2012年04月27日

[著作権][時事]著作権侵害にあたる行為でアップロードされた著作物のダウンロードに対する刑事的保護は問題だ

著作権侵害に該当する行為によってアップロードされた著作物をダウンロードする行為に対する刑事罰の付与は当面見送られる見通しであることが報道された。

私はこの見送りを2点の理由から歓迎している。
対抗利益(著作権者の保護、ただし、後述するように「特定のビジネスモデルを取る著作権者の保護」であると考えている)と衡量したときに、私的領域に深く介入しうる規制は、個人的には釣り合わないと受け止めていたからである。[理由1]
また、著作権法が最終目的として謳う「文化の発展に寄与」するか疑問があるからである。要は、特定のビジネスモデルを取る著作権者にとっては有利な制度であるのだが、他のビジネスモデルをとる著作権者(それも直感的には文化的活動により近いもの)にとって不利な制度と考えられるため、妥当ではないと思えるのだ。[理由2]

■違法にアップロードされた著作物をダウンロードする行為に対する刑事罰の付与により懸念されること
まず、そもそも刑事罰の付与で何が懸念されるかを整理する。懸念は大きく二つである。
・私的領域の介入の道具として濫用される可能性があること(濫用されないとしても潜在的な犯罪者を多数創りだしてしまうこと)
・犯罪者となる懸念から本来分散的な流通が意図されているコンテンツも流通が阻害される可能性があること

著作権は登録なく権利行使ができ、登録なく許諾ができるため、アップロードされたものがそもそも著作権で保護されているのか、適法にアップロードされたものであるのか、一見してわからない。勘違いをして違法にアップロードされた著作物をダウンロードすることもあるだろう。

「適法である」旨のマークを付与すればよいという意見はあるだろうが、これには疑問がある。まず、自由な流通を望む著作者の便宜を重視して「適法マーク」が自発的に付与できる、または、簡易に取得できるようにすると、違法にアップロードされたコンテンツにも悪意で適法マークがふされるかもしれない。次に、「適法マーク」の信頼性を確保するため、厳重な手続を前提とすると、自由な流通を望む著作者のうち一部は「適法マーク」の取得を諦めるだろう[注1]。

また、勘違いをしてダウンロードすることを懸念する意見に対しては次のような反論があるだろう。
刑事罰は通常故意に当該行為を行った場合にのみ処罰される。だから、勘違いでダウンロードした場合には処罰されないのだから問題がない。
だが、故意かどうかという主観的意思は外からは見えない。裁判では客観的な状況によって判断されてしまう。

もちろん、限界事例はそもそも起訴される確率は低く、仮に起訴をされても実効的な罰が科される確率は低い。しかし、違法にアップロードされた著作物のダウンロードに関して、家や職場の捜索、さらには逮捕をされる可能性は少なくないと思われる。行為が私的な領域で行われているために、私的領域に立ち入って十分な証拠収集を行う必要があると考えられるからである。

日本の一般人の認識を見ると、捜索を受けたり、逮捕をされると、その者の社会的評価が即座に低下すると捉えられているといってよいだろう。つまり、捜索や逮捕は事実上サンクションとして機能しているといえる[注2]。民事上の責任が生じることと比べるとより大きなサンクションであるように思う。

そうすると、リスクを回避するため、仮に適法そうであっても、著作物をダウンロードしない者が多く登場したとしても違和感はない。つまり、分散的な流通(著作者やその委託者のみによる流通ではなく、ユーザー自身による流通を含むもの)は阻害されうる[注3]。

著作権と私的な自由が対立する場面で、違法にアップロードされたダウンロード行為への刑罰の付与は、利益衡量の点で妥当ではないように思う。

■分散的な流通の阻害は有償の著作物で収益を上げるビジネスモデル以外のビジネスモデルの阻害となる
そもそも、著作物を用いたビジネスモデルは一様ではない。分散的な流通を阻害することは著作物を用いたビジネス活動の一部を阻害する可能性がある。

梅花女子大学の服部准教授は、著作物を用いたビジネスモデルを次のように分類している。
1)市場における取引により収益をあげるもの
1-a)権利の運用管理が統合的:有償の著作物での収益をあげるもの
 ・複製等の対価をとる古典的な著作物流通モデル(例:出版業、新聞業、音楽レコードビジネス、映画製作ビジネス)
1-b)権利の運用管理が分散的:無償の著作物での収益をあげるもの
 ・著作物は無償で流通させ、補完財で収益を上げるモデル=フリーミアム(例:広告=アフィリエイトでの収益、ライブ・講演での収益)

2)非市場における取引により収益をあげるもの
2-a)権利の運用管理が統合的:再分配により収益をあげるもの
 ・国家等から政治的決定に基づき利益の分配をうける(例:文化事業(自治体に属するオーケストラ)、学術研究)
2-b)権利の運用管理が分散的:社会的関係により収益をあげるもの
 ・ユーザーからの寄付をうける(例:Amazon.com Artist)

(出所)服部基宏・國領二郎「デジタル財の市場構造と収益モデル」日本学術振興会 未来開拓学術研究推進事業プロジェクト「電子 社会システム」ディスカッションペーパー No.95(2002年)に基づき筆者が改変

服部・國領(2002)はそれぞれの収益モデルの消費者となりうる者の属性をアンケート調査結果のクラスター分析から明らかにしている。それによると、主流となるものは1-a)のモデルと整合する消費者ではあるが、数は5%程度に留まるが支出額は突出して多いグループが1-b)、2-b)に整合する消費者として存在していることが示されている。

このことは、フリーミアム・ビジネスモデル(1-b)やユーザーからの寄付(2-b)によるビジネスモデルが十分に成り立ちうることを示唆している。フリーミアム・ビジネスのうち一部は、無償配布する著作物を広告として位置づけ(例えば、コンサートで収益を上げることを重視し、楽曲をyoutube等のサイトにアップロードする音楽家)、ユーザーの手による流通が行われることが望ましいと考えているだろう。同様に、ユーザーからの寄付によるモデルも、その氏名表示さえ確保されていればユーザーの手による分散的な流通を歓迎するだろう。

同様に、ビジネスモデルとしての自律性には疑問があるものの、国家等による再分配モデルで(2-a)も氏名表示さえ確保されていればユーザーの手による分散的な流通を歓迎する場合があると考えられる(著作物が普及することで当該文化事業への理解が得られ、将来の収益機会が広がる可能性がある)。

そして、「文化の発展」という一点だけを見てしまうと、2-aのモデルを阻害することが最も法目的に沿っていないように見えてしまう。そうまでいわないとしても、古典的なビジネスモデルだけを保護する制度は著作物による文化の発展に寄与するのか疑問である。

図 まとめ
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[注1]著作者としては自分は権利行使をする意思がないのだからそれでよいと考えてしまいがちである。しかし、利用者は当該情報を得ていないか、得ていても信頼できるか躊躇する場合があるだろう。
[注2]逮捕によって抽象的ではあるが金銭的損害も生じる。最低でも給与の2倍程度は稼がなければ組織を維持させることは難しいという前提で計算すると、逮捕による3日間の拘束により、年収600万円のビジネスマンは最大20万円の機会を失わせる計算になる。
[注3]日本の著作権法では著作権の制限は限定的に規定されており、また、各規定は限定的に解釈するべきとの理解が裁判所でとられることがあるため、状況はダウンロード行為者にとって米国に比べて厳しい。(米国、ドイツは違法にアップロードされた著作物のダウンロード行為を刑事罰の対象としている。なお、ドイツは日本と同様権利制限は限定的である。)
posted by かんぞう at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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