2008年04月15日

[つぶやき]法曹の世界でも世界的な競争が起こりうるのか

TIME誌2008年4月14日版(アジア版)によると、一部の米国大手法律事務所が一部の業務をインドにアウトソーシングを行っているとのことであった(注1)。

■記事の概要
米国の一流の法律事務所へ依頼した場合、1時間当たり300$〜550$(30000円弱〜55000円弱)の対価が必要である。依頼者の大きな負担となっていることから、一部の法律事務所は、インドに支局や提携先を設け、1時間当たり60$前後(6000円前後)の対価で業務を行い、低価格化に貢献している。
米国の弁護士の中には反発も多いが、企業側からの歓迎の声は大きい。課題は倫理観の違いであるが、各法律事務所は情報漏洩を防ぐ仕組みを強化し対処を行っている。

■専門的法務の国際的分業は進むのか?
記事では明確にわからなかったのだが、少なくともパラリーガル業務の委託は行われているようである。あるいは、各州の弁護士資格を持つ者がインドで業務を行っており、相当程度の業務委託がなされている可能性もある。(なお、米国では、非弁行為として禁止される範囲は広いと聞いている。それゆえ、無資格者が広範な業務を行っているとは考えにくい。)

いずれにせよ、米国弁護士と直接競合するものではないものの、コスト削減につながる取り組みである。ゆえに、米国の法律事務所としては、インドへのアウトソーシングを行うメリットはあろう。

インドへアウトソーシングが容易な背景は以下の通りである。
○公用語が英語である
○米国への留学者が多い(米国への留学生の中で最も大きな割合を占める)(注2)
○英国法を母法とし、法体系が類似している
○米国の法律情報がかなりの程度データベース化されている
このことに鑑みると、少なくとも米国については今後もアウトソーシングが拡大する可能性はあるように思われる。

■日本への示唆
では、同じことが日本でも進むのだろうか?

まず思いつくのは否定的な要素である。
○日本語を公用語している国は無く、高度の実用レベルで使える人口も多くない
○日本の法律関連情報のデータベース化は、研究論文については進んでいない(注3)

しかい、肯定的な要素も考えられる。
○日本語の学習者は増えつつある(注4)
○日本と同じような法体系の国からの留学生が多い(特に、日本への留学生が最多の中国は日本の法制度との親和性が増している(注5))

否定的要素として挙げた法情報の不足については、今後、研究者への評価指標として論文の引用度が用いられるようになるなど、論文の周知へのインセンティブが増す要因が生じれば、解消へ一気に動く可能性もある。

そう考えれば、大規模でないものの、取り組みがなされる可能性は捨てがたい。


■専門的法務の国際的分業は是か非か(若干の検討)

このような取り組みは、一見、弁護士報酬の低価格化を招くようにも思われる。法曹人口(とりわけ弁護士人口)の急増のさなかで、このような取り組みが仮に行われると望ましくないと直観的には思われる。その結果、OJTを行う余裕がますますなくなり、育成の質が低下するなどの懸念も理解できるところである(注6)。

しかし、ルーチンワークの外部化に留まるのであれば、法律事務所において(費用の面では)効率的な運営を可能にし、弁護士人口増加の中で、適正な付加価値を確保する手段になるのではないだろうか。そうであれば、育成の質の低下なども防ぐことができるかもしれない。

もちろん、国内の就業機会(とくにパラリーガルの)を奪う点では望ましくないし、専門的法務のノウハウを流出させることが国益という観点から望ましくない可能性もある。

このようになかなか是非が言えないものではある。私個人としては、少なくとも弁護士さんにプラスに働く余地があるなら、是なのではないかと考えているが…。


(注1)"To lower costs, some U.S. law firms are changing vanues - to India" TIME(Asia) 171(14) p.42 2008
(注2)Institute of International Education, Open Doors 2007:Report on International Educational Exchange available at http://opendoors.iienetwork.org/?p=113121。ただし、法曹養成課程での具体的な数は把握できていない。仮に留学生全体に占める法曹養成課程在籍者と同割合とすると、年1400人のインドからの留学生が法曹養成課程で学んでいると考えられる。
(注3)判例はデータベース化されているが、論文はデジタル化されていないことが多い。
(注4)国際交流基金『海外の日本語教育の現状−日本語教育機関調査・2006年−概要』(2008年) available at http://www.jpf.go.jp/j/japan_j/oversea/survey.html
(注5)運用はともかく、制度上は似てきているのではなかろうか。
(注6)kiyosakariさんがブログ「KSTK」で紹介されている武本夕香子「法曹人口についての一考察」参照。なお、武本弁護士は弁護士が急増することにより受け入れ側の体制を超えることを問題視されているように読めるが、競争の激化により育成の投資がしにくくなることも考えられよう。
posted by かんぞう at 01:17| Comment(5) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
面白い現象ですね。仮にインド在住の人がアメリカの(各州の)弁護士資格を持った人なら、より高い報酬が見込まれるアメリカでなくあえてインドにとどまっているということが成立する必要がありますね。

