2007年06月12日

[著作権]著作権保護期間の歴史がまとまった論文

●斉藤博「著作物の保護期間に関する考察」L&T35号(2007年)4頁〜10頁読書メモ

大御所斉藤先生がホットなテーマを扱っているので思わず手に入れてしまった。「考察」ではあるが自説の展開は乏しく、欧州、米国、日本の著作物の保護期間の変遷とその背景についてコンパクトにまとめた論文であった。しかし、経緯を抑えるには最適な論文の一つであることは間違いない(注1)。

論文の概要

著作権の保護が50年という世界的な趨勢になったのは、ベルヌ条約部ラッセル規定(1948年)。当時の欧州では「著作物=人格の発露」との理解が強く、「3世代先まで」保護することが必須だと考えられていた(注2)ことが影響している。次なる転機は欧州統合である。統合にあたり各国まちまちの保護期間を統一するには、長い者にそろえた方がよい、という考えが働き、「著作者の死後70年」にそろえられた。このときの正当化理由には「寿命が伸び3世代先まで保護するには50年では足りない、というものがあげられていた。巨大ソフト産業国の米国も欧州に追随した。現在、70という数字は保護期間のシンボルとも言えるものとなってきている。

私見

著作権の一元説に立つなら、「3世代先までの保護」も否定しにくいところであるが、日本のように法の構造を見る限り二元説に立つと思われる制度を採る国には「財産権」にすぎない部分の「3世代先までの保護」への違和感は残る。実証的な研究を進めるべきではないか、と思う。経緯を読む限り、延長論についての賛同へ傾く、というものではなかった。

さて、本論より興味が持てたのはシェーン事件に対する言及と思われる箇所である(注3)。
すなわち、
映画の著作物の著作者を映画製作者とする規定が無い旧著作権法下では(注4)映画監督も著作権者たりうる。すると、著作者の死後38年間の保護の余地がある。シェーン事件に置いて監督は1981年に没していた。

ここから先は行間を読んだのだが、
映画配給会社は監督が共同著作者と言っておけばよかったのかもよ

という主張をされたいのかもしれない。

もっとも、権利をまるまる欲しい配給会社にはそんなことをしたいわけもない。実は強烈な皮肉なのかも…。

(注1)なんて書くと不遜に聞こえるかも…。読んだ方は誤解しないでね。
(注2)その核は「個人に対する追慕の情」ではないかと考える。
(注3)直裁におっしゃっている訳ではないのだが、行間を読んでみた。
(注4)私は確認できていないので、斉藤先生に丸乗りしている。
posted by かんぞう at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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