2012年04月23日

[つぶやき]しれっと再開...

力不足で1年間寝かしていましたが、しれっと再開します。ときどき確認いただいていた方、お詫びと感謝を申し上げます。
著作権や意匠法の立法や運用、日本の知的財産領域の学術研究の成果への私見をつぶやいていこうと思います。
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2011年01月15日

[つぶやき]ライバルを減らして、しかも、お客になってもらおう

私はアウトサイダーの人間であるので、勝手なことを言っている、という点はご承知置き頂きたい。居酒屋談義としてお読み頂きたい。

ここ数年、弁護士業界でも弁理士業界でも、「数が多すぎて『過当競争』になっている」という声や、質の低い資格保有者が目につくようになってきている」という声が聞こえる。

この中で、「数が多すぎて『過当競争』になっている」から「合格者をしぼるべきだ」との主張もあるが、これは不思議だ。次の二点の疑問がわく。
・これから合格者を絞ったとしても現在「過当競争」があるならば現状の改善にはならない。
・近年の合格者の「質が低い」ならば、競争において淘汰されるのは近年の合格者であり、既存の資格保有者にはダメージを与えない(雇用側の弁護士・弁理士にはダメージかもしれないが、法人格をとらず、個人事業主の集合体として運営すればダメージは少ないだろう)。

成り立つのは、「数が多すぎると『過当競争』になる恐れがある」から「合格者を絞るべきだ」という主張だろう。しかし、そうであるならば、どのような状態が「過当競争」であるかきちんとエビデンスを示すべきだ。

もちろん、「質の低い資格保有者が」増えており、「しかも通常資格取得だけでは不足で実務経験も欠かせないところ、近年、実務経験の機会が十分でなくなっている」ので「合格者を絞るべきだ」という主張は通ると思うが、既に発生している『過当競争』には対応出来ない。

そうだとすると、弁護士業界にせよ弁理士業界にせよ、取り組むべきは2つだ。「市場の拡大」と「ライバルの排除」だ。このとき、いずれの業界にも、「既存の資格保有者でベテランの人を卒業させて他業界で活躍させ、あわよくば、新たな市場獲得に貢献していたく」という取組を勧めたい。

弁護士はアメリカを筆頭に政治家として活躍する者が多い。日本でも官房長官や野党の党首などが弁護士資格を有している。政治家として立法活動が盛んになると、それに対応するための業務が求められるようになり、必然的に弁護士業界は(一時的に)潤う。

弁理士でも政治家となる者(首相)はいるが、市場を増やす観点では企業家としての活動が業界としては望ましいだろう。弁理士が事業創出をした例としては、XeroxのChester Carlsonが挙げられる。Carlsonは特許事務所での勤務の中で特許明細書の複写をしたいという思いを持ち、乾式複写技術を15年かけて開発し、その後、Haloid Photographic社(現Xerox)により商業化されている。しかもXerox社は多数の特許出願を行っている。おそらく、多くの特許代理人が潤ったことだろう。
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2011年01月06日

[つぶやき]要らないものを贈ることも社会的には重要なこと

先日、「[時事][特許]プレゼントを好きな物に換えることが出来るビジネスモデル特許についての雑感」で、不要な贈り物を欲しいものに変えることについて触れたところ、ある方から贈与行為は人類の歴史から見ても奥深いものだと教えて頂いた。

さしあたって、マルセル・モース(著)=有地亨(訳)『贈与論』(勁草書房、2008年)が役に立つとのことであった。かいつまむと、全く不要な物品の贈与によって相互の文化交流や関係確認を行っていることが世界には存在するらしい。なるほど、そうであるとすると、エチケット評論家がコメントするものわかる気が…。
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2011年01月01日

[つぶやき]半年間、放置してしまい申し訳ありませんでした

管理人のかんぞうです。

一昨年から私の時間管理がまずかったことで仕事もどうしようもなく忙しくなってしまっていたのですが、昨年夏、そこに体調不良が重なってしまって、すっかり勉強をする時間と気力がなくなってしまいました。お恥ずかしい限りです。
コメントを下さっていた方、ときどきこのブログをご覧頂いていた方、大変申し訳ありませんでした。(とくに、サイバー様、貴重なコメントを頂いていたにも関わらず、お応えできなかったこと、お詫び申し上げます。)

