
British Horseracing Board v William Hill(ECJ Case refference C-203/02)において、見解を求められたECJは、(i)〜(iii)について解釈を示した。
まず、(i)については、データ収集への投資が保護されるのであり、「データ生成のための投資」――その副次的効果としてのデータ収集――は保護されないとした。たとえば、新聞社が新聞発行のために生成する見出しを新聞社がデータベース化しても、それ自身は副次的なものであるから保護されない、ということになる。これは各国での裁判例に沿ったものと評価できる。
次に、(ii)については、本質性はデータの中身の問題でなく、投資が保護されるべきものか否かの視点であることを明らかにした。ただし、非実質的部分の抽出であっても、反復継続的な抽出の後の再利用によって、データベースの実質的部分が復元された場合、データベース権の侵害にあたるとした。
(iii)については、データが元のデータベースから抽出されたかを問わない(データベースから抽出したデータを含むコンテンツからの抽出でよい)、また、営利性は問わないとした。

(3)Jeremy Morton(イギリスの弁護士)の見解
EUでのデータベース保護を包括的なものから後退させる結論をECJは示したものと評価できる。

2.私見
データベースを作ることを主目的にした投資を保護しているという趣旨と解した点がユニークであり、疑問も覚える。副次的であれ、提示に際して何らかの投資はあったのであり、総体としては本質的投資があったと評価もできよう。推測に過ぎないが、データ抽出に関して広く保護するため、場合により「生のデータ」保護につながることの弊害を抑えるため、このような解釈をとったのであろうか。
しかし、(i)をこのように解すると、データベースとしての保護をのデッドコピーに対してもなんら主張ができない(著作権法上の保護があれば別論)こととなり、保護の後退としては程度が著しくないだろうか。「本質的部分の抽出」とは相応の投資がなされた部分であることを要し、副次的なものの場合は、投資が少ないため、本質的部分がほぼデータベースそのものとなる、という理解のほうがよいのではないか。
なお、EUでのデータベース権に対する第1回目の公的評価は2005年12月5日のワーキングペーパー《EUへのリンク、PDF形式》で示されている。
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