2009年02月01日

[不正競争][時事]オープンイノベーションは情報の流通を威圧的に統制する制度の上に成り立つとは思えない

■営業秘密侵害罪強化の方向での見直しとその背景
産構審知財政策部会の小委員会が、営業秘密の保護のうち刑事罰規定に関する報告書(注1)をまとめている。そのポイントは以下の3つにまとめることができる。
○営業秘密侵害罪の目的要件を「不正の競争の目的」から「図利加害目的」とする方向で考える。
○不正取得または領得した営業秘密を使用または開示する行為を独立して刑事罰の対象とする方向で考える。
○秘匿決定、公開停止等、刑事訴訟手続の在り方についての見直しを行う。
この報告書の背景にある考え方を、経済産業省知的財産政策室は積極的に発信している。例えば、中原裕彦室長が書かれた論稿(注2)では、上記の提言の背景と直接明示するものでないものの、現在の営業秘密保護の課題を次のようにまとめている(なお、下記のまとめは私によるものであり、理解の誤りは私に責任がある)。
○国際的な企業連携を促進するためには国際的に見て的確な秘密情報の保護制度が必要。特にオープン・イノベーションが求められる環境化にあってその必要性は増している。
○秘密情報の保護制度である営業秘密侵害罪は同罪での起訴が1件も無いなど有効に機能していない。営業秘密侵害罪の要件が限定的であること(使用開示行為は使用者の領域内で行われるため立証が困難)、刑事訴訟手続において営業秘密が開示されてしまうこと、が要因である。

1点目は、営業秘密侵害罪の要件として、取得で足りるとする制度を米国、ドイツ、イギリス、フランス、中国、韓国で採っている(注3)ことを念頭に、日本の制度では不足だと認識されているのだろう。

また、同委員会の委員からも、刑事罰の範囲が限定的であることを指摘する声がある(注4)。

■本当にいいのか?オープンイノベーションの担い手は誰か?
この様な改正の特に1点目、2点目の方向性については、5年前の営業秘密侵害に対する刑事罰導入にあたって慎重に検討された点が軽視されていることを、『企業法務戦士の雑感』のFJneo1994さんが指摘されている(注5)。FJneo1994さんはこれまで、この改正の方向に繰り返し触れられており、違和感を述べられていた。FJneo1994さんは、営業秘密侵害罪が使われにくい理由は、単に構成要件の問題だけに帰するものではない、と分析されている。私もこの分析に賛成する。

これに加えて、オープンイノベーションの具体的な担い手である現場の研究者・技術者への悪影響も私は懸念する。

「図利加害」目的であったかどうかは、内心の問題である。内心を構成要件とする際に、広範な要件とすることは妥当なのだろうか。
解釈次第ではあるので杞憂となるきらいはあるが、「加害」を広めに解釈すれば、何からの理由で持ち出して、結果として流出させた者も処罰されることとなる。例えば、残業が制限されている中、内規に反して自宅に持ち帰ったが、その際「何か会社に困ったことが起きるかもしれない」という程度の意図ならばどうだろうか?現場の研究者・技術者に過度の萎縮効果を与える気がしてならない。

中原室長のおっしゃるように、この制度で企業はオープンイノベーションを進めやすくなるかもしれない。しかし、現場を萎縮させてイノベーションは生まれるのだろうか。あるいは、そのような環境下でもプロセスイノベーションならば起こるのかもしれないが、次世代の産業を担うような破壊的イノベーションを阻害しないのだろうか。

このような制度を採ったときに、現場の研究者・技術者は身を守るために、技術流出をしていないと言う証拠をつくることが必要になるだろう。会社側としてもそのような仕組みを用意するかもしれない。ただでさえ、わが国の生産性は各国に比べ高くない中(注6)、第一義的には生産性を阻害する要素を作ることは適切とは思えない。

そもそも、民事的な対処でなぜ足りないのだろうか?そのことも分からない。

FJneo1994さんが指摘されているように、刑事罰を課すことで事案の妥当な解決を図るために、民事も含めて営業秘密の秘密管理性要件が厳格に解釈されかねない可能性もある。そうすると、民事的な対処すら弱めてしまい本末転倒になる。

■経済産業省に望まれること
もちろん、企業のニーズを把握され、制度設計に取り組まれている経済産業省の取り組みには敬意を表する。前掲の論稿からはこの改正の背景に細やかなニーズ把握があったことが窺える。しかし、次の2点を深彫りして、情報をお教えいただけるとありがたい。

○他国において取得行為での営業秘密侵害罪立件件数は何件存在するのか?
○アンケート調査においてあらわれている、法律の改正のニーズの内容は何であるのか?

