2007年09月17日

[つぶやき][著作権]自己の作品への強い愛が生む悲劇:〔愛の流刑地類似表現事件〕に思うこと

■原告の著作権侵害の主張が一蹴された事案:〔愛の流刑地類似表現事件〕(注1)
この7月、作家渡辺淳一さんの著作が著作権侵害に当るかが争われた民事訴訟の判決(東京地判平成19年7月25日平成19(ワ)7324《リンク:裁判所》)が下された。判決文はわずか4ページ。原告の主張は一蹴され、渡辺さんが勝った。

事案は次の通りである。
日経新聞社に自作の小説を送付した原告は、その送付から5ヶ月後に日経新聞上で連載された渡辺淳一さんの著作である『愛の流刑地』ストーリー展開が(原告の思いとしては)似ていることから、同作品が自己の作品の盗用であると考え、著作権侵害に基づき2000万円の損害賠償を請求した。

裁判所の判断は原告主張の表現箇所の創作性の有無が中心である。この点の判断基準は、
「創作的に表現したもの」というためには,作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り,厳密な意味で,独創性が発揮されたものであることまでは必要ないが,言語からなる作品においては,表現が平凡かつありふれたものである場合や,文章が短いため,その表現方法に大きな制約があり,他の表現が想定できない場合には,作成者の個性が現れておらず,「創作的に表現したもの」ということはできないと解すべきである。
と述べていて、目新しさはない(注2)。

また、個別の認定においても、
・アイディアの同一性を主張するものであって,表現の同一性をいうものではない
・同一であるとも類似しているともいえないことが明らか
・日常的によく使用されている,極めてありふれた表現であって(しかも,そのほとんどは,1ないし2単語の語句である。),同部分に著作物性が認められないことが明らか
とあっさり述べられているにとどまる。

推測するに、かなり無理のある主張に基づいた訴訟のようだ(注3)。

■〔愛の流刑地類似表現事件〕における原告の主張が分かった!
残念な点は、具体的な原告の主張する著作権侵害箇所の対比表が付いておらず、どの程度のものか分からないことだった。

が、この間偶然めくってみた週刊新潮に、原告の主張の一部が書いてある記事を発見!!
渡辺淳一「あとの祭り 大迷惑の記」週刊新潮2007年8月16日・23日合併号82頁によると、原告が著作権侵害であるとして、傍線をふっている箇所は、
・千駄ヶ谷
・比ではなかった
などなど、ワンフレーズに過ぎないものであるようだ。

もちろん、被告サイドの主張なので、公平な選定ではないかもしれないが、判決文とあわせて考えると、これは無理な主張に基づく訴訟と理解せざるを得ない。

おそらく、原告は「アイディアの盗用だ」という主張が中心であったのであろう(注4)。もちろん、このような主張は著作権法の容れるところではない。

■この手の訴訟が起こるやむをえなさと、今後への危惧
この事件について、渡辺さんは前述の記事で「金目的か?」と書いている。
少額訴訟ならともかく、本件のような巨額の損害賠償を求める訴訟ではそれはないだろう。原告も多額の印紙税を払っているだろうし、かなりの手間をかけなくては通常訴訟は起こせない。

おそらく「私の作品」なり「私のアイディア」は「唯一私のもの」という強い思いが動機となったのではないだろうか。私は、知的な活動によって生まれた成果であるがゆえに、このような強い思いの暴走が時として起こることは仕方の無いことであると思う。

ただ、巻き込まれた人にすれば迷惑な話であるだろうな、と感じる。もし増えることがあれば、創作物を表現することをためらうようになってしまうかもしれない。

これに関して、私が1点だけ危惧している点がある。著作物(それ自体でなくても、あらすじだけでもいい)がデジタル化されていくと、ネットワークを通じて容易に検索できるようになる。そうすると、「私の作品」に強い思いを持った人が、「私の作品」に似ている著作物を容易に発見できるようになる。その結果、このような「強い思いのこもりすぎた」訴訟が増える可能性もある(注5)。

これを避けるためには、プロの作家さんたちは、紙媒体で、ひっそり書店の奥に並べられる頒布するやり方を選び続けることになるのかもしれない(注6)。

(注1)事件名は慣用であるが、ユニ著作権センターの表記に倣ってみた。
(注2)言語の著作物の創作性を巡る近時の裁判例では、ほぼ共通の判断基準である。
(注3)行政書士の大塚先生は、速報段階で指摘されている。「「愛の流刑地」事件〜著作権 損害賠償請求事件判決(知的財産裁判例集)〜」『駒沢公園行政書士事務所日記』(2007年7月26日記事)《リンク》参照。
(注4)なお、アイディアの盗用自体の可能性にも疑問はある。連載小説であるとはいえプロの作家がほんの5ヶ月足らずで書けるものだろうか?すくなくとも、そのようなリスキーなことは編集者は喜ばないだろう。取材等も含めると、原告が原稿を送付する前段階でプロットが終わっているようにも思われるのだが…。
(注5)この記事は、市井のアマチュア作家がプロの作家に対してアタックした例を挙げているが、プロの作家がアマチュアの作家に対してアタックすることも考えられる。二次創作ならともかく、オリジナルなものに対しても誤った訴訟が提起されるような自体が続けば、アマチュアの表現活動への萎縮も考えられる。後者の懸念の一つとして、一度著名となった表現が事実上独占されてしまう可能性を示唆されるものに、作花文雄「表現物としての創作性の評価と公正な利用秩序――個性に基づく独自の表現物の創作に対する適正な保護と侵害性判断局面の在り方――」コピライト547号(2006年)、がある。
(注6)作家さんたちの中に著作物再販を維持する方向を望む意見が相当数いらっしゃるのは、このような理由によるものかもしれない!?(笑)――もっとも、文藝協は再販制度維持を現状では原則としながらも、流通も見直せと主張していることには留意――。
posted by かんぞう at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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