2012年05月05日

[特許]1980年〜90年の日米貿易摩擦時の知的財産制度問題からの示唆

■TPPの狙い=模倣対策とそのための知的財産権制度のハーモナイゼーション?
渡辺惣樹『TPP 知財戦争の始まり』(草思社、2012年)は、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)と知的財産制度の結びつきの可能性を推論したもので面白かった。
渡辺さんが米国政府発表等を広く分析したところ、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を推進する背景として、莫大な海賊版被害を抑え、農作物の輸出とは比べ物にならないほどの利益を既存の輸出品によってもたらすことが狙いとなっていると推論できるという。そのための手段として、TPPを使って、中国を抑え込み、知的財産権制度のハーモナイゼーションを進めることが意図されている、と渡辺さんは説明されている。

仮にこの推論が正しいとして、米国が求めたい知的財産権制度のハーモナイゼーションとは何なのだろうか。例えば特許法でようやく先願主義(ただし、先発明先願主義)を採用した米国は、日本や欧州から見ると、ハーモナイズすべきはまず米国の制度であるようにも見える。

ここでは、米国政府が求めている可能性がある点を、過去の日米の特許制度問題をアナロジーとして考えてみたい(なお、商標制度、著作権制度も同様に問題になっているかもしれないが、割愛)。

■日米貿易摩擦下の特許制度問題
□米国政府が指摘する日本の特許制度(1990年当時)の問題点

1993年に公表された米国会計検査院のレポート[注1]によると、以下の点が指摘されている。

・日本において特許に関して問題を抱えている米国企業は、米国または欧州で特許に関して問題を抱えている企業の3倍存在する。
・日本において特許に関する問題点として指摘されているものは
 −特許権設定登録までの期間の長さとコスト
  【要因】
  a)特許付与前異議申立制度の存在
  b)多数の特許出願の存在、特許庁の審査官の少なさ
 −特許権保護期間の相対的な短さ(当時、出願公告から15年、ただし出願から20年を超えないものとされていた)
 −パイオニア発明に対する特許権取得の難しさ(異議申立てが殺到し審査が長引いてしまうため)
である。
・特許権のエンフォースメントに課題があるため、米国企業は日本での特許出願を抑えている(ただし、特許に関する問題で事業が不利になっていると回答した企業は少ない)。具体的な課題は、
 −訴訟手続においてディスカバリーがないこと
 −訴訟審理が長期にわたること
 −裁判所が特許された請求項を狭義に解釈すること
 −仮処分命令を勝ち取ることが難しいこと
 −損害賠償額が適切でないこと(合理的な実施料が損害賠償額として認定されるため、侵害をした方が得になってしまうこと。なお、当時、損害額の算定規定、推定規定は存在せず、1999年改正を待たなければならなかった。また、懲罰的損害賠償がないことも言及されている)
 −文化の違いや距離の遠さだけでなく代理人(弁護士)の絶対数が少なく良い弁護士を探すことが容易でないこと、
である。
・ただし、米国企業の中には日本での特許出願方法に工夫をしているものもある。また、欧州企業も日本で同様の問題を抱えているが、欧州企業は米国・日本・欧州の特許保護に満足している。
・これに加えて、特許の洪水(Patent Flooding)問題が生じている。特許の洪水問題とは、外国企業が日本に出願すると日本企業が当該出願に関連する特許を多数出願し、クロスライセンスを求めるものである(しかも、出願の有効性を争うには10万ドル以上のコストがかかるため米国企業には大きな負担となる)。その発生は8件の出願中1件の割合になっている。

□日本の特許制度の問題点は本当に問題点か?
この違いを、米国の一部のジャーナリストは「日本の特許制度の驚くべき実態」であり、「日本が外国の技術を強奪する手段」とすら捉えていた[注2]。
たしかに、特許権設定登録までの期間の長さとコストや特許権保護期間の短さは、今の日本の制度から見ると課題ではあるが、これは研究開発力を有する日本企業にとっても障害になる。エンフォースメントについては、訴訟審理が長期にわたっていたこと、代理人が少ないこと、侵害し得の損害賠償額算定に(当時は)なっていたことは、同様に課題であるが、エンフォースがしやすければよいというものではない。

米国の特許の審査は緩やかであると評価されるが、このことと相まって、特許権のエンフォースが強力な米国では専ら非実施機関(いわゆるパテントトロール)による訴訟が頻発し、問題となっている。Bessen教授らの試算によると、非実施機関により失われている費用は毎年6兆円を超えているという。

また、ディスカバリー制度や、仮処分が得やすい制度は、欧州や日本から見れば米国固有の制度である。
実際、会計検査院の報告書にあるように、欧州企業の多くは問題を感じていない。自国の司法制度に特化しすぎた一部米国企業の問題が、日本の問題として捉えられてしまった感が否めない。

特許の洪水については、外国企業には異議申立のコストが高くなりがちであること、侵害訴訟で特許無効の抗弁ができないこと(キルビー特許事件最高裁判決が出たのは2000年)を考えると悩ましい問題であったことは理解はできる。だが、これは日本の制度に限った問題ではない。米国の特許代理人によって、同様の事例は米国でも存在することが報告されている[注3]。

□米国政府が要求したハーモナイゼーション
以上の指摘された問題点だけを見ると、妥当でない問題提起も含まれているように見える。しかし、実際に提言されたハーモナイゼーションに関する論点は比較的穏当なものだった。司法手続にはほとんど言及がされていなかった。

米国会計検査院のレポートでは以下の制度変更を日本に働きかけるべきと結論づけている。
(1)特許侵害訴訟に限定したディスカバリーの創設すること(GATT=TRIPsを通じた制度改正を働きかけるべき)
(2)出願から20年間の保護を行うこと(GATT=TRIPsを通じた制度改正を働きかけるべき)
(3)英語での出願を認め誤訳があった場合には英語に準拠すること
(4)特許審査の期間を2年以内とすること
(5)特許付与前異議申立制度を廃止すること
(6)12ヶ月のグレースピリオドを導入すること
(7)侵害訴訟において均等論を採用すること

これらの点に関して、日本は制度改正を行っている。要求が受け入れやすいものであった表れではないだろうか。
(1)に対応して:侵害訴訟における被告の行為の具体的態様の明示義務、書類の提出命令(1999年改正)
(2)に対応して:出願から20年間保護(1994年改正:従来は出願公告から15年、ただし出願から20年を超えないものとされていた)
(3)に対応して:外国語出願制度の創設(1994年改正)
(5)に対応して:特許付与前異議申立て制度は1994年改正で特許付与後異議申立制度に変更された(その後、2003年改正で異議申立制度自体が廃止)
(7)に対応して:均等論の採用(1998年最高裁判例『ボールスプライン軸受事件』最判平成10.2.24民集52巻1号113頁。ただし、下級審では一部で採用されていた。)

□現代へのアナロジー
現在、同様の問題は日本企業の中国における知的財産権行使を巡っても生じているように思う。おそらく米国企業も同様の悩みを中国に対して抱えているだろう。米国政府が狙うとすれば、1993年に要求したことと同じようなハーモナイゼーションなのかもしれない。

[注1]U.S. Government Accountability Office, U.S. Companies' Patent Experiences in Japan, GGD-93-126 (1993).
[注2]パット・チョート(著)=橋本硯也(訳)『模倣社会−忍び寄る模倣品犯罪の恐怖』(税務経理協会、2006年)265頁-267頁(原書:Pat Choat, Hot Property: The Stealing of Ideas in an Age of Globalization, Knopf (2005))
[注3]Sri Krishna Sankaran, "Patent Flooding in the United States and Japan", IDEA The Journal of Law and Technology 40 (2000), 393-425.
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2011年01月02日

