2008年01月29日

[意匠]Informed Userを判断主体として意匠の構成要素を重み付けし類比判断を行う手法

RCLIP22回に参加してきた。
五味飛鳥弁理士の類比判断基準に関する試論が展開されて非常に興味深かった。
サイバーさんとのお約束もあるので、まずは速報としてメモを…(整理に乏しくて恐縮だが)

■概要
人が「似ている」と判断する評価手法に注目したとき、同種のものとの共通点と差異点について、その物と判断主体との関係性から重み付けを行う、という前提から出発したとき、裁判例が近時一致して採用する類比判断基準(物品の使用態様等を考慮するほか、公然知られた意匠にかかるものと同一の意匠にかかる部位であるか等を考慮する基準(注1))は、似ていると判断する評価手法に親和性がある。この手法は、デザイン保護に適していると評価する(価値評価である)。
ただし、この手法(公知意匠との関係を考慮しつつ、通常の用法を考慮して要部を決する基準)の場合、双方の考慮要素に特徴がある要部の認定ができないことを問題である。
双方の考慮要素が独立してしまうのは、通常の用法を考慮する者が公知意匠を知らないという前提の場合であるから、これを回避するためには、判断主体を公知意匠についてよく知っている者(Informed User)であるとするとよい(なお、ここでOHIMの需要者の判断基準が参考になる)。

■私見
結果的には現状追認型の理論に見えるが、デザインの機能という基礎からのアプローチも試みられていらっしゃり面白い(もっとも、「似ている」と判断する評価手法はデザイン関係者の間では一般的な手法なのだろうか?私は知見が無いからわからないのだが…)。
質疑応答でも挙げられていたことではあるが、3条1項3号においても同様のことが言えるのか、理論的に詰めることができれば、すばらしい完成度になるのではないだろうか。
この試論が面白いところは、従来の創作説、需要説の枠にこだわらなかったところであるが、理論的なコアは創作説的なところにあるのかなぁといった印象であった。

(注1)典型的には〔ゴルフボールマーカー事件〕知財高判平成19年3月27日をあげていらっしゃった。
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2008年01月07日

[意匠]意匠法3条にいう「公然知られた」の意味

意匠法3条1項1号、および、3条2項における「公然知られた」の意味を指摘するものとして、牛木理一「最高裁判決は絶対なのか−意匠法3条1項・2項の解釈と適用−」知財ぷりずむ2007年11月号《牛木内外特許事務所へのリンク》論稿冒頭部より21頁が勉強になった。備忘のため記事とする。

〔電子オルガン事件〕(東京高判昭和54年5月30日)において、3条1項1号に言う「公然知られた」とは、3条1項2号が「頒布された刊行物」について規定していることとの関係を鑑みれば、「字義通り現実に知られている状態にあることを要する」(判決文)と示された。

上記判決に反する上級審判決がなく、上記判決は現在においても参考なると考えられる。なお、上記判決が示された当時は、3条2項は「広く知られた」との書き振りであったが、平成10年改正で「公然知られた」と改められたため、この理解は、3条2項にも当てはまるものと言える(牛木・前掲21頁)。

ただし、牛木弁理士は、商品カタログについては、刊行物公知にとどまらず、事実上の公知性を推認してもよいのではないかと述べられている(牛木・前掲21頁)。他方、牛木弁理士は、特許公報、意匠公報は、事実上の公知性を推認することは難しいと考えられているようだ。

実際上は、商品カタログの頒布の範囲などを考慮しなければならないように思うが、デザイン関係の慣行を考慮すれば、展示会などを通じて広く流布されるものについては牛木弁理士の説く理解があてはまるだろう。

特許公報、意匠公報については、当業者に限っては先行技術調査、先行意匠調査を行っていることが多い状況さえ確認できれば、事実上の公知性が推認できるように思う。実際のところはどうなのだろうか。
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2008年01月06日

[意匠]意匠の類否判断主体を巡る見解の整理(暫定版)

