2007年03月07日

[著作権][つぶやき]「創作性」概念についての学説のちょっとした整理

条文ではたったひとこと、「創作的に」と書いてあるだけなのだが、考えると難しい。現実の裁判例がどう捉えているかを分析すると、作業の大変さに音を上げる。今後どのように考えるべきか(その前提として著作権法を通じて何を実現させるかについて態度決定がいる。具体的には、創作インセンティブの確保とするか、情報の豊富化とするか、はたまた(突飛だが)「芸術」の振興とするか。)を考えると、その深さに手も出なくなる。

「創作性」というテーマは、中山先生が注目されていたが(中山信弘「創作性についての基本的な考え方」著作権研究28号(2001年)6頁〜)、先生も難しい問題だと指摘される。

裁判例を分析しても、実はよくわからないところがある。たとえば、日本の裁判例のうち、少なくとも不法行為成立を結果的に認めた事案では、創作性の基準が厳しい。言い換えれば、主観的ともいえる基準になっているように思う。

厳しい基準をとりたくなる理由は分かる。陳腐な表現を保護することによる弊害は見逃しがたいし、なにより、著作権侵害罪を構成してしまうことのサンクションの大きさは重大だ。

だが、侵害局面で対処すればいいのではないかという考えもある。創作性概念は比較法的に考えてもよいと思うので、アメリカの議論をひくと、Robert.A.Gormanや、Jane C.Ginsburgは創作性は緩やかに、侵害の判定は厳しくするのが良いのではないか、と言う(Gorman,Robert A.,"Copyright Protection For the Collection and Representation of Facts",76 Harvard Law Review 1569(1963))。(なお、アメリカでの1990年半ばまでの創作性概念の議論状況については、小泉直樹『アメリカ著作権制度 原理と政策』(弘文堂、1996年)39頁以下が詳しく参考になると感じた。)

これと軌を同じくするのが、作花文雄「表現物としての創作性の評価と公正な利用秩序――個性に基づく独自の表現物の創作に対する適正な保護と侵害性判断局面の在り方――」コピライト547号(2006年)であり、私も非常にシンパシーを感じるところである。
posted by かんぞう at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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