2006年09月28日

[時事][特許]アメリカ、先願主義に転換へ

26日に衝撃的な報道がなされた。
国際的な特許制度のハーモナイズを図るため、特許当局が進めてきた話し合いで、アメリカが先願主義への転換へ同意したというのである。

ようやく先発明主義が消え、研究の現場では詳細なラボノートの日付記録などの手間などが省けるようになることとなろう。

しかし、官僚レベルでの同意であり、政治がひっくり返す可能性は否めない。今後に注目である。
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2006年05月19日

[時事]プロスポーツとパブリシティ

○フジサンケイビジネスアイ5月18日の記事によるとメジャーリーグ機構が選手の打率などの記録使用を有料にしようとし、ゲーム会社と訴訟になったとのことを伝えている。
確かめてみた(Jump to "IP Law & Bussiness")。2005年4月にそのような訴訟が起こったようだ。

○さて、これを知財の視点から見てみると面白い。使用料の根拠は何であろうか?単なるデータには著作権は無いし認められるべきでないので当然この主張はできない。いわゆるパブリシティ権に基づいてみればどうだろうか?選手名と一体となって顧客吸引力を持つと考え、選手のパブリシティに属するものであるとし、これを委託されて管理しているとなれば、あるいはありえるかもしれないが、若干オーバーライドしている感が残り釈然としない。最後に考えられるのは、データを採った労力保護を元にした主張である。端的にはデータベースとしてsui generisの権利のうちデータ抽出の独占権を主張したと考えるものである。しかし、アメリカはそのような権利をいまだ認めていないので苦しい。

○このような問題はプロスポーツの世界ではおおい。たぶんに顧客吸引力の大きさによるものであろう。この観点からパブリシティの利益を整理する必要もあるだろう。
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2006年05月12日

[時事][特許]特許料減免のポスドク・ドクター生への拡大

「特許費用半額、若手研究者も・政府が方針」(日経Biz-plus)

政府が大学の教員・研究員に限って認めてきた特許料の減免措置をポスドク・ドクターにも拡大することを検討しているようだ。

各研究分野ごとに習慣は異なるだろうが、研究筆頭者だけを発明者として明細書に記載する伝統であった分野には、違ったメッセージを込めていると読むべきではないだろうか?

若手研究者の減免を認めたということは、彼らが特許発明に至る研究に参画していたことを、特許明細書を通じて公表する手段を促しているということではないかと思う。
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2006年05月09日

[時事][特許]読売新聞社説2006年5月9日評

読売新聞の2006年5月9日の社説(読売新聞社へのリンク)は、特許審査の遅さを批判するものであった。

審査の遅れについては、すでに5年以上前から対応策が取られていたところなので、いまさら再度批判してやるなよ〜というのが正直なところである。近年の審査請求の急増を誰が予想していただろうか?

この増加は大きく2つの要因があるだろう。
ひとつは外国からの出願の増加が挙げられよう。10年前に3万件台だった出願は、今5万件まで増加している。特許調査をしているとわかることだが、外国からわざわざ出願する特許は本気の特許が多い。その分審査は手間が増えている。
次に、知財立国化がうまくいっていることの証左でもあろう。出願数自体は増加していないが、審査請求が増加していることは、それだけ産業側も本気で特許化を狙っているということではないか?

いずれにせよ、公務員削減が謡われる中で、特許庁の人員を急速に増やすことへ抵抗が強く、いままでなかなか審査能力向上が図れなかったのが実情ではないかと思えば、同情もしたい。
また、外注すればいいとの意見も根強いが、そもそも、技術と知的財産法の架橋ができる人材がすくないのがそもそもの問題であろう。この点、知的財産推進計画には織り込んであるが、理系学部へ知財人材となる魅力のPRをいっそう行っていくことを期待したい。
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2006年03月20日

[時事]コンピュータウイルス規制

ウイルス作成行為自体が刑事罰になるようである。以下の記事参照。
しかし、ウイルス感染により漏洩した情報の回収については新規立法でなく現状の著作権法や、プライバシー権に基づくしかないのだろうか。

参考:ITProWatcher(岡村久道弁護士がコラムを寄せている)
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2006年03月15日

[時事]少年犯罪に対する量刑意識

知財とは関係ないですけど、驚いた記事であったので取り上げます。
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「少年は重い刑に」が25% 最高裁司法研修所が調査