意匠の登録要件としての、公知意匠との類否の判断主体については、いまだ勉強途上であるが、興味深い論稿に触れ、おおまかな整理を試みたのでここに紹介する。

本整理において大いに参考となったのは、牛木理一「最高裁判決は絶対なのか−意匠法3条1項・2項の解釈と適用−」知財ぷりずむ2007年11月号《牛木内外特許事務所へのリンク。入手しにくい(注1)論稿をウェブで公開してくださる点、牛木先生に厚く感謝申し上げます。》、および、土肥一史「同一・類似の物品の意匠と意匠法3条2項の適用」別冊ジュリスト188号『商標・意匠・不正競争判例百選』(2007年)100頁−101頁である。
前者の論稿は、昨年施行された改正24項2項への強い反発の思いが表れていらっしゃるのか、全体としては若干読みづらくも感じられたが、重要判例として取り扱われる〔可撓伸縮ホース事件最高裁判決〕(最判昭和49年3月19日民集28巻2号308頁)当時の制度背景と、それに沿った解釈論の適否を述べるものとしてはわかりやすかった。

■〔可撓伸縮ホース事件最高裁判決〕の背景を鑑みた類否判断主体に関する解釈論の適否ご存知のように、〔可撓伸縮ホース事件最高裁判決〕は、3条1項3号は同一物品の公知意匠との類否は一般需要者を判断主体とする、と示した判決である。
佐藤繁調査官により、「物品混同説と結び付けて理解する向きがあるとすれば、おそらく判決の真意ではない」(注2)との指摘が当時からなされているが、少なくともいわゆる創作説(判断主体を当業者とするもの)を否定したものとして同判決は理解されているように思われる。
しかし、牛木弁理士は以下の難点を指摘する。
・3条1項1号〜3号に対応すると読める、無効審判の除斥期間に関する規定(旧49条)のうち、3条1項3号に対応すると考えられる旧49条3号は、当業者を基準として創作性を欠く意匠と明示していることと整合性を欠く
・仮に一般需要者における「混同」を問題にしているならば、物品に関わらず他人の業務にかかる物品との混同を生ずる恐れがある意匠の登録を禁止する5条2号があることの説明がつかない
・仮に一般需要者における「混同」を問題にしているならば、それまでの意匠法の制定、改正の沿革上、商標法や不正競争防止法との保護領域の観点からの検討が加えられたことがなく、異質の考慮である(意匠法は特許法や実用新案法と同じく創作保護法であり、特許法や実用新案法と同じく当業者間における登録の適否を判断するべきである)
特に、第1の指摘は説得的である。少なくとも、上記最高裁判決が出された当時においては、3条1項3号の判断主体を当業者とする理解(いわゆる創作説)の方が文理解釈上優れていたと私は考える(注3)。

■現在の法における各理解の優れている点、難点の整理
しかし、現在、旧49条3号規定は削除されている。また、その後の研究では、単に創作説と混同説という対立ではなく、いわゆる需要説という考え方も現れている(注4)。
また、24条2項が設けられたことも当時と異なっている。

そこで、それぞれの理解の優れている点、難点を考察し、おおまかであるが整理を試みた。非常に乱暴な整理であるが、私のような初学者が議論を考えるとっかかりとなるのではないかと考えている。詳細な点を省いている点はなにとぞご海容いただきたい。理解の誤りについては、ご指摘いただければ幸いである。

【混同説】
□概要
・意匠を見る者の注意を引きやすい部分について、一般の需要者が誤認・混同をするかにより判断する。(それゆえ、公知意匠であることを参酌しない=公知意匠も要部として認定されうる)
□根拠
・取引者・需要者による混同を排除しないと意匠権を保護する実質的意義を喪失するため。
□優れている点
・平成19年に改正された24条2項と整合する(なお、同項は権利行使の場面における類否判断主体について規定したものであるが、本理解によると登録要件と権利行使の場面における類否判断基準が一致することになる)。
・意匠登録されているものであれば(理論上は)出所混同が生じないことが保障される。
□難点
・5条3号(他人の物品と誤認混同する意匠の登録の禁止)の存在意義が説明しにくい。
・法制定・改正の沿革に沿わないとの指摘がある(注5)。
・部分意匠制度の導入により物品の混同を防ぐことが意匠法の目的との説明が困難になった(注6)。
・権利行使の場面での類否判断では、公知意匠を参酌する必要があり、理論的には美しくない(注7)。
※なお、一般需要者=常にエンドユーザーと理解するのであれば、部品として用いられる意匠について説明がつかない(注8)。