[特許]特許要件を欠く発明に係る特許を受ける権利の侵害(毒餌誘引用ボックス事件)

東京地判H22.12.24(平成21(ワ)8813)最高裁判所Webサイト

■事実の概要
本件の主な事実関係は以下の通りである。
原告の代表者が毒餌誘引用ボックスに関する考案(以下、原告発明という)を行い、被告に対し提示をしたことを契機に、原告と被告は毒餌誘引用ボックスの共同開発を行うこととなった。その後、原告のアドバイスを受け、被告が原告発明を含む毒餌誘引用ボックスの考案を完成させ、原告の代表者を共同考案者とし、被告を単独の権利者とする、毒餌誘引用ボックスの考案についての実用新案登録出願(2008年6月4日出願、同年7月23日登録。以下、本件実用新案権という)を行った。しかし、2008円10月24日、本件実用新案権の放棄の手続がとられた。なお、登録後の2008年10月から本考案の実施品が被告により発売されている。

■原告の請求と被告の主張
原告は、原告発明を利用した本件考案について実用新案を受ける権利を承継していないと主張し、主位的には特許を受ける権利を損なったことが不法行為に該当するとして損害賠償を、予備的に商法512条に基づく報酬(営業の範囲内で行った他人のための行為に対する報酬請求権)を請求した。
これに対して被告は、主位的請求に対する反論として、原告発明は新規性、および、進歩性を欠くこと、予備的請求に対する反論として、被告から原告への委託はなかったこと、また、原告が提供した情報は新規性・進歩性を欠く無益な情報であり「他人のため」にしたことといえないことを挙げた。

■判旨
□特許受ける権利の侵害について
被告の反論の通り、原告発明は新規性および進歩性を欠くために特許を受ける権利を享受しないとして以下のように述べ請求を認めなかった。
原告発明1、2のいずれについても特許要件が認められず、原告発明について「特許を受ける権利」の侵害を観念することはできないから、被告による本件実用新案登録出願、本件実用新案権の放棄が原告の特許を受ける権利を侵害したとすることはできない

□報酬請求権について
以下のように述べ、請求を認めなかった。
被告製品は、そもそも原告と被告の共同開発品という位置付けだったのであり…(中略)…、A〔引用者注:原告代表者〕による上記の様々な意見やアドバイスも、共同開発者としての原告自身の利益を図るために行われたものということができるのであって、必ずしも被告に利益を与える意思で、被告のために行われたものと認めることはできない。
したがって、本件において、原告は、客観的にみて被告のためにする意思をもって被告製品の開発に関与したと認めることはできないから、被告に対し、商法512条の規定に基づく報酬金を請求することはできないというべきである。

■コメント
共同開発に至る場合には何らかの覚え書きを交わしておくことの必要性を表す事案であるとして、実務上示唆的な案件である。
特許法解釈の観点からは、特許を受ける権利の侵害の観念にあたって特許要件の充足を求めた点が気になる。というのも、前提が大きく異なるものの、職務発明の承継に基づく対価が問題となる場面では、特許を受ける権利の承継とそれによる対価請求権は認めつつ、新規性、進歩性を欠く場合には独占的利益を否定して、結果的に請求を退ける例(注1)が見られており、一見すると、異なる判断を示す裁判例があるように思われるからである。他の前例や学説についても調べたいところであるが、これは後日…。
(注1)例えば大阪地判H19.7.26.(平成18(ワ)7073号)。
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2010年06月07日

[特許]冒認出願に対する真の権利者からの移転請求制度導入にあたって必要な立法的対処

産業構造審議会 知的財産政策部会 特許制度小委員会で、特許制度の根に関わる重要なテーマが議論されている。その中に、冒認出願に関する救済措置の整備が挙げられている。
長らく実務側から要望されていた、冒認出願に対する真の権利者からの移転請求制度導入が検討されている。

その中で、移転請求と侵害訴訟についての論点が気になった。私としては立法的対処が必要な点であると考える。

■移転請求と侵害訴訟についての論点
特許庁「冒認出願に関する救済措置の整備について」産業構造審議会 知的財産政策部会 第27回特許制度小委員会 資料3(2010年)13頁には、冒認者の権利行使に対する抗弁の主張に関連して、「移転請求制度を導入した場合であっても、冒認者の権利行使に対する抗弁の主張は、真の権利者以外の者にも可能とするべき」
とし、その上で以下のように述べている。
「なお、真の権利者の救済を目的として移転請求制度を導入する趣旨からすれば、真の権利者に特許権が帰属した後においては、真の権利者による権利行使が否定されないこととすることが妥当である。」

これは、次の2つの意味で読むことができる。さて、後者の読み方をして良いものだろうか。
・侵害訴訟が係属中であれば、真の権利者への特許権の移転により抗弁の基礎となる事情が治癒することを確認する趣旨。
・冒認出願に基づく抗弁が採用され請求棄却の侵害訴訟が確定した後であれば、真の権利者への特許権の移転により、再審請求が可能とする趣旨。

■私見:再審請求を可能とすべきかも含めて立法的対処が必要
再審を認めると、侵害者とされた第三者の法的な立場は不安定になる(もっとも、真の権利者への移転前に侵害訴訟が結審する事例はそれほど多くないのではないかと想定される)。他方で、真の権利者の救済につながることは間違いない(もっとも、真の権利者には侵害訴訟が結審するまで放置していた――ただし、侵害訴訟発生の事実は真の権利者には覚知し得ないが――という落ち度があると評価もできる)。

私見では、冒認出願の抗弁を行った時点で真の権利者の存在を覚知しているのであるから、侵害者の立場の保護は、真の権利者の救済より劣後してよいと思う。結論として、再審は認められてよいと考えている。

いずれにせよ、抗弁の基礎となる事実が解消された場合として一般的には評価出来ると考えられ、民事訴訟法338条1項に掲げる再審事由のいずれにもあたらないものと私は考える。そうであると再審を認めるのであれば立法的対処が必要となる。
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2010年06月06日

[特許]侵害訴訟での無効抗弁のダブルトラック化での無効審判・訂正審判の結果の取り扱いに関する覚え書き

高部真規子「特許の無効と訂正をめぐる諸問題」知的財産法政策学研究24号(2009年)1頁-24頁(北大Webサイトで入手可能)読書メモ

無効審判、訂正審判、侵害訴訟の帰趨相互の関係を網羅的に整理したもの。実務上の重要な俯瞰ができるうえ、立法的課題も明確にしている。

■論文の中で筆者が学んだ点
・侵害訴訟で請求認容後、無効審決が確定した場合、104条の3が制定された現在においてこれが再審事由となるかについては、見解が分かれている。再審事由にあたるとの見解もある一方、民事訴訟法338条1項但し書きを類推適用、または、その趣旨をふまえて信義則違反とすることにより再審を常に否定、または、否定する場合があるとの見解も存在する(高部判事は後者を採っている。)。紛争の一回的解決を目指すのであれば、本来は立法的な手当として、ダブルトラック下における調整規定が必要であった(11頁)。
参考:民事訴訟法338条1項但し書き
ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
・侵害訴訟で請求棄却後、訂正審決が確定した場合、〔ナイフの加工装置〕事件最高裁判決(最判平成20年4月24日民集62巻5号1262頁)の法廷意見(なお、同事件は侵害訴訟の上告審が継続中の事案であり前提が異なる)に基づくと再審の余地があると考えられるが、これだと特許権者は蒸し返しのために訂正を悪用できる。高部判事は、訴訟上の信義に反するとして際しひんを否定すべきと主張されている。
・侵害訴訟で請求認容後、訂正審決が確定した場合、〔ナイフの加工装置〕事件最高裁判決(最判平成20年4月24日民集62巻5号1262頁)の泉判事意見に基づくと再審の余地がある。この場合、無効審決の場合(一番上のナカグロ)のように再審を申し立てる側(侵害者)は訂正を申し立てることはできないので、これを侵害訴訟中に行わなかったからといって訴訟上の信義則に反するという処理をすることはできない。しかし、侵害訴訟で請求認容後、無効審決が確定した場合とのバランスを考えれば再審を制限する余地があるのではないか(ただしその手法は立法による)と高部判事は指摘されている。

