■フェアユース規定は導入することが望ましいか
権利制限規定を類推解釈しても、対処しようの無い、許容すべき利用形態もあるかもしれない。それに備えてフェアユース規定を導入するべきであろうか。
□研究会で得られた示唆
導入をするべきとの見解が複数見られた。その根拠としては、社会変化への柔軟な対応を挙げるものが多いようであるが、欧州の教訓を挙げる意見もあった。具体的には、EUの情報社会指令(2001/29/EC)は、権利制限規定を列挙し、加盟各国がこれ以外の権利制限を設けることを許容していない。その結果、欧州では、技術の進展、社会の変化に対応できていないところがある。そのような予測のできない領域に備えた一般条項の制定は行ってもよいのではないかというものである(注1)。
なお、研究会のシメには、新たなビジネスモデルの芽を摘まないためにフェアユース規定を入れるべきとの意見が挙っていた(注2)。
他方で、フェアユース規定は判例の集積がない限り、予測可能性が担保できない点を留意点として挙げる意見も見られた。
□考察1:なぜ「フェアユース規定」が望まれるのか?
少なくともインターネット上での議論では「フェアユース規定」導入を望む声が多い。
しかし、社会の変化に伴って生じた著作権法上の不適合の回避手段としては、立法的対処でも良いはずである。では、なぜ「フェアユース」に親和的なのであろうか?その理由として3つ考えられる。
○立法的対処では迅速な社会の変化に対応できない
これは、従来から指摘されているところである。しかし、フェアユース規定では予測可能性が担保されない点でデメリットであり、立法的対処の場合と同じように、なんらかの判決が下るまで行動の自由は保障されない(しかも立法的対処と異なり、行動の自由は「完全に」保障されない)。これでは、フェアユース規定導入の決定的理由にならないのではないように思う。
○広範な刑事罰があるため、フェアユースの領域が無いと立法的対処のニーズが育たない
著作権侵害に対する刑事罰のサンクションは大きいものであり、著作権に抵触しうる利用は控えるように行動することがおそらく合理的であると考えられる。しかも、コンプライアンスが重視されつつある企業文化の醸成を併せ考えると、少しでも著作権侵害となりうる利用は控えるのではないか。
そうであるならば、そもそも立法のニーズを醸成するまでに至らないままになってしまう。もっとも、迅速に立法が対処するのであれば、その趣旨を加味して権利濫用法理で処理されることが期待されるであろうから、問題としては大きくないのかもしれない。(ただし、立法的対処が迅速であること、立法的対処によって適切な利益調整が期待できることが前提である。)
○立法による利益調整への不信
立法の場で適切な利益調整ができていないため、立法的対処では不足と考えられている可能性もある。とくに近時、文化庁の審議会で、適切な委員が選ばれていないのではないか、との声もある。もちろん、文化庁の思いもわかる。一億総クリエーターといわれるなかで、利害関係者の一人である一般の利用者の代表は誰なのか定めにくいだろう。また、事実上の産業法となったいま、多様な利害が絡むため誰を委員に選ぶか極めて難しいこともよくわかる。とはいえ、もし不信が生じてしまっているならば、それはそれとして受け止める必要があるだろう。
仮にこの推測が正しいならば、著作権法の制度設計にあたり、適切な刑事罰の範囲が設定されること、および、十分な利益調整がなされることの2点が達成されると、フェアユース規定を導入する声は必ずしも高くならないようにも思う。
もし、フェアユース規定は著作権者の利益を害する、とお考えの方がいたら、ぜひ
○刑事罰規定の適正化
○著作権法改正の審議における十分な利益調整(これは一億総ユーザーとなった今、特定の利益団体だけでは十分な利益調整とはいえないだろう)
を訴えていただきたい(注3)。これが、フェアユース規定の導入を阻止する適切な手段であると私は考える。
□考察2:「フェアユース規定」は導入するべきか?
訴訟の長期化という弊害を招きかねないものであるとはいえ、私は導入に賛成である。その理由は、上記に挙げた2つ目の理由(=広範な刑事罰があるため、フェアユースの領域が無いと立法的対処のニーズが育たない)にあげたところにある。おそらく刑事罰規定の見直しはかなりの労力を必要とするだろう。ならば、フェアユース規定の導入が適切である。
また、立法的対処の迅速化も難しい。現在は、前年の秋頃に翌年度の審議会予算を確保しなければならない。機動的に審議会をひらくことが予算上難しいのである。
(注1)駒田泰士〔著作権法学会2008年研究大会おける発言〕。
(注2)BLJ Online「著作権法に未来はあるのか」(レクシス・ネクシスジャパン)参照。
(注3)端的に言えば、著作権者の利益保護にあたって、文化庁あるいは権利者(こちらはそのような方法を望んでいないのかもしれない)が「万全の」方法をとれば、かえって主権者の行動が著作権者の利益保護に不利な方向に転化させている、と感じている。これは刑事罰規定についても同様である。厳罰化すればするほど(これは量刑と、構成要件の双方を意味する)、かえって著作権者に利益になっていないのではないかと感じている。




フェアユースを導入した場合、警察や検察がフェアユースの範囲を決めてしまう恐れはないのでしょうか。判例の集積がない以上、検察や警察の判断次第で、刑事訴追される可能性があると考えますが。
なお、個人的にはフェアユースの導入には賛成です。「利用者と権利者がフェアの範囲を自分たちで決める努力をする」「裁判所の下した判断、及び裁判所が判例の積み重ねによって確立したフェアユースの範囲には従う」と言う条件が付ますが。
ご懸念は、現在の権利制限規定を廃してフェアユース規定を導入することを前提でいらっしゃいますでしょうか?
そうであれば、まさにその通りだと思いますが、すいません、これは私の言葉が足りませんでした。私は、権利制限規定+フェアユース規定、を前提に述べていました。
そうでない場合(すなわち前提が一致している場合)、判例が蓄積されるまでの間の司法警察によるフェアユース範囲の決定は、フェアユース導入の不都合、とは言えないと私は考えます。
少なくとも現状では、文言上違法とされている領域ですので、司法警察による訴追があってもこれまでの自由領域が殺がれない、という点で不都合でないのではないでしょうか。
もちろん、判例が蓄積されるまでに司法警察が積極的に訴追するために、当面フェアユース規定導入による利点を著作物の利用者(すなわち広く国民)が享受できないという可能性は否めません。
ただし、これはやむを得ないものと思います。
コメントいただいたように、
>利用者と権利者がフェアの範囲を自分たちで決める努力をする
という点は大事ですね。
現在でも企業側には「業界だけでなく、将来社会も考えた態度をとる。場合によっては訴訟も辞さない。」との意識を持っているところがあります。
ただし、両者が公平な交渉力をもって決定できるかについては検証が必要かもしれません。
たとえばですが、権利者側は権利の範囲を広くとろうとすると無駄な訴訟コストを負担するリスクを負い、他方、利用者側は依然として違法とされると刑事罰まで課されうるリスクを負っているように思います。