【需要説】
□概要
・新しい需要を起こすことが期待される構成を背景とする美観の異同により判断する。(それゆえ、公知意匠を参酌する=公知意匠は要部として認定しない)
□根拠
・意匠法の目的は、取引者・需要者にとっての意匠の機能の保護にあるとの理解。
□優れている点
・平成19年に改正された24条2項と整合する(なお、同項は権利行使の場面における類否判断主体について規定したものであるが、本理解によると登録要件と権利行使の場面における類否判断基準が一致することになる)。
・公知意匠を参酌する現状の運用と整合する。
・立証においては需要者へのアンケートを行うことにより統計的な立証が可能。
□難点
・法制定・改正の沿革に沿わないとの指摘がある(前掲注5参照)。
・意匠法の目的の理解としては一般的でない(?)。

【創作説】
□概要
・当業者にとって創作容易か否かをもって類否を判断する。(それゆえ公知意匠を参酌する)
□根拠
・意匠法の目的は、特許法・実用新案法と同じく当業者間における創作の保護であるとの理解。
□優れている点
・公知意匠を参酌する現状の運用と整合する。
・当業者にとっては(理論上は)類否判断が容易。
・5条3号との関係が説明しやすい。
□難点
・平成10年改正により3条1項3号、3条2項ともに「公然知られた」意匠との関係が問題となることとなったため(注9)、なぜ両条文に規定を分けたか説明が難しい。
・平成19年改正の24条2項との関係では整合性の面で美しくない。
・創作保護法との理解に基づく説明は、特許・実用新案がアイディアを保護しているのに対し、意匠が「表現」も関わる点を保護していることの差異を考慮すれば、決定的な理由とならない可能性がある。(言い換えると、表現である以上、需要者もそれをもって識別することになりうる。創作する意義が、外観によるの差別化にあるとするならば、意匠の意義として識別性を考慮することが適切と考えられる余地があると考えられる。)また、不正競争防止法的な観点を欠くという説明は5条3号の存在を説明できないのではないか。

(注1)経済産業調査会編『知財ぷりずむ』は入手が難しい。
(注2)佐藤繁「同一又は類似の物品の意匠と意匠法3条2項の適用」最高裁民事判例解説昭和49年(1974年)318頁。
(注3)積極的な賛否を述べるものではないが、土肥一史「同一・類似の物品の意匠と意匠法3条2項の適用〔可撓伸縮ホース事件〕」別冊ジュリスト188号『商標・意匠・不正競争判例百選』(2007年)101頁は上記点を重視し、創作説を「当然にありえた」と評価されている。
(注4)鈴木將文「意匠の類否判断基準〔衣装ケース事件〕」別冊ジュリスト188号『商標・意匠・不正競争判例百選』(2007年)102頁の整理に従った。なお、需要説は意匠が需要喚起につながっていることを鑑みて、需要者の観点からの類否を考えるべきとする理解である(その意味で、出発点は混同説に近い)。需要説について牛木弁護士の整理の中では触れられていない。混同説の1つとして整理されている可能性があるが、判断主体が混同説と同じとはいえ、アプローチが異なっており、後述するように難点についても差異が顕著であるように思われる。
(注5)牛木弁理士の指摘されるところであるが、疑問もある。意匠法の理解が広義の競争秩序維持法としての理解に変容していった、といえるのであれば、これまでの沿革は決定的な理由ではないように思われる。なお、知的財産法を広義の競争秩序維持法として理解する方向性を示唆するものとして、白石忠志『独占禁止法』(有斐閣、2006年)334頁。
(注6)鈴木・前掲注4 103頁。
(注7)私には「美しさ」の問題であるように思うが、この点は異論があるかもしれない。今後検討したい。
(注8)牛木理一・前掲「最高裁判決は絶対なのか−意匠法3条1項・2項の解釈と適用−」知財ぷりずむ2007年11月号、論稿冒頭より24頁目の批判は、需要者の理解をエンドユーザーとのみする説明を批判されており、混同説に対する批判としてはミスリードではないかと思われる。
(注9)それまでは、3条1項3号が「公然知られた」、3条2項が「広く知られた」と書き分けていた(牛木・前掲注8の論稿の指摘である)。
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2008年01月02日

