2006年11月15日

[著作権]ローマの休日事件―著作権延長をめぐって―

●横山久芳「著作権の保護期間に関する考察――「ローマの休日」東京地裁仮処分決定に接して」NBL884号(2006年)32頁〜読書メモ

平成15年12月31日に著作権が切れる昭和28年に作られた映画、しかし、平成16年1月1日から、著作権を70年とする改正法が施行される…さて、昭和28年作品は著作権延長の対象なのか?平成15年12月31日23時59分と平成16年1月1日0時00分との近接性を根拠に延長の対象であると主張する文化庁・映画の権利者サイドと、そのような解釈は採れないとする利用者サイドがぶつかった注目の事案。東京地裁高部コートが下した決定《裁判所へリンク、PDF》は、昭和28年作品延長の対象でないというものだった。この決定を法解釈論として妥当なものとする横山助教授の論稿である。

1.この論文の概要
(1)東京地裁決定要旨
・民法が採用する暦年法の計算からは、平成16年1月1日時点で昭和28年作品の著作権は消滅している。ゆえに改正法の適用は無い。
・文化庁見解は、「瞬間」を問題にするものであるが、暦年法とは異なるし、また瞬間を問題とできる文理上の根拠が無い。
・立法者意思としても、本改正時に議論があったと認められない。
・権利の保護と公正な利用のバランスを考えたとき、延長の有無により刑事罰の適用有無すら変わってくるのであって、適用の有無について利用に文理上明確である必要がある。ゆえに、著作権者の保護ばかりを強調することは妥当でない。
(2)横山助教授の見解
長期間の保護の終期を自然的計算法(瞬間を問題とする計算法)にゆだねることは民法上不自然な解釈であるといえる(横山・36頁)。自然的計算法が用いられるのは、厳密かつ正確な時間を算定する必要がある場合であり、これを常に妥当させると、「12月31日返せ」というのは「12月31日23時59分に返してもいいのだ」という社会的に妥当性を欠く結論を招く(加藤雅信『民法総則T〔第2版〕』(有斐閣、2005年)381頁参照)。
また、改正法の効果が利用の自由に与える影響は大きいことから、法技術的に事前に確定させることができる保護期間に関する規律については、明確な立法を行うべきで、不明確な立法を行ったうえで立法者意思を根拠に著作者のみを保護する解釈を取ってはならない(横山・37頁)。もっとも、事前に外延を確定できない事項である、著作権の効力については、事案ごとに柔軟な対応をとってもよい。たとえば、差止請求の対象については、合目的解釈も許されうると考えられる(横山・38頁)。

2.私見というか感想
高部コートの決定は、なるほど!と思わせるものであった。暦年法の解釈も説得的であだるし、罪刑法定主義まで匂わされると肯かざるをえない。横山助教授の見解もこれを説明するものであり、東京地裁決定のレビューとしてわかりやすかった。
ただ、この論文の面白いところは、脚注で間接侵害について合目的解釈をしてもよいのではないかという先生の私見を匂わせたところで、事後の批判に備えているのだなぁという感じを受けた。
なお、横山先生は「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」《同会議サイトへのリンク》の発起人でもある。
posted by かんぞう at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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