2006年09月05日

[著作権]winny事件を思う

分散型P2Pソフトwinnyの開発者が著作権幇助罪に問われた、いわゆるwinny事件の弁護側弁論が終わり、いよいよ結審へ進むようである。
刑法は専門外であるが、興味関心からド素人意見を。

主観面を排して言えば、winnyは表現された情報流通に用いられるツールであり、これが著作権侵害に用いられたからといってなんらかの責任を及ぼすことは、表現の自由確保の観点や営業自由の観点から見て、過度な規制として安易に認められるべきでない。
民事上の責任として、このようないわゆる間接侵害者にたいしては差止を認めるべきか否かは争いのあるところであるし、通常、行為態様を問題とする。従前の判例であれば侵害に対する管理性が問題となったが、本件ではそれを欠く。しかもこれは判例法理としてなりたっているので、まして、刑事罰というのは行き過ぎではないか。罪刑法定主義に反する可能性もあろう。

そもそもに立ち返れば、確かに刑法で幇助罪が定められているが、これが情報利用での場面を想定していたかは甚だ疑問である。著作権に限って言えば、幇助を適用することが違憲になる場面もあるのではないか、と思う。ありうるならば、被告は侵害を放置どころか助長した、だから主体に準じるのだ…というロジックだろうか。
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2006年09月02日

[著作権]間接侵害における管理性

間接侵害では、カラオケ法理(クラブキャッツアイ事件最高裁判決)が出て以来、管理性の有無がターニングポイントとなってきた。
しかし、管理性といっても何に対する管理か、という点は、あまり細かく意識されてこなかったように思われる。この点、近時、平嶋助教授や上野助教授が指摘するところとなってきたが、自分なりに整理を行う。

◇著作権侵害にもっぱら用いられる機器・システムの対するものと解する判決
・ファイルローグ事件仮処分
・選撮見録事件1審
・録画ネット事件

◇著作権の直接侵害者の意思決定と解する判決
・スターデジオ事件
・(私の読み方が間違いでなければ)クラブキャッツアイ
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[著作権]美術の展示に関する権利制限規定を考える

著作権法47条は、観衆に対して小冊子による美術の複製物の提供を行うことを許容している。美術展覧会の慣習を権利の例外としたものであるが、果たして法定する必要があるほどの権利制限なのかは疑問を感じる。
むしろ、観覧者ではなく、観覧しようとするものに対して、展示内容を知らせる冊子なりポスターでの利用を制限とする方が、必要性があるのではないか?
美術展覧会の場合、中に何が展示されているかは外からわからない(だからこそ、顔真卿事件では、美術作品は特別だ、という主張が上告人からなされたのである)。所有権による物理的なプロテクトとの調整として、中の展示物について写真で概要を知ることを認めた方がいいのでは・・・と思えてならない。
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2006年06月22日

[著作権]著作物の単位・駒田論文読後雑感

●駒田泰土「著作物と作品概念の異同について」知的財産法政策学研究11号(2006年) 〔北大へのリンクあり〕読書メモ(1)

著作権の権利主張(とくに複製権)の場面で基礎となる著作物概念を巡る問題点の整理と提言を行うものである。要は、著作物は作品単位で捉えるべきとの考えに疑問を呈し、創作的表現ごとに著作物として成立されるべきと述べるのである。
私見としてこの考え方に賛成であるし、そもそもそのような考え方を前提としてきた(師匠もそのように考えているのかもしれない。)
なお、創作的な表現ごとに著作物性を認定する考え方は、法律書籍事件地裁判決で高部裁判官が述べていることとつながっているように思われる。
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2006年06月08日

[著作権]読書メモ:アニメーションの題号と不正競争防止法

●茶園成樹「アニメーション映画の題号と不正競争防止法」コピライト542号(2006年)14頁〜
読書メモ


コピライトの最新刊を目にする機会があったので、浮かれ気味に読んでみた。理論的に面白いと思われる点の立法提言をするものであり、実はかなり面白い論文なのではないかと思う。が、いかんせん浮かれ気分で読んだので、読みも私見も甘い…。