 殺人事件の被告が少年だった場合、市民の4人に1人が「成人よりも刑を重くするべきだ」と考えている−。最高裁の司法研修所は15日、市民と裁判官を対象に実施した量刑意識に関するアンケート結果を発表、両者に大きな隔たりがあることが明らかになった。
 調査は2009年春までに導入される裁判員制度に向け、量刑の「市民感覚」を探るため実施。全国8都市の市民1000人と刑事裁判官766人が対象となった。
 殺人事件を素材とし、39の量刑ポイントについて意見を聞いたところ、違いがはっきり分かれたのは少年事件。裁判官は「軽くする」が90%を超え「重く」はゼロだったが、市民は約半数が「どちらでもない」を、25・4%もの人が「重く」を選択した。将来の更生のため刑を軽くするなどの配慮がある少年法を前提とした「裁判官の常識」が通用しないことが浮き彫りになった。
(共同通信) - 3月15日17時23分更新
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きつい言い方をすれば25%の市民が「非常識」だともいえます(少なくとも50%は「同等」、25%は「軽く」を選んだということですから)。なぜ少年だから重くするのかがかんぞうには理解できません。
閉鎖的な環境にぶち込んで永きに渡って追い詰めることで、将来の社会がよくなるんでしょうか?若い時期、吸収力が旺盛だからこそ、肉体的にも精神的にも教育をしているのであって、だから教育による矯正が可能だと思うのですが、それは量刑では定められないものでしょう。
まして問題なのは、成人に比べて重い刑を少年に課しても、その法律をコントロールできるのは成人だということです(投票権がありませんので)。少年たちの意見は間接的にしか反映されません。民主主義の考え方から言って妥当なのでしょうか?
「自分たちには不利益がないから」という考えの下での暴力的な志向のようで、かんぞうには「考えていない」意見であるように思われました。

専門ではないですが、ちっちゃな法律家としてのつぶやきでした。
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2006年01月12日

[時事][著作権]住生サウンドロゴは著作物か?

♪すみともせいめい(原告の作曲家生方さんのブログによればドドドドソ・ミという音階のような)、というサウンドロゴについて契約がはっきりしないまま長い間使われ続けたということで、作曲家がクライアントを訴えたようだ。

一学生の目から見れば、あー、テレビ屋さんとか広告屋さんの間で著作権処理が出来ていなかったんだろうなーと映る。サウンドロゴとして使うならば、一旦イメージを定着させたら多少手直しして雰囲気を変えてもずっと使い続けられるようにしとかなければならない。インテルのサウンドロゴやなんて、あの音が聞こえれば多くの人がインテルを思い出すのだから、長く使うという視点を持っているべきだろう。
長く使うならば当然権利を手に入れておくべきで、甘いなぁ…といわざるを得ない。生方さんの側は立場が弱かったんだろうし、言えなかったんだろうな。

それはさておき、短い曲が著作物になるかについては、僕は「なる」と思う。
そうすると、他の曲で「ドドドドソミ」という音が使えなくなるという反発が出てくるはず。しかし、よーく思い出して欲しい。著作権は相対的な独占権なので、たまたま同じはセーフだ。なにより、そこから直接感じることができる思想・感情が異なっていればいいのだ。
サウンドロゴの場合短い曲でインパクトを残すことが主であろうから、長い音楽に使われたならばもう思想感情が違う別モノだろう。
僕は、サウンドロゴの著作権を主張できる場合は、他のサウンドロゴが依拠した場合、それとクライアントに対してだけになってくると考えている。
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2005年12月20日

[時事][商標権]地域ブランドの保護

平成17年度の商標権改正は、地域ブランドの保護が大きなポイントとなった。
重要な点としては、
・特定の団体に地域ブランドについて商標権として権利取得を許容する
・商標登録が可能な地域ブランドは、周知のもの

しかし、制度を見れば産地表示保護ではないことに注意が必要だ。
あくまでその地域の団体がどの範囲までブランドの範囲に含めようと考えるかが重要になってくる。消費者は地域ブランドの質を注視していく必要があるだろう。
一方地域ブランドを持つ者は、自らの品質をいかに保証しているかを積極的に開示しブランドをより向上する努力が行われることを期待したい。
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2005年11月10日

[著作権][時事]文芸著作物の貸与権

日本文芸家協会、日本ペンクラブなどが、図書館での貸し出しに対し一定の補償金を支払う制度を創設するよう求める声明が出た。

音楽の著作物と比べてもそのような制度を作ることは法律上は不思議でない。むしろ著作者の
犠牲の下に文化振興をするというのも変な話だ。
だが、音楽とは異なり、貸与しているのは公共機関であることがこの制度を推進することをためらわせる。税金で著作者に補償することになるのも、透明性の意味で違和感がわく。
また、図書館で貸し出すのは文芸の図書だけでないことにも注意したい。学術的なものはそもそも図書館で貸したところで売り上げが減少する関係にあるとはまず思えない。要は、娯楽用の書物で、借りたら買わなくなるものに限って報償する制度にした方がいいと思うのだ。
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2005年10月29日

[知財政策]『育め「知財」』(朝日新聞2005年10月21日)

