2008年10月17日

[知財一般]生物多様性条約の望ましい姿についてまずは目を向けるべき

かつて生物多様性条約(CBD)の事務局職員であった香坂玲さんが先日の読売新聞に論説を寄せていらっしゃった(注1)。その趣旨は、次の3点に集約できるだろう。
○生物多様性の保全、生態系の保全は、食の安全(この場合は、供給量が必要量に足りているか、を指すのだろう)にもつながる面がある。
○途上国を中心に森林破壊が進んでいることや、気候温暖化の影響でかつての目標達成は困難になっている。改めて、持続可能な自然利用体系の構築が必要。
○2010年10月に名古屋でCOP10が開かれることとなっており、生物多様性について考える機会。わが国は里山などの考え方を積極的に打ち出していくべき。また、日本の生物多様性についても考えるべき。

■生物多様性条約は遠いところのものか?
香坂さんが指摘されるように、生物多様性条約は農業や、地球環境保全(とくに温暖化防止)では注目されていることは間違いない。しかし、条約が対象としている「遺伝資源」が利用される場面はこの2つに限られない。たとえば、病原体は創薬業や医・薬学領域に関わってくる。動・植物の遺伝資源が化学産業に関わることもある(注2)。影響は小さいわけではない。それどころか大きい。

生物多様性条約がこれらの分野で重要となる理由は、条約に遺伝資源に対する主権と利益配分が認められているところにある。おそらく当初の趣旨は、発展途上国を中心とする国で適切な利用制限システムが無いために遺伝資源が過剰に利用されてしまう(注3)、というところにあったのだろう(注4)。

もちろん、利益配分を求める途上国への経済的支援につながるのではないか、という意見もあろう。しかし、遺伝資源は必ずしも途上国に偏在していない。第一義的には国土の広さに依存するだろう。そうであれば、先進国であるロシアやカナダ、中国は有利になる。第二義的には赤道周辺の熱帯域・亜熱帯域が有利になるだろう。確かに、これらの国には貧しい国もあるものの、タイ、ベトナム、インドネシア、ナイジェリアなどの成長著しい国も見られる(いわゆるVISTAやNEXT11)。そうであるならば、主目的として生物多様性条約を南北格差解消のツールとしてみることが出来ないように思われる。

■生物多様性条約の課題
生物多様性条約が遺伝資源に対する主権と利益配分を認めたことによって、すでに各所で懸念されていることが2つある。
○知的財産権の出願書類への遺伝資源原産地および利益配分方法の明記、さらには、遺伝資源に由来する成果に係る知的財産によりもたらされる利益の分配を要請する声が上がっている。
○特に病原体を中心とする遺伝資源について、事前の利益配分に関する合意がない場合の提供拒絶を行う動きが存在する。

□遺伝資源と知的財産の関係に関する懸念
まず1点目の懸念であるが、これは「利益配分」と言ったときの「利益」に、遺伝資源に由来する研究成果も含む、との理解ができることにより生じていると考えられる。

利益配分がどのようにあるべきか十分に議論がされつくされていないことが要因だろう。

生物の多様性の保全が主たる目的であるのならば、研究成果に対して制限を課すことの合理的説明はつかないように思う。

出願書類への遺伝資源原産地(由来地)の明記を求めること(特に登録要件とすること)は、適切なアクセスを担保する手段としては考えられるが、これも営業秘密として保持する道を選ばれてしまえば、効果は薄れてしまう(もちろん、部分的には実効性は担保されている。たとえば、創薬分野に限れば、特許出願への動機付けは大きいので、遺伝資源の原産地を明記してでも出願を行いたいだろう)。

これに加えて、少し言いすぎなのかもしれないが、遺伝資源国への利益が過大になることで、一部の政治体制の公平性が担保されていない国では、かえって資源の過剰な利用が行われるのではないかとの懸念もある(注5)。

もちろん、これらの懸念はあっても、適切なアクセスと利益配分を実現する手段として知的財産制度と関係させることは理論的には考えられるので、十分に検討していきたい。

なお、条約担当者へヒアリングを行った方の話によると、条約の議論に当たって、各国の知的財産権に関する専門家が十分参加していなかったことが指摘されている(注6)。そのことを考えると、改めて条約で目指すものを議論する余地があるのかもしれない。

□遺伝資源への排他的利用権を求める動きへの懸念
過剰利用を止めるという手段としては強力なのであるが、排他権がある以上、事前の交渉で遺伝資源国は有利な立場に立つこととなる。これにより、仮に上で懸念した知的財産権に関する仕組みが制度化されなくても、契約により達成することが出来る。

これも、代替性のある遺伝資源が他国に存在すればいいが、そうでない場合もある。

■COP10に向けて考えるべきこと
現在のところ、管見の限り、問題は鳥インフルエンザウイルスが顕著な事例に留まっているように思われるが、利益配分について詰めておくことが望まれる。少なくとも、公衆衛生に関する部分は、排他的な主権は認めるべきでない(認めたとして、利益配分のみを認める)ように思う。議論の細分化が入るのではないか。
この問題も、環境保全、食の供給体制保全と並び考えられるべきことと考える。

(注1)香坂玲「生物多様性条約―保全と利用のルール議論―」読売新聞2008年10月15日(東京版)。
(注2)たとえばある種の人工着色料は、南米でのみ生息する昆虫が元となっていることが挙げられる。
(注3)いわゆる「共有地の悲劇」が懸念されたのだろう。
(注4)生物多様性条約については、いまだ勉強が十分でないので、誤りがあればお教えいただきたい。
(注5)一部の者に富が集約し、かつ、機会主義的な行動がとられても止めることが難しい状況にあるのでは、という思いである。
(注6)加藤浩「生物多様性と知的財産権」〔研究・技術計画学会2008年度研究大会報告〕。
posted by かんぞう at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆知財一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/108189929
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。