2009年04月08日

[特許]ダブルトラックの解消の方向性によっては可能なこと…かも

課題と見られていた(注1)特許侵害訴訟での無効抗弁と、無効審判のダブルトラックについて、解消の方向で検討されているようだ。

特許庁の無効審判制度の制限と、裁判所の判断への一本化
(日本経済新聞2009年4月5日朝刊)

具体的な方向性はわからないが(注2)、上記の新聞報道を見る限り、侵害訴訟が提起された場合には裁判所での判断に一本化されるのだろう。

そうすると、特許権を無効にする判断の場面においては、当事者での主張立証が尽くされることが期待できるようになる(ただし、純粋に無効審判の場面は除かれるが…)。

そうだとすると、こういう制度をとることは出来ないだろうか?

■進歩性判断に言う「公知技術」に当業者の事情を加味する方向はどうか、という提案
進歩性の判断にあたっては、新規性判断に用いた「公知技術」(先行技術文献)が元となる。つまり、公然知られたことが求められ、特定の者への開示では公知技術とされない。

しかし、技術分野が細分化するいま、当業者が限られている場合も存在する。そのような場合に、技術の安全性を確かめるためなど、技術的な情報交換を行う場面で開示された技術に基づいて特許出願が行われてしまうことはフェアとは言えないように思う。

そうすると、今までの基準では「公知」とは言えないが、当業者の中では知られていると評価しても良い技術は「公知技術」と扱うことも手ではないだろうか。

これを特許庁の審査/審判のみにゆだねることは行政のコストを増大させるが、当事者が主張を尽くす場面を経るのではあれば、考慮しうる選択肢となるように思われる。

■先行技術を当業者の事情を加味して限定する方向はどうか、という(突飛な?)提案
他方で、無効とする方向に進みすぎることは特許制度を機能させなくする可能性もある。だとすれば、以下のような「アメ」はどうだろうか?

日本においては特許権が侵害訴訟で無効と判断されやすく、使いにくいという声もある(注2)。
もしかすると、何らかの余事が考慮されたり、あるいは、当事者の主張立証の問題もあるのかもしれないが、侵害とされた者が命運をかけて世界中の先行技術文献を渉猟することは少なくとも要因の一つであろう。

情報の国際的なアーカイブ化が進んでいる現状において、先行技術文献を探すことはかつてに比べ容易になっている。新規性の判断において世界公知を、進歩性の判断において「最高の知識を有していること」を求めることは本当に妥当なのだろうか。

理念としては十分理解できるが、これまでは必ずしも世界すべての先行技術文献に触れることができていなかったために、調和があったのではないか。

そうであるならば、新規性の基準とする先行技術文献において当業者が通常接することができたか、などといった事情や、進歩性判断の先行技術について当業者の事情を加味してみてはどうだろうか。

前者については、審査の負担が増え、また、人類の知識増大に寄与している訳ではないので、制度の目的に反するかもしれないが、後者については考慮の余地があるようにも思う。

もちろん情報化が進んだのだから、やむを得ないという価値判断も十分にあり得る(注3)。

(注1)高部眞規子「知的財産権訴訟 今後の課題(上)」NBL859号(2007年)14頁〜22頁。なお、同論稿については本ブログ2007年7月10日記事「[特許]高部判事が指摘した今後の課題を読む」参照。
(注2)日本経済新聞2009年1月12日「法務インサイド」。NHK総合 2009年4月8日23:30放送「時論公論 特許が危ない 知財高裁5年目の課題」。
(注3)その点では、一概に「知的財産高等裁判所の課題だ」というのは早計ではないだろうか…とも思う。(と、NHKの上記番組を見ながら書いてみた)。
posted by かんぞう at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/117102845
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。