勉強をしないということは悪循環であったようで、ますます気力がそがれていくのを実感しました。私にとっては、知的財産関係のニュースや論文に触れることがいかに気力を湧かせるものかがわかった半年間でした。
これからは、知的財産に関する雑多なことをこれからもポツポツと流していきたいと思います。
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2010年06月17日

[つぶやき]日本知財学会第8回年次学術研究発表会

今年は所用が重なり、著作権法学会も工業所有権法学会も大変残念なことに参加できなかった。
その代わりに今週末にある日本知財学会の第8回年次学術研究発表会で発表をする(内容は非常にささやかなものなのでこの場には恥ずかしくて書けません…)。
いろいろな方と意見交換できる場は貴重でありがたい。せめて時間の無駄と思われないよう、発表の仕方も工夫しないと…と、プレゼンの準備をひたすらに行っている。
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2010年04月07日

[つぶやき]1位、2位でなきゃダメなんですか?…って考えてみた

昨年行われた政府の取組では、あるスーパーコンピュータの開発プロジェクトの妥当性に対して「どうして2位ではダメなんですか。」との質問ばかりがメディアに取り上げられていたが、私は1位であることによる名声の効用が重要でないならば的を射た発言だと考えていた。

おそらくスーパーコンピュータに関しては、1位であるからといって研究者が専ら集まるということはなく、一定の性能を超えていれば優秀な研究者が集まり、利用するだろう。その点で、財政状況にゆとりがない中、支出の妥当性を検証するための発言としては、私は適切なものだったと思う。

同じ事がGDPにも当てはまらないだろうか。
2010年段階で世界2位の経済大国から世界3位に落ちた、といわれ、さらに2050年の予測では順位を下げ、8位になることが示されている(注1)。

これに対しては様々な反応がある。なかには悲観的なものもある。しかし、ここで立ち止まってみたい。
8位になることがどの程度悲観的な未来なのだろうか。

前述の予測では1人あたりのGDPの予測も示されていた。結果は以下のグラフの通りである。
おそらく日本の社会保障の負担や積み重なった財政赤字によって経済成長が阻害されるであろう事は勘案されていないと考えられるが、2050年でも日本はカナダ、フランスなどと同じ程度の1人当たりのGDPを示している。

GDPin2050
(出典:Dominic Wilson & Anna Stupnytska, "Global Economics Paper No: 153 The N-11: More Than an Acronym"を基に筆者作成)

絶対的な豊かさが保障されるというわけではないが、同じような国と同じような道筋をたどることはわかる。確かに2050年には韓国やロシアに1人当たりGDPは抜かれるけれど、ひどく落ちるということはない。だから、安心してチャレンジできる、と考えることが出来るように思うことはできないだろうか。

(注1)Dominic Wilson & Anna Stupnytska, "Global Economics Paper No: 153 The N-11: More Than an Acronym", Goldman Sachs Economic Research(Web), 2007, available at here
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2010年03月13日

[つぶやき]久しぶりに発信

すっかり知的財産関係の情報発信から遠ざかってしまっていた。

土日も含め毎日終電生活というように仕事に追われてしまった…というのが表面的な理由ではあるのだが、これは知的財産制度を研究する人間が独占レントを形成することができず自身の労働力のダンピングでなんとかしていたというのを吐露することを意味しており、非常に恥ずかしい。

さて、久しぶりにいくつか情報発信をはじめてみたい。このようなブログをご覧いただいてる方には感謝申し上げる。
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2010年01月11日

[つぶやき]創作活動は税で支える方向にしないほうがよい

フランス政府が出資し、作成、公表された、パトリック=ゼルニクらによる報告書「創作活動とインターネット」(Patrick ZELNIK, Jacques TOUBON and Guillaume CERUTTI, "Creation et Internet" (2010)、いわゆるZelnick Report(Le rapport Zelnik))によると、
Google、MSN、Yahooなどの大手広告企業とインターネットサービスプロバイダ(ISP)に課税し、その税収を音楽および出版業界に対する助成金に当てることを提案している。
(出典:CNET Japan記事)(注1)
らしい。

