8月1日に産經新聞から「鳥インフルの
ウイルスにも知財権?
インドネシアの主張に困惑」という記事が配信された。Yahoo!JAPANの
ニュースに出ていたのでご覧になった人も多いのではないだろうか。残念ながら産経Webにも出ておらず、産經新聞の本紙にも見当たらなかったので(そのために図書館まで行ったのに…)主要部を引用する。
新型インフルエンザのワクチン開発をめぐり、インドネシアなど途上国側が提供したウイルスに「知的財産権」を認めてほしいと主張、ワクチンを研究・開発している先進国側に困惑が広がっている。7月31日からシンガポールで始まった“医薬品の南北問題”を討議する世界保健機関(WHO)の専門家会議の行方次第では、インドネシアがWHOへのウイルスの検体提供を再び拒む事態が懸念されている。
鳥インフルエンザの人への感染が最多のインドネシアは今年2月、「検体を提供しながら開発されたワクチンを高く購入させられるのは不公平」と、提供を中止。5月のWHO総会でワクチンを公平に供給する体制を構築することを確認したことから、提供を一時再開したが、その後、ストップしている。
■ インドネシアの主張は理論的にナンセンスか?--------------------------------
正直なところ、そんなナンセンスな!という反応が先に立ってしまったが、冷静に考えると、「知的財産」の捉え方次第で違和感は解消されるように思えた。
ここで問題となっているのはウイルスという遺伝資源である。遺伝情報を中心とする無形の価値が存在するもの、という点は間違いない。
さて、知的財産という
日本語を使わず、懐かしい「無体財産権」で考えてほしい。
遺伝資源を無体財産権の対象とすることは、理論上あり得ないものではない。
ではなぜ「知的財産」と言われたときに反発を覚えるのか?その深層にあるのは「知的活動が関わっていない」と言うところにあるだろう。
しかし、「知的活動の成果」であることが常に知的財産の正当化根拠ではない。この点を巡っては争いがあるところであるが、少なくとも「人の精神作用の成果は自然権として創作者に帰属するからである」という正当化根拠は近時あまり支持されていない(注1)。
いわゆるインセンティブ説に立つと、『公開・豊富化による社会的厚生増大をはかるため、公開・豊富化インセンティブを与えること』が正当化根拠となる。
ウイルスについては、全世界での流行に備えるため早期に公開されることが望まれる。『公開』へのインセンティブ設定をすることは、あながち知的財産の考え方から外れるものではない。
もっとも、情報の豊富化に資する訳ではない。この場合は、ウイルスという遺伝資源が豊富化することを意味するが、利益に預かるインドネシアがウイルスを創作している訳でもないし、まして、創作されても困る(笑)この観点からは、利用の自由を阻害してまで保護すべきかは難しいところとなる。
次の反発の原因は、「知的財産権」というと排他的独占権を想起するところにあると推測される。
だが、転々譲渡が予定されるようなものに比べ、1回の譲渡で十分であるウイルスについては排他権は必要不可欠なものでない。
排他権の設定は実質的に問題が出ることも容易に想定できる。たとえば、世界中で大流行しうる可能性があるウイルスにアクセスできないことが起こりえてしまうからである。
しかし、広義の知的財産権、つまり報償請求権的な権利としての「知的財産」だと理解すれば、違和感は格段に失われないだろうか。
例えば、reasonable and non-discriminatoryという条件でアクセスが保証されているならば、あとは、ウイルス情報の公開による利益と、利用の自由が阻害される不利益の衡量に持ち込まれる。そのいずれを採るかは国際社会の政治的決定にゆだねられる。
■ インドネシアの主張を認めることは適切か?
--------------------------------ご存知の方は、ウイルスなどの遺伝資源の提供国は、生物多様性条約15条に基づき、利益を受けることになっている点が気になったと思う。本来であれば、インドネシアはウイルスの提供により、それによる利益の配分を受けているはずである。
しかし、現実には利益配分の枠組みが出来上がっておらず、途上国を中心とする遺伝資源提供国には不満があるようだ。それゆえ、知的財産という耳目を惹く主張をしたのかもしれない。
生物多様性条約に定める遺伝資源提供に対する利益配分の正当化根拠を、先進国と途上国の過去の経緯もふまえた衡平の実現にある、と考える(注2)ならば、現状の方が問題であろう。
それゆえ、排他性の無い財産権を認めることが公平に叶う可能性があると言える。
ただし、2点留意点があると思う。
1点は、ウイルスの情報提供ルートのうち公的研究機関への提供については、できる限り保証すべきである、という点である。下記の記事では私企業との関係が問題となっているが、WHOは、
東京(国立感染症研究所か?)、メルボルン、ロンドン、
アトランタにある研究機関への無償提供ルートを設けている。世界的な感染症流行を防ぐ観点から、少なくともこれらへの情報提供はできる限り安価に保証されていてほしい。
もう1点は、ウイルスの提供元が、今年2月にインドネシアが行ったような、遺伝資源の秘匿を行わせてはならない、と言う点である。自国でも感染症が流行することになるが、他国にとっても脅威となる。ある種の自爆テロであるので、これを防ぐ仕組みは必須である。具体的には、強制的にアクセスを保証する手段を用意する必要があろう。
参考(特許庁)
http://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/iden_sigen_hatumei.htm(BBC 2007/2/7)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6337435.stm(産經新聞 2007/2/7)
http://www.sankei.co.jp/kokusai/world/070207/wld070207001.htm(ABC News(
Australia) 2007/2/8)
http://www.abc.net.au/am/content/2007/s1838108.htm(注1)ただし、憲法でそのような規定があるアメリカでは別の議論となる。
(注2)田村善之「伝統的知識と遺伝資源の保護の根拠と知的財産法制度」知的財産法政策学研究13号(2006年)59頁。