■(追記:2010/06/07)立法的対処の検討状況
現在、産構審知的財財産政策部会で議論が進んでいる。論点がわかりやすくまとめられている資料として、特許庁「特許制度に関する法制的な課題について」産業構造審議会知的財産政策部会 第25回特許制度小委員会 資料3(2010年)参照。
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2010年05月20日

[特許]無償で発明を公開する背景

ソフトウエア技術を中心に、ユーザー側が発明を行い、しかもその発明を無償(ただし、オープンソースソフトウエア(OSS)のように無償ではあるが、その他の製薬条件が科されていることがある)で公開する動きは既に定着している。MITのvon Hippel教授の研究によると、オーストラリアでの図書館の蔵書検索システムやTechnicon Corporation社の血液分析機器においても、同様の現象があったことが紹介されている(注1)。

独占的利益を得ることとは対極的な行為にある、この無償で発明を公開する背景を考えてみたい。

■ユーザーによるイノベーションを無償公開する理由(von Hippelの分析による)
ユーザーにより達成されたイノベーション(またはインプルーブメント)の成果は、以下の理由から無償で公開されやすいことがvon Hippel教授らによって指摘されている。
・メーカーにそのイノベーションを採用させやすくする
・自らの環境に最適化したイノベーションを普及させることで有利な立場に立つ
・名声を得る
また、ユーザーにより達成されたイノベーションが細分化されたニーズを反映している場合、当該イノベーションの成果を公表してもユーザー側の競争力をそがない(注2)ということも無償公開の要因となる場合あるようだ。

また、同教授が行ったゲーム理論モデルによる分析からは、ユーザーが起こしたイノベーションについては、何らかの模倣から守ることは合理的な選択肢でないことも指摘されている(注3)。

■von Hippelの分析は日本でも妥当するか?
もっとも、同じことが日本で直ちに当てはまらないのではないか、と私は考える。

日米で特許制度の効果に対する認識が異なっており、発明を無償で公表しないことの効用への評価に差異があるのではないだろうか。

米国では、製薬・化学分野を除けば、古くから特許制度の効用はあまりないと捉えられている。たとえば、1987年に異なる業界の650人の研究開発担当幹部にアンケートを実施した調査結果によると、化学・製薬業界からの回答者以外の全員が特許を「比較的効果がない」と判断していたことが紹介されている(注4)。

また、1994年に実施された日米企業に対する質問表調査では、イノベーションにより生み出される利益を回収するために特許が有効であるとの回答が米国企業に比べ日本企業で多かったことが指摘されている(注5)。

このことから考えると、日本ではユーザー側が自らが起こしたイノベーションの成果を特許権によって保護し、それを材料としてメーカーに交渉を持ち込むことが起こりやすいのではないだろうか。

(注1)Dietmar Harhoff, Joachim Henkel and Eric von Hippel, "Profiting from Voluntary Information Spillovers: How Users Benefit by Freely Revealing Their Innovations." Research Policy 32 (2003):1757.
(注2)ここでのユーザーは例えば、製造機械のユーザーであると想定すると理解しやすい。
(注3)supra note 1:1768.
(注4)Richard Levin, Alvin Klevorick, Richard Nelson and Sidney Winter,"Appropriating the Returns from Industrial Research and Development." Brookings Papers on Economic Activity 3 (1987):783-832.(原文未入手。エリック=フォン=ヒッペル(著)・サイコムインターナショナル(訳)『民主化するイノベーションの時代 メーカー主導からの脱皮』(ファーストプレス、2006年)113頁(Eric von Hippel, Democratizing Innovation (Cambridge: The MIT Press, 2005), 84)からの孫引き。
(注5)Wesley M. Cohen, Akira Goto, Akiya Nagata, Richard R. Nelson and John P. Walsh, "R&D spillovers, patents and the incentives to innovate in Japan and the United States." Research Policy 31 (2002):1349-1367.
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2010年05月19日

[特許]発明者に「技術で勝ってビジネスで負けないようにさせるインセンティブ」を与えるためには

ここ1ヶ月、なかなか知識の充電が進んでいなかった。反省…。

日本の職務発明制度(特許を受ける権利をあらかじめ定めた規定等によって使用者に承継させる代わりに、「相当な」対価を求めること)は経営側にも知的財産部門にも評判が良くないように感じられる。
経営者からすると、「ビジネス上のリスクをとって利益を上げたのに…」という思いが、
知的財産部門からすると、「特許を権利化するにあたって自分たちの貢献は小さくないのに…」という思いが、それぞれあるのは自然なことだと思う。

後者については、いわゆる特許の法的な質を上げることが特許権による収益にどの程度貢献したかが定量的に明らかでないことが要因であるし、それが明らかになると「相当な」対価の算定も納得性の高いものに近づくように思われる。

ただ、前者についてはいかんともしがたい。対価算定の在り方をめぐってはまだまだ議論のあるところとなるように思う。

では、そもそも「相当」の対価算定にあたって、現行法の下ではどのような枠組みが良いのか考えてみた。

裁判例を俯瞰すると多くの場合、当該特許権を用いた事業により生じた、または、生じるであろう利益に基づいて対価の算定がなされている。この算定方法を違う角度から眺めると、発明者にとって、当該特許権を用いた事業がうまくいくようにさせるインセンティブを与えているものと評価することもできる。特に、製薬・化学産業を除けば、一つの製品に複数の発明が関わってくることが当然となっている。事業により生じた利益を分配するようにしておけば、周辺技術やより改良した発明を発明者に促すことになる。ひいては産業発展にもつながり、特許法1条に定める適合するように思われる。

他方、事業により生じた利益を分配する手法であると、特許化に失敗した場合や事業に失敗した場合に発明者に対価が分配されないことが公平に反すると評価する意見もあるとは思う。そのような評価に基づいて、同等の技術であればいくらであったか、という仮想的な特許権の価値に基づき算定を行う方法もあるかもしれない。しかし、これだと追加的な発明を促進しない。

ここから、裁判所がポリシーレバーを握るならば、仮想的な特許権の価値に基づき算定を行う方法を裁判所は採らない方がよいということができ、企業も労使の間で対価の約定をするときはそのような方法をとるべきでないと言える。

…とまぁ、結論としては当たり前なのであるが、そんな議論を目にしたことがないので、つぶやいてみた。
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2010年04月14日

[特許]Patent Failureでの日本でのあてはまりを考える際の留意点

■Patent Failureは普遍的に妥当するのか
企業の株式市場での価値にもとづき特許の価値を推計し(注1)、そこから1件あたりの特許の価値を導くと、製薬・化学産業を除く産業では特許1件当たりの訴訟コストの方が特許1件あたりの価値を上回ってしまっている、という研究成果がBoston大学のBessen教授らから示されており(注2)、日本の政策検討にあたっても2年前の段階で参照されている(注3)。

読者の方には当たり前と思われる方が少なくないことと思われるが、訴訟コストの国による違いは大きく(図1参照)、とくに米国の訴訟コストが高いことを考えると、Patent Failureは特許制度に普遍的に当てはまるものと直ちに言えるものではないと結論づけることが出来る。
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(出典:WIPO, WIPO Magazine, Febrary 2010, p.19に基づき筆者作成)