[意匠]意匠制度のハーモナイズに向けた課題:関連意匠制度をどうするか

知的財産推進計画において意匠制度についてだけ触れられていない国際的ハーモナイズ
知的財産制度の国際的ハーモナイゼーションに対しては、産業界を中心にニーズがあるところである。
『知的財産推進計画2007』(2006にしてもそうだが)には、特許商標の手続面での国際的ハーモナイズのみならず、実体面(権利内容面)でのハーモナイズについての議論への参加が明示されている。しかし、意匠制度の国際的ハーモナイズについては触れられていない。


■意匠制度におけるハーモナイゼーションの動き

意匠制度についてもハーモナイゼーションの動きはある。1999年に採択されたヘーグ協定ジュネーブアクトである(注1)。
2006年12月に米国が同協定批准の動きを見せているようであり(注2)、その後、米国内での議論は低調になっている感もある(注3)とはいえ、注目に値する。
同協定の内容は、大まかに言えば各国特許庁に国際出願を行うと、指定国特許庁がそれに対するリアクションを返すこととなり、リアクションがなされない場合は各国の登録意匠として登録される、というものである。

■意匠の保護に関するヘーグ協定ジュネーブアクト批准のための課題
この協定に日本は批准していない。批准にはいくつかの課題が挙げられている。最大の課題は、審査国への配慮が依然として足りていないところにあろう。実体上の制度的な差に対応する必要がある(注4)。中でも関連意匠制度の取り扱いは、ネックの一つとなっている。
この中で関連意匠制度に対する考慮が、ヘーグ協定ジュネーブアクトの中でなされなかった場合(つまり、協定の一部改正に至らなかった場合)、日本が批准するに当たっては青木弁理士が指摘(注5)するように、(a)関連意匠制度の廃止、(b)ヘーグ協定ルートでの出願を利用した場合の関連意匠制度の利用禁止、のいずれかで対処する必要がある。
しかし、現在、関連意匠制度の利用は全意匠出願の20%に至っており(注6)、この数字を見る限りでは(a)の選択肢を採ることは難しいかもしれない。

■課題のうち関連意匠制度に関する課題克服の可能性
もっとも、関連意匠制度がどのように用いられているか、その理由の分析いかんによっては、(a)の選択肢もありうるのではないか。
本来関連意匠はバリエーションを持たせた製品に対応するためである。この点のメリットは大きいが、実際、その理由でなされた出願はどの程度あるのだろうか。「とりあえず権利範囲が分からないから関連意匠として出願している」可能性もある。
また、仮にバリエーションをもたせた製品への対応を理由としていても、「要部となる点を共通としてバリエーションを持たせている場合」が多いのか、「要部となる点にバリエーションを持たせている場合」が多いのか、は興味深い点である。もし前者が圧倒的であれば、本来的には本意匠の類似の範囲となるはずであり、廃止をしてもそれほど不都合は無いのかもしれない(もっともバリエーションの類似部分は本意匠の権利範囲に含まれていないので、ユーザーにとってはつらいが)。
いずれにせよ、関連意匠制度がどのような理由で使われているかは知りたいところである。現在のところ、そのような研究は管見の限りなされていないようである。

(注1)なお、1960年に採択されたヘーグ協定ヘーグアクトも存在するが、これは実体審査国には受け入れにくい内容となっている。
(注2)澤井智毅「米国がヘーグ協定ジュネーブアクト批准手続を開始」(知財ニュース2006年11月15日)《JETROへのリンク》。
(注3)澤井智毅「上院外交委員会、知的財産関連三条約について公聴会開催」(知財ニュース2007年7月17日)《JETROへのリンク》。
(注4)「意匠に関するヘーグ新協定外交会議における日本政府の一般演説」《特許庁へのリンク》。
(注5)青木博通『知的財産権としてのブランドデザイン』(有斐閣、2007年)437頁。
(注6)特許庁編『特許行政年次報告書2007年版』(2007年)12頁。

