独占禁止法と知的財産法の交錯領域を研究されている伊藤講師が、あの著名な事件をあつかっていたので読んでみた。競争法に興味を持たれているだけあって、判決で傍論として触れている、インクカートリッジを比較的高く設定するビジネスモデルについて言及されていた。だが、理論的に2点疑問を感じるところがあり、既に著されている評釈に比べると見劣りする印象も抱いてしまった(注1)。
本判例評釈の概要
伊藤講師はインクカートリッジ事件の控訴審と第一審の違いは、「消尽アプローチ」をとったか、「生産アプローチ」をとったかが決定的に作用した結果だと述べている。本判決は消尽アプローチにおいて2類型があるという解釈論を示したものと評価しながらも、当てはめにおいて不適切だったと批判される。
また、その後の経緯として、ICにより非純正品を排除する同社の姿勢が公正取引委員会の調査対象になった事実を挙げ、競争法上問題のあるビジネスモデルであるとし、そのような場合に特許権行使を許容する「消尽アプローチ」は問題であると指摘されている。
私見
独占禁止法と知的財産法の交錯領域を研究されている伊藤講師が、あの著名な事件をあつかっていたので読んでみた。競争法に興味を持たれているだけあって、判決で傍論として触れている、インクカートリッジを比較的高く設定するビジネスモデルについて言及されていた。だが、理論的に2点疑問を感じるところがあり、既に著されている評釈に比べると見劣りする印象も抱いてしまった(注1)。
本件が第1審と判断が分かれた理由付けに第1の疑問がある。まず、「生産アプローチ」を採らなかったと評価することができるのだろうか?「生産」という言葉をどう定義するかにかかってきてしまうが、「効用終了後」は「生産」行為が観念される、ということを述べている判決と理解すれば、生産アプローチと言えなくもない。
そもそも、「消尽アプローチ」「生産アプローチ」の区分は、一定時期の裁判例のぶれを説明するための説明変数であり、理論的な大枠にすぎないのではなかろうか。原審と判断が分かれた決定的な理由というにははばかられるように思う。吉田先生が指摘されるように(注2)、裁判例の流れは、たとえば「生産だから」「消尽したから」というようなドグマティックな議論を展開しているのでなく、どういう場合に特許権の効力を認めるべきか慎重に衡量している。今回もその衡量の基準が示されたものと評価するべきだろう。また、主要な技術的思想について事実認定の違いが第1審と結論を違える最大の要因という感触も否めない。
第2の疑問点は、競争法との交錯点である。たしかに、直感的にはビジネスモデルとして問題は感じるし、あるいは独占禁止法上の問題となる可能性もある。しかし、そのような現象を生み出すからといって、消尽理論上の問題があるとは言えない。消尽理論は特許権の目的に立ち返って効力範囲を解釈する理論である。特許法の目的においても、深いところでは競争秩序維持の精神はあると思うが、一義的には独占禁止法秩序とは別の法秩序であろう。特許法上で独占禁止法上の考慮をするならば権利濫用として処理することになろう。伊藤評釈には論理飛躍がある。この点は改められた方がよいように思う(注3)。
伊藤講師は知的財産研究所で、技術標準化における知的財産権、とくに特許声明書の効果についての研究をされていた。このテーマを選ばれるあたりに、きわめて鋭い嗅覚を持っていることが窺われる。それだけに、この論文には物足りなく思う。もっとも、本業の競争法分野でなかったことが大きく影響したのだろう。今後、標準化におけるホールドアップ問題などで理論的貢献をなさることを願っている(注4)。
(注1)本号のジュリストには若手研究者の知財がらみの判例評釈が2つあったのだが、インクカートリッジと鉄人28号であり、いずれも評釈が出尽くした、という感じすら受ける物であった。厳しいことを言えば、すでに開拓されたフィールドなら、いっそういかに理論的貢献をするかが問われると思われる。
(注2)吉田広志「判評」判例時報1909号(2006年)188頁。
(注3)なお、独占禁止法違反行為に対する民事的アクションに対しては制約が多い(損害賠償請求権行使、差し止め請求権行使の場面での制約)に鑑みれば、軽々に権利濫用が認められるべきでなかろう。
(注4)中規模の企業のサラリーマンとなった今、ジュリストは数少ない法学論文の源泉である。ついつい期待をしてしまうので、我が身の程も思わず、酷評をしてしまった感はある。




特許の消尽論側から見ると出尽くした議論だ…ということで私が安易に評価してしまったようです。ご指摘のとおり、経済法理論への貢献を試みたことは当時として先駆的であり、今から思えば重要な一歩のひとつであったと思われます。その後の伊藤助教の論文についてもご紹介いただきありがとうございます。