■特別目的税による音楽・出版業界助成はこれら業界にとって望ましいのか
それ以上に日本にとって示唆がある点は、そもそも論として「税収を音楽および出版業界に対する助成金に当てることを提案している。」であろう。もしかすると、これを読んでわが国でもさらなる助成とそのための財源を検討するべきだ、という議論が起こるかもしれない。

もちろん、文化振興策としてそのような選択肢が選ばれてきたことはわかる。だが、そのような国費による助成を深める方向に進めていくことがが、創作者(クリエイター)やその頒布の仲介者(ディストリビューター)にとって望ましいことであるかどうかについては、私は疑問がある。

近年、税による助成を受けた者が説明責任を果たすことがますます求められるようになっている。税からの分配を受けたのであれば、その使途が目的において妥当で、額が適切なものであるか、情報を開示する必要が生じる。このようなことがクリエイティブな活動に向くのだろうか?クリエイティブな活動を行うためには、納税者の視点から見れば妥当でなく、不適切な出費を行うことも、必要なのではないだろうか。

そうであれば直接の助成でなく、たとえば出版・音楽を行う企業に対する寄付に対する控除税制の設立を求め、市民の意思に委ねたほうが、創作活動には適していないのだろうか(もちろん、控除も間接的な助成とみて、説明責任を求める声が生じる可能性はあるが…)。

特段の理論的な根拠のないつぶやきで恐縮だが、私は上記の提言が軽々に利用されないことを期待している。

■余談:その理由は適切なものか
CNETの記事によると、同報告書は上記の提案の理由として、
Googleは、音楽アーティストや書籍出版者に対する「何の配慮もなく利益を上げている」(前掲注1)
とのことであるが、原文を斜め読みしてみると、ここでいう利益は「広告による利益」を指しているようであり、しかもフランスの企業でないことを問題にしているようにも読める(もっとも、筆者の読解が誤っている可能性もある。フランス語に自信はない!)。(該当箇所は以下の通り)
Compte tenu de la taille du marche publicitaire sur internet, cette mesure pourrait a terme rapporter une dizaine de millions d'euros par an, acquittes principalement par les grandes societes operant des services supports de publicite en ligne telles que Google, Microsoft, AOL, Yahoo! ou encore Facebook.
(※文字中のアクサンテギュは省略。)

確かに、インターネット上で発生する利益の課税国についてはさまざまな思いのあるところであることはわかるが、それと「音楽アーティストや書籍出版者に対する配慮」と結びつけることには違和感がある(カウンターパンチのように、他の諸国からもフランスのサイトが広告から得た利益の分配を求めてくる可能性はないのだろうか?)。また、もし仮に自国の検索サイトでないから、という主張であるならば、情報が国境なく流れる環境にあっては筋の悪いものに見える。

(注1)CNET Japan(2010年1月8日)「フランスの報告書、グーグルやMSNへの課税による音楽業界などの助成を提案」
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2009年09月12日

[つぶやき]日本工業所有権法学会 平成21年度研究会を聴講して

神戸大学で開かれた、日本工業所有権法学会 平成21年度研究会の末席を汚してきた。
商品の容器・包装、それ自体の形状を巡って、商標法3条1項3号の判断基準として、従来と異なる基準が示されたシーシェルバー・チョコレート事件(知財高判平成20年6月30日・平19(行ケ)10293号・裁判所HP)の評価など、新しい展開について議論だけでなく、競争法との交錯領域について根源的に考える場にもなっており、大変勉強になった。

いくつかの報告を受けて考えるところがあったので、まとめていきたい。
現在関連する本ブログの記事は以下のとおりである。
なお、下記の記事には筆者がまとめた報告の概要を含むが、筆者の理解の誤りが含まれている可能性があることをご容赦いただきたい。正確な内容については来年刊行される『日本工業所有権学会年報』を必ずご参照いただきたい。

「[特許]リサーチ・ツール特許問題の解決にはソフトローで」(2009年9月12日記事)
「[意匠]スペアパーツに対する意匠権の制限」(2009年7月17日記事のアップデート)
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2009年08月03日

[つぶやき]ブランドブームはいつくる?