図1 特許侵害に関する第1審の訴訟費用の一般的な上限(代理人費用を含む)


■日本はPatent Successと言える可能性はあるか
古くから日本企業は特許制度が技術の専有に有効な手段と考えており、少なくとも米国企業との対比においては確実に有効性を評価している(注4)。
Mark Lemley教授が指摘する米国特許法の改善すべき点を見ると、いずれも日本の特許制度が改善例を実践しているようにも見える(注5)。
こう考えると、日本はPatent Successといえる部類に入るのかもしれない。

しかし、この具体的な現れとして、特許出願件数が多いことを挙げることにはためらいがある。

Bessen教授が指摘(注6)されるように、米国では訴訟のコストが高いにもかかわらず特許取得が多数行われている。第三者からの攻撃から守るために特許出願を行う、ということが行われており、社会から見ればパレート効率的でない行為が各特許出願人により行われていると評価出来る。

同じ事が日本でも当てはまっている可能性がある。

実際、訴訟費用と特許出願への積極性(代理指標としてGDPあたりの特許出願件数を設定した)を取る(図2参照)と、訴訟費用は必ずしも特許出願件数を抑制する一義的な原因となっているようには見えない。
IPGhost100414.jpg
(出典:筆者作成(注7))

図2 特許侵害に関する第1審の訴訟費用の一般的な上限と特許出願への積極性の関係


一般的な損害賠償額や権利の安定性などを加味しなければ評価出来ないものと考えられる。

(注1)手法はJames Bessen, "Estimates of Firms' Patent Rents from Firm Market Value", Boston University School of Law Working Paper No.06-14, 2007 available at SSRN Website
(注2)James Bessen & Michael J. Meurer, Patent Failure: How Judges, Bureaucrats, and Lawyers Put Innovators at Risk, Princeton University Press, 2008, p.138
(注3)イノベーションと知財政策に関する研究会・特許庁『イノベーション促進に向けた新知財政策 報告書』(2008年)79頁 available at JPO Website
(注4)1994年に日米企業に対する調査を行った結果、イノベーションの専有可能性を確保する上で、米国では日本よりも特許以外の方法が有効とされていることを明らかにしたものとして、後藤晃・永田晃也「イノベーションの専有可能性と技術機会:サーベイデータによる日米比較研究」文部科学省政策科学研究所 Report No.48(1997)、Wesley M. Cohen, Akira Goto, Akiya Nagata, John P. Walsh. Richard R. Nelson, " R&D Spillovers, Patents and the Incentives to Innovate in Japan and the United States", Research Policy 31, 2002。
(注5)拙稿(本ブログ2010年1月1日記事)「[特許]2010年は「特許権の無視」をしない年にしたい
(注6)前掲注3・イノベーションと知財政策に関する研究会・特許庁79頁。
(注7)訴訟費用額はWIPO, WIPO Magazine, Febrary 2010, p.19に基づき筆者算出、GDPはUN, National Accounts Main Aggregates Databaseに基づき筆者算出、特許出願件数はWIPO Statistics Database, December 2009。
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2010年04月12日

[特許]特許の補正・分割・訂正に関わる制度・運用の変遷を知る資料

特許の補正・分割・訂正に関わる制度とその運用はめまぐるしく変わっている。過去の判例や学術文献、実務家からの記事を読む際には十分にそれらの制度の差異、運用の差異を踏まえていけないのだが、なかなかやっかいな作業と思っていた。

が、2008年にその点をまとめた文献が出ていたをある論文を読んでいて知った。
自らの研究用の備忘までに記しておく。

西島孝喜・日本弁理士協同組合『明細書の記載、補正及び分割に関する運用の変遷―特許法改正と実務上の留意点(昭和50年改正から平成18年改正まで) (単行本)』
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2010年01月01日

[特許]2010年は「特許権の無視」をしない年にしたい

マーク=レムリー(著)・島並良(訳)「特許権の無視」財団法人知的財産研究所・島並良『岐路に立つ特許制度―知的財産研究所20周年論文集―』(2009年)67頁-89頁(Mark A. Lemley, "Ignoring Patent", 2008 Michigan State Law Review, p.19- (2007)の翻訳)読書メモ

2010年の『新成長戦略』は示された。
さて、その基盤はどうか。

特許制度がこれからの経済の発達に寄与できるものであるかどうか、新年の初日に考えてみた。

"Patent Failure"や"Patent Crisis"という言葉が特許制度を巡って登場するようになった中、特許制度のあり方について、日本、米国、欧州、中国、インド、ブラジルの代表的な研究者・実務家が著した論文をまとめた、大変読み応えのある本が出ている。
この中に、スタンフォード大学のLemley(レムリー)教授が著された興味深い論文がある。
法学、経済学双方の観点から特許制度を研究されてきた教授が示された、望ましい特許制度像は、日本の制度のあり方に示唆を与えていると私は考える。

■Lemley教授が考える特許制度の課題とあるべき方向性
Lemley教授は、産業界の多くで少なからず特許権の存在を無視している、言い換えると、すべての特許権の非侵害を確かめた事業展開が行われていない、と指摘した上で、現在の特許制度の下ですべての特許権の非侵害を確かめた事業展開を行わせる社会の非合理性を指摘している。現在の特許制度の問題の根には、知的財産制度を所有権制度のアナロジーとして制度のあり方を考えていることがあると述べている。Lemley教授は、所有権制度のアナロジーとして制度設計を行った場合の、社会が負うコストとして、以下の4点を挙げられている(注1)。
・特許出願から、(少なくとも)出願公開まで、あるいは(より厳密には)特許権として設定登録されるまで、権利の存否が不明確であるために、確実に権利侵害を避けようとするならば事業化が著しく遅れる。しかも、米国においては継続出願(Continuation)により権利範囲が不明確である。
・特許権者が自ら実施しているのであれば独占的実施を、実施していないのであれば、より高額の便益(ライセンス料)を得るために、独占的実施許諾を、それぞれ行うために、技術のイノベーションが阻害される。
・権利行使される特許権の多くがそもそも無効か、権利侵害でない場合があり、そのような権利行使によって無駄な負担が生じる。
・1製品当たり多数の特許権が関与する場合、たった1つの特許権に所有権と同じく排他権を与えると、ホールドアップが生じる。

上記の4点のうち、第1の点に掲げられた継続出願以外は、国際的に特許制度が共有している点である。言い換えれば、現在の特許制度においては国際的に普遍な社会的コストということができるだろう。

ところが、あるべき特許制度の提言(注3)をみると、米国に特有の点に焦点が当てられているように見える。
・権利範囲の早期明確化と有効性の早期確定((1)審査の迅速化、(2)継続出願の制限、(3)全出願の出願公開、(4)ピアレビュー制度の導入、(5)特許登録異議制度の導入、(6)Gold-Plating制度(Lichtman教授とLemley教授が提唱する、審査官による特許要件に関する自発的な追加調査であり、出願人に先行技術提供を求めて行うもの)(注2)の導入)
・独立発明の抗弁または先使用権の導入
・故意侵害に対する懲罰的損害賠償制度の存在による、先行特許調査回避の排除
・合理的実施料算定方法の改革

■Lemley論文から伺うことができる示唆
上記の提言をみると、権利の有効性の早期確定に関するもののうち、特許登録異議制度とGold-Plating以外は日本の制度は既に達成している。そうだとすると、実は日本の制度は望ましいものであるのかもしれない。
少なくとも、米国の現状からみると、日本の制度は望ましいものとして映っている可能性がある。(もちろん、米国の現状から望ましいからといって日本の現状に適していると、直ちにいうことはできないが。)

