2006年11月05日

[著作権]著作権の方向性

●中山信弘「著作権法の動向」鴻常夫先生古稀記念論文集『現代企業立法の軌跡と展望』(商亊法務研究会、1995年)873頁〜読書メモ

特定のテーマに関し、解釈論などを示したものではないのだが、今後の著作権法の向かう方向について示唆した論文として、興味深いものだった。10年前の論文で少々古いが、短くまとまっていて読みやすく、大学4年生などの研究はじめの人には向いているはず。

1.論文の概要
伝統的には人の精神的な創作活動の成果を保護するのが著作権法であり、それで問題は生じてこなかった。伝統的なパラダイムでは人格が重視されてきたのである。
しかし、表現=機能であるプログラムを保護するようになったことにより、パラダイムが変わった(876頁)。また、データベース保護ということも、著作権の性格を変えたものと考えられる(878頁)。技術が進歩した今、データベースにおいては、いかに多くのデータを集めるかが重要であって、それは額の汗の保護につながる。ここから、事実上の不正競業法的要素の混在が見て取れるのである。
競業法的な性格については、プログラムの法人著作についても伺える。プログラムの場合、ほぼ使用者に著作権が帰属することとなるからである。同様のことは、映画の著作物においても言える。
今後の方向については、。マルチメディアとコンピュータ・ジェネレイッテッド(Computer Generated)、この2つをどう取り扱うかが問題になるであろうと考えられる。特に後者については、誰にも帰属しないとの取り扱いは、成果物それ自体からは伺えない要素によって、権利の有無が分かれることになり不都合であるから、現在の枠組みを越えた形で帰属確定がなされるべきである(886頁)。

2.私見というか感想
著作権法が競争規範としての性質も有するという認識には、賛同したい(というか、先生ッ!ついて行きますといった感じだが)。中山教授が指摘するように、史的発展の中では、人格に基づくようになったのはフランス革命以後である。所与のものでも、必須のものでもないのである。同様の指摘は、白田博士が『コピーライトの史的展開』でも述べられていたように思う(うろ覚え…)。「人格の発露」と言い切れず、経済財としての側面が顕著な情報の保護については、少なくとも立法論においては、競争秩序をいかに規律するかという観点から検討されるべきであろう。
マルチメディアと著作権については、具体的な問題が指摘されていなかったが、足りない頭で考えれば、どのような順序で何を出すといったことに関わるパラメータの改変だろうか。ときめきメモリアル事件や三国志3事件などが既に著名であるが、インタラクティブ故の表現順序の幅をどう取り扱うかは、さらに検討する余地があるのかもしれない。(この点、松田政之教授が『同一性保持権の研究』(有斐閣、2006年)で検討されているであろう。一度読まなきゃ。)
posted by かんぞう at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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