2008年03月17日

[時事]米国特許法改正の行方とその背景についてちょっと考えたこと

財団法人知的財産研究所で開かれた講演会で、米国弁護士の服部健一氏から、米国特許法改正の動向やその背景について話を聞く機会があった。とくに、なぜ改正がなかなか進んでいないかが、これまでいまいちわかっていなかったので、参考になった。

■米国特許法改正のネックと動向
特許法改正案は下院を通過。しかし、大統領はバイオテクノロジー産業・製薬産業(現行特許法に親和的)寄りのため、同案を受け入れない旨を表明しており、上院案の修正作業中である(修正点は下記、改正の焦点と一致)。
改正の焦点は2点のようだ。
  ○損害賠償の計算規定(現状は損害賠償額が多額になる傾向があるため、低減する方向)
  ○登録異議申立て制度の創設

バイオテクノロジー産業・製薬産業は、特許ライセンス料に依存しているため、損害賠償額が減ることは望ましくないと考えているようである。表向きには、
  ○改正の計算規定では立証の負担が増大する
  ○知的財産権保護を緩和したとの誤ったメッセージを伝える
ことを理由としていることが窺える。

■考察:なぜバイオ産業は現状の損害賠償規定が望ましいのか?
これに関しわからないことがある。なぜ、バイオテクノロジー産業・製薬産業がなぜ多額の損害賠償すら容認する規定が望ましいと考えるのであろうか。もちろん、多額の開発費を回収するため、ということはわかるが、メーカーである以上、第三者の特許権侵害のリスクを有しているようにも思う。高額の損害賠償は経営の重大なリスクにならないのだろうか。

バイオテクノロジー産業・製薬産業では、1点の特許発明が製品に結びつくことが多いと言われている。これを敷衍して、仮に1点の特許発明だけで製品がなりたち、他の特許が混入する可能性が低いのだ(仮説A)とすれば、先行技術調査さえしっかりしていれば第三者の特許侵害の有無を確認することができるだろう。そうでならば、損害賠償が高額であろうと経営の問題になることはなく、しかも高額の損害賠償を背景に、自社の特許権利用許諾のライセンス料を高くすることができるため、彼らの主張は合理的であるとわかる。

しかし、仮説Aが正しくないのなら、別の仮説として、米国のバイオテクノロジー産業・製薬産業がきわめて高い開発力を有し、他社の特許権侵害となる可能性が低く、仮に侵害をしたとしても、他社から得たライセンス収入額が遥かに損害賠償額を上回っている(仮説B)という状況が考えられる。もっとも、この仮説では米国企業間での特許権侵害の場合について説明できない。この仮説を支えるためには、米国企業間では何らかの協調関係が存在する、という背景事情もいるのではないだろうか。

あるいは、別の仮説として彼らの多くが特許権侵害の可能性が全くないファブレス企業になっているという可能性もある(仮説C)。ただし、Buyerなど大手製薬企業についてはこれは当てはまらないような気もするが…。

私には知見がなく、ここでは各仮説を検証することができないが、彼らの行動の背景は非常に気になる。

■考察:バイオ産業寄りの政策は米国のためになるのか?
しかし、果たして彼らバイオ・製薬産業のこのような行動は、米国のためになっているのだろうか。

仮に米国における高額の損害賠償を背景に、交渉において自社の特許権利用許諾のライセンス料を高く設定しているのであれば、米国のような損害賠償が認められてない他国は不公平感を禁じ得ない。
自国に有力な製薬産業を抱える国にとっては、強制許諾を認める方向につなげたくなるのではないだろうか。しかも、少なくとも製薬については自国の国民の健康・福祉に関わるため、大義名分はたつ。
その典型がインドであろう。

そうすると、米国のバイオ・製薬産業はそのような国からは高額のライセンス収入を得ることはできなくなる。高額の開発費の回収が背景にあるとすれば、開発費の負担は、米国民および米国との二国間関係を考慮して強制許諾を講じない国の国民の負担に帰する。

このような状況は本当に米国にとって望ましいかについては疑問である。何か私が見落としてることがあるのだろうか…。

■参考資料
・澤井智樹「ニューヨーク発 知財ニュース」(2007年4月28日)
www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070428.pdf

・IPNEXT「米特許法改正案は米国経済を弱体化、バイオ団体が主張(BIO)」(2008年2月20日)
http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=2833
posted by かんぞう at 00:39| Comment(6) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こっちでコメントしたのは3回目?

