2007年11月19日

[著作権]著作権制度を巡る望ましさ―私的複製の範囲の制限と、「権利表示」の適正化―

■録音・録画物の複製物のダウンロードを私的複製の範囲から除くことの評価
先月、文化庁著作権審議会私的録音録画補償金制度検討小委員会の中間報告が発表され、違法に公衆送信された録音・録画物の複製物のダウンロード行為を私的複製の対象から外すことが提言として織り込まれた。

違法複製物のダウンロード行為を私的複製の範囲から外す最大の理由は、その規範的な問題点にあると思われるが、提言は録音・録画物に敢えて対象を絞っている。限定した根拠を中間報告から探ると、「経済的被害の深刻さ」にあるのだろう(注1)。

この点について穿った見方をすれば、「経済的被害の深刻さ」があるからこそ、私的領域まで権利を及ぼすことが許容されているのであり、公衆の表現活動の保障と、著作活動のインセンティブとの間のきわめて微妙なバランスの位置にあるように見える。

もちろん、まだ提言段階であり、どのような態様のダウンロード行為が私的複製の対象外とされるかわからないが、ここでは、著作権を侵害して複製された複製物の、故意または重過失によるダウンロード行為が私的複製の範囲外とされることを想定して考えてみた。

■提言により生じる懸念
もし、きわめて微妙なバランスの上に成り立っているとするならば、これにより損なわれる他の利益への配慮も行われるほうが望ましいように思われる。

一部の著作物に限り、また、対象となる行為が「ダウンロード」であるとはいえ、私的複製の範囲が減少することで、公衆に与える影響は少なくないものと私は考える。

私は、パブリックドメインとなった著作物についても、何者かが権利主張をし、その結果、公衆の利用阻害となることの弊害を懸念している。

懸念する状況は次のようなものだ。

ダウンロードするに当たり、「違法でない」ことを利用者が確保するためには、主にウェブを通じて、(i)対象となる著作物に係る著作権(もっとも、著作権のうち一部を譲渡することもあろうから、公衆送信権が対象となろう)を有する者を探し、(ii)その者が、自由利用を許諾しているか、あるいは、当該著作物がアップロードサイトを通じた公衆送信を許容しているか、を確認することになろう。
(著作権には(プログラム著作物を除き)登録制度がないため、利用者は著作権者と思われる者の表示を信じることになろう(注2))

このモデルが正しい場合、(a)真の著作権者は自由利用を許諾しているが、著作権者でない者が権利者であるかのような表示を行っている、(b)パブリックドメインとなったにもかかわらず、創作者が著作権を有するかのような表示を行っている、時に、公衆は本来利用できるはずの著作物を利用できない状況が事実上生じてしまう(注3)。創作活動を阻害につながることも十分考えられる。

もちろん、このような状況は、これまでもありえた訳であるが、従来は私的複製の範囲にある限り複製が出来たので、弊害がそれほどまでに顕在化していなかったと考えられる。

しかし、中間報告が提言する(注4)ように、(録音・録画物に限るとはいえ)著作物の複製物のダウンロードを私的複製から除くと、このような状況が顕在化することが懸念される。

■懸念への対処
上記の懸念への対処としてそれぞれ検討する。

(a)に対しては、虚偽の権利者表示であるが、「著作者名」を偽っていると評価できれば著作権法121条での対処や、著作者人格権侵害に基づく対処が考えられるが、そうでないならば何もできない。

ただし、真の著作権者に本来向けられるべき著作物利用の諾否のアクセスが行わなくなることなどが想定でき、真の著作権者に対する一般不法行為とされる可能性がある。

(b)に対しては、法的手段は考えにくい。

先に述べたように、弊害があることは述べた。では、どうすべきか。

たとえば、誤った著作権の存否、帰属に関する表示に対して公衆からの差止請求を認める、あるいは、さらに踏み込んで刑事的規制を加えるという手もある(しかし、表示が法的には意味を持たないことから刑事的規制は不自然であろう)。

もちろん、この方策はあくまで「望ましい」著作権制度についていうものであり、理論的に必要というものではない。
内容としてはあまりに突飛な意見かもしれないが、私的領域へ著作権が入り込む今、見直す部分は大きいように思えるのである。もっとも、誰もそんなこと言ってないので、実はクリティカルな間違いをしているかも…とも思っている。その場合はやさしく(笑)教えていただきたい。

(注1)しかし、その被害が本当に深刻であるのかについて疑問を呈する見解もある。たとえば、慶應義塾大学の田中辰雄准教授の研究は、ファイル共有ソフトのユーザーはそもそも潜在的消費者でない可能性を示している。また、中間報告のような書きぶりが、情緒的に過ぎるという旨の批判が小委員会の委員からもなされている。
(注2)私的な範囲の利用の場合、その真偽を確かめるだけのコストをかけることは事実上困難だろう、との推測が前提として存在する。
(注3)もちろん、法令遵守を前提とする限りである。私は、あまりに身近に違法領域ができることは、かえって著作権を守ろうとする意識の低下を生むのでは…とも懸念している。
(注4)厳密には、委員の多くがオーソライズした、というべきだろうか
posted by かんぞう at 21:00| Comment(2) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「虚偽のコピーライト表記によって、パブリックドメインになったコンテンツであるにも関わらず、その利用が躊躇される」という問題設定は大阪地判平19・1・30[ピーターラビット]が参考になるかもしれません。差止請求不存在確認の事案です。
Posted by lxngdh at 2007年11月23日 19:23
指摘サンクスです。
実は、上記見解のヒントがまさにピーターラビット事件だったりします…。大塚先生のブログで見て以来、気になってしまいましてね。
Posted by かんぞう at 2007年11月23日 23:20
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。