他方で、資格に関係がないのなら、非弁行為の規制の有効性の問題ですが(問題が起きていないのなら、そもそも規制の是非?)。もう少し一般化すると、規制産業で国外へのアウトソーシングを使って、参入などの規制をかいくぐるという面があるのなら、それも興味深い点だなと思います。


Posted by MM at 2008年04月18日 00:51
すっかりお返事が遅くなって本当にごめんなさい。

なるほど!確かにおっしゃるとおりですね。規制をかいくぐる面があるのでしょうか…。
Posted by かんぞう at 2008年05月07日 00:10
以前「通りすがりでもない」という名前でコメントさせて頂いたことがあるのですが、名前が長いので変えてみました。時間のあるときにまとめて読ませて頂いているので古い記事へのコメントになり申し訳ありません。
まず、アウトソーシングの話は聞いたことはありますが、実際に導入・検討しているという法律事務所は全く聞きません。そういうところも出てきた、というレベルではないでしょうか。マクドナルドのドライブスルーで注文を言うと、それがモンタナ州とかの田舎に転送されて、そこでシステムに打ち込まれ、データがマクドナルドのその注文を受けた店に戻ってくる、なんて話を聞きますし、日本でもライブドアのカスタマーサービスは中国でやってる、なんて話も聞きます。このように大きな流れは出来つつあるのかもしれませんが、弁護士業は規制をどうクリアしているのか興味深いところですね。
ところで、インドにアウトソーシングしているのは、きっとパラリーガルの仕事のうちでも、日常的なコミュニケーションが必要のないもの(例えばディスカバリー資料のコーディングなど)ではないでしょうか。ばかにならない費用がかかるところですし効果は大きいと思います。また、若いアソシエイト弁護士がやっている仕事でも、厳密には弁護士がやらなくてもいいようなことがありますので、そういったことかもしれません(事務所の利益を考えるとそこまでアウトソーシングはしないようにも思いますが)。いずれにしても、米国訴訟特有の、余計な(←不適切な表現かもしれませんが、どう表現したらいいのか分からないので・・)仕事ではないかと想像しています。アソシエイトやパラリーガルの仕事であっても、リーガルサーチなどの本質的な仕事は日常的に議論する必要がありますし、アソシエイト・パラリーガルの教育にもなるので、積極的にアウトソーシングすることはないと思います。
Posted by タコ at 2008年05月16日 02:49
(つづき)
そういう意味で、日本で広まるかな〜?と懐疑的に感じました。

また、米国の大手法律事務所はビジネスストラテジーを毎年作っていると思います(日本の法律事務所ってこんなことしてるんでしょうかね?)。利益率がどうのとか、売上の伸び率がどうのとか報告されたりしますし。また、サービスとは、高いお金を払う人とそうでない人を差別すること、と考えられているようで、費用を安く済ませる=質は下がってもいい、という認識を持っていると思います(もちろんこれは大雑把な一般論なので、そうでない弁護士もたくさんいると思います)。自分達は最高のサービスを提供しているのだから費用が高いのも当然、と普通に言います。
一方で、ここ数年の弁護士費用の高騰はすごいものがあり、さすがにクライアント側からの不満が噴出しているようです。
そういった中で、このアウトソーシングは、せめてもの費用削減手段、と私は感じました。なので、個人的には興味深く感じていますが、一方で、こういうやり方を積極的に取り入れる法律事務所がどれだけあるのか疑問に感じています。要は、このようなアウトソーシングによって事務所の利益を拡大できるようなビジネスモデルを作れるかどうか、という点が俗っぽいですが1つのファクターになると思います。
日本でも同じようなことが言えるのでしょうか。私個人の希望的意見としては、日本の法曹界がそんなビジネスチックな世界になって欲しくはないのですが(苦笑)。
Posted by タコ at 2008年05月16日 03:10
おひさしぶりです。
米国での実情をまたまたお教えいただきありがとうございます。なるほど、そういう取り組みをするところが出てきた、程度なのですね。また、せめてもの費用削減手段ということでもあるような感じなのですね…。
アウトソーシング対象が、パラリーガルの仕事で、米国の制度に起因する仕事が中心では、という読みですが、私もそのように思うようになりました。先日、インドに行ってきたのですが、英語が公用語とはいえ、教養層ですら日常会話にちょっとレベルであるように思いました。これが正しい見方ならば、(1)大規模かつ極力廉価でアウトソーシングするなら質の確保が難しい、(2)一部の英語力の優れた人にアウトソーシングするにしても大規模にアウトソーシングがなされることは難しい、ということが推測されます。
日本ではどうなんでしょうね…。ビジネスチックになってほしくないという思いは共感します。しかし、法曹増員のなかでその方向に走る事務所が出てきかねない気も。
Posted by かんぞう at 2008年05月19日 00:39
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