2010年01月31日

[著作権]1%が全体を止める(『破天荒力』著作権侵害事件 地裁判決)

松沢成史さんの著書『破天荒力』に、山口由美さんの著書『箱根富士屋ホテル物語』で用いた表現が複数箇所用いられている、として『破天荒力』の販売差止と損害賠償を求めた訴訟の第1審判決が下され、1カ所(240頁中2行)の著作権侵害が肯定され、販売差止が命じられたとの報道がなされた。

■侵害認定について興味を引く点:微妙な侵害認定
判決文が入手できていないが報道を読む限り、問題となった表現は以下の箇所のようである。(あくまで、報道の限りであるので不正確である可能性がある)
「彼は、富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない」との部分が、山口さん記述の「正造が結婚したのは、最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない」の複製と指摘
(共同通信2010年1月29日「松沢知事の本、販売禁止命じる 著作権侵害と東京地裁」)

判決を読まないとわからないが、直観としては非常に微妙な認定である。アイデアにとどまるのではないか、という思いを持つ方もいるだろう。「YOL記事見出し事件」での創作性の評価と照らし合わせると、著作権の侵害を巡る悩ましさがいっそう増す。裁判官も相当悩んだのではないだろうか。

■1%が全体を止めること:当然であるがいいのか?
この結果差し止め請求が認められた点も興味深い。

損害額の認定にあたっては、報道をみる限り、
松沢知事の著書、約240ページのうち、「2行が著作権侵害にあたる」と指摘。松沢知事の著書が約1200万円の売り上げだったことから、損害額を5万円と算定。これに慰謝料5万円と弁護士費用を加えた。
(MSN産経ニュース2010年1月29日「松沢知事の著作権侵害認める 12万円賠償命令 東京地裁」)
とあり、単純な計算では全体の0.4%の著作権侵害が全体を止めた、ということになる。

もちろんこれは著作権法上、著作権侵害の場合に常に差止請求が認められるようになっているからであり、差止を認めたことは至極真っ当な結論であるのだが、感情論として違和感を持つ方もいるだろう。

とくにプロの作家の方にとっては、無意識に第三者の特徴的な表現をわずかでも利用してしまった場合に、自著の出版が止められる可能性を意味しているのであり、反発があってもおかしくない。

■出版社に取っての示唆
この判決を評価するには、本来は被告(侵害とされた側)の主張をみてからでないといけない(主張が残念ながら適切でなかった可能性もある)。また、高裁(知財高裁)で覆される可能性もある。そのためこの件は直ちに一般化できない(著作権侵害を否定して不法行為で処理する可能性があるように思う)。
しかしあえて先取りして出版側の立場に立った点を検討しておきたい。
本件は、紙で出版しつづけることのリスク(注1)を認識させる一つの事例であるように思う。電子出版とした方が、侵害箇所を削る場合のコストは少ない。電子出版のベネフットを認識させる一つのポイントになるだろう。
(注1)ただし、本件については同著が平成19年に出版されていることから、現状ではほぼ販売を行っていない可能性もあり、実質的なダメージは少ないかもしれない。(だからこそ裁判所も差止を認めることに躊躇がなかった可能性がある。)
posted by かんぞう at 23:58| Comment(4) | TrackBack(0) | ☆その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
特許や商標や意匠での差し止めも同じだと思います。
それぞれ製品のごく一部でしかないのですから。

そもそも、一つの知財が製品丸ごとカバーと言うことは無いのですから、この件での差し止めに疑問を持つと言うことは、知財の根本的な位置付けに対する疑問になるのではないでしょうか?

また、特許等と違い著作権法については、100%故意犯ということになるでしょうから、一部で全体が差し止められても、自業自得なのではありませんか?
Posted by とおる at 2010年02月07日 08:41
とおるさん、コメントをありがとうございます。
私の文章の不足しているところを補っていただけました。
おっしゃるとおりで、知的財産権の世界では当たり前であることは特許等と対比すると見えやすいですね。まして、「複製」行為は故意でなければ成り立たないので当然という説明が追加されるとより説得的だと思います。

私はこの判決で2点気になっています。
・過去の裁判例では著作物全体(もっとも、何を著作物と捉えるかというところは議論がありますが)に占める複製箇所の割合が小さいときに複製要件や創作性要件ではじいていたことが少なからず見られていて裁判所が当たり障りのない結論を導いていたようにも見えていたが、本件はそのような価値判断に組しなかった
・本件の判決は至極まっとうであるが、1%を切るような侵害箇所の探索については、出版社業界の一部(ということにさせてください)の慣行上対応できていないのではないか(おおむね1段落以上、会社によっては数頁レベルで似ているかどうかを基準としていると聞いたことがあります)
Posted by かんぞう at 2010年02月09日 00:21
判決文等を読んでないので、他のサイトの又聞きということになりますが、どうやら、他にも色々と類似点(というか実質的な文章借用)があり、全体として原告著作にフリーライドしている雰囲気があったようです。

そのため、裁判所では、心証としてアウトというのが先にあって、そこに結論を持って行くために、ポイントを絞ってストーリーを作ったような感じです。

裁判所は結論ありきで、論理を組み立てることがあるので、強引に見える判決も時としてありますから、かんぞうさんが気になった点もその結果のような気がします。

もちろん、実務慣行に沿ってなかったり、強引な認定や論理があると、後々ひっくり返る可能性も高くなるので、この結果が上級審でも支持されるかどうかは微妙と思います。
Posted by とおる at 2010年02月09日 07:23
すいません!お返事が遅れてしまいました。

なるほど、そのような背景があったようなのですね。そうすると多少無理があっても妥当な結論に落ち着かせようとするのはやむを得ないところですね…。

もっとも、このように裁判所が結論ありきになっている場合が見え隠れするのは、私たち実務家が「結論が妥当でない」などと判例評釈をしたりするからでは…などと、ついつい胸に手を当てたくなります。

貴重な情報提供をありがとうございます。
Posted by かんぞう at 2010年02月19日 22:12
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