振り返ってみて、日本の制度に置いて課題となっているものは何だろうか。強引な言い方をすると、グローバルな制度統一がもっぱらな課題ではないだろうか。
そうならば、一度、胸を張って日本の制度を海外の標準とすることを売り込むのも手かもしれない(注4)。

そのためには、日本の制度が競争力に寄与したことを実証していくことが必要だろう。
また、停滞気味の米国の特許制度改革法案を後押しする政治的アピールも適切だろう。
日本からできることは複数ある。

(注1)マーク=レムリー(著)・島並良(訳)「特許権の無視」財団法人知的財産研究所・島並良『岐路に立つ特許制度―知的財産研究所20周年論文集―』(2009年)70頁-74頁。
(注2)Douglas G. Lichtman & Mark A. Lemley, "Rethinking Patent Law's Presumption of Validity", 60 Stanford Law Review, p.45 (2007) available at SSRN
(注3)レムリー・前掲注1「特許権の無視」76頁。
(注4)ただし、グレースピリオドの導入に関しては、日本の制度には改良点があるとの議論がある。
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2009年10月01日

[特許][時事]知的財産権の非係争条項と拘束条件付取引

標準関係を追いかけている人間には、興味深い事案が出た。

■Qualcommに対する排除命令の理由の概要

公正取引委員会から「クアルコム・インコーポレイテッドに対する排除措置命令について」とする報道発表が行われた。

Qualcommが保有するCDMA標準の必須特許のライセンス契約の中に、条件として以下の3つが含まれていた(なお、原文を言い換えている)。
(1)ライセンシーは「CDMA携帯電話端末及びCDMA携帯電話基地局に用いられる半導体集積回路等の製造、販売等のため」の知的財産権をQualcommに無償で許諾し、その知的財産権を侵害するCDMA携帯電話万末及びCDMA携帯電話基地局の使用についてQualcommに権利主張を行わないこと
(2)ライセンシーは「CDMA携帯電話端末及びCDMA携帯電話基地局に用いられる半導体集積回路等の製造、販売等のため」の知的財産権を侵害するCDMA携帯電話万末及びCDMA携帯電話基地局の製造、販売、使用について、Qualcommの顧客に権利主張を行わないこと
(3)ライセンシーは「CDMA携帯電話端末及びCDMA携帯電話基地局に用いられる半導体集積回路等の製造、販売等のため」の知的財産権を侵害するCDMA携帯電話万末及びCDMA携帯電話基地局の製造、販売について、Qualcommのライセンシーに権利主張を行わないこと

これが、拘束条件付取引に該当するとして9月28日付で排除命令を受けている。

理由を見ると、
・国内事業者においてCDMA携帯電話端末の製造・販売において当該特許のライセンスを受けることが必須と考えられていること
・「CDMA携帯電話端末及びCDMA携帯電話基地局に用いられる半導体集積回路等の製造、販売等のため」の技術の研究開発の意欲がそがれること
・Qualcommの当該技術を用いる市場(CDMA携帯電話端末市場および同基地局市場と考えられる)における有力な地位が維持されること
が要素となっているようだ。

■これまでの傾向

知的財産の非係争条項を巡る事例は、最近ではマイクロソフト非係争条項事件(公取委審判審決平成20年9月16日(注1))があり、本件同様、知的財産権者の市場支配力がポイントであった(ただし、本件はより技術上の支配力に力点がある)。

(注1)判例評釈として、栗田誠(2008)「独禁法事例速報 パソコン用基本ソフトのOEM販売契約における非係争条項が拘束条件付取引に該当するとされた事例――公取委審判審決平成20.9.16」『ジュリスト』,1367号,pp.96-97. 宮井雅明(2008)「ウィンドウズのOEM販売契約における非係争条項――公正取引委員会平成20.9.16審判審決:マイクロソフトコーポレーションに対する件」『公正取引』,98号,pp.26-31.
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2009年09月12日

[特許]リサーチ・ツール特許問題の解決にはソフトローで

井関涼子「リサーチ・ツール特許問題の解決方法」〔日本工業所有権法学会 平成21年度研究会(2009年9月12日開催)〕を聴講して

■報告概要
研究活動の上流に位置づけられる技術に対する特許権であり、代替手段がない場合や、基本的・汎用的手段である場合が多い。そのため、影響が極めて大きい。とりわけ、技術開発行為自体を独占し、技術についての競争を阻害しうる(注1)。
日本では、試験・研究としての実施の例外は、通説が別の研究の手段として特許権を実施する場合には及ばない(特許権侵害になる)としているため、難しい(また、仮に実施の例外を認めると、リサーチ・ツール特許を取得する意味をなくす)。強制実施圏の議論もあったが、欧米の製薬企業団体からの反対でうまくいかなかった。そこで、総合科学技術会議のガイドラインで方向性を示している。
米国では、試験・研究としての実施の例外(Bolar条項)は、立法趣旨を超えて新薬開発のための試験にも及ぶと文言から解釈する最高裁判決が登場(Merck KGaA v. Integra Lifesciences I, 545 U.S. 193 (2005))。ただし、同判決は明示的にリサーチ・ツール問題には関係がないことを述べている。強制実施件についてはアレルギーが強い。NIHグラントを受けたものについてはガイドラインが存在する。
なお、米国では非営利の研究に対して特許権の効力を制限すべきとの意見がある(注3)。また、試験研究の例外を拡大するが金銭請求権を認めるべきとの意見もある(注4)。
ではどのような手段が良いのか。
試験・研究の例外は、リサーチ・ツール特許の価値を奪う危険性がある。強制実施権は手続きが面倒であり、行政の介入を招く。ガイドラインは法的効力がないが、柔軟な解決を導くことが出来、妥当ではないか。ただし、国際的な整合性は、米国の特殊な状況を鑑みると難しい。

(注1)会場から、利用者の視点にたって特許権の制限を議論すると、発明の奨励という面が疎かにされかねない、との注意喚起があった。この点に関して言えば、リサーチツール特許問題は、利用者の障害になるだけでなく、発明の奨励という面でも障害になるだろう。
(注2)試験・研究としての実施の例外について言及している最高裁判決からは、別の要件が読み取ることが出来るのではないかとの指摘が会場からなされた。最高裁判決について、機会があれば研究したい。
(注3)K. Strandburg, "Users as Innovators: Implications for Patent Doctrine", 47 University Colombia Law Review 467 (2008)(井関教授のレジュメで紹介されていた)
(注4)J. M. Mueller, "No Dilettante Affair: Rethinking the Experimental Use Exeption to Patent Infringement for Biomedical Research Tools", 76 Washington Law Review 1, 52, footnote 255 (2001)(井関教授のレジュメで紹介されていた)

■私見
(1)リサーチ・ツール特許問題の解決の方向性について

解決の方向性として、ガイドライン等のソフトローにより調整することが妥当と考察された井関教授の見解に賛同したい。
理由を付け加えるならば、リサーチ・ツールについては、その他の技術分野と異なり、研究開発専業者という者が想定しづらい可能性があり、私的な調整に委ねても効果的にいく期待があることが挙げられる。
リサーチ・ツールが研究開発に用いる技術であるため、リサーチ・ツールの開発者は、ほぼリサーチ・ツールの利用者になりうるように思うのである。もちろん、観念的には、実験、実証に関わらない理論研究のみを行い、特許権を取得することもありうる。しかし、おそらく、そのような場合は限定的なのではないだろうか(注5)。
もしそうであるならば、リサーチ・ツール特許の行使は相当に勇気のいるものとなる。濫用的な行使を警戒する必要は必ずしも高くない。ならば、各技術領域での自由に委ねることが出来るイドライン等のソフトローにより調整は適切である。