1.この論文の意義
著作物(書物や映画)の題号は、通常、著作権の保護も受けず、商標登録可能性も否定されるとされている。加えて、誤認混同が生じるような表示がなされても、出所表示を果たすことが稀であるため、不正競争防止法による保護もうけないとされる。この論文は、題号は原則出所表示機能を果たさないとの立場に立った上で、創作インセンティブを削ぐ混同を防ぐためには、不正競争の枠組みでの題号保護が必要であると述べるものである。

2.この論文の概要
まず、映画の題号の商品等表示性を否定した知財高判平成17年10月27日(超時空要塞マクロス題号事件(※と言う名前は個人的に勝手に付けた))を題材する。裁判所は、映画の題号は配給元を表す表示とはいえないとした。
敷衍するに、題号は通常、商品の出所表示を果たさない。たとえば、書籍であれば出版社、映画であれば製品販売者の表示であるとと需要者が認識することは稀だからである。加えて、商品等表示を保護するのは、そこに蓄積された信用を元に商品や営業の提供を続けることを保護するためであって、題号を保護してもこれにつながることが少ないことも根拠である。
しかし、昭和41年の著作権審議会が指摘したように、作品の混同を生じさせるような題号使用は、創作インセンティブを削ぐ可能性がある。それゆえ、著作物の同一性誤認を生じされる題号の使用を禁止する不正競争類型を設けるべきである。ただし、創作活動を制約し過ぎないように、もっぱら著作物の内容を表現するに過ぎない題号の使用は許容されるべきである。

3.私見
直感的には疑問を覚えてしまった提言であったが、たとえば書物の題号が「出版社の」出所表示を果たしているかといわれれば、原則違う。言われて見れば納得できるものである。
しかし、商品等表示の保護には良質の商品・役務提供保護という観点があるのかというのは、考える余地があるように思う。なぜならば、商品の同一性を誤認させるような混同それ自体の行為悪性を無視するようになり、不正競争防止法の体系上の位置付けにそぐわないのではと思われるからである。
…が、一介の若造にはまだまだわからないので、今後に留保。
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2006年06月06日

[著作権]引用時の出所明示義務の性質

●茶園成樹「著作権の制限における出所明示義務」半田正男先生古稀記念論集『著作権法と民法の現代的課題』333頁〜(法学書院、2003年)読書メモ

1.この論文の意義
著作権の制限として「公正な慣行」に適う引用が定められているが、では、引用時に出所明示をしなかった場合は著作権侵害に当たるのか?この点について論考を加え、以って出所明示義務の性質を解釈したものである。テーマが地味ではあるが、理論的に興味深い点であり、実務にもインパクトが少なからずあるものだと思われる。

2.この論文の概要
まず出所明示義務の保護法益を考察し、少なくとも条文の定め(著作権制限は人格権にかかわらないとの規定、また、実演家の人格権が有線放送等に及ばないにもかかわらず出所明示義務が認められている点)を考慮すれば人格権を基礎とするものであると理解すべきでないとする。
そして、出所明示義務の保護法益は「利用される著作物の宣伝効果」「利用適正のチェック機能」にあるとする。すなわち、財産的利益を基礎とするものであると説明するのである。
その上で、著作権侵害の該当性について、制定時の過程や、刑事罰規定において著作権侵害罪と出所明示義務違反罪が別に規定されていることを根拠に、出所明示義務違反は著作権侵害と評価されていないことを指摘する。
この点、絶対音感事件(東京高判平成14年4月11日)は、明示義務違反は公正な慣行に反すると判決したが、上記のロジックから行くとこれはおかしい、といえる。
では、明示義務違反にはいかにすべきか?茶園先生は、明示請求ができると解するべきといっている。

3.私見
06年度の著作権法学会が人格権を扱うものであったことから、これも人格権にかかわるのかな?と興味津々で読んだ論文であった。丁寧な論稿との印象を受けた。
とくに、出所明示義務の出発点は財産権であるとした分析は優れていると思われる。公共の福祉との衡量の場面では、人格権に比して要保護性が低いという前提のもとに、瑣末な明示義務違反は侵害に問われない可能性が出てくるからである。
ただ、2点疑問点を挙げるとすれば、広告機能に保護法益を定めるのであれば、これを損なうような明示義務違反は損害賠償責任を負わなくては成らないのではないか(営業上の信用を保護溶液とする信用毀損の不法行為と捉える)、また、明示請求ができるとして、それ以前に作り出された著作物はどうなるのか?(事実上、差し止めができるのではないか)と思われるのである。
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2006年05月27日

