2007年09月30日

[その他]法学と経済学のあいだ:矢野誠編著『法と経済学 市場の質と日本経済』読書メモ

矢野誠編著『法と経済学 市場の質と日本経済』(東京大学出版会、2007年)読書メモ

Law&Econ.(法と経済学)の視点から、各種法制度と、教育制度について検討する興味深い本があった。慶應義塾大のCOEの取り組みのまとめ、ということであり、オムニバス形式になっている。全般的にはやっつけ仕事という感じがそないではないものではあるが、2つの意味で面白かった。

1つは、Law&Econ.の視点から上手に法制度を分析しており、「へぇー、おもしろいなぁ」と思えるものがあったという面白さ。
いま1つは、法制度を経済学的に分析をしてはみているけれど、「噛み合ってないなぁ、なぜ噛み合ってないのかなぁ」と考えされられる面白さ。

実はもう1つ面白さがあって、全く経済学的な分析でもないし、法学的にも面白くないというという、「本書の目的を理解して書いてないぢゃん」っていう代物が含まれている面白さ。これは突っ込みをいれるには楽しいのだが、批判だけするのは好きじゃないんで省略。


■Law&Econ.による興味深い分析
利息制限の設定がまずいとかえって低所得者が苦労して追い込まれるよ、というあたりとまとめている、福井秀夫教授の執筆部分と、借家法の規定はかえって賃借のコストを上げてしまって若者や高齢者などの層も打撃を与えているよーというあたりをまとめている八代尚之教授の執筆部分は面白い。

どちらの法制も「弱者保護」が保護法益のひとつとして説明される。そうであるならば、上記の指摘は重要だろう。

ただ、それぞれの法制の保護法益が実は「弱者保護」じゃないんだよ、となると批判は当らない可能性がある。

例えば、利息制限に関しては、こういう考え方もありえるかもしれない。(あくまで仮想的な話だけど)
「リスクのある資金調達をさせて、何もかも手がなくなってしまって社会保障に逃げ込まれると社会にとって負担が大きいから、大怪我をして立ち直れなくことを阻止している。」
たとえば、低所得者の中には多重債務に陥ってもすぐに再生の道を選ぶことなく、生活がどん底になってようやく社会保障に救済を求める人が多い、という事情があって、もっと手前で再生の道を選んで欲しい、という価値判断をしているという、ということがその1例になる。

次に借地借家については、こういう考え方もありうる。
「地方によっては賃貸借家屋提供者が寡占状態になっている。その場合、契約の自由にゆだねていては、借り手との差が解消し得ない。そこで、法が介入している。」
もっとも、そんなの独占禁止法のスコープじゃん、といわれればそのとおりだし、全国一律でそのようなルール設定をする不合理は解消されない。

ついでに借地借家法に対する(本書ではない)一部の説明への疑問を述べる。一部の説明では貸主=強者、借主=弱者、という構図を描いているところもある。しかしこれは常にはあてはまらないように思う。相続で承継した1、2件の物件のみを持っている個人も貸主となりうる。

そういう背景事情を加味すれば、借地借家法での対処でなく、独占禁止など他の法律の観点からこの問題は検討されるべきではーとも思えなくもないのだが、専門外なので言及はこれくらいに。

■法律学と経済学が噛み合わない箇所
以上のように、面白い箇所もあったのだが、残念ながら、Law&Econ.をきちんと使えてないのではないかと思える箇所があった(注1)。「法と経済学ってなんかねー」というネガティブな声が存在する要因として、大きく3点上げられることがあるので、本書においてそのような箇所があるかを洗い出してみた。

(1)法律解釈が間違っている
経済学的視点からはおかしい!とおっしゃっている箇所が、実は法律の読み違い、という場合もあるようだ。これではガクっときてしまう。もっとも、この本ではそういう箇所はなかった…はずである。本書の場合、法学者と経済学者がコラボレーションしているのでそこのところは担保されている。