(2)試験・研究としての実施の例外をリサーチツール特許問題解決に用いるべきでないとする意見について
なお、リサーチ・ツール特許の使用に対して、仮に実施の例外を認めると、リサーチツール特許を取得する意味をなくす、との点が、試験・研究としての実施の例外について通説どおり解釈する根拠であるように説明されていた点があったが、これにはもう少し丁寧な説明が適切であるように思う。
米国でStrandburgが述べるとおり、非営利な場合に限って試験・研究としての実施の例外を認めるなどの、中間的な制限を行う選択肢はありうる。そのような中間的な制限を取れば、リサーチ・ツール特許の意味は完全に没却されない。リサーチ・ツール特許の意味は決定的な理由とは理論的にはなりにくいように思う。
しかし、非営利な研究の実施機関と一般的には考えられる大学・国立研究機関であっても、産学連携を促す施策が進められてからは産業界との結びつきがより強くなっており、営利・非営利の区分は難しいだろう(注6)。文部科学省「平成20年度 大学等における産学連携等実施状況について」によれば、年々産学連携活動が深まっていることがわかる。
運営母体の営利・非営利で区分する手もあるかもしれないが、そのような形式的な解釈は、企業がその研究活動を積極的に大学で行う動機付けにはなるが、そもそもの特許権者との利益調整としてはうまく機能しないだろう。
つまり、営利/非営利で試験・研究としての実施の例外の適用を区分すれば、リサーチ・ツール特許の意味を完全に没却することは理論的にはないが、実質的に没却することになる、という説明が良いように思う。

(注5)この点は、現場の研究者の感覚や、何らかの実証が必要である。
(注6)米国でもその傾向が顕著である。Madey v. Duke University, 307 F.3d 1351(Fed. Cir. 2002)に対する評釈である、E. A. Rowe, "The Experimental Use Exception To Patent Infringement: Do Universities Deserve Special Treatment?", 57 Hastings Law Journal 921 (2006)が同判決の方向性を支持する理由として指摘するところである。
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2009年09月02日

[特許]特許市場の形成とライセンス情報の開示

M. Lemley and N. Myhrvold, "How To Make A Patent Market", ____ Hofstra Law Review (2008)読書メモ

たった3ページのエッセイではあるが、StanfordのLemley教授とIntellectual VenturesのMyhrvold CEOの共著であり、大変興味深い。

■論文概要
特許権者がライセンス価格を秘匿しがちであるために、その価値について市場で価格形成が極めてなされにくい。
その結果、特許権侵害訴訟において当事者にとっても、陪審員にとっても(注1)合理的なロイヤリティの算定が困難となり、結果として、ホールドアップさせた特許権の利用者に対し、特許権者が不相当に高いロイヤリティを請求する事例につながっている。
特許の取引を成立させ、ホールドアップ問題を回避するためには、ライセンス条件の開示を行うことが手である。特許権者にとってライセンス条件は秘密であるべきだとの議論もあるが、全ての者がライセンス条件を開示するのであれば不利になることはない。

■特許流通促進の観点からは考えられる制度設計
おそらく、ここでは、ライセンスの相手方の開示は問題でなく、ロイヤリティ料(または料率)、ライセンスの期間に限って一律に開示する制度設計が志向されるのだろう。

特許流通促進という観点からは制度設計としては望ましい。(もちろん、ホールドアップ対策になる、という点も見逃すことは出来ないが、これは差止請求権の調整でも解決しうる)

共著者のミヤボルド氏のビジネスを考えると、この主張はうなづける。

ただし、特許権は自ら実施するものである側面が大きい。その点への配慮が気になる。論文からは十分に配慮しているとは読むことが出来ない。

■現実に開示されるであろう情報は有益な情報なの
しかし、注意しなければならない点がある。

我が国で特許権のライセンシーの保護制度のあり方を巡る議論で見られるように、ライセンス条件は必ずしも個々の特許権に紐づいているわけではない。
例えば、以下のような可能性がある。
・多数の特許権を対象としたクロスライセンス(この場合、個々の特許権の価値は常に十分に評価されているとは限らない)
・技術移転・ノウハウ移転の対価も含めたロイヤリティ料設定
・金銭以外での対価設定(たとえば、販売における協力関係の構築)

契約は柔軟な条件を設定できることが魅力である。その分、その内容は簡単に比較できない。そうであるならば、ライセンス条件の開示制度は期待した効果をあげることはできないだろう。

また、企業側は自社の交渉事情を明らかにしないためにも、契約条件に工夫を凝らして、秘匿する手段を追求するものと思われる。

(注1)米国の特許権侵害訴訟が前提となっていると考えられる。
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2009年08月16日

[特許]特許制度がなかったら

石井正『歴史のなかの特許 発明への報奨・所有権・賠償請求権』(晃洋書房、2009年)読書メモ(その2)

■同書から学んだところのポイント
1850年代から欧州では特許による独占の弊害を問題視する声が登場し、特許制度を廃止することを提言するものが少なからず見られるようになっていた。その中で、無審査であり、かつ、出願公開制度のない制度を有しており、制度に対する批判の高かったオランダは、1867年に特許付与を停止し、以後、1910年に特許制度が復活するまで、特許制度がない状況にあった。

この間、国民1人・時間当たりの生産額の増加率は欧州主要国で下位に位置することとなってしまった。
また、特許制度がない間、外国における出願も低調になってしまった(これについて、石井教授は自国の制度がオランダ人・企業の特許取得に対する意欲に影響したと分析する(石井[2009]175頁))(注1)。

結局のところ、特許制度を廃止してしまったことはオランダにとってプラスの結果を生まなかった。

■私見
歴史的なものとなってしまってはいるが、特許制度の効果を測る壮大な社会実験であったことが興味深い。

なお、自国の制度がオランダ人・企業の特許取得に対する意欲に影響したとする見方については、異なる可能性も指摘しておきたい。

出願にあたっては、企業内での体制整備や、代理人が必要となることが少なくない(少なくとも当時の外国出願先の一部は、パリ条約によって、現在とほぼ同様な詳細な明細書作成が必要であった)。自国に特許制度がないことによって、そのような体制や代理人が存在しないために、結果として出願に至らなかったのではないだろうか。

■参考記事
本ブログ「[特許]特許制度の歴史をポンチ絵にしてみる(その1)」(2009年7月7日記事)

(注1)制度復活後は外国出願数が急増しており、特許制度の不存在が出願行動に影響を与えた可能性は極めて高い。なお、この点はSchiff, E. Industrialization without National Patents: the Netherlands 1869-1912: Switzerland 1850-1907, Princeton University Press, 1971, p.46-48の分析による。
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2009年07月14日

[特許]ちょっと気になる事実関係

東京地判平成21年7月10日 平成20年(ワ)第12952号 判決を読んで

特許法解釈の上でも実務の上でも特段の意味のない判決であるのだが、その事実関係はおもしろかった。

■事実のきわめておおざっぱな概要
GPS通信を行うことで位置情報を特定し、周辺の特定の業務を行う者の電話番号(発信番号)を検索し通信を行う携帯通信端末について特許権を有する原告が、そのようなサービスを利用可能な携帯電話端末を製造した企業および販売した企業を相手取り、特許権侵害に基づく販売差し止めと損害賠償3,440万円を求めた事案である。
なお、原告はその主張の中で、位置情報に基づいて周辺の特定の業務を行う者の電話番号(発信番号)を検索し通信を行う構成は、第三者(NAVITIME)のサービスを通じて実現されることを主張している。

■きわめておおざっぱな判旨:請求棄却
特許請求の範囲を分析し、周辺の特定の業務を行う者の電話番号(発信番号)を検索することが、当該携帯通信端末のCPU上で行われていることが、特許請求の範囲に含まれる行為であるとした上で、NAVITIMEのサーバーを通じて電話番号を検索する被告の製品は構成要件を充足していないと判断した。