シンポジウム「日中・新知財戦略の展開」をまとめた記事。
「異質組織間の連携」が「企業の発展」につながる(荒井寿光・内閣官房知財戦略推進事務局長)ことを強調し、産学連携の重要性を説く。とくに、実用化開発が得意である企業側と、テーマ探索が得意である大学側の共同のメリットを指摘する。産学連携においては権利帰属をいかにするかは依然として問題点である。今後大学側もより一層権利化への意識を喚起しなければならないとの指摘は注視できる。権利化においてはコストがかかるが、日本の企業の実態に即して言えばR&D投資の10%程度が権利化のために使われていることを示した点は興味深い。大学においても参考になるだろう。
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2005年10月27日

[著作権]簡単に「パクリ」を「叩」く奇妙さ

大塚愛がFFXIの曲を「パクった」として話題になっている。
「のまねこ」が「モナー」のパクリだ!というのも盛り上がった。
他人ががんばったものをパクるのを何でもかんでも許してはみんながやる気をなくす、だから良くない、というのは分かるが、「パクリ」=悪とみているかのような印象すら受ける。

「パクリ」が何を指しているのか?どこまでのことを「パクリ」としているのか?まず、このことに関してずれがあるように思う。
広い意味で「パクリ」、つまり他人のアイディアを使うことはいけないのだろうか?
狭い意味での「パクリ」、つまり丸っぽコピーして自分のもののしてしまうのは良くないというのは誰もが頷くだろう。しかし、前者のパクリは本当にいけないのか?

極論すれば「●●がこういってたから自分の考え方は正しい」なんていうことも「パクリ」になる。これがいけないというのでは社会がやっていけない。
ある程度まで「パクリ」を許さなくてはならないのだ。

その線引きは昔から悩んできた。
「著作権」というルールは100年以上も前から各時代にあうよう悩み考えられてきたものである。
現在のルールでは『外にアウトプットされたもの』を「パクる」ことはアウトだとされている。はっきり言ってアバウトで見えにくい。だが、法律が悪いというわけではない。人間の精神活動は多様なので、白黒つけられるものではないのだ。
外形全体をそのままコピーする行為は非難されるだろうが、その中間にはそれほど規範的な意味はない。相互の利益調整を法律が定めている。
ところが、昨今の「パクリ」=悪とも受け取れる考え方は、著作権法の考え方を誤解している。どころか、叩くことでストレスを発散しているだけのようにも思えてしまう。

どういうルールが未来に望ましいかちょっと考えてほしいものだ。
posted by かんぞう at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月09日

[判例]知財高裁・平成17年10月6日判決【新聞記事見出し配信事件】に関するメモ

判決全文は入手できていないのだけれど、ニュースで要旨を見たところつっこみどころが多そう。まずは、考えをメモしておきたい。

●要旨
1.新聞記事の見出しに著作物性は認められない。
2.しかし、多大の利益・労力が投下されているうえ、相応に工夫されているので法的保護に値し、これの営利目的による無断使用は不法行為を構成する。
(↑この要旨もつっこみどころがあると思う。早く全文がほしい!!)
3.損害賠償は認められるが、差止請求は認められない。

●かんぞうの検討
○弱い著作権?
要旨を見る限り、創作の労力保護と創意工夫の保護を基にしているようで、著作物性を認めたかのようである。しかし、判決は著作権法10条2項にあたるとして著作物性を否定した一審の判断は維持している。どうもしっくりいかない。
あまりに言語量が短く独占権を与えることにためらいがあるが、かといってその創意工夫を保護しないのは著作権法の理念にそぐわないからと考え、独占性を薄めた著作権を創り出したのだろうか?とはいえ、そもそも相対的独占権の著作権であっては、創意工夫さえあれば保護しても不都合はそれほど無いだろう。わざわざそのような財産権を作るメリットは乏しい。おそらく裁判所もそのようなことは企図していないと思う。

○不正競争?
成果へのフリーライドという意味では不正な競争としての根拠付けもありうる。しかし、新聞社との競争関係があったのかどうかは疑問であるし、効果にも説明がつかない。

○パブリシティ権?
情報が氾濫する状況においては見出しの持つ価値は大きい。顧客誘引力を持っているといえるかもしれない。本判決の結論を見ると、ギャロップレーサー事件第2審の結論に近いようにも思う。顧客誘引力のフリーライドを問題にした、とも捉えられるかも…と言う予感はしている。

○ユーザーの権利
この判決の問題点として考えられるのは、著作権で保護されていない領域、つまり自由に使えると考えられていた情報が法的保護対象になることでユーザーが不意打ちを食らうことになるという点だ。著作権法で保護する情報の範囲を明確にした意味が薄れてしまう…。

●独り言
先輩の弁護士が、そのファクターは「引用」中心に組み立てていた。著作権の枠組みの問題として捉えるべきなのだろうか?むしろ競争法理から見るべきではないかと考えている。
その先生のブログを眺めていたら、一太郎ヘルプアイコン事件の代理人(大向さん)が同じくサークルの先輩とわかった。法相の知財ネットワークもすごいかも??
posted by かんぞう at 02:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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