[著作権]著作者人格権をめぐる検討

今日は著作権法学会。その性質から、ビジネスには邪魔だ!と言う見解があるくらい議論のある(もっとも、そのような言葉は同一性保持権に対してもっぱら向けられているようであるし、権利処理が大変な業界からという限定は付すが…)、著作者人格権がテーマである。

近年、上野先生の比較衡量論が議論に刺激を与えているようであるが、「人格こ権」と名が付くとおり、個人的にはとっつきにくい。
今年の研究大会は、この点を整理していく有意義なものであった。
そもそもの保護法益の捉えかたで見解が分かれている上に、パラダイムの整理もなされていないのではないかという指摘も出て、根幹の整理を行う余地がまだまだあることをうかがわせた。

それにしても潮見先生を招いたのは議論を盛り上げる好判断であったように思う。やはりあの方の思考はすごいものがある。
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2006年05月24日

[著作権]法律書籍著作権侵害事件・ミニ判批

「法律書籍著作権侵害」事件といわれているものについて若干のコメント。
○1審:東京地裁平成17年5月17日判決
(平成15年(ワ)第12551号・平成16年(ワ)第8021号)
○2審:知財高裁平成18年3月15日判決
(平成17年(ネ)第10095号・平成17年(ネ)第10107号・第10108号)

●創作性の判断について
1審は従来の裁判例どおり「ありふれた表現」とする創作性否定を行っているが、その基準は、目的による表現選択の幅の少なさを指摘しているものと思われる。(2審との評価の差については疑問があるが、今後検討すべき課題)
ただし、処分権行使が原告の示した対照点に限るとした点は、ホテルジャンキーズ事件控訴審判決との整合性も欠くほか、訴訟指揮においても問題があったように思われる。
本来は、著作物全体として評価され、その創作性が肯定されるべき事案(裁判所は部分ごとの文章の創作性を否定したので、あながち間違っているとはいえない。)と考える。

●成果冒用について
不正競争防止法2条1項3号型の成果冒用を不法行為とした点で、木目化粧紙、YOL記事見出しに継ぐ事件として、意義がある。ただし、著作物でないものを不法行為の対象とすることに問題があるとの指摘があった。今後検討すべき課題である。
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2006年05月22日

[著作権]勘違いしていた一時的固定の「複製」該当性

デジタル情報を扱う際に機械が行う一時的固定(RAMへの記憶や、通信速度向上のためのキャッシュなど)が著作権侵害になるのではないか、という議論がかつてあった。

アメリカでは、判例により複製に当たるとされている。その上で、フェアユースとして取り扱うものと思われる*1。

他方、日本では一時的固定は反復継続性が無いことから、複製とみなさないと考えられていると理解をしていた。

*1)Triad Sys. Corp. v. Southeastern Express Co., 31 U.S.P.Q.2D (BNA) 1239など。

しかし、牧野利秋・飯村敏明編『著作権関係訴訟法』山本隆司執筆部分を読むと、そのような解釈は昔の考え方であり、いまや世界の中で少数派であり、WIPOの新条約加盟にあたり立場を変え、「一時的固定は複製である」という立場にたっているとされていた。

では、現在、一時的固定についてどのような態度をとっているのか?仮に侵害だとすれば放置すべきではない。
調べてみると、まだ審議中のようであった。
著作権審議会

法律論としては除外範囲を明確にして立法すべきであろう。個人的には、瑣末な著作権侵害を主張していくことは適当と思えない。
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2006年05月17日

[著作権]著作権侵害の損害賠償

著作権侵害があった場合、著作権法は損害の推定規定として法114条5項に「権利者が受けるべき利益」を以って損害額とすることができる旨規定しているが、具体的には何を基準とすべきかは争いがある。
そこで、理論的な問題に立ち返って若干の検討を加える。

著作権侵害の場合の損害賠償につき、単に権利者の損害填補がその目的であるとのドグマに拘泥すると、権利者の実損(通常のライセンス料相当額)がその額として評価されることとなる。しかし、このように解すると侵害をしたほうがお得という状態になってしまう。(ゲーム理論で言うと、違法行為を行い発見されても、最初から違法状態を回避したのとほぼ同じ不利益を受ける状態であり、合理的な人間であれば当然に違法行為を行うことが均衡点となる。)
そこで、損害に填補という理論に立ちながら、損害の概念は「市場機会の逸失」と捉えるか、そもそも不法行為の救済とは権利の救済であるとし、制裁的要素を加味することができると解する必要がある。
いずれの立場においても、実損を基礎に据えて、反規範性に基づいた裁量的な損害額認定が行われることとなると考えられる。
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2006年05月15日