■判決へのコメント
当事者の主張は綿密に記述されているが、裁判所の判断は比較的あっさりした判決文になっている。出来る限り広範な特許請求の範囲を原告は抑えていると認識していたものと思われるが、その牙城を崩され、どうしようもなかった事例なのだろう。
なお、裁判所が要約した発明の構成要件は極めて簡潔に認定されており、このように認定されているのであれば、仮に被告製品が構成要件を充足していても進歩性が否定されていたようにも思われる。

■ビジネス面で警戒される原告かも…
この原告は、公式のウェブサイトを見る限りでは、開発専業企業(注1)で知的財産権ビジネスを主要な業務としており、「侵害は放置しない」との態度で臨んでいる。
業務の形態を見ると、パテントトロールと言われうる余地はあるし(注2)、一部の特許をオランダの知的財産権ビジネス企業を通じて取得していること、一部の特許で特許取得にあたって極めて多数の出願分割を繰り返すなどテクニカルな特許取得を行っていること、など、知的財産部門の人間であればおそらく警戒する要素が見てとれる。
このような訴訟にはついつい注目してしまう。

(注1)開発、というよりは、特許マップを細かく分析して抜け落ちている特許取得に特化した企業なのかもしれない。多くの発明が特定の個人による発明となっている。また、かつて「2画面型携帯電話」について特許取得をし、話題になったことがあるようだ。
(注2)定義が定まっていないことには留意が必要。
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2009年07月07日

[特許]特許制度の歴史をポンチ絵にしてみる(その1)

石井正『歴史のなかの特許 発明への報奨・所有権・賠償請求権』(晃洋書房、2009年)読書メモ(その1)

ヴェネチアの特許制度が欧州各国に影響していったことは有名だが、その影響の流れのうち、ヴェネチア→英国→米国の流れを石井先生の本に従ってポンチ絵にまとめてみた(注1)。

patent_system_history_venis

(注1)本来はいろいろな歴史研究本を読んで整理するべきなのだが、ここでは石井先生の本に丸乗りする。
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2009年06月27日

[特許]紛らわしい…

アメリカで競争法関係の本を執筆されているH. Hovenkamp教授が、"Patent Continuations"と"Patent Deception"をテーマにRambus事件とBroadcom事件に触れている(ように見える)論文があったので飛びついてみた。…というのも、タイトルが、"Patent Continuations, Patent Deception, and Standard Setting: the Rambus and Broadcom decisions"となっていたからだ。

が、読んでみると、patent continuationsの問題はLemley教授が指摘しているし、Rambus事件でもcontinuationによるclaimの範囲が事実上拡大してしまった特許権の行使が問題を引き起こしているのだけど、争点は標準化過程における背信的行為であるし、裁判所もその点を見ているよね、というあたりをさらっと触れて、あとは両事件の判決を丁寧に評釈したもの。

判例評釈としては役に立つけど、continuationの視点からの切り口を期待した人間にはガッカリだったりする。
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2009年06月26日

[特許]Bilski以後

RCLIP国際知財戦略セミナー「欧米特許判例の最新動向」(2009年6月26日開催)を聞いてきた。Bilski事件米国連邦控訴裁判所(CAFC)判決を受けた米国でのコンピュータプログラム、ビジネスモデル特許を巡る状況と、欧州でのコンピュータプログラム、ビジネスモデル特許を巡る状況が説明されており、昨年度盛り上がった話題がどのあたりに収束しつつあるのかがうかがえて興味深かった。

Bilski事件判決を私は咀嚼できていないので、概要は米国特許実務に詳しい諸先輩の論稿・ブログに譲るが、日本と欧州はハードウエアとソフトウエアの協働がコンピュータプログラムが特許発明となる要件となっており、その「協働」の解釈は緩やかであるが、Bilski事件CAFC判決を受けた米国は、通常のコンピュータとの協働以上のものを求めるようになった、ということがポイントのようだ。

個人的におもしろかったのは、高林教授の指摘で「コンピュータを前提としないビジネスモデルが特許発明に該当するか否かについて下した判決なのに、どのようなロジックでコンピュータプログラムの先例と理解できるのか」という点であった。
ビジネスモデルであるから、とか、コンピュータプログラムであるからといって、特許発明の該当性(=35 U.S.C. Sec.101を満たしているか否か)の基準を変えるべきでないと述べているので、そこから考えると、コンピュータプログラムについても言及していると考えられるが、慎重に読まないといけないように思う。将来、コンピュータプログラムについて異なる判断が下されたときに、BilSki事件CAFC判決の射程外だ、という説明がされる可能性がないわけではない。
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2009年06月25日

[特許][時事]坂田一郎「グリーン・イノベーション下の特許制度 学術研究との接近図れ」読書メモ

坂田一郎「グリーン・イノベーション下の特許制度 学術研究との接近図れ」日本経済新聞2009年6月24日記事(東京版29面)読書メモ

特許制度改革案のいくつかを補強する論稿が先日の日経に掲載されていた。

■論稿概要

太陽電池分野での学術論文の展開状況に着目すると、とくに太陽電池のセル技術に関しては、特許化が進んでいない分野での研究の積み重ねがあることがわかった。(少なくとも)環境技術においては、特許対象として有望な技術が大学・研究機関に多数存在するといえる。
しかし、大学の知的財産体制は必ずしも十分とはいえない。また、特許庁の審査においても産業界の技術論文が専ら参照され、学術論文を十分に参照していない場合があり、これが、事後に無効となる特許を生み出している原因となっている。
そこで、以下の3つの施策の推進が望まれる。
・学術・特許文献のシームレスな検索
・仮出願制度を設ける
・大学の特許出願を支援するドリームチーム編成

■私見
□提言の目新しさを見ると…

提案する3つの施策案のうち、「学術・特許文献のシームレスな検索」「大学の特許出願を支援するドリームチーム編成」の2つはそれぞれ特許庁で取り組みが始まっているが、その施策の妥当性を、太陽電池分野の技術情報の分析結果から補強している点で意義深い(注1)。

他方、「仮出願制度を設ける」と主張されている点は目新しく、興味深い。

この制度案は、米国が特許法改正に当たって、諸外国に求めている内容と重なる部分がある。米国の制度を変える引き金にするためにも、日本が制度変更をする手もあって、その場合であっても、大学・研究機関にはメリットがあり、ひいては大学・研究機関に強みがある技術分野で日本のプレゼンスが向上する…という趣旨の主張が背景にはあるのかな、などと勝手に想像してしまう。

□提言を実現することの望ましさを考えると…
提言のうち、学術・特許文献のシームレスな検索の実現は、主に特許庁に向けたメッセージであると思う。おそらく、IPDL(工業所有権情報・研修館)とJ-Dream(科学技術振興機構)、CiNii(情報学研究所)の壁を超えた連携がポイントとなるだろう。それが達成できるのかは、官僚機構研究の視点からは面白いかもしれない。

ところで、この提言が「シームレスなデータベースを構築し、広く開放すること」を提言するものでないことは注目に値する。仮にそのようなデータベースが出来ると、上記のようなデータベース間の縄張り争いを起こすことはもちろん、学協会が独自に公開している電子ジャーナルの意味も没却し争いの種になるだろう。

