※お断り
政治問題も絡む事案です。政治的な立場からのご意見もあるでしょうが、私はあくまで法律の解釈論のお話を政治的な立場を交えずに進めています。おかしい!とお思いになるのであれば、それは法律がおかしいのかもしれません。法律がおかしい場合には、国会議員に陳情し、世論を喚起することをなさるべきであるとお断りします。新聞報道(産経新聞2007年1月19日)によると、隠岐島での土産品として「竹島」の名称を含む饅頭菓子を販売している東京の土産菓子屋が、商品名につき商標登録出願したところ、4条1項7号違反(公序良俗違反)を理由に拒絶されたようである。その理由の詳細は、「大韓民国と我が国との間で領土問題化している島根県の『竹島』の文字を含ん」でおり、「商標として採択・使用することは、両国の関係に無用の混乱を招くおそれがあり、社会通念上穏当では」ない、という点にあるようだ。
同号は国家の一般的利益擁護を含む趣旨であると理解されており(平尾正樹『商標法』(学陽書房、2002年)142頁)、外交上の弊害を懸念して拒絶すること自体(今回の判断という意味でなく、判断の前提という意味である)は、同号の解釈としては問題の無いものと考えられる。同様の事案としては、「征露丸」(正露丸ではない)が拒絶された例(大判大正15年6月28日)があり、これは、ロシアとの外交関係上の弊害を懸念している。ここから今回の判断は、前例に無い判断ではないとわかる。若干、考慮材料は異なるものの、外交上の弊害を懸念したという意味では、〔『Anne of Green Gables』商標事件〕知財高判平成18年9月20日平成17年(行ケ)第10349号の判断とも共通性があるように思われる(もっとも、同判決は正面からは国際商道徳という観点からの拒絶を正当化している。しかし、それだけでは説明できない面もある)。
ただ、問題は何をもって「外交上の懸念」とするかの基準である。今回の判断に対する批判があるように、多分に恣意的な要素は免れ得ない。極力謙抑的であるべきである。では、どのような場合に「外交上の懸念」を理由とした登録拒絶が許されると解するべきか。
そもそも外交上の懸念が生じる理由は、商標登録を許すということは国家が権力によりその標章(名称など)の利用において排他性を肯定するということである。ある種のお墨付きを与えることであり、他国を刺激することは十分に想定される。つまり、政府当局が進めている外交に、特許庁が横槍を入れる事態を起こしかねないのである。また、そのような名称の独占使用を許可することで、第三国からその「品格」を疑われることも懸念される(「品格」を疑われるか否かの判断基準は、その当時の国際的な社会通念や国際外交儀礼に求められよう)。端的に言えば、第三国の関係においても自国の国益を損ない得るのである。
もちろん、そのようなことは懸念に過ぎない。どう捉えるかは、態度決定の問題である。
この態度決定に関して、「特許庁が外交に横槍を入れる」という点を問題視すべきという立場ならば――すなわち、主権者たる国民が正当に選挙により選出した国会議員による主権行使の過程を、選挙による審査を受けていない一行政庁が妨害しうるという点を考慮するならば――、「外交上の懸念」が生じるものは極力登録すべきでないと言えるのではないだろうか。そうすると、恣意性という弊害との調整が必要となる。これを考察すると、政府が外交問題として検討しているか否かが一つの基準となろう。
第三国との関係、つまり国際外交儀礼を重視するのであれば、これに加えて当該行為が国際外交儀礼上、許容されているかが判断基準となろう。今回の場合で言えば、領土問題となっている地名にちなんだ商標登録がどれほど他国で許容されているか、である。今回、そこまでのリサーチはしていないが、そのような国際儀礼があるかは注目したい。
この問題は、結局のところ、公共の利益――つまり国益――をどこまで考慮するかに最終的には帰着するように思われる。商標登録を許すことで守られるのは私益である。国益と私益、どちらにより重点を置くかの立場は分かれるところであろうが、国益を守るという立場からすれば、この判断はあながちおかしなものでないように感じられるのである。
なお、このような理由で商標登録を許さなかった標章が周知となった時、不正競争防止法上の保護を受けられるかについては、検討の余地があろう。仮に受けられるとすれば、商標登録を受けられない不都合は軽減されることとなる。
※先輩とこの話題をしていたら、「竹島」が挑発的でダメなら、じゃぁ「独島」だったら登録が許されたのか、というウィットのきいたチャチャを入れていた。実はまじめに考えると面白い点かもしれない。どうなんだろう…。
※※産経新聞は、『竹島問題に詳しい拓殖大学の下條正男教授(56)は「竹島が韓国領なら分かるが、どうしてだめなのか。問題が起こらなければ、よしとする役人的な発想だ」と話している。』と記事に書いてあったが、歴史の専門家に聞いても…と思う。問題はあくまで「商標法」なのだから、知財法の専門家に聞いてほしかった。法律家からすれば、政治的責任をとらない役人が問題を起こしてはまずいのである。たとえば、日本と友好的な国であるアメリカとの外交問題を揶揄するような商標をあっさり登録されることの弊害を考えてほしい。それを考慮すれば、現状の法律からは、今回の恣意性はやむを得ないのではないか。今後、基準について立法論として政治家が議論を進めるべきであるように思う。