[著作権]アラウンド・ザ・ワールドイラスト事件

東京地裁平成15年11月12日判決(平成14(ワ)第23479号、判タ1160号229頁)

1.事実の概要
被告は原告のイラストに依拠したイラストを製作し(依拠したことに争いは無い)、広告に使用した。著作権侵害(複製権・本案件/同一性保持権侵害)に基づき損害賠償を請求した。原告は損害賠償額として原告の定める通常の使用料に利用回数を乗じたものと主張したが、他方、被告は継続的な使用の場合包括的な使用料を定めるのが通常であり、原告の主張は失当であると主張した。

2.判決の概要
著作権侵害を肯定し、原告の定める使用料を基準にして損害額を算出した。そして、被告の主張に対しては
(1)包括的な使用許諾方式にするかは著作権者の自由
(2)包括的使用許諾方式は適正な使用のインセンティブ
(3)原告は被告の業種には許諾を与えない旨明示していた
ことを考慮すれば、容れられないとした。

3.考察
通常不法行為の損害額は、得べかりし利益状態と現状の差を基に算定すべきと解されている(いわゆる差額説)が、知的財産権についてはそのような観念が困難であることが指摘されてきた。
そこで使用料相当額を損害額とする規定が設けられたが、それが何をさすかについては争いのあるところである。この点、適正に使用権を得た者が支払う使用料と同額にすることは、「侵害し得」を生むとして問題視する見解が存在する。
本件では、被告の主張は差額説によったものと思われる。一方、原告は後者の見解にたっていると評価できよう。
どちらに立つべきかは、見解が分かれるところではあるが、使用料相当額を支払っても以後の使用許諾がなされたとは評価できないとする見解が有力であることを考えれば、たとえ使用料相当額であっても侵害し得とはならないであろう。すなわち、侵害者は、差止をされることにより侵害の継続は不可能であり、これを除去するには新たに使用料相当額を支払う必要があるからである。
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2006年04月19日

[著作権]Grokster事件枠組みの射程外とされた判決

コピライト2006.2によると、Grokster最高裁判決の枠組み(故意の侵害助長として間接侵害を生むものを配布した場合は、著作権侵害をしない用法がある場合でも寄与侵害を認めるというもの。ソニーvベータマックス判決理論の例外として位置付けられるだろう)の射程の外にある事件をしめした地裁判決(Monotype Imaging v Bitstream)が出たらしい。
その要素は、間接侵害品の配布がもっぱら侵害者ばかりでなかったこと(意識していなかったこと?)、侵害防止措置があったこと、利益を得ていなかったことであるようだ。
侵害防止については興味深い。今後原文にあたる必要があるだろう。
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2006年02月06日

[著作権]著作権の間接侵害者に対する差止請求(物権的請求権との対比による検討)

物権的請求権においては物権の排他性を保つための妨害排除請求であるから、直接の妨害行為者以外にも排除請求が認められる。これを引き合いに出して、著作権の間接侵害に対しても差止請求が可能だとしたのがヒットワン事件である。
しかし、物権的請求権で直接の侵害行為者以外に妨害排除が認められる場合とはどんな場合か?考えてみると、Xの所有地にYがZから盗難してきた車を放置した場合、というのが挙げられよう。

問題は、その排除の費用負担がどうなっているかである。この点については諸説あり、Xが負担すべきとするもの、Zが負担すべきとするもの、Zに原因がある場合にZが負担するべきとするものが主な見解である。

さて、以上を見てみると疑問が出てくる。直接の侵害行為者で無い者への妨害排除請求で、その者が蒙る不利益はさほど大きくないように映るのである。とくに、費用負担につき最後の見解(原因の所在を問題とする見解)に立てば一層浮き彫りになる。いわゆる間接的な侵害者に対して妨害排除が可能であるという問題について間接侵害者に生じる不利益との衡量が問題視されなかったのは、単に不利益が微々たるものであったからではないのか?