次に、仮出願制度については、確かに大学や公的研究機関には望ましく(注2)、大学の発明を実用化するさらなる追加投資を呼び込みやすくする点で利点がある。
ただし、坂田教授が指摘されるように、大学では、どの部分を共有として、どの部分を守るかという「知的財産哲学が定まっていない」ところが多いように思う。その中で、社会で共有する範囲を広く設定すべきと考える大学を許容しても良いように思う私の立場からは(注3)、仮出願制度は、特許取得を是とする価値判断からのみの制度として理解されないことを願う。
少なくとも、大学自身が発明についての排他権を取得することの望ましさを、改めて確認した上で制度の検討を行うことが望ましいのではないだろうか。
(注1)坂田教授は経済産業省の方であるので、既に行われている施策の宣伝目的でもあるのかも。
(注2)過去、本ブログでも指摘した。「[特許]アメリカの中に先願主義へ転換を嫌がる声がある理由は何か?」(2008年3月27日記事)参照。
(注3)本ブログ「[知財一般]大学と知的財産:知的財産権確保とコモンズ、戦略として双方の選択をもっと明示的に許容することもいいのでは?」(2009年1月4日記事)参照。
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2009年05月28日

[特許]大学からの特許出願の現状・今後(その2)

特許庁「大学知財研究推進事業研究成果報告会」(2009年5月21日開催)聴講メモ

■瀬川友史(株式会社三菱総合研究所)「大学における研究成果と特許の質の関係に関する研究」
□報告概要
(1)調査対象
・本調査は特許の質を「技術の質」「法律的な質」「経済的な質」に分節し、「法律的な質」に限って分析を加えている。
(2)大学の知的財産活動と提言
・審査経過情報の集計によると、特許出願の目的、技術分野、代理人とのネットワーク、権利化方針は大学により異なっている。例えば、大学の独立行政法人化後は、依頼する代理人がそれまでは特定の代理人に偏りがちであったが、現在は多様化している。また、早期審査を徹底的に活用する大学が存在する。
・このような多様性を踏まえ、出願の目的を明確化し、戦略を検討するべき。
(3)明細書記載の現状と提言
・限られたデータではあるが、これを分析すると、「単純な記載ミス」「請求項に対応する記載が明細書に見られない」「発明の課題解決手段の整理が不十分」など、明細書作成上の更なる質の向上を図る余地がある。
・記載の充実のため、研究者の協力を得つつ丁寧な明細書作成を行うべき。そのために国内優先権の活用を行うことも一手段である。
(4)権利範囲の現状と提言
・データを分析すると、大学発特許は、拒絶査定を受けることなく特許査定を受けるものが多い、拒絶査定に対して請求項を削除しがちである、など、権利範囲を縮小する方向に向かいがちであることがうかがえ、インタビュー調査からも事業化が明確でないため死守すべき権利範囲が無いことが指摘されている。
・技術移転を意識し、研究者、知的財産部門、弁理士の連携が望まれる。

□私見
大学の知的財産活動の多様性や、大学発特許の審査経過の特徴をしっかりとデータで押さえ、視覚的にも非常にわかりやすいグラフで示しており、優れている。大学全体の質の把握にはもちろん、個別の大学のデータを示している点は、他の大学としのぎを削る知的財産活動を行う大学には、ある種の成績票のようなもので、気になるものだろう。
ただし、大きなテーマの足元を固めるために、研究の範囲を限定している結果、「大学の特許の質は高いのか?」との問いの答えを期待したときには、物足りない点はある。しかし、もし答えが出るならばとてつもない成果となるだろうし、まずは基礎から固めることが適切であろうから、本報告のアプローチの意義は小さくない。

とはいえ、試論として踏み込んだ結論を言う余地もあるように思う。報告で示された提言が、かなり実務的に踏み込んだものであったことを考えると、大枠として質に問題は無いと言ってよいのではないか。
いずれにせよ、大学関連施策の根拠となる有益なデータ分析であると思われる。
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2009年05月26日

[特許]大学からの特許出願の現状・今後(その1)

特許庁「大学知財研究推進事業研究成果報告会」(2009年5月21日開催)を聴いてきた。時間の都合で2つしか聞くことができなかったが、その参考になった点と考えた点をまとめた。


■木下孝彦(財団法人比較法研究センター)「大学の国際連携に係る海外特許出願戦略に関する研究」
□報告概要

(1)日米の違い
・米国と比較すると、日本の大学は海外出願率が低い。ただし、米国の主要大学のインタビュー調査結果によると、米国の主要大学・研究機関であっても自国の市場性をなお、自国以外の出願先として欧州がいずれもおおむね多いことは共通している。
・米国の主要大学と比較すると、日本の主要大学は企業との共同出願率が高い(米国は10%程度、他方、日本は40%程度)
(2)提言
・海外を第一国出願とすること、英語で出願書類を作成することを検討するべき。
・海外出願を行うために、大学間の連携を検討するべき。
・研究成果を共有とすることが妥当か検討するべき。

□私見
(1)産学連携の研究で開発する技術が、日本を生産地とする製品の生産に関する技術に偏りがちなのか?)あるいは、海外企業との共同研究が多いのか?
報告では追究されていなかったが、日本の大学は企業との共同出願率が高いにもかかわらず、海外出願率が低いことが気になる。日本の出願人は海外への出願件数が米欧に比べて少ないわけではなく、むしろ、件数ベースでは多い(注1)。この傾向は日本企業にもあてはまると推測される。そうであるならば、日本企業との共同出願であれば海外出願比率は高まるのではないだろうか。報告されたデータの分析結果はこの直感に反する。
この背景を説明しうる仮説としては次の3つが考えられる。
 ・日本の大学における産学連携研究の成果は、生産技術に偏りがちであり、かつ、その利用が日本国内に留まる技術分野(日本を生産地とする製品分野)に偏りがちである
 ・日本の大学における産学連携研究の成果は、国際的に通用するものでない、または、国際的に通用するものは企業名で出願されている。
 ・日本企業以外との共同研究が多い
このうち、後者の「日本企業以外との共同研究が多い」との仮説は、日本の大学の共同研究先が限定されていることを問題視する声に鑑みると棄却される(注2)。残る2つの仮説は今後検証したい。

(2)共有特許としない方がよいのか?
報告では米国の主要大学の運用との比較から、共有特許とすることの見直しが提言されていたが、本報告や他の報告を踏まえると、本当に妥当なのか疑問が沸いてきた。
報告で指摘されていたように、日本の大学の知的財産部門の体制・予算が不十分であるからこそ、共同研究者や利用者となる企業のコミットメントを得た方が望ましいのではないだろうか。
別の報告でもあったように、共同出願であるほうが特許査定率が高い(出願費用に関していえば知的財産部門の予算を浪費する結果となっている(注3))(注4)
このように、共同出願を経た方がよいことが示唆されている。わが国の特許法上、共有特許とすると権利の利用に当たって手間が増えることから、出願過程で共有し、その後、単独の権利帰属にすることも考えられるが、これでは権利成立後に片方が特許の利用をコントロールする権利を失うことになる。いかにも片方に都合が良すぎる、と評価されてしまうこともあるだろう。そうであるならば、結果として共有特許となることはやむをえないのではないか。
なお、米国の大学で共有特許が少ない理由の1つとして、米国特許法上共有特許の利用に、他の共有者の承諾が不要であることがあるのではないか(注5)。米国ではそうだから、というのは理由として説得力に乏しい。

(注1)特許庁『特許行政年次報告書2008年版』(2008年)
(注2)文部科学省 科学技術・学術審議会・技術・研究基盤部会・産学官連携推進委員会「大学等の国際的な産学官連携活動の強化について」(2006年)
(注3)もちろん、無駄な登録をあきらめたために拒絶されたものも含まれており、
(注4)株式会社三菱総合研究所『大学における研究成果と特許の質の関係に関する研究』(2009年)
(注5)なお、話がそれるが、興味があったので調べた結果、私が勉強になったものとして:米国では発明者を出願人としなければならないため、PCTルートで米国に出願する場合、出願人に発明者を含める必要がある。そのため、申請書類に「米国のみでの出願人」というチェックボックスが設けられている。
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