2010年05月24日

[その他]米国連邦最高裁判事交代を巡っての雑感

日本とアメリカでは裁判官の任用システム、任期が違う。同様に、メディアでの取り扱いも違う。連邦最高裁判所の交代にあっては報道が過熱する点が面白い(注1)。

この6月(または7月)に引退するStevens判事は、最近の知的財産関係の事件では次のような意見を述べているので、印象に残っている方も少なくないだろう。

判事は、既存であるか将来発生するものであるか限定をしていない著作権の保護期間の延長を定める著作権法改正(Sonny Bono Copyright Term Extension Act)の、連邦憲法への適合性に関する裁判の最高裁判決(注2)において、「著作権条項の真の目的は私的利益の保護ではなく、一般公衆の著作物へのアクセスを保証する点にある」と述べ、「事後的に保護期間を延長することは公共の利益を過度に制約する」との反対意見を述べている。

先日、オバマ大統領が最高裁判事候補に指名したKagan司法長官は、これまで判事経験がないため、どのような判断をすることになるか傾向が読めないところであるが、報道によると「学生時代からリベラルと保守の間を調整することに長けた人物」とのことである(注3)。このことが評価されて保守とリベラルの断絶があったハーバード大学でも学長を任されたという。

かつではシカゴ大ロースクールの教授もしていたKagan氏の学術的業績を見ると表現の自由(とくに公的な立場と表現の自由)を専門の一つとしているようだ。

著作権に関わる論点では表現の自由との関係が問題になることが少なくない。ロークラークに任せきりにせずに、判事自身が力を入れた判決が出てくるかもしれない。

(注1)制度の違い、温度感の違いについては、朝日新聞のWebサイトの特集記事が詳しいし参考になる(「第27号 日米最高裁、少数意見が社会を変える」朝日新聞グローブ(2009年))。
(注2)Eldred v. Ashcroft, 123 S.Ct. 769 (2003)
(注3)Jeffrey Rosen, "Now Playing For Center Court", TIME Asia, May 24; 2010, 29-30.
posted by かんぞう at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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