知的財産権のうち、商標権・意匠権というツールを使う要因となるのが、ブランドによる競争力強化であると思う。ブランドと一口にいっても、切り口が様々にある。対象によって切るとするならば、企業、事業、製品の3つに分けることが出来ると考えられるが、そのうち、企業ブランド(コーポレートブランド)が日本で注目されるようになった理由を見てみるとおもしろい。

企業ブランドに近い概念で、最初に話題に上ったものが「CI(コーポレート・アイデンティティ)」だろう。CIは日本では2度話題になっている。
第1次ブームの1970年代の要因は
、(1)米国の流行の取り入れ
(2)オイルショック等による内需伸び低迷期における売上向上への期待
にあるようだ。
第2次ブームの1980年代の要因は
、(1)バブル経済に乗った企業イメージの刷新と社員の連帯意識の醸成への要請
(2)NTT分割・JR民営化の中での大手国営企業によるCIの導入インパクトの高さ
にあることと思われる(注1)。

他方、1990年代後半から生じた「企業ブランド構築」は、
(1)経営資源の中の無形資源をしめる大きな要素としてのブランド価値の認識
(2)連結決算への転換にあたってのグループのアイデンティ確立の必要性(それまではグループ内でも統一性を欠いていた)
(3)新興企業への対抗
にあるとの見解がある(注2)。

私は、直観的にはこれらがブームだったと言い切ることは出来ないと思っている。可能性の一つとして、企業ブランドをひとたび構築しても10年程度でその効果が途切れてしまうことにもあるのではないかと推測している。

いずれにせよ、企業ブランドが注目される波がもしもあるならば、2010年を過ぎたころかもしれない。そのようなときに、「ブランドを構築するための媒体・ツールをどのように他者から守るか」、「ブランドの核となるメッセージを伝える表現をどのように抑えて独占を目指すか」が重要になる。特許権に埋もれがちな商標権・意匠権もこのときは注目されるのではないか…と思う。

(注1)深見幸男『CI入門』(日本経済新聞社、1991年)を参照した。
(注2)伊藤良二『コーポレイトブランド戦略』(東洋経済新報社、第2版、2004年)16頁
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2009年04月17日

[つぶやき]オペレーションシステムの巨人を遠くから観察する

特許権や意匠件の活用状況を見ると、マイクロソフトの動向は無視できない。気分転換がてらマイクロソフト・ジャーナリスト(マイクロソフトのおっかけ?)の書いた本(注1)を読んでみたところ、同社の今後の方向性を知る上で役に立った。

同社の方向性の一つとして、
−デジタル著作権管理を利用して海賊版を抑止すること
−途上国では、タイムチャージ制とするor機能制限をした安価版を提供することが示唆されている。

後者はデジタル著作権管理が出来ていないと実効的になることが出来ない。前者を前提としたものと言える。

バージョニング(例えば、一部が異なる機能・内容の著作物を、価格を変えて提供すること)は、海賊版抑止と、(著作物にアクセスが出来るという意味での)社会厚生の最大化を図ることができ、望ましい手法であるとの研究論文もある(おそらく、前提としては抑止力として十分に機能する模倣品対策制度が存在することが求められる)(注2)。

音楽CDを巡って、デジタル著作権管理に対する(感情面での)反発が生まれたこともあったが、この分析が正しいならば、マイクロソフトの行動は望ましいものと言えるし、合理的だ。

(注1)メアリー・ジョー・フォリー(著)=長尾高弘(訳)『マイクロソフトビル・ゲイツ不在の次の10年』(翔泳社、2008年)
(注2)WU Shin-Yi & CHEN Pei-Yu, Versioning and piracy control for digital information goods, OperRes 56(1) 157-172, 2008.
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2009年04月16日

