2007年08月26日

[著作権]国会審議をインターネット配信することの著作権法上の議論を紹介する記事の疑問と、これが示唆する問題提起(下)

[著作権]国会審議をインターネット配信することの著作権法上の議論を紹介する記事の疑問と、これが示唆する問題提起(上)(2007/8/25記事)の続きです>

■疑問3:「日本の著作権法[引用者注:の権利制限規定]は限定列挙であるという一部の知財法専門家の常識は、知財法に定められた以外の多種多様な権利の存在を失念した思い込み」か?
瑣末なことであるが、私はこの行は「書かなければ良かったのに」と感じている。

まず、コンテクストとして疑問がある。
太田さんのこの記事は、40条2項の行為類型が「限定列挙」と解する文化庁への批判ではなかったのだろうか。
なぜ、広く限定列挙(おそらく権利制限規定のことを指す)を問題にするのだろうか。なぜ、「一部の知財法専門家」まで対象が拡大されるかのような表現をされるのだろうか。

確かに、著作権の権利制限規定は限定列挙と理解されている。
もっとも、その不都合は認識されているところであり、必要に応じて解釈論で対処し(注7)、あるいは、必要に応じて法を改正すればよい(注8)。
立法の態度決定として、予測可能性を担保するため、ある程度明確に線を引くことを選んだのである。

また知的財産法の現状の理解としても疑問がある。
制限規定は少なくとも憲法上の権利との衝突が問題となる場面はかなり網羅されている。本件のような「参政権」との衝突(注9)も、40条は対処していたのであり、問題は40条に含まれる行為類型に本件のようなものが想定されていないために明記が無かっただけであり、議論の途中となっているだけである。技術の進歩が想定外の事態を生じさせたのであるから、法が後追いで対処すればよいだけではないだろうか(注10)。

このセンセーショナルな一文があることで、本件の問題点がぼけてしまっているように思われる。

■何が問題か、どう対処すべきか
私は「衆議院TV」はの問題の核について、次のように考えている。

疑問2のところで触れたが、問題の核心は40条2項にどのような行為を挙げており、挙げられるべきかに尽きる。IPマルチキャスト放送が含まれるべきであるならば、文言解釈か立法による対処が望まれる。この点について私は、現状でも40条2項の文言解釈で対処可能かもしれないと考えている(重ねて述べるが、文言上苦しいことは間違いない)。

もっとも、壇俊光弁護士が「国会審議のネット中継の適法性」『壇弁護士の事務室』(2007/8/23記事)(http://danblog.cocolog-nifty.com/index/2007/08/post_8c41.html)で指摘されているように、
しかし、悲しいかな、世間で認められれば立法されて合法になるが、それまでは犯罪者というのが、日本の著作権法の一般的な解釈である。

というのは、予防法務の観点からは当然であり、まっとうな感覚である。

そうであるならば、40条2項の対象に自動公衆送信一般を含めることの是非を、Three Step Testに留意しつつ検討し、立法で対処することがベストだろう。

この点について、なぜ40条2項が結果として、視聴者に同時に届くことを問題にしているかが気になる。
仮に、編集など恣意的な改変のおそれを懸念しているのであれば、それは著作権法上の考慮の対象外ではないだろうか(注11)。
この点については40条2項の研究にゆだねたい。

縷々疑問点は挙げたものの、40条2項の問題点を浮き彫りにした点で、太田さんの記事は興味深いものであった。

(注7)例えば、ネットオークション上での美術の著作物出典に当たってのサマリー画像掲示について引用の解釈論での対処を志向するものとして、たとえば、田村善之「絵画のオークション・サイトへの画像の掲載と著作権法」知財管理56巻9号(2006年)1307頁以下。
(注8)限定列挙の不都合については立法サイドの方も認識されている。加戸守行『著作権法逐条講義 四訂新版』(著作権情報センター、2003年)224頁。※版が古いですが…
(注9)もっとも、参政権がそのようなものであるかはなお憲法学上の議論があるだろう。ここでは、松井茂記『日本国憲法 第2版』(有斐閣、2002年)で示されているような、表現の自由と参政権を結びつけた理解(つまり、政治参加のためには政治に関する情報の取得と伝達が必須であり、これは憲法上保障されている、との理解)に、敢えて基づいて捉えている。
(注10)口の悪い人ならば、「知財法に多種多様な権利との調整が既に織り込まれていることを失念した思い込み」によって、この記事を太田さんが書いたと批判されると思う。
(注11)そもそもそんなことを言い出したらマス・メディアが伝えるものも恣意的な編集はされているし…。問題は、情報を受領する国民がきちんと判断できれば良いのである。判断できない、との思い込みの下に、過剰なパターナリスティックな介入が行われることは望ましくないように思う。
posted by かんぞう at 10:00| Comment(7) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです。元同室のMMです。
元ネタも含めて、色々な意味で面白いエントリでしたね。
というのも、まず、「どーみても実態と合っていない条文をどう現実に適合させるのか」という問題がありますよね。

これはさらに、
1.その条文を中心とした解釈論で行くのか、それとも、
2.その条文はだめぽということにして、他のところで何とかするのか、そして、
3.やっぱり立法論じゃ!といくのか
といった感じで進む議論だと思います。

行政庁は当然3の戦略はあり得ないですよね。できるだけ1で対応して、ムリなら2で何とかしますという対応になるのではないでしょうか。

ところが、本件では、行政庁がとった1の文言解釈で公衆送信が含まれるというかなりムリのある(皮肉なことに18年改正後は特に)ものだったので、フェアユースの概念などを持ちだしてちょっとややこしいことになってますね。

問題の40条が限定列挙であるとしよう。そこで、放送・有線放送・「当該放送を受信して同時に専ら当該放送に係る放送対象地域において受信されることを目的として自動公衆送信」だけが関係するものとしてあげられている。確かに、本件にぴったりあてはまる同時性の要件のない自動公衆送信は含まれていない。

しかし、民事に限った話では、もし権利者(個々の演説などを行った議員ら?)がこれに関して、同時性のない自動公衆送信はダメだいって差止請求であるとか、損害賠償請求をしたらどうなるでしょう?

