では、なぜアメリカの中に先願主義へ転換を嫌がる声が少なからずあるのだろうか?少なくともグローバルな展開をしている企業にとっては、他の主要国と制度が整合している方が有利であるように思う。個人発明家や大学にせよ、世界に潜在的ライセンシーがいる。彼らにとっても、同じような制度の方が望ましいのではないだろうか。
あるいは、先願主義に比べ先発明主義には明白に合理的な利点があるのだろうか。合理的な利点の有無を少し考えてみた(注1)。(私は米国特許制度に明るくないし、しかも世にある多くの先行研究に目を通せていないので下らないことを言っているかもしれない。その場合はご教示いただければ幸いである。)
■先発明主義は個人発明家、中小企業にとって公平な制度か?
先発明主義を擁護する見解は、先願主義への批判として、次の理由を挙げる(注2)。
○先願主義は出願のための資本・労力の投下を、発明の完成まであるいは完成直後に求めることになり、発明完成のための資本・労力を削ぐ。
○出願のための資本・労力は大企業ほど割きやすく、個人発明家・中小企業にとって不公平である。
確かに前者については否定の余地はない。しかし後者は抽象的に一般化できるのだろうか。実証が必要ではないだろうか。私も実証できている訳でないので非常に不毛な話になるが、次のような批判を思いつく。
○大企業よりも個人発明家・中小企業の方が、出願の是非判断を迅速に行うことができ、想起の出願準備をできる場合が少なくないのではないか
○特許代理人が一般化したいま、大企業と個人発明家・中小企業との間で出願のために割く資本・労力の差は「不公平」と言えるほど大きくないのではないか
また、後者については、現状のアメリカの制度は次の理由から個人発明家・中小企業にとって不利であるようにも思う。
○グレースピリオドがあるため、最低1年間権利関係が安定しない。これにより、特定の特許に依存した事業展開を行う場合、特許権を担保ないし収益源とした資金調達を行うことが、先願主義に比べ遅れることとなる。これは資本力に劣る個人発明家・中小企業にとって不利ではないか。(なお米国の制度では、出願後、第三者が当該発明に関し、特許権取得をする可能性がある。これは、日本や欧州の制度に比べ、事業化に対する大きなリスクと考えられる。そのようなリスクを負う個人発明家・中小企業が十分な資金調達ができるのだろうか。)
■誰が喜ぶのか?
現状の制度は、近時、個人発明家にとって有利に働いていないとの指摘もある(注3)。
他方で、大学を中心とする研究機関にとっては、研究成果を発表し、事業化のパートナーや応用研究のパートナーを募った後で、権利化の有無を判断できるというメリットが想定される。
米国では、大学からの研究成果の公表が多いとの指摘もある(注4)。このような研究成果の公表は、先発明主義、あるいは、グレースピリオドがあることに起因する合理的な行動なのかもしれない。
先発明主義に喜ぶのは大学であり、その大学が世界的に見て強いから、先発明主義、少なくともグレースピリオドを維持したい、というロジックがあれば面白い。この点は、今後注視したい。
(注1)これを考える材料にと思い、Suzanne Konradさんというシカゴ・ケント大の大学院生の論文The United States First-to-invent System: Economic Justifications for Maintaining the Status Quo, 82(3) Chicago-Kent L. Rev. 1629-1654 (2007) available at http://lawreview.kentlaw.edu/articles/82-3/Konrad%20Author%20Approved%20Edits(H)(P).pdf を読んだ。学生さんの論文とはいえ、先発明主義擁護の立場から、しかも経済学的分析ということで、我々が見落としている先発明主義の利点の発見に期待したが、失礼ながら粗末な内容であった。経済学的分析とはほど遠いものであったし、立論に根拠が無かった。せめてcitationに参考となるものはないかと願ったが、それも期待できなさそうである。これを拡大解釈することは望ましくないが、アメリカの先発明主義擁護の議論はそんなものなのだろうか、と思ってしまう。
(注2)id at 1634はこれを所与のものとしている。
(注3)米国上院公聴会でのGerald J. Mossinghoff氏の発言。吉田哲「米国の特許法改正における主要な論点と産業界の反応(中)」知財Awareness 2005年9月15日記事 http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/gov/nara_yoshida20050915.htmlも参照。
(注4)日経産業新聞 2008年3月25日記事「オープン化が変える知財戦略」