これに比べて著作権の場合は間接侵害者に生じる不利益は大きい。これを考慮しないのは果たして望ましいのだろうか?斎藤博「通信リース・カラオケ業者に対する差止請求」(『判例評論』548号、44頁)では、民法の差止請求理論においては権利確定が不十分であることから、権利状態の回復・保持という差し止め請求権固有の性格が希薄になっているが、著作権等知的財産権には当てはまらない、としており注目すべき検討であるが、権利の幅が広くなりすぎて経済秩序を乱しかねない点への留意は必要であるように思う。
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2006年01月23日

[著作権]間接侵害に対する規制その1

著作権の間接侵害は明文上の定めが無い。いままでの裁判例では一定の要件のもと認められてきた。まず、ここまでは議論が無いだろう、というものを挙げる。
kansetsu01.jpg
この判断枠組みからすると、winnyの製作者に対して差止請求しても認められないことになる。

さて、そうすると差止請求がどこまで認められるかの問題に集約する。
ここで出てくる問題は、ヒットワン事件や選撮見録事件の位置づけである。特に後者、選撮見録は文化の発展に寄与するような権利者の利益ではない、単なるビジネスモデルを保護しているように思える。実質論としては?が拭いきれない。といって安易に叩くと、競争秩序にダメージを与えるようなものまで許容しかねない。
んー、もうちょっと考える必要アリ。
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2006年01月17日

[著作権]公貸権をめぐる政策案

11月10日に触れたことであるが、このことについて地方行政に携わる方、学校運営に携わる方、政策学の専門家を交えて議論する機会があった。

図書館の現場に近い方に勤務されている方(下線部1/23訂正)から見ると、流行書が数多く買われる要因は、司書の方たちに広範な裁量があり、経済にどういう影響を与えるかについての認識が乏しいからである、とのことであった。見識が深い司書の方には申し訳ないが、一般論として鋭い指摘であるように思う。(ただしこれがすべての図書館で起こっているのではない。一部の図書館で起こっていることを指摘し、図書館のあり方についての議論の必要を提起するものである。)(下線部1/23追加)
もちろん、司書の方が読書を通じた文化発展というものをきわめて大事にされていることは理解できる。しかし、図書館の機能として読書の場を著作者の犠牲の下に提供する必要が今あるのだろうか?

公貸権をめぐる政策としては2つの方向性があるだろう。
1つは、公貸権を設け、その例外として学術書、あるいは学校図書館を指定する。
いま1つは、図書館法を改め、民業圧迫につながる部分を排除すること。
前者はそのアーキテクチャ構築に費用がかかる。
後者は地域政策としてそういうことが出来なくなるのが問題だ。
選択的に出来ればそれに越したことは無いが、それはそれで不自然だ。
さて、どうしたものか。
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2006年01月12日

[著作権]P2Pソフトウエアの法的問題

世間で整理された問題ではあるけれど、発表のためまとめたので、念のため保管。
ナップ、グロックスター、ファイルローグを取り上げた。

メールP2P.doc
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2005年12月12日

[著作権]プログラムの表示画面の保護

1.問題の所在
 コンピュータソフトウエアのユーザーインターフェースはいかなる法的保護を受けているのであろうか?
 まず、インターフェースはかなりの部分アイディアそのものとして捉えられることから特許法による保護が考えられるだろう。この点、新規性、進歩性などの要件を満たしていれば特許は与えられることに異論はない。たとえば、一太郎事件において有名になった特許2803236号は、後に公知技術から容易に推知可能であると分かったとはいえ、特許されていたのである。
 しかし、それ以外にはなにか手はないだろうか。と、なると出てくるのが著作権法である。
2.著作権による表示画面の保護
 著作権による保護を受けるためには個性が現れており、当該箇所から思想感情が読みとめなければならない。この点、アイディアに近いユーザーインターフェースは著作権保護になじまないようにも思う。疑いがないのは、ユーザーインターフェース中のアイコンについては、オリジナリティさえあれば著作物となり得るという点だけであろう。
3.判例の変遷
 表示画面の法的保護について争われた判例は、「積算くん」事件以来数件出ている。ほとんどの事案で著作物性が否定されているものの、各画面表示のみならず、各画面表示の総体(つまり画面の切り替わりの一連の流れ)も保護対象となりうることが判例上示されているのは注目に値する。
 なお、表示画面の創作性判断において、機能的性質に由来する創作性の制限事由が近時の判例では認定される方向にあるようである。
※裁判例のまとめ
gui_on_cr.jpg
4.不正競争防止法による保護
 裁判例では若干であるが不正競争防止法による保護を求めたものもある。しかし、いずれも奏功していない。ただ、注目すべきは、東京地裁平成15年1月28日判決(平成14年(ワ)10893号/PIMソフトウエア事件)は、不正競争防止法2条1項3号の「技術的形態」に該当する旨を述べる点である。ここからは、あるいは、プログラムの表示画面はプログラムという「商品」の形態である点を前提としているのか、ともうかがわせる。
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2005年12月08日