(2008年1月5日誤字修正)
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2007年11月18日

[意匠]部分意匠の類否判断基準―青木弁理士の整理に学ぶ―

1998年意匠法改正で導入された部分意匠制度は、世界的に共通の制度ではなく(注1)、制度としての使い勝手については必ずしもコンセンサスがある状況ではなさそうだ。特に登録の場面、侵害の場面それぞれでの類否判断については理論上も捉え方が分かれているようだ。
この点について、青木博通『知的財産権としてのブランドデザイン』(有斐閣、2007年)283頁以下(初出「タイプ別部分意匠類否論―部分意匠の類否判断」DESIGN PROTECT 50号(2001年))が理論的な整理を加えており、参考となったので備忘のため要点をまとめた。

■部分意匠における類否判断:配設関係の創作性の考慮をするかが分かれ目
青木弁理士の整理を元に考えると、最大の分岐点は、「部分意匠の登録において、配設関係の創作性を考慮するか」が、分かれ目になるようだ。

特許庁の運用(注2)では、3条1項3号の類否判断において配設関係も含めた総合的判断を行う、としている。これに基づけば、(1)部分自体に創作的寄与がある場合、(2)配設関係に創作的寄与がある場合、それぞれ類否判断が分かれ(注3)、(1)では単純に部分のみを比較し類否を判断し(注4)、(2)では登録された部分意匠の位置態様に類似した態様で、同一または類似の意匠が引用意匠またはイ号物件に用いられているかにより類否を判断することになろう。

しかし、このような理解には異論もありうる。明細書図面で破線部で囲んだ範囲だけが権利範囲といいながら、結局配設関係を考慮していることはおかしいのではないか、というものである(注5)。これに基づけば、上記の(1)の判断基準のみということになる。

■どちらを採るべきか?
物品の需要喚起機能を果たす形態を保護することが、部分意匠の目的と考えられるが、これに基づけば、位置が需要喚起機能を持つ場合は、これを保護することが望ましいものと考えられる。

また、仮に配設関係を考慮しないとなると、部品意匠との差異がなくなってしまい、制度的意義も欠くように思われる。

以上の点を考慮すれば、配設関係を判断基準に含めることが適切と考える。

■懸念事項:利用者にとっては権利範囲が不明確になる可能性
ただし、理論的に上記のように考えても、現実の利用者には権利範囲が判りにくい可能性がある。

まず、部分自体に創作的寄与がある場合では、通常の意匠権と同様、類否判断が分かりにくく、事実上同一の範囲のみにおいて権利行使することとなる可能性がある。あるいは、逆に類似の範囲を超えた権利行使が濫発する可能性もある(注6)。(もっとも、これは意匠制度の活用がより進み、多くの実務家の間に、ある種の共通の「勘」が形成され、多少なりとも解消されることになろう)。

次に、配設関係に創作的寄与がある場合は、公知意匠との関係で配設関係がポイントであることを利用者が把握できない場合、(すなわち、部分自体に創作的寄与があるかのように映ってしまう場合)、部分自体の模倣が事実上制約される懸念がある。

前者の点については、意匠制度一般に起こっている問題であるが、後者は部分意匠独特のものである。後者についての声は私はまだ聞いたことがないが、部分意匠の行使が増えた場合に、上記の懸念が生じないか、注視したい。


■このほかの関連文献
今後の参考としたい文献は以下のとおり(注7)。

佐藤恵太「部分意匠の権利範囲に関する覚書」牧野利秋退官記念『知的財産と現代社会』(信山社、1999年)
吉原省三「部分意匠の問題点」牧野利秋退官記念『知的財産と現代社会』(信山社、1999年)
板倉集一「侵害訴訟における部分意匠の類否判断」知財管理Vol.57 No.6(2007年)941頁以下

(注1)米国、OHIM(欧州共同体意匠規則)、韓国などでは部分意匠制度を導入しているが、現在のところ、中国では導入されておらず、カナダにおいても類似の制度が無いことが推測される。なお、中国は日本側からの働きかけ(中国専利法改正調査団の訪日に伴う意見交換会・シンポジウムの結果概要《特許庁へのリンク》)を受け、2008年専利法改正案に折込み、現在審議を重ねているようだ。
(注2)特許庁「意匠審査の運用基準」。
(注3)この点が、青木弁理士の理論的貢献のポイントと言えよう。なお、同旨の見解として、松尾和子「意匠制度110周年と改正意匠法の意義」特許研究28巻(1999年)7頁。
(注4)特許庁や裁判例の傾向に従えば、公知意匠を参酌して要部を取り出し、需要者に与える美感を比較することになろう。
(注5)吉原省三「部分意匠の問題点」牧野利秋退官記念『知的財産と現代社会』(信山社、1999年)はこの趣旨をいうものと思われる。
(注6)判定制度の活用が進むとこの点は解決できるのかもしれない。
(注7)なお、私はまだ確認できていない…。
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2007年09月10日