[つぶやき]関空まで時間がかかるのは単純に遠いから

知的財産に関係ないのだが、気になったので取り上げてみた。
この報道、読売からも朝日からもほぼ同内容の記事が出ているので、記者クラブ発表だと思うのだが、疑問がある。情報が足りていない。
(読売新聞2009年4月14日記事「大阪駅―関空30分台!「なにわ筋線」実現へ国交省調査」)
構想では、新線は新大阪駅から地下鉄道でJR大阪駅北の梅田北ヤード新駅を経由してなにわ筋を南北に貫き、分岐して難波駅でJRに、汐見橋駅で南海に接続し、JR阪和線、南海本線で関西空港につなぐ。

 大阪駅―関空の鉄道所要時間が、現在の1時間程度から30分程度短縮できるうえ、新大阪駅で新幹線、東海道線とも接続できるため、京阪神各地から関空への利便性も向上する。

この記事の「大阪駅―関空の鉄道所要時間が、現在の1時間程度から30分程度短縮できる」が特に疑問だ。記事からは、
大阪ー(徒歩)ー北ヤードー(なにわ筋線)ーJR難波ー(阪和線)ー関西国際空港
というルートと
大阪ー(徒歩)ー北ヤードー(なにわ筋線)ー難波ー(南海本線)ー関西国際空港
になると思うのだが、現在でも下記の区間はそれぞれ以下の時間がかかる。
JR難波ー(阪和線)ー関西国際空港 約35分(天王寺乗り換え、特急はるか使用)
難波ー(南海本線)ー関西国際空港 約35分(ラピート利用)

どうやって「30分程度短縮」するのだろうか?

少なくともなにわ筋線の効果で短縮するのではなく、阪和線なり、南海本線を、高架または複々線化した場合の効果ではないのだろうか。

なお、現在でも梅田から難波までは御堂筋線で15分弱(しかも御堂筋線は新大阪からつながっている)。現実に得られる時間短縮の効用はわずかであることが推測される。

アドバルーンにしてはあまりにずさんではないだろうか。意図的にミスリードしているのでないことを願いたい。
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2009年03月08日

[つぶやき][意匠]不況だからプロダクトデザイン…かもしれない

「消費者300人に聞いた価値と価格の関係」日経デザイン2006年2月号26頁-73頁(2006年)は大変興味深い特集だ。

この特集では、いくつかの商品について、色、形状、質感、その他の新しい価値要素が付加されたときに、どの程度価格が高くても買うか、ということを消費者に尋ねている。

商品ごとに横断的な質問は行っていないようなので、単純な比較は出来ないが、実用的な商品(携帯電話、キーボード、掃除機)について色、質感、形状が良くなるとおおよそ10%以上価格を上乗せして良い、との回答傾向があった。他方、パッケージデザインについては5%の上乗せとの回答に留まっていた。

おおよその傾向に基づく分析で恐縮だが、質感はともかく、プロダクトの色彩、形状は意匠制度で保護される対象であり、これらの制度をインセンティブとして十分意識してデザイン開発に注力すれば、コストカットよりは効果があるかもしれない。

…もっとも、行動経済学の研究から明らかなように、実際に消費者が買うときは横にある商品との相対的関係で購買が決定されてしまうようでもあるのだが。
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2009年03月05日

[つぶやき]政府答弁を見落としていた

Copy & Copyright Diaryの末広さんが2009年2月28記事「質問趣意書への政府答弁ではダメだ」で、著作権法38条の4にいう「複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合」の解釈について、平成16年度に出された政府答弁への言及が、平成16年以降に出版された著作権法の解説書で触れられていないことを指摘されていた。

私はこの記事を読んで、普段から解釈に当たって立法者のやり取りを確認していなかったことを気づかされた。法解釈にあたって、立法の意思を推し量るためにも立法府でのやり取りを尊重しなくてはいけないのだが、なぜか行政庁での審議会のやり取りだけに目がいってしまっていたのが正直なところだ。

政府答弁ではダメだ、という思いも理解できるが、私としては、立法の場のやり取りも踏まえた解釈論を世に問うことで、半歩でも前進させたいと思う。

いずれにせよ、自戒をこめて、関連情報へのリンクをまとめた。拘束力は無いが附帯決議も重要であるので、併せてまとめておいた。

■リンク
□衆議院 > 質問答弁
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_shitsumon.htm

