2008年06月24日

[知財の本]書評:山崎茂雄ほか『デジタル時代の知的資産マネジメント』(白桃書房、2008年)

今年も知的財産に関する本が多数出版されている。良書も多く、追いつくだけで大変である。気分転換がてら、知的資産に関する薄めの本を買ってみた。

残念ながら、私にとって新しい発見となる点や、頭の整理につながる点が限られている本であったが、それはそれとして意義のある情報発信かもしれないのでここにまとめる。

なお、本書は6人の著書がそれぞれの章を執筆しているが、統一したテーマを膨らませている内容とはいえなかったので、それぞれの章を論文と見なして書評を書いた。

■興味深かった点:デジタル化と非営利組織
山崎茂雄「知的資産マネジメントのファイナンス論」、立岡浩「欧州諸国における映像コンテンツ公共非営利事業のマネジメントとその関連法システム」は、双方とも知的資産、とりわけ著作物(後者は映像の著作物についてであるし、前者も著作物を前提とした議論をされているように読める)の創出過程において、非営利組織の関与が進みつつあることを指摘している。
山崎准教授はこれを現状の観察の結果として述べており、立岡准教授は、実例としてイギリスにおいて映画製作に非営利組織が関与していることを紹介されている。

デジタル化とネットワーク化、さらに、関連する情報技術の進歩により、著作物を作り出すコストが減少し、伝統的な資金調達の枠組み(たとえば、営利法人による間接金融)に依らなくても著作物を創出できるという変化は理論的には考えられてきた(注1)。これが実際に起きつつあることを観察できる点で面白い。

立岡准教授は、著作物を中心とする知的資産の創出を行う、産業以外の組織のマネジメント方法の研究、および、政策検討の上での配慮が不足していると指摘している。私は組織マネジメントがわからないので研究状況は把握していないが、政策検討の上でこれらを意識することは重要であると思う。

なお、立岡准教授は法的マネジメントの確立も求めている。少なくとも著作権の処理については、著作権法が建前上、文化振興を目的としており、営利性により取り扱いを分けていないので、著作物を作り出す行為に関する法的マネジメントの議論を特に行う必要はない(注1)。組織マネジメントとしての法的マネジメント以外の点では検討すべき点は少ないだろう。

■疑問点:非営利組織の関与を促すことまでが必要か?
上記の点に関し、立岡准教授は著作物の創出、とくに映像コンテンツの創出に非営利組織が積極的に関与することについて、望ましいものと価値判断をされていることが窺える。その理由は、営利組織や政府組織に出来ない、社会性のあるコンテンツ創造に求めているものと読み取れる。

これを前提として、立岡准教授は映像コンテンツの創出に関わる非営利組織を政府が資金的に支援することが日本においても「必要」と述べられている。

私はこれには疑問である。伝統的な映像産業の事情を前提にすると、コンテンツの創出に多額の投資が必要であり、非営利組織の関与は困難であったから、政府による支援が欠かせなかったのであろう。これに政治的事情が加味されてイギリスでは映像コンテンツを創出する非営利組織への支援が伝統的に行われているものと考えられる。

しかし、同書で山崎准教授が指摘されているように、デジタル化、ネットワーク化により「誰でも」「多額の投資を要すること無く」コンテンツ創出に関与できるようになっているのである。このような背景の変化があるにもかかわらず、政府の支援が必要と価値判断するには合理性が乏しい(注3)。

■残念であった点
大変言いにくいのだが、同書の辻幸恵「知的資産とマーケティング」は、何が言いたいかもわからないし、テーマにそった議論を行っているようにも読めない(注4)。また、初歩的な誤りを含んでいるようにも感じた(注5)。その点が残念である。なお、同章に私が見逃している有意義な発見点が含まれている場合はどうかお教えいただきたい。

■頭の整理につながった点
ここまで述べてきたように疑問点がある章もあるが、本書は入門情報として役立つ章もあった。生越由美「知的資産と知財戦略」は、最近の知的財産を巡る動向、考え方のポイントをコンパクトにまとめている。林紘一郎「放送・通信の融合と著作権」は、ここ数年重要な課題となっている問題を非常にわかりやすく整理している。

(注1)すでに1980年代から指摘されていた。その時代に指摘していた方々の先見の明には強く学ばされる。
(注2)もっとも、著作権法が産業規律法に変容しているとも感じるところはある。
(注3)あるいは「非営利」であることを「善」とする先入観をお持ちなのかもしれないとも思う。が、私は「非営利組織」=「善」と即断することをおかしいと考える。当たり前であるが、非営利と言ってもそれは利潤を分配しないことを意味しているにすぎず、「採算をとっていない」「お金をとらない」ということではない。であるならば、営利性と非営利性で大きく価値判断を違える理由が無い。もし「お金をとらない」非営利組織があり、それが望ましいとしても、それは営利組織に比べると理論的には持続可能性に乏しい。そうすると「望ましい」状況は持続しない。そういう状況は「望ましくない」と判断する余地が十分にある。
(注4)構成を私の読解に従って概説すると、若者は携帯電話を使い、携帯電話上で映像を見るようになっている(第1節)、女子学生や子供は「目新しい」キャラクターや「なごむ」キャラクターを好む(第2節)、ブランドは重要である(第3節)、映像・音楽のデジタル配信が進んでいる(第4節)、多様な消費者ニーズに対応した映像の提供が重要である(第5節)、となっている。何が言いたいんだ…。
(注5)たとえば、映像作品のダビングが違法かと問うアンケートを若者に行った結果、コピーを良しとする回答が少なくなかったことを挙げ、「日本人は複製に寛容」と結論づけている(同書35頁)。アンケート調査の設問がわからないので即断は出来ないが、設問次第では「私的複製」を念頭において回答した可能性がある。また、別の箇所(本書41頁)ではキャラクターの「所有権」(なお、著作権とは別に所有権を挙げている)との関係で複製が出来ないと整理をされているように読める。仮に私の読解が正しければ、この箇所は明確な誤りである。さらに、アート的な作品は映像の作品と異なり、複製では価値が落ちる、と述べ、映像の特殊性を指摘されている(本書45頁)が、これは分類がメルクマールなのではなく、複製技術の問題にすぎない。(アート的な作品である写真は「複製物」が本物と同一の価値を有する)
posted by かんぞう at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ★知財の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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