2007年11月02日

[時事]キャノンインクカートリッジ事件終結へ

昨日(2007年11月1日付)の新聞各紙報道によると、キヤノンインクカートリッジ事件(注1)の上告審において、弁論が開かれないまま判決期日が指定され、事実上、上告人(リサイクルカートリッジ製造事業者)の敗訴が決まったようだ。

■上告棄却の持つ意味:それほどないのでは?
この報道を受けて、若干の反応があったが、次の二つのような反応に関しては違和感を覚えた。

■「知財高裁の判決が事実上の最終審であることの表れ」との反応
高度の専門性を持った知財高裁の判断を、知財の専門家ではない最高裁判事が安易にひっくり返せる訳が無い、本件はその象徴的事案である、という捉え方である。
確かにインクカートリッジ事件控訴審判決を下した篠原裁判官を始め、知的財産法に造詣の深い裁判官の下した法的判断を覆すのは難しい。しかし、「難しい」だけであって、知的財産法に習熟した裁判官が最高裁に入ってしまえばそれまでなので、私は上記のような判断に違和感を感じた。
そもそも、知財高裁は(技術等の)「事実認定における専門性」を発揮することが設置目的の
一つである(注2)ようであり、法解釈について絶対的なものを期待されていると言う訳ではないと思われる。以前として最高裁判所が法解釈についての最高家にであることは間違いないのではないか。

■「環境保護(再資源化促進)vs特許権→特許権を優先」との反応
本件の一連の判決は、環境保護を前にしても特許権を優先させている、との捉え方もある。
しかし、これはあまりにも乱暴な見方である。本件はあくまで特許権の侵害があったか否かが争点であるが、特許権者の特許がたまたまインクの再充填をクレームに含むものであったことから、原則に従って特許権行使を認めるのは不自然でない。
また、仮に環境保護が至上命題であり、法的に保護されると言う「価値判断」(注3)に立つとしても、本件「リサイクル」が環境保護に叶っているか緻密な検証が必要ではないだろうか?輸送のためのエネルギーを使い、工場でインクカートリッジを洗浄し(その過程で廃液が出るだろう)ているわけであり、トータルの環境負荷は新規製造と比べどうなのか、少なくとも本件では明らかになっていない。
本判決により妨げられるのは、インクカートリッジを再利用する行為であり、再資源化と言う観点からは、カートリッジ本体がどのように利用されているかの視点を抜かしてはおかしい。この点に着いて既に特許権者も裁判所も対応していて、本体が別の形で再利用されていることを述べている。その点で、本判決は抜かりが無いと私は評価している(注4)。
なお、環境保護を至上命題とする「価値判断」に基づく、特許権行使の制限はあり得ない訳ではない(注5)。それが受け入れられるかどうかは別として…。

■競争法との関係
余談ではあるが、競争法の視点から面白かったのは、控訴審の判決中に、特許権者ビジネスモデルに対する競争法的視座からの丁寧な論評が加えられているところである。結論としては、純正品の価格が安いことなどを受け競争法上問題は無いとしている。
しかし、本論と関係ないのにここまで記述した背景には、これまでプリンター製造業界が行ってきたこと、すなわち、本体によるロックイン→インクで稼ぐ、と巷に言われるビジネスモデルを知的財産権を駆使して守っていること(注6)への何らかの意識があったのではないか。
既に本ブログで述べた([特許][時事]キャノンインクカートリッジ事件(2006年2月25日記事))ところではあるが、本件は、キヤノン製の、特定の特許権を利用したインクカートリッジが対象に成ったのであり、サードパーティー製のカートリッジで使いたいユーザーはキヤノンの当該機種から乗り換えれば良いだけである(注7)。

■小括
とつらつら述べたが、私は、単に知財高裁が述べた「生産」概念の筋が肯定されただけだよね、と考えている。それ以上でもそれ以下でもないように思う。

(注1)原審:東京地判平成16年12月8日判時1889号110頁、控訴審:知財高裁平成18年1月31日判決判時1922号30頁(平成17(ネ)10021号)。
(注2)首相官邸 知的財産戦略本部「知的財産高等裁判所の創設について(案)知的財産高等裁判所の創設について(案)」(2002年)
(注3)そしてそのような「価値判断」が裁判所の判断として正当化されるべきでないと私は思う。このような問題は立法により処理されるべきである。
(注4)この点について環境保護の観点から疑問を述べる増田守「環境保全の理念と特許法の理念との調和についての模索-インクカートリッジ事件を契機として-」パテント59巻10号(2006年)に私は法律議論としての違和感を覚えた。
(注5)EPO, "Scenarios for the Future" 2007 available at http://www.epo.org/topics/patent-system/scenarios-for-the-future/download.htmlは、日本が環境問題に関する特許権に対し強制許諾を与えるシナリオを描いている。
(注6)商標権の行使によりサードパーティー製インクカートリッジを排除を求めた事案として〔ブラザー事件〕(東京地裁平成16年6月23日平成15年(ワ)第29488号)、〔リソグラフ事件〕(東京高判平成16年8月31日判時1883号87頁)。
(注7)もちろん、本体価格を支払ったと言うことで多少のロック=インは生じている。
posted by かんぞう at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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