※衆議院の附帯決議は一覧の形になっていない。

□参議院 > 質問主意書情報
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frameset/fset_c03_01.htm

□参議院 > 附帯決議
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frameset/mf_c04_04.htm
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2009年02月27日

[つぶやき]営業秘密の保護が技術情報の流通に資するかを明らかにした実証研究の有無を知りたい…

本ブログ2009年2月1日記事「[不正競争][時事]オープンイノベーションは情報の流通を威圧的に統制する制度の上に成り立つとは思えない」で触れたことは、正直なところ「私の感想」でしかない。

例えば、
−刑事罰がどこまでの萎縮効果を持つのか?
−営業秘密保護の強化がオープンイノベーションの促進につながるのか?
については実証研究が欲しい。

この点を補強できないかと思い、門外漢ながら計量経済学の論文を漁ってみたのだが、これは!というものを見つけられなかった。

ただ、知的財産権制度の整備状況が国境を越えた日本法人の親子会社間の技術移転に与える影響については実証研究が存在する(注1)。それによると、知的財産制度の整備(注2)が行われている国は、技術移転が活発なようである。

これは、企業内の結果であるので、秘密情報の管理が容易であるという背景は存在することに留意は必要だが、対象とした国全てで営業秘密の保護制度が厳格でないことに鑑みれば(そして、考慮要素に営業秘密の保護制度は入っていない)、営業秘密の保護制度は技術情報の流通にそれほど大きな要素ではない可能性もあるのでは…と思える。

これをお読み下さっている諸兄はこの点を明らかにした研究をご存じないだろうか?もしあれば教えて頂けると幸いである。

(注1)若杉隆平・伊藤萬里「知的財産権の強化と技術移転――ミクロデータによる実証研究――」三田学会雑誌99巻2号31頁-46頁(2006年)。
(注2)Walter G. Park and Smita Wagh, "Index of Patent Rights", Economic Freedom of the World: 2002 Annual Report, p.33-p.43の枠組みに従っている。具体的には、(1)主要産業に対する特許保護適用の有無、(2)特許権保護期間、(3)エンフォースメント、(4)国際条約の締結、(5)特許権制限制度の有無。
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2009年02月16日

[つぶやき]派遣切りが無形資産を失わせる可能性を考える

派遣切りと一口に言っても、いろいろな意味がある。たとえばこんな例が挙げられる。
-生産ラインを担っている被用者を生産ライン縮小に伴い解雇する
-いわゆる「一般職」として働いていた被用者を事業縮小に伴って解雇する(このとき、当該事業に属していて、配置転換がきかない正社員も解雇する)
-業績悪化に伴って全社的にいわゆる「一般職」として働いていた被用者を解雇する

解雇されてしまった方には大変なことではあると思うが、今回は前者2つは対象とせず、後者に的を絞って議論を進めたい。後者のような場合、企業内部では「いつ首を切られるかわからない」というメッセージを伝えることになる。そのことがどのような弊害を有無かについて考えていく。

私が持っている懸念は「下手な派遣切りは、優秀な正社員/派遣社員の流出を招くのではないか」、ひいては、企業の無形資産が減少するのではないか、というところにある。

日本の「失われた10年」の中頃、リストラを進めた際にも指摘されたことであるが、首切りを行うと、優秀な人間も一緒に辞めていってしまう可能性がある。人間は不確実な状況を嫌うもののようであるし(注1)、優秀な人間はかえって給与が増えるかもしれないという期待を抱くこともあり(注2)、自然ななりゆきではある。

環境の違いはあるものの、米国で行われた解雇方針をとった企業の離職率の変化に注目した研究によると、たった1%の人員削減をおこなうだけで、離職率がこれまでに比べ3割程度上昇してしまうようだ(注3)。(日本の離職率に基づくいい加減な計算だが、日本の離職率の平均がおおよそ5%程度らしいので、1%上昇し、結果として、人員削減対象と同数離職者が生じることになる、ということだろう)。