(2)経済学的に批判しなくてもいい場面で批判をしている
法学から見ても十分議論の対象となるところで、経済学を持ち出して、法学から見た見方はおかしいと主張されているかの様な箇所も見受けられる(注2)。確かに、一部の法解釈論ではドグマとも言えるところから出発して埒があかないような説明をされているものもある。それを批判するのに、経済学的なモデルによる分析は補強材料にはなるだろうが、クリティカルな批判とするには、議論が噛み合わない恐れがある。

(3)分析モデルが古い
高校の「政治経済」で見るようなモデルを提示されて、「ほら!こんな風に説明できます」なんていうものもあった(注3)。学生のレポートじゃないんだから、といいたくなってしまう。
古典的経済学のモデルからでなく、きちんとゲーム理論で分析してみろよと非難が世の中にはある。これは確かに当っていると思う。法律では情報の非対称や複数の立場の異なるプレイヤーの利益調整を問題として制度設計をすることが少なからずある。それなのに、情報の完備を前提とするモデルや2人ゲームモデルで分析されて、「ほらダメだ」なんていわれたらたまらない。情報不完備n人ゲームモデルで説明して、それでも法律または法解釈がおかしいといえるのかまで踏み込んで欲しい気がする。

とまぁ、こんな感じなのかなぁとは思うけれど、下を見たらきりがないし、自分の無学ぶりも披露する結果になっているであろうから、上を見ようってことでまとめておく。

(注1)じゃあお前が使えるのか、といわれれば、全くダメなので、えらそうな言い方であることは心苦しいのだが…。
(注2)例えば、八田達男=阿部泰隆「借家法」〔阿部泰隆執筆部分(第2節 借家法と契約自由の原則)〕『法と経済学 市場の質と日本経済』167頁は、現行の借地借家法解釈では老朽化した家屋であっても家主から更新拒否ができないかのような説明を行っている。しかし、家屋の老朽化に関しては借地借家法28条の「正当事由」の解釈論の問題として法学的な視点から十分議論可能であり、わざわざ経済学的視点に立ち入らなくても議論ができるように思う。法学から見た場合、老朽化して十分なペイが得られないという負担(場合によっては、維持コストが収入を上回ることもある)を所有者に負わせることを、「借主の生活の保障」を理由に正当化できるか、ということになると私は考える。
(注3)若杉隆平=若杉春枝=川本明「薬事制度」『法と経済学 市場の質と日本経済』48頁以下は、薬剤に関する特許とジェネリック医薬品の関係について単純な価格決定直線で説明されていた。そんなもん、グラフにせんでもわかるわい!というのが正直な感想。
posted by かんぞう at 00:33| Comment(2) | TrackBack(0) | ☆その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ども。ぱらぱらめくっただけなのですが、このネタに反応しないわけにも(笑)もっとも、きちんと読んだ後のコメントは表に(ry

金利規制や借家の話は以前にも結構議論があったと思うのですが(e.g. 内田貴・契約の時代(2000))、価格制限が非効率的かつ弱者にとってworse offというのはそれほど新しい話でもないような…という気がしました。学部でミクロ経済を習ったときにも出てきたくらいで。

金利規制の話では、昨年の法改正についても経済学的に上限金利の設定を肯定できる可能性と規制の影響の実証の重要性に言及しつつ、多重債務問題という社会問題を解決するためのパターナリスティックな介入でもあるわけです(野村修也・「貸金業法の行方」ジュリ1319号2頁、10-12頁(2006)参照)。

もちろん、価格の上限を設定することが実は有害無益である可能性は重要で、法律家の中に半ば直感的に「年利40%は高い」「高金利をむさぼられてかわいそう」といったところから主張をする人も少なからずいるので、もしかしたら、紹介されている論文などはこれらに対する批判なのかもしれませんが・・・


Posted by MM at 2007年10月03日 02:14
あっ、そういえばうっちーが話に出していましたね。他にもいろいろ前例があるようですし、目新しさは無い訳ですね…。

mmさんにとっては、きちんと読んだ後のコメントは表に出せないと思います。全般としてコメントをすると……いや、私もやめておきます。
Posted by かんぞう at 2007年10月04日 01:13
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