2011年01月01日

[時事][特許]プレゼントを好きな物に換えることが出来るビジネスモデル特許についての雑感

欲しくないプレゼントを自分の好みの商品に交換してもらうビジネスモデルに関する米国の特許権(US7831439)をAmazon.comが2010年11月9日に取得したと、朝日新聞(注1)で報じられている。

米国でのビジネスモデル特許については、2010年6月に示されたBilski事件連邦最高裁判決(注2)で裁判官の意見がまっぷたつに分かれた中でかろうじて特許対象として適格であると示されたものの、今後の判断基準は厳しくなるとの予想も示されている(注3)中、米国特許商標庁が下した一つの審査結果として興味深い。

主なクレーム(請求項1)は以下の通りである。素人目には単なる抽象的なアイデア…と思えないこともあるが、おそらく、クレームの書き方に優れた点があったのだろう。しかし、筆者にはその分析力が無いため、ここでは言及できない。
A computer-implemented data processing system comprising: a memory that stores gift conversion rules; and a processor in communication with the memory that: generates auser interface configured to permit a gift sender to order a product as a gift for a gift recipient via a network service; and executes gift conversion logic that permits the gift recipient to specify the gift conversion rules, wherein the giftconversion rules specified by the gift recipient define a manner in which gifts purchased for the gift recipient may be automatically converted, wherein at least one gift conversion rule identifies the gift sender who has ordered a product as a gift forthe gift recipient, such that whether the gift is converted is determined based at least in part on the identity of the gift sender specified in the at least one gift conversion rule.


さて、今回はこの特許が実現するであろうビジネスモデルについて、社会的な価値観に与える影響について触れたい。

先述の朝日新聞や元ネタであるWashington Post紙から以下のように引用している。
ただ、異論も出ている。読者の声を紹介した28日付同紙には「すばらしい。がらくたになってしまうものを消費者がコントロールできるようになるから」という賛成意見とともに、「もともと贈り物はサプライズであるはず。とんでもない」「相手が欲しいものがわからないなら、(そもそも贈り物などをせず)チャリティーに寄付をすべきだ」「できることと、すべきことは違う」といった反対意見が掲載されている。


これだけだと、「何が悪いのか?」という疑問がわく。簡単にいえばこうだ。
・相手が欲しいものだけを贈り物として受け取れるようにすることに反対との考えを持つ人が贈り主になる場合→合理的にはそのようなサービスを使わないから問題ない
・相手が欲しくないものは交換されてもかまわないとの考えを持つ人が贈り主になる場合→そのようなサービスを使うことになっても問題ない
・相手が欲しいものだけを贈り物として受け取れるようにすることに反対との考えを持つ人が贈り物を受け取る側になる場合→相手の品物を拒否しないので問題ない
・相手が欲しくないものは交換されてもかまわないとの考えを持つ人が贈り物を受け取る側になる場合→すごくハッピー
…というわけで、個人に着目すると誰も困らない。

元となったWashington Post紙のWeb記事を見ると、「消費者の行動を変えてしまうことに反発が生じるのではないか」との消費評論家の意見や、「相手があなたにその物を贈りたいと時間を使ったことを尊重すべき」とのエチケット評論家の意見が、主な反対意見として掲載されていた。

贈り物を単なる物に化体した価値の贈与と見れば、反対意見は全く的外れに見えるだろう。他方、贈り物はその物を通した人間間の紐帯の構築・維持・強化だと見れば反対意見にはうなずけるかもしれない。しかし、反対意見の考え方を貫徹すれば贈り物は捨てがたい物になってしまうように思われる。贈り物の負のインセンティブになるのであらば、人間間の関係強化を図る機能が損なわれてくるだろう。だから私は反対意見には納得できない。

Amazon.comのこの特許は「単なる抽象的なアイデア」に留まらない「何か深遠なところに触れる抽象的なアイデア」であるように思われる。法律的な面から離れても面白い特許だった。
(注1)朝日新聞(2010年12月29日朝刊)「気に入らぬ贈り物、受け取らず別の物に 米アマゾン特許」、asahi.comで閲覧可能。
(注2)Bilski et al. v. Kappos, No. 08-964, 561 U.S. ___ (2010).
(注3)吉田哲「米国Bilski判決が示す米国司法界の選択(上)(中)(下)」『日経BP知財Awareness』(2010年9月10日〜16日連載記事)、日経BP知財Awarenessで閲覧可能。
(注3)The Washington Post (Dec. 27, 2010), "Amazon patents procedure to let recipients avoid undesirable gifts", available at here, (accessed on Jan. 1, 2011).
posted by かんぞう at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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