前者については、制度があっても運用されていない可能性を払拭するためである。もっとも、そもそもの話として、他国が厳格な制度を採っていようとも、オープンイノベーションや破壊的イノベーションのため、わが国が良しと考える制度を採ることも国益に叶うことはいうまでも無い。

後者については、アンケート調査で「法改正を望む」と聞かれれば、必ず「はい」と答える人もいることに留意願いたい。経済産業省のアンケート調査(注7)では技術流出に対しての再発防止策として、「法律などの規制強化」を挙げていた回答者は120数社中約20%〜25%である。これを多いと見るか、「必ずはいと答えてしまう人がいる」通常の割合と見るか、微妙な数ではないだろうか(注8)。ヒアリング調査等でその回答者の法制度の理解と、ニーズの詳細を把握して欲しい。

■自社の技術開発の萎縮を防ぎたい企業が採るべき道
もっとも、報告書の提案は、21条1項の改正を前提としているように読むことができる(注9)。そうであれば21条3項の通り親告罪であるので、技術流出の元となった営業秘密の保有者側の告訴が無い限り、刑事処罰の対象とならない。
そうすると、技術開発の萎縮効果を防ぎたい企業は、自社の知的財産戦略として、不正競争目的の営業秘密取得行為のみを刑事告訴する、ということを明示するのも手である。
しかし、そういう対策を採る企業がもし出てくるようならば、そもそもの改正自体の望ましさに疑問が付くこととなる。

■もしデュアルユース技術流出を防ぎのであれば、別の立法をするべきでは?
それにしても、このような改正を急ぐ理由は何なのであろう。
これを善意に解釈すると、問題意識の中で大きなウエイトを占めているものは、「外国政府へのデュアルユース技術(兵器転用可能技術)流出を防ぐ手段の確立」であるようにも思える。その表れが、報告書の以下の記述ではないだろうか。
○2 使用・開示等を行った者が「不正の競争の目的」を有していることが構成要件要素とされていることから、競争関係の存在を前提としない単なる加害目的や、外国政府等を利する目的で使用・開示等がなされる場合を処罰対象とすることができないという状況が生じている(報告書5頁)
<外国政府によるデュアル・ユース技術の不正取得>
元ロシア連邦在日通商代表部員が、光学系機器メーカ従業員から、軍事転用されるおそれのある光通信の機密情報・部品等を不正に入手した。元部員は警察の出頭要請に応じず帰国し、元従業員についても窃盗罪容疑で書類送検の後、起訴猶予処分となった。(報告書6頁)
もしそうであるならば、法益はわが国の安全保障にあるはずで、私益とは異なるはずだ。ならば、端的にそのような立法を行うことが適切でああろう。研究開発活動の萎縮を招きかねない改正を行うことよりもずっといい。それに、仮に上記改正が21条1項の改正にとどまるのならば、親告罪にとどまってしまうことから、国家の利益を守るには不十分とも言える。
もっとも、そのような立法が、情報のボーダレス化の現代社会でどれほどの意味があるのかについては十分な検討が必要であろう。いずれにせよ、拙速な改正は行うべきでない。

(注1)産業構造審議会知的財産政策部会 技術情報の保護等の在り方に関する小委員会「営業秘密に係る刑事的措置の見直しの方向性について(案)」(2008年) available at e-gov(以下、報告書と略称する)
(注2)中原裕彦「技術情報管理とイノベーション」日本知財学会誌5巻2号(2009年)12頁-16頁。
(注3)前掲注1・参考資料2 available at e-gov
(注4)警察庁官僚として長年勤められた後藤弁護士がご自身の事務所のサイトで述べられている。参照:後藤コンプライアンス法律事務所 > 営業秘密保護強化の必要性-不正競争防止法の改正
(注5)FJneo1994さん「[企業法務][知財]営業秘密侵害罪の対象拡大(案)に思うこと」『企業法務戦士の雑感』(2009年1月13日)
(注6)財団法人社会経済生産性本部『労働生産性の国際比較(2008年版)』(2009年)。
(注7)経済産業省(委託先:日本建設機械工業会)「我が国製造業のおける技術流出問題に関する実態調査」(2006年)
(注8)このアンケート調査では不正競争防止法の営業秘密保護の要件の理解を問う設問もあるのであるから、クロス集計をして結果を示すことが望ましい。
(注9)既存の21条1項1号の改正や位置づけ変更に言及しておらず、その限りでは、不正取得を非親告罪とし、不正取得営業秘密の開示・使用行為を親告罪とするような改正は考えにくいからである。
posted by かんぞう at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆不正競争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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