報道によると「社会的影響力」に基づき、伝送経路に寄らず、段階的な規制をかぶせることが主眼のようだ。そして、規制には、有害情報のみならず、政治的偏向も含まれる(これはおそらく、もっとも社会的影響力が大きい場合だろう)、という。
印象論で恐縮だが、本方向性を提言した総務省の「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」の議事録を眺めていると、
・インターネットはアダルト情報など有害情報が流れていてケシカラン
・インターネットテレビも影響力がでかい、テレビと何が違うんだ
というあたりの議論がごちゃごちゃしている。
前者については、「道徳論」からすればそうなのかもしれないが、では、伝送経路どころか、媒体の違いを区別する必要があるのだろうか。書籍が手に入れやすくなった今、「本」となった有害情報も子供の目に触れることはあり得る。単にお金が払えないからみにくいというだけにすぎない。
後者については、放送のみが周波数の有限性を理由に政治的偏向に対する規制が許容されていた点を変更するものとして提言されているが、周波数の有限性に比べると表現を規制する合理的理由として弱い。そのようなパターナリスティックな介入が許されるのであろうか。(この規制の背景には、「国民はバカだから偏った情報に流されてしまう」という考えがあるのかもしれない。)
「社会的影響」を言うならば、産經MSNも、asahi.comも半端ではないので、これが成立したら、きっと無味乾燥なサイトになり、社説なぞを載せることはもってのほかになるのかもしれない。
感情的な意見で恐縮だが、情報規制が必要だ、という意見を言う人は、どうしたいのだろうか。批判の声もある某隣国のような情報統制システムを作りたいのだろうか。