[著作権]間接侵害(選撮見録事件)

原告勝訴の判決が出ていたので驚いたものである。
というのも、間接侵害(直接侵害していないが、もっぱら著作権侵害になるようなものを売った)のケースにおいて差し止めが認められたからだ。
間接侵害に対し法律上の規定はない。(特許法にはあるが…)

裁判所は、
1:間接侵害をもたらす商品の販売により、利用者は必然的に権利侵害をする
2:直接の侵害者に対するアクションが困難
3:間接侵害をもたらす商品の差し止めをした方が楽
4:間接侵害を差し止めたことによる法益の損失が評価に値しない
場合に、差し止めに関し著作権法112条1項の類推が可能とした。

ええっ!?マジかよ、と思うものの、明文規定にないことは理由にならねー、という意見もありうる。日本の事案ではないが、同様の法制をもつアメリカで間接侵害は規定が無くても法に内在的な問題とか言ってた(ベータマックス訴訟高裁判決)。
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2005年11月29日

[著作権]キャッチフレーズの著作物性

加戸先生は「キャッチフレーズは文化的所産にたる創作性がない」(「著作権法逐条講義」)というのだが、どうも疑問だ。創作性ってそんな高いレベルで求められるの?それって裁判所で判断できるの?この基準はおかしいと思う。
さらに別の視点から見てみる。キャッチフレーズは情報化社会・知識化社会では重要度が増している。あふれる情報の中で短く上手に表現したら顧客吸引が出来る。いかに消費者に自分の良さを売り込めるかも大事だ。だとすれば一定の法的保護は必要じゃないか?
端的に創作性判断は原則にかえって「個性の発露」または「独自性の有無」でみるべきだろう。

けれど、こうすると短い表現を「うっかりみてしまうと似た表現が出来なくなる」、すなわち依拠した表現が出来やすいので翻案権侵害という形で表現を萎縮させる、という反論がでてくる。要は著作権が強すぎるという意見だ。
そうであるならば、一定の権利行使を制限すればいい。半田先生はそういう見解に立っている。かんぞうも賛成である。半田先生は目的、表現形態による制約可能性を挙げている。目的という観点を具体的に言うと、キャッチフレーズは公衆に用いられることを目的としているので不正な目的以外での利用は自由(そのように権利放棄している)と捉えるべきということだろう。表現形態という意味では短い表現は類似の表現が多くなってしまうから、デッドコピーだけが対象となるということだろう。<後者の方は根拠が弱い気がする。検討がいるなぁ。>
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2005年10月27日

[著作権]小泉直樹『アメリカ著作権制度』をちょっとだけ読んだ

●4章
プログラムはきわめて実用的機能的。機能=アイディアの面が強い。とはいえ、開発コストがでかく、パクったらパクったやつも等質性があって模倣しやすい=市場の失敗がおきやすい=保護しないと開発インセンティブを削ぐ、という論法で保護は必要。ただし著作権である必要はない。

日本でも昭和58年ごろ通産省(当時)を中心にプログラム権法の模索があったようだ。15年程度の保護期間を持つ使用権を中心とした制度である。これが導入されていたらどうなっていたのだろうか。
現在のように著作権での保護がなされたのはソフトウエア先進国アメリカが無方式かつ保護期間が長く、かつ、国際的に制度が導入しやすい著作権制度を好んだためである。
ちなみに著作権保護への日本での過程は「茨城大学大瀧研究室 卒業論文リスト 山野辺誠『知的財産権と超流通』」(http://nenya.cis.ibaraki.ac.jp/sotsuron/H07/st92083/main.html)が詳しい。
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