民法の一般法理である権利濫用でアウトになるように思えるのですが...あるいは黙示の自動公衆送信権の譲渡があったと当事者の意思を解釈するといった手も。

このように、「他人の著作物にかかる権利を明文の例外規定によらずに用いることができるようにする」機能をもつルールはいくつかありそうで、その中であえてフェアユースの概念を持ち出すのなら、その機能と具体的な適用場面を明示して議論しなければならないですよね。

ちなみに、「疑問3」のところのかんぞうさんのマイルドなご指摘には同感。ワタシには、こういった極端な表現は「自分は法律を知っているぞ。うははははは(でも実は素人なのです)」といっているような感があり、微笑ましい感じでも(以下略
Posted by MM at 2007年08月29日 02:45
mmさん、コメントありがとうございます。
元ネタの方は、なかなかアレな方なようですが、そんなの批判してもつまらないんで、ちっちゃい皮肉だけにとどめました。そこのところを笑っていただいたとすれば本望です。

さて、
「2.その条文はだめぽということにして、他のところで何とかするのか」
の視点は私の記述からは欠落していましたね。
補っていただいて感謝です。

ただ、著作権の(形式的には)純粋な行使が権利濫用とされた事案はないので、「民法の一般法理である権利濫用でアウトになる」かについてはちょっとためらってしまいます。
おそらく何らかの積極的な公序違反が無いと権利濫用とまではされないのではないでしょうか?
この問題の裁判所サイドの解決手段としてのある種の裏技は、「ありふれた表現」としての処理かもしれません(創作性判断基準の不明瞭さに対する批判は免れられないでしょうが)。
Posted by かんぞう at 2007年08月30日 00:52
「ちっちゃい皮肉」というのが何ともオトナな対応でむしろ良かったわけです。

で、権利濫用ですが、積極的な公序良俗違反かどうかは微妙でも、判例上、宇奈月温泉事件などをみると、権利行使の相手方に多大な損害を及ぼすような場合については濫用にあたるわけですよね(このあたりの公序と濫用の関係は非常に難しく、時効制度の不道徳性が問題となって事項の援用が権利濫用・信義則違反とされたことがありますが、不道徳性と公序の関係はよくわかりません。)。

そうすると、演説を行った議員が衆院に対して権利行使した場合は、このようなサービスを提供できなくなり、衆院だけではなく国民一般に非常に大きな損害が生じかねないので濫用になるのかなと考えておりました。
立法の不備により形式上持っていることになった権利をふりかざすというのは、まさにこのような濫用ではないかと。

もっとも、かんぞうさんの裏技の方がスマートかもしれませんね。

あるいは、「そもそも議員になる際の契約で明示・黙示に議会での演説については著作権を譲渡・放棄していた」と契約解釈の問題という手もなくはないですね。

さらに条文上苦しいのですが職務著作にあたらないかなとも考えていました。が、議員が「その法人等の業務に従事する者」(15条1項)にあたるわけが…

Posted by MM at 2007年08月30日 05:09
早速のレスありがとうございます。

権利濫用の本質に立ち返ると、その通りですよね。ただ、知的財産の世界で権利濫用がなかなか認められないので、違和感を覚えてしまいました。きっとこういうのは危ない傾向ですよね。「思い込み」かも!(笑)

>「そもそも議員になる際の契約で明示・黙示に議会での演説については著作権を譲渡・放棄していた」と契約解釈の問題

これもあり得ますね。創作性という裏技よりずっとスマートです。

職務著作は厳しいと思います。何らかの「発意」がいるわけで…まぁ官僚の原稿を読んでいる大臣の発言であれば…(以下略)
Posted by かんぞう at 2007年08月31日 02:01
うっかりもらしてました。
審議には参考人も関わってくる訳ですが、こちらの方は、委託契約なら成果物の著作権召し上げという運用を政府がしているため、クリアーしてしまうかもしれません。
しかも上記運用から、黙示譲渡の契約解釈もしやすい気がします。
この問題、考えてみるとほんっとおもしろいですね。
Posted by かんぞう at 2007年08月31日 02:48
こんな感じで個別の契約(職務著作の場合なら就業規則や労働協約という便利な手も)で足りない部分の権利について、衆院側に譲渡されるようにする、あるいはそうなっていると解釈することは不可能ではないようですね。

実務的な面倒を回避するには、毎回、委員会などの会議に先立って議長が、自動公衆送信について権利を譲渡することを確認して、文句のある議員は名乗り出て裁判所行って下さいということに。で、裁判所が権利濫用だめぽで請求棄却。

あるべき結論については異論はないのに、こんなのが面倒だというのであればようやく立法論として取引コストを削減するために「同時性」を付さない自動公衆送信をいれるということになりそうです。あのような規定の解釈・機能を考える上でもおもしろいかもしれませんね。
Posted by MM at 2007年08月31日 03:22
>実務的な面倒を回避するには、毎回、委員会などの会議に先立って
>議長が、自動公衆送信について権利を譲渡することを確認
この実務、仮にやったらおもしろいですよね(笑)

40条2項の面白いところは、
1)41条のように「報道用」の行為であればOK
とか
2)古くから報道用映画ってあったのに、なんで「放送」だけが認めれていたのだろー
とかそういうところですかね。
Posted by かんぞう at 2007年09月01日 23:25
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