[意匠]意匠類比判断基準へのニーズを探ってみた

9月6日の記事に引き続いて法施行の話題をもうひとつ。
この4月から、改正意匠法が施行され、侵害の場面における意匠の類比判断は需要者の視点を基準に行うこととなった。

意匠の類比判断基準については、いわゆる創作説と混同説に分かれているところであったので、そこに一定の決着を付ける決定は当然のことながら批判もでてくる。とくに判断基準を「需要者」と定めたことで、混同説に立つかのようにも読めることから、創作説に立つ論者からの批判は強い(注1)。

もっとも、直ちに混同説をとったと見るのは早計であると言う指摘が的確であると私は考えている(注2)。

これに対しては、審議会でも同様の認識が一部の委員から示されているが、いずれ市場での混同を問題とする運用に転化するのではないか、との懸念がなされている(注3)。

この懸念はある種もっともなところである。「需要者」というのはどういう者をさすのか必ずしも判然とせず、不正競争防止法に言う「需要者」概念に引きずられる運用がなされる可能性も否定できない(注4)。

■改正過程を法解釈学とは違った視点で眺めてみて浮かぶ興味深い点
創作説の批判の根底の一つには、意匠法は創作保護法だという認識が創作説の論者にあるようにも思われる。

このような考え方は審議会においても一部の委員から示されている(注5)。

これに対して審議室長は、新しいデザイン観に基づいて意匠法の性格付けがなされることに違和感は無い旨の発言をなさっている。

さて、私自身は創作説と混同説のいずれかを支持するか、不勉強ゆえ態度を決められない。そのためか、法解釈と異なる点が気になっていまった。それは、なぜここまで特許庁が強気なのだろうか、という点である(注6)。

法改正にはきちんと調査をするのが日本の中央官庁であるように思う。何らかのニーズ側の裏付けがあるのかもしれない。気になるのでちょっと調べてみた。

■意匠の類比判断基準に対するニーズ
残念ながら管見の限り直接に意匠の類比判断基準に関するニーズ調査を行った研究が見当たらなかった。そこで、意匠の出願目的から類比判断基準のニーズを推測することにする。

ところが、意匠の出願目的についての調査も詳細なものが見当たらない。やむを得ず、主として意匠の出願目的を問う調査でないもの(注7)の結果から推測することにした。

それによると、
摸倣品・類似品対策 約90%
他社の権利侵害不存在の確認・証明 約65%
自社のブランド力強化 約60%
特許権の補完 約45%
ライセンス収入 約5%
ということである。

主たる目的と思われる上位3つから、意匠の類比判断についてのニーズを解釈をしてみた。(正直言って乱暴な解釈である以上、異論もあるはず。もし抜け落ちている視点があれば指摘していただければありがたい。たぶんたくさんあると思われるが…。)

産業財産権である以上当たり前ではあるが、摸倣品・類似品対策が出願の主目的となっている。

デザインの場合、需要者が摸倣品を見て外形上似ているからと混同をし、結果として粗悪品をつかまされた!と勘違いされることがある。意匠権者がこれを嫌がっているのだとすれば、「勘違い」を問題にしてほしい、つまり、「需要者」の「混同」を問題にしてほしい、という方向につながるかもしれない。

あるいは、市場の代替を問題にしているのかもしれない。つまり、デザインが差別化の大きなポイントである場合は、需要者にとって「似ている」ものであれば市場で代替されてしまう。これを意匠権者がいやがっているのだとすれば、やはり同様に需要者を判断基準にしてほしいと言うことにつながる(ただし、「混同」までは問題にならないだろう)。

他方、マネされてオリジナリティーが損なわれて腹が立つ、というところを問題にしているのであれば、当業者からの創作性についての視点にしてほしいと言うことにつながるように思われある。