バイオ産業の扱う知的財産は、特許可能・不可能なものの見極めが難しいという問題があります。
それは、特許権侵害を調べるのも難しくなることを意味するでしょう。
> メーカーである以上、第三者の特許権侵害のリスクを有している
と書いてありますが、むしろバイオ会社は第三者に自分たちの特許権を侵害され、利益を奪われることの方が問題だと考えているかも知れません。
第三者が特許権を侵害したことの判断が難しい特許を持つバイオ企業にとって、損害賠償額が高ければ特許権侵害も減るだろうという一種の抑止力は、必要不可欠なものと推測できるからです。

HBSの教授が書かれた「サイエンス・ビジネスの挑戦」(読みかけ)が参考になるかも知れません(上のコメントはその一部内容の受け売りです)。
Posted by dan at 2008年03月19日 22:20
ありがとうございます。貴重な情報提供です。「サイエンス・ビジネスの挑戦」、気になりますね。読んでみます。

>特許可能・不可能なものの見極めが難しいという問題

ちょっとわからないのですが、これは
 ●既存の技術的知見に比べて、容易に思いつかないような先進性をもっているのか、バイオ産業の当事者に見極めが難しい(いわゆる進歩性要件の充足の判断が難しい)
という意味なのでしょうか?それとも
 ●倫理的理由等で特許付与されるかどうかわからない
という意味なのでしょうか?

仮に前者だとすると、この基準は法律上は「当業者にとって進歩性を有するか」という観点から判断されるものですので、違和感を覚えます。その要因は、
 ○単にバイオ産業が自己の分野の技術動向を把握しきれていない
 ○単にバイオ産業の多くが知的財産制度について無理解である(さすがに可能性は乏しいでしょうが…)
 ○アメリカにおける進歩性要件の判断がむちゃくちゃ(KSR最高裁判決によってだいぶ是正されるものと思いますが)
なのでしょうかね。それともやはりバイオ分野特有の事情があるのでしょうか。


>抑止力は、必要不可欠なもの

これは刑事罰によって達成できるのでは…?
Posted by かんぞう at 2008年03月24日 00:26
>特許可能・不可能なものの見極めが難しいという問題

少なくとも「進歩性要件の充足の判断が難しい」「倫理的理由等で特許付与されるかどうかわからない」のいずれの意味でもないようです。
見極めが難しいとしたら、それは特許の対象になりうるものかどうかでしょう。
例えば新薬であれば、新薬の成分(分子構造)の性質などが重要ですが、こういったものは普通は特許にはなりにくいことを本では挙げていました。
もっとも、ターゲット分子を効率よく合成(製造)する方法なら特許になりうるのでしょうけれど。

特許権侵害の防止が現行より刑事罰を重くすることで達成できるのであれば、バイオ産業は何故現状の損害賠償規定が望ましいのか、私も理解に苦しみます。
改正で抑止力が弱まる、ならまだ理解できた(というよりそれ以外に思いつかなかった)ので、上で書いたのですが。
Posted by dan at 2008年03月26日 00:37
なるほど。ありがとうございます。

特許の取り方が難しいということですね。
しかし、それは侵害の有無の確認とは関係がないのでは…?
ゲイリー・P・ピサノ教授の誤解ではないのかなぁという気がしないでもないです。

>改正で抑止力が弱まる
これは間違いないでしょうね。ただし、民事上の抑止力は自己もその行使を受けるリスク(しかも濫訴を受けるリスク)があるという点で、刑事罰の厳罰化に比して合理的でないように思います。
Posted by かんぞう at 2008年03月27日 01:03
御疲れさまです。いつも勉強させてもらってます。
米国特許ネタ。損害賠償に関して問題になっているのはパテント・トロール対策が主と思います。この点、吉田哲氏の記事で紹介しています。http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/etc/20090107_yoshida1.html

では、現状の特許法改正によりバイオ産業にダメージはあるのか? 私はないと思いますけどね。裁判所が個別に判断すれば十分と思ってます。バイオ、医薬の特許侵害とITの技術侵害って何かが大きくちがってるんですよね。この二つの違いを知財関係者は理解しているのでしょうか?まあ、理解する必要もないことなんでしょうけど。
 とにかく、今回は、新年の挨拶&記事の紹介でした。
Posted by 吉田哲 at 2009年02月05日 15:44
情報提供をありがとうございます(お礼が遅れて申し訳ないです)。
なるほど。EMVルールは技術の占有可能性が低い産業分野では、困った結論を導きますよね。IT以外にも電機関連産業でも同じような意見があるかと思うのですが、それほど顕著ではないのでしょうか?(日本では、電機業界が一製品当たりの特許数が一番多い業界ですからね…。)
Posted by かんぞう at 2009年02月12日 00:24
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