特に、日本では女性の派遣社員の割合が高い。これまた米国の研究ではあるが、女性の方が、より人員削減に対して敏感に反応し、自発的な退職が増えることが指摘されている(注4)。「派遣切り」という獏とした用語が広まってしまっている今、「派遣切り」の選択肢をとる企業は、想像以上の人材流出を覚悟する必要がある(注5)(注6)。

(注1)私は詳しくないのでよくわからないが、リスクを過大に見積もる傾向があることが、行動経済学の分析によってわかってきているらしい。
(注2)これは自己の能力を過信しすぎている場合も含む。これまた行動経済学によると、一般的な傾向らしい。
(注3)Charlie Trevor & Anthony Nyberg, Downsizing Effects on Voluntary Turnover Rates: Human Resource Practices as Potential Moderators. 2008. Academy of Management Journal (April 2008)
(注4)Sylvia Hewlettらによる。Nancy Gibbs, "Married to the Job", Time Asia (Feb. 16 2009) p.52参照。
(注5)これが誤りでないならば、企業側は派遣切りに対するサンクションを負っていることがわかる。労働者の権利を守るという形で対処するとかえって被用者のためにならない可能性が指摘されることがあるが、このように、企業側もサンクションを負っているならば、被用者保護に過剰に介入しすぎない方がかえっていいのかもしれない(なお、そのような不利益を認識しない企業に所属する被用者は憂き目を見る可能性があるが、そんな企業、切られてちょうどいいかも?)。
(注6)人材流出にともなって生じる営業秘密流出に備えることも「必要」と考えられるかもしれないが、雇用情勢が悪化している状況では、専門的な技術を持った被用者が流動性を失い、せっかくの人材が埋没する可能性に留意が必要である。安易に営業秘密保護を強化することの弊害はここにもある。
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2009年01月19日

[つぶやき]まるい頭をしかくくする

日能研の電車広告で中学入試問題が紹介されている。最新のバージョンは、「映像を見ることに比べて読書のよさは何ですか」というもの。

これ、まじめに考えてみると難しい問題だと思うのですよ!

■「想像力を働かせる力を養うことができる」は正解か?
読書のよさとして挙げられるものがこれであると思う。たしかに、視覚的情報が圧倒的に少ないことが本の特徴ではある。だけど、映像と比べたときにもよさといえるか、疑問だ。視覚的情報があれば「想像力」は働かないのだろうか。
たとえば映画であれば、監督がなぜその場面を切り取ったのか、なぜその演出をしたのか、出演している人はなぜそのように振る舞っているのか、その背景は何か…と想像する余地が多いことはうなずける方が多いのでは。
ニュース映像だって同じだ。芸術的要素が少ないから、想像力を働かせる余地が少ない傾向があるかもしれないが、やはり、なぜその場面を切り取って何を伝えたかったのか、映っていない部分で何が起こっているのかなど、想像力を働かせる余地が少なくないように思う。
読書のときに働かせる想像力と質的な違いはあるかもしれないが、そうであれば「利点」とまでは言えない。

■「いつでもどこでも見ることが出来る。読みたいところを見ることが出来る。」は正解か?
本であると読むときに特に道具は要らない。だから、簡単に、「いつでも」「どこでも」「好きな箇所を」読むことが出来る。
昔ならこれも読書の利点だろう。
…が、今はユビキタスの世の中。「いつでも」「どこでも」は映像にも当てはまることが少なくないし、「好きな箇所を」見ることが出来ることは疑う余地がない。

■「漢字を読む力を養うことが出来る」は正解か?
これはおおむね正解だとは思うのだけど、常に成り立つ答えではない。「読書」=「漢字が使われた本を読む」ではないし、映像だって字幕スーパーで漢字が使われている(外国語の映画の字幕スーパーを思うと、漢字を読む力が養えるということにはうなずいていただけるのでは?)。