次に、他社の権利侵害不存在の確認・証明について解釈してみる。ここで問題となるのは、市場で流通する際に当該物品が侵害品である懸念を払拭するところにあろう(注8)。

そうであるならば、極力流通事業者にとってわかりやすい基準が求められよう。すると、創作的な観点と言うデザイナーサイドの視点より、「需要者」に依る基準が好まれるのではないだろうか。

最後に、自社のブランド力強化であるが、これが意味するところが、自社のオリジナリティーの確立と言うのであれば、創作上の視点へと結びつくように思われる。

他方、先に指摘したような「粗悪品をつかまされた!という勘違いが嫌」という意味の、比較的消極的な意味でのブランドの確立なら、「需要者」の「混同」が問題となろう。

本来、出願目的を精緻に問う調査ではないので正確でない可能性はあるが、これを見る限り、「需要者」サイドの視点へのニーズが強いのではないか、という推測が可能であるのではないだろうか。

(注1)創作説を提唱されている牛木理一弁理士は強い口調で批判をされている。(かなりの怒りがこもっているように読める)論稿として牛木理一「改正意匠法24条2項への疑問――DVD著作権裁判の教訓――」パテント59巻10号(2006年)35頁以下。なお、創作説からの批判で主要な点は、登録時には当業者を判断基準とする創作性の概念により、既存の登録意匠との距離が問題とされるのに対し、侵害の場面では「混同」という概念で問題となる意匠との距離が問題とされることは、スマートではないのではないか、というところにあろう。
(注2)牧野利秋「意匠法の諸問題」ジュリスト1326号(2007年)84頁以下。本ブログ「[意匠]意匠の類似についての創作説と平成18年改正」(2007/2/20記事)参照。
(注3)「産業構造審議会 知的財産政策部会 第10回意匠制度小委員会 議事録」《経済産業省へのリンク》峯唯夫委員発言。なお、(注2)に挙げた牧野先生も参加されている。
(注4)なお、審議会で田川審議室長が、需要者の意味について「ある物品にとって最も経済的な価値を評価し得る需要者というところが実際には判断の基準になってくるのではないか」という解釈を示している点は注目に値する(前掲注3参照)。
(注5)前掲注3峯委員発言参照。
(注6)なお、ある程度センシティブな問題には、審議会の委員の人選を通じ江、省庁側の意向を通すと言う手法があるらしい(著作権の法改正にまつわる話であるが、京俊介「著作権政策形成過程の分析(一) ―利益団体,審議会,官庁の行動による法改正メカニズムの説明―」阪大法学57巻2号(2007年))。今回の場合、異論を唱える委員が多い点がなお注目される。それほど特許庁はニーズを把握していると言う自信があったのかもしれない。
(注7)特許庁「デザインの開発・管理・保護・出願戦略に関する調査」『平成18年度特許出願技術動向調査・意匠・商標出願動向調査 CD‐ROM』(発明協会、2007年)。非常に目立たない調査報告書である。筆者は偶然見つけた…。
(注8)権利侵害の有無が気になる!ということで、売り上げに影響した事案として、〔ピーターラビット事件〕大阪地判平成19年1月30日平成17(ワ)12138。なお、判決のまとめは、大塚法務行政書士事務所「「ピーターラビット」マルシーマーク事件〜著作権に基づく差止請求権不存在確認請求事件判決(知的財産裁判例集)〜」《外部リンク》『駒沢公園行政書士事務所日記』(2007/2/5記事)が非常に参考になる。個人的なことだが、大塚行政書士のまとめにはいつも勉強をさせていただいている。恥ずかしいので表では言えないがこっそり感謝の意をお伝えする。
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2007年02月20日

[意匠]意匠の類似についての創作説と平成18年改正

●牧野利秋「意匠法の諸問題」ジュリスト1326号(2007年)84頁以下読書メモ

この論文は、平成18年の意匠法改正の紹介と、今後の課題の検討を行ってる。特に、新設の意匠法24条2項(「類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとする」との規定)について、創作説の立場に立ち、同規定は実務に影響を与えるものでないとの解釈を示されている点は、注目に値する。

