2007年08月16日

[特許]米国における進歩性判断手法をめぐる重要判決(KSR事件連邦最高裁判決)についての覚書

相田義明「発明の進歩性・非自明性について――KSR米国連邦最高裁判決に接して」ジュリスト1339号(2007年)143頁以下を読んでみたのだが、米国の進歩性判断基準について全く知識が無いため、いまいちよく分からなかった。そこで、簡単ながら判決意義について調べてみたので、覚書を残すこととする。誤りがあればご指摘いただければ幸いである。

■KSR事件連邦最高裁判決(注1)の意義

進歩性判断にあたっては当業者の技術的常識を考慮すべきである、と述べた点が最大の意義である。

争点となったのは、連邦巡回裁判所や米国特許庁が実務基準として用いてきたTSMテストの是非であった。TSMテストとは、既存の発明の組合せからなる発明(以下、組合せ発明)の進歩性判断に当たっては、当該既存発明から組合せ発明に至る「直接の示唆(teaching)が既存発明に存在」「なんらかの示唆(suggestion)が既存発明に存在」「組合せ発明完成への積極的な動機づけ(motivation)が既存発明に存在」している場合(以下、「TSMテストを満たしている場合」という)には進歩性を否定する、というもの(のよう)である。
連邦巡回裁判所はTSMテストを満たしていない場合に進歩性を肯定する実務傾向があったようである。

今回示された判決のロジックは次のように集約できる。
連邦巡回裁判所が用いるTSMテストは、法的評価を加える余地が乏しい。進歩性の判断は、法的判断であるとの前例があることから、TSMテストを進歩性充足の唯一の判断基準として用いることは、進歩性判断を法的判断から単なる事実判断に貶めるものであり、適切でない。
以上のように述べた上で、当業者の技術的常識を考慮して進歩性を判断している。
裁判所としては、TSMテストを満たす場合以外にも当業者の技術的常識を考慮して進歩性を否定される場合がある、言いたかったのだろう。

KSR事件判決の与える影響としては、前掲の相田調査官が指摘されるところであるが、日本など諸外国の実務に近づくものであり、世界特許への障害を一つ減らすものと考えられる。

■私見:KSR事件判決自体のロジックは自然

あくまで以上のような理解が正しいならば、という前提で私見を。

『TSMテストを満たすときに進歩性が否定される』、ということに対しては直感的に異論はない。だが、その逆の命題である『TSMテストを満たさないものは進歩性が肯定される』ということが正しいかは慎重に考えなければならない。本件連邦最高裁は後者の『TSMテストを満たさないものは進歩性が肯定される』という命題が正しくない、と述べたものと思われる。

ロジックとしては自然なものであるように思う。念のため弁図にまとめてみた。
KSR.PNG

逆に言えば、なぜTSMテストを厳格に適用してきたのかが不思議でもある。

■Web上のKSR事件米国連邦最高裁判決に関する情報
KSR事件についてのWeb上での情報は多い。インパクトの大きさを物語っている。優れたブログ記事などもあるのだが、ここでは次の2つを紹介するに留める。

原判決のエッセンスは、ジェトロ(知財研の客員研究員も兼任されている)の澤井さんが書かれたニュースレターが分かりやすい。
参照:澤井智毅『ニューヨーク発 知財ニュース』2007年4月30日記事
http://www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070430.pdf

KSR事件最高裁判決の日本語訳には、神奈川大学の奥邨先生(注2)が取り組まれている。
有益な情報を公表していただいて、本当にありがたい。
参照:奥邨弘司『Digital & Law研究室資料倉庫』
http://dandlarchive.sblo.jp/

(注1)KSR International Co. v. Teleflex Inc. et al., U.S., No.04-1350 (2007)
(注2)著作権の間接侵害や検索エンジンのキャッシュ問題などを研究されている、注目すべき若手研究者のお一人である。

posted by かんぞう at 18:58| Comment(2) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
KSR判決、いろいろ反響があるようですね。
KSR後のCAFC判決紹介はこちら
http://www.ryuka.com/patentinfo/newsus_20070806.pdf

KSR判決について思い切った意見が述べられているWEBはこれ

<判決前>
http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/gov/nara_yoshida20061027.html

<判決後>
http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/gov/yoshida20070608.html

米国の特許制度改革を含めて、米国は特許権の力を抑制する方向ですね。批判的意見が多いように思いますけど、私的な意見としては、良い方向と思います。いかがでしょう・・・

Posted by Tetsu at 2007年08月27日 13:05
Tetsuさん、はじめまして。
非常に参考になる情報提供ありがとうございます。後者2つは豊富な情報量ですね。
進歩性についての基準を巡るさまざまな考え方について勉強になりましたし、実務界の反応もよく理解できました。

特許権の抑制については、私も直感的には良い方向と感じています。おそらくですが、これまでは特許を積極的に使ってくることがレアであったために、それほど顕在化していなかった問題が、経済活動情勢の変化により浮かび上がっているのではないかと思います。(情勢の変化としては、「プロ・パテント」傾向(少なくとも企業戦略としての)や「研究開発型企業」(たとえばQualcomm)の増加が挙げられると考えています。)。
ご紹介いただいた記事にもありましたが、patent trollやHold Up問題などは、現在の特許の制度あるいは運用に内在的にある問題が顕在化したものではないでしょうか。顕在化した問題を是正する方向に変えていくのは、私は米国にとっても良いことだと思っています。
Posted by かんぞう at 2007年08月28日 00:08
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