■じゃあ読書の利点って何?
そうすると、答えに詰まる。私が悩みに悩んで思いついた答えは次の2つだ。

□「見るときに電気を消費する道具を使わずに済むため、CO2の排出を防ぐことが出来る」
手回し映写器でない限り、映像を見るには電気を使わなきゃいけない。他方、本は昼間であれば電気を使わなくていい。そう、「地球環境に優しい」というスローガンにマッチするのだ。
もちろん、本はパルプを使用するので、森林を破壊しなければいけないことは付け加えなくてはいけないが(笑)

□「作品その物を利用するときの著作権処理が容易である」
映像の著作物は著作権が製作者に集中していることが多い。他方、本は利用されている文章・図表が他人の著作物である場合、権利の処理は面倒だ。著作権法29条の存在が利点と言えるだろう!
え?こんなの一般人には利点じゃない?そんなことはない。1億総クリエーターなのだ!!
…まぁ、こんな回答であるはずが無いが(笑)
posted by かんぞう at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

[つぶやき]2008年、ありがとうございました

本ブログをごらんいただいた皆様、ありがとうございました。
この1年の知的財産法を巡る動きの中でビックニュースは、フェアユース導入の議論と、商標の対象の拡大だったように思います。
CAFCのQualcomm v. Broadcom判決で知的財産権の行使の制限が検討されるなど、知的財産創造のインセンティブ付与制度は常に所有権類似の権利内容でなくても良いのでは、ということを深く深く考えさせられる1年でもあったようにも思います。

十分な話題を提供できていないときも多々ありますが、引き続き、望ましい知的財産制度のあり方を考える情報提供が出来ればと考えております。

個人的な話で恐縮ですが、2009年は公表論文を1つ書きたいと心に秘めた思いがあります。実力が無く実現できるかは怪しいのですが…。
posted by かんぞう at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

[つぶやき]あと1週間お休み

仕事が忙しくなってしまったのと、ちょっと風邪をこじらせてしまったのとで、はずかしいことですが、知財の勉強をまとめることができなくなっています。
あと1週間ほど本ブログは休止すると思います…。
posted by かんぞう at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月30日

[つぶやき]総額2兆円の給付金?

報道では明日、麻生首相から全容が発表されるとのことなので、わからないうちにガタガタいうのはどうかと思いつつも、気になって書いてしまう。

経済政策についてはド素人なので、私の知りたい点として読んでいただければと思う。

■財源次第では国債の利率を上昇させないか?
2兆円が事実だとすると、どこから捻出するのだろうか。仮にどこかの支出を削るなら、その分が実体景気にダメージを与えるだろうし、国債発行でまかなうならば、わずかではあろうが、国債の利率上昇につながらないだろうか。
そう考える理由はこう。日本の国債残高はそれなりに大きい。また、世界の金融市場を見ると、全体的に市場への信頼が揺らいでいる(あくまで心理的に、だろうが…)。そこへ2兆円とはいえ、実体景気が悪く、直近での回収が見込めない段階で国債が増えると、日本の国債への心理的な信用はちょっと揺らぐのではないか。
要は、「借金をするにはタイミングが悪いよね」というちょっとした危惧である。
まぁ杞憂ではあろうが、気になる。

■合理的な景気対策なのか?
今回の「不景気感」はおそらく3つから来ているのだと思う。1つ目は原油高の影響が尾をひきづっていること。これは製造業から運輸、卸売り、小売まであまねく影響を与えているだろう。2つ目はリーマンショックで金融市場の流動性が下がっていること。これは主には製造業、卸業に打撃だろうか。3つ目は円高が急激に振興してしまったこと。これは製造業に打撃だろう。
さて、給付型にすると、その効果の主要な対象はどこだろうか?
小売業ではないだろうか。もちろん間接的には製造業にも効果が及ぶだろうが、ちょっと薄いのでは。

最後に希望を…。
仮に給付するとしても、できるならばあまねく給付してほしい。地域振興券のように、お年寄り世帯と子供世帯だけ、というのは給付の手間は省けるし、選挙対策としては良いのかもしれない。だが、ただでさえ人数が減っていてヒイヒイ言っている勤労世代に負担感を増やし、「不景気感」を増やしかねない。
posted by かんぞう at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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