1.この論文の概要
(1)残された課題
今回の意匠法改正によりほとんどの課題は解決されたと評価できるが、1点課題は残る。それはGUIの保護に関するものである。
たしかに、本改正により、画面デザインとしては、機能発揮のためのものまで部分意匠として認められるようになり、保護は拡大している。しかも、物品に接続する外部汎用表示機器に表示される画面デザインも保護されることとなっているため、物品に関するGUIの保護は十分に行われたと評価も出来よう。
しかし、物品性の無いGUIについては未だ保護が乏しい。GUIについては、欧州、米国、韓国が物品性の枠を取り払っている(87頁)。物品性は利用者の予測可能性に資するものだが、それが知的財産保護にかなったものであるかは検討が必要である。こと、知財推進計画2006で述べられたタイプフェイスの保護を意匠権で行う場合、物品性は再考されなければならない(88頁)。場合によっては、物品性を欠くGUIについては無審査登録制度を検討するのも良いのではないか(89頁)。

(2)24条2項の意義
最高裁判例(〔十三ゴム事件〕最判昭和49年3月19日民集28巻2号308頁、最判昭和50年2月28日判タ320号160頁)において判断基準は「需要者」と示されたが、その公式の判例解説(佐藤繁〔判解〕最判解民事篇昭和49年度318頁)において、これらの判示が混同説に立つものでないことを示唆している(90頁)。
意匠法は創作を保護していること(それゆえ登録要件として創作性を求めている)から、創作説を正当とすべきである。
実際、裁判例においても混同を理由に侵害を認めた事案では、意匠的形態の共通性を観察していることから、実質的には創作を基準にしているようにも読める(92頁)。
これらの実務傾向を崩さずに本改正を理解するならば、同項に言う「需要者」とは先行意匠に知識を持つ「取引者」が意識されていると解することになる(92頁)。この解釈は欧州共同体意匠規則10条に言う"informed user"と同じように考えるものである。

2.考察
意匠の類似についての判断基準には争いのあるところであり、「創作説」(当業者が判断基準となる)と「混同説」(一般需要者が判断基準となる)に分かれている。
創作性説は、(1)意匠法が登録要件として求める創作性との整合性、(2)意匠法が創作活動の保護法として位置づけられることから、競争秩序維持法で用いられる「混同」概念を持ち出すことの不整合、を主たる問題にしているように理解できる(牛木理一「意匠の類似について――意匠権侵害論序説――(1)(2)」パテント44巻(1991年)9号37頁〜・10号30頁〜、中山信弘「〔十川ゴム事件最高裁判決〕判批」法学協会雑誌92巻10号154頁、などを参照)。
もっとも、(1)は法制度のとしての好ましさと言えばそれまでであるので、混同説を否定する決定的な理由で無いように思われる。(2)は創作保護法であることを強調するならば、著作権法で保護すればよいのではないかという疑問がわく(しかも、著作権法では意匠権の保護対象は「応用美術」として明示に保護を避けている)。むしろ、意匠法は創作奨励と競争秩序維持のバランスを図ったものと理解することが出来るのではないか。そうならば(2)もまた決定的な理由とならない。
そうならば、本改正は政策的に、意匠法の性格を決定付けたものとも理解できる。(この点について、意匠法の歴史を無視するものとして牛木先生が「改正意匠法24条2項への疑問――DVD著作権裁判の教訓――」批判をされているが、前述のように必ずしも意匠法の性格と相反するものでないように思われる。)
だが、牧野先生が指摘されるように、実務上の混乱を招く可能性や、本改正によっても明示されたわけでない「混同」概念を用いることの根拠の乏しさ、さらには、登録要件との不整合は望ましいものではない。
牧野先生の「需要者」の解釈は、この不都合を、かなりの程度解消するのではないだろうか。本改正においても「創作説」が維持できることを示したものとして、この論文は意義があると考える。

(ちょっとコメント)
このブログをまとめ出して1年半になるが、初の意匠法に関するメモとなった。意匠法はまだまだつっこみ甲斐がありそうでワクワクする。と、同時にわからないところだらけ。このメモや考えも間違っているところもあるはず。
ちなみに、牧野先生は所属していたクラブの大先輩…。わからないとこだらけ、なんて言ったら勉強が足りない!と怒られそうだ。
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