2008年09月07日

[時事]医療バッシングがリスクの高い診療科からの退出を招いたとは言えないのでは?

知的財産と関わらない話題であるが、最近気になっているトピックであるので取り上げる。

週刊東洋経済2008年9月6日号に「医師不足はなぜ起きたか」という問題を不確実性の経済学から説明した記事が掲載されていた(注1)。

それによると、「医療には不確実性がある」にも関わらず、医療事故などに対する医療バッシングを医師に押し付けた結果、楽で収入の多い
○開業医への移転
○別の診療科への移転
が起こったというのである(注2)。

その証拠として、新聞記事で「医療事故」「医師不足」が取り上げられた数が示されていた。それによれば、
○医療事故は1998年から多数取り上げられるようになった
○医師不足は2002年から多数取り上げられるようになった
という。

■疑問の所在
これによれば、社会的に医療事故が注目されるようになって、4年で医師不足が生じたというように解釈することが自然である。

しかし、開業は容易なのだろうか?多額の設備投資が必要であるため、本当に4年で社会問題を引き起こすほどの移転が実現できるのだろうか?
また、本当に別の診療科へ移転したのだろうか?専門性を変えることは難しくないのだろうか?(もちろん、新人医師が当該診療科を選ばなくなるという可能性はある)

以下、統計資料に基づいて簡単ながら検証する。

■検証
□開業医への移転は医療バッシングにより起こったのか?

管見の限り開業医とそうでない医師の数を区別する統計が無かったため、勤務先の病床数に基づいた統計を用いる。厳密性は欠くが、推測は出来るものと考える。(なお、診療所とは病床数14以下のものをいう)

まず、医師全体の数を確認する。以下に示す通り、全体としては増えている。
080906chart01.png
(出所:厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査」より筆者作成)

次に、勤務先別に割合を見ている。
080906chart02.png
(出所:厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査」より筆者作成)

これによれば、1998年以降に診療所勤務の医師が全体の割合から見ると1%増加したことがわかる。
どうやら、記事の一つ目の仮説はある程度説得性があるようである。
もっとも、診療報酬の額という外部コントロール要因があることには留意が必要であろう(注3)。

□別の診療科への移転は医療バッシングにより起こったのか?
次に、診療科別に観察する。記事や他の論説によると、「小児科」「産婦人科」「麻酔科」で医師不足が顕著なようであるのでこれを取り上げる。

以下に示すように、小児科、産婦人科では1994年以降、医師全体に占める割合が低下している。麻酔科医は増加傾向にあり、2004年以降になって減少が起こっている。
080906chart03.png
(出所:厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査」より筆者作成)
*小児科は小児外科を含む
**産婦人科は産科、婦人科のみも含む

これによれば、医療バッシングが小児科医、産婦人科医の減少を招いたということは乱暴な解釈であると考えられる。バッシング以前から減少は起こっていたのではないか。

他方、麻酔科医は遅れてではあるが、減少につながっており医療バッシングの影響も考えられるが、しかし、医師不足が問題となった時期とのギャップは十分に説明できない。

■まとめ

以上によれば、「医療には不確実性がある」にも関わらず、医療事故などに対する医療バッシングを医師に押し付けた結果、楽で収入の多い開業医への移転が起こった可能性はあるが(※追記参照※)、別の診療科への移転が起こったとは言えないことがわかった(注4)。

ではなぜ「医師不足」を感じるのだろうか?患者の急増、地域の格差、あるいは、医師の勤務環境(背景には医院の経営の問題があるのではないか)などが考えられるが、その検証を行うことは私には素人ゆえ難しい。どなたかにお譲りしたい。

追記:(2008/9/10)
MMさんより、診療所が増えたのは個人病院が減った影響であり、しかも、個人病院の減少は96-99にピークを迎えており、これを訴訟リスクを理由として説明することは難しい、とのご指摘をいただきました。ありがとうございます。とすると、
楽で収入の多い開業医への移転が起こった可能性はあるが
との記述は棄却されると思います。

(注1)週刊東洋経済2008年9月6日号「特集:不確実性の経済学 医師不足はなぜ起きたか」68頁。
(注2)ささいな点であるが、経済学でいう「不確実性」とここでいう不確実性は異なった用語であると思う。
(注3)これは大病院への患者集中を避けるために行った施策の影響もあるのではないだろうか。この点は、どのような政策が採られたか、慎重な検証が必要である。
(注4)もっとも、本特集記事を監修された権丈教授の著書では詳細な説明をなさっているのかもしれない。恥ずかしながら筆者はまだ拝読していないので、上記の結論はあくまで東洋経済の記事への議論であることにご留意いただきたい。権丈善一『医療政策は選挙で変える』を参照されたい。
posted by かんぞう at 11:40| Comment(2) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
訴訟リスクは無縁ではないし、この間の事件は起訴するのもどーよとも思いましたが、この手の主張は何とも...ですね。面白いエントリでした。

厚労省の医療施設調査の病院数、年次・開設者別18年版をみると、そもそも「病院」の数自体が1990年を境に減少しています。勤務先の割合の変化もこれで説明がつくかと。

中でも特に個人病院が90-96年の間に90年比で40%くらい減っています(99年の時点では同60%減少)。というか、大幅な減少は個人だけで(次は国立)、これは訴訟リスクのせいかとも思えます。

が、個人病院の減少は、絶対数では93-96年が、対前3年間の減少比では96-99年がピークで、いずれもその後は減少率は下がっています。98年に訴訟リスクが認識されはじめ、それが病院→開業医の大きな要因だとすると、98年の時点で個人病院が既にかなり減少していたこと、また、99-02年の対前3年間の減少率6%も下がっていること(および前述の諸々の点)の説明はつかないように思います。
Posted by MM at 2008年09月08日 04:11
ありがとうございます。感情的には大変な恨みをかってしまったお医者さんがいることに同情はするのですが、ジュリストでのお医者さんからの投稿や、この元となった主張をみていると、違和感を覚えずにはいられません。

「病院」自体が減っていたとのご指摘、ありがとうございます!医療施設調査を用いればよかったのですね。96-99が個人病院のピークになっているという点、1997年に健康保険の自己負担割合が一気に2倍になったことと関係しているのかもしれません。(もっとも2年でつぶれるか?という疑問はありますが)

経験談で恐縮ですが、当時通っていた耳鼻科の患者さんが、ぱったりと減った記憶はあります。
Posted by かんぞう at 2008年09月10日 22:08
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