チャップリンの映画の保護期間を巡る東京地裁判決(東京地判平成19年8月29日(H18(ワ)第15552号)《裁判所へのリンク》)が下ったのは、ついこの間のことである。
その詳細は、FJneo1994さんの「[企業法務][知財]著作権狂時代」『企業法務戦士の雑感』(2007年9月14日記事)で丁寧な解説と明快な分析が加えられている(注1)。是非そちらをご覧頂きたい。
同判決の要点は、「パッケージを見ると団体名義の著作物に見えるけど、映画の中身を精査すると、Directed by...とか書いてあって、著作者はチャップリンだよねー」という認定である(と私は理解している)(注2)。
これに引き続いて、黒澤明監督の映画の保護期間を巡って東京地裁が判決(東京地判平成19年9月14日(判例集未搭載))を下したようだ。
報道によると、
判決は、黒澤監督を「映画の全体的形成に創作的に関与した」著作者の1人と認め、作品の冒頭に「監督 黒澤明」などの表示があることから団体名義の著作物には当たらないと判断。10作品の著作権は2036年まで存続すると結論づけた。ということである。
(毎日新聞 2007年9月14日)
これを見る限り、先のチャップリン東京地裁判決と同じ認定基準を採っていることが窺える。
■東京地裁の認定基準による結論への違和感と、映画製作会社の主張への違和感
東京地裁の認定基準を一般化すると、「パッケージの表示をそれほど問題とせず、映画の中でのクレジットを重視して、著作者を認定するプロセス」と言えるかもしれない(注3)。
そうすると、映画の著作物を利用しようとする側にとっては、「著作権が復活した」ように見える結論を導くことになる。この違和感は、先にあげたFJneo1994さんが指摘なさっているところであるが、私も共感する。
(以下の箇所は初歩的な勘違いによるものでしたので削除します。ご指摘いただいたとおりすがりさん、ありがとうございます。)
もちろん、当時は著作権法上、著作者は≪契約で特段の定めが無ければ
≫監督と評価されることが通常であろうから、映画製作会社の主張は法律上はおかしいものでない。
また、最大限著作権法の保護が長くなるように主張を選択することも、訴訟戦略としては合理的であり、なんらおかしいことではない。
しかし、映画制作会社は昭和45年の著作権法改正に当って、現行の29条の制定――つまり、映画の著作者は原始的に映画制作会社だ、というルールの創設――を求めた側の1人のようである(注4)。
仮にそれが真実であるとすれば、片や監督は著作者で無いとする制度をつくり、片や監督が著作者だといっているのである。ちょっとムシが良すぎないだろうか(注5)。…まぁ、感情的な違和感に過ぎない…。
ただ、1点気になることもある。
当時、明示ないし黙示の契約として、団体名義の著作物として扱う取り扱いは無かったのだろうか?
もっとも、この点の証拠は、本件訴訟のような場合、訴訟の第三者である監督の遺族か、原告である映画制作会社しかもっていないだろう。被告にとってはなかなか不利だ。
このような状態が、「コンテンツ大国」を目指す日本にとって良いのかどうか、私は、関係者が考え、議論する必要があるように思う。
(注1)最近、きちんと作られたブログの「引用」――実際は剽窃ではないかとお叱りを受けるかもしれない――に頼りすぎてしまっている勘はあるが、私の実力上、オリジナルな分析もできない。優れた先行研究成果をバシバシ活用することをお許しいただきたい。
(注2)なお、映画においてことさら「名義」が注目されるのは、問題となる映画が創作された当時、現行著作権法29条に相当する規定が無かったからである(…といいながら、手元に旧法が無いので若干自信が無い…間違っていたら教えてください)。
(注3)黒沢映画についての判決を精査する必要があるので、暫定的な推測として述べている。このことは留意していただきたい。
(注4)梶間俊一「監督は映画の著作権者である」日本映画監督協会《同協会へのリンク》。
(注5)もちろん、これが禁反言に反する、ということにはあたらない。



とされていますが、著作権法29条は、映画の「著作者」ではなく、映画の「著作権者」は原始的に映画制作会社だ、というルール、なのではなかったでしたっけ?
(今でも映画の著作者は映画監督等で、著作権がいわば映画製作者に強制移転するという扱いのはずです。トリミングをめぐって裁判がありましたが、あの裁判も、映画監督が著作者の一人でなければ成立しないはず)
そうだとすると、この訴訟における映画制作会社の主張は、別に「ムシが良すぎる」ということにはならないと思います。
ご検討いただければ幸いです。
貴重なコメントありがとうございます。