2011年01月19日

[著作権]まねきTV事件最高裁判決のロジックに対する疑問点(tweet並の短さで簡単に)

(さっきの記事のエッセンスをざくっとまとめてみました)
最高裁判決についてはそのロジックに疑問がある。なぜ送信の主体をそのように言えるのかがわからない。
また、これまでの裁判例で示された規範と違って、直接の侵害行為として解釈されている。この解釈が一般化できるのであれば、相当に射程が広い規範になる。とんでもない影響を与えないだろうか。
posted by かんぞう at 04:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[著作権][時事]まねきTV事件最高裁判決のロジックを読み解く...試み

テレビ放送の転送サービスや楽曲のオンラインストレージサービスについては、複数の下級審例があった。例えば、選録見撮事件やMYUTA事件、そしてロクラク事件、まねきTV事件である。

とくに最後のまねきTV事件は、テレビ放送された番組を録画し特定の者に送信する機器を預かり管理するビジネスに対して、知的財産高等裁判所はその形態を詳細に検討した上で著作権侵害を否定したことから、さまざまな注目を浴びてきた。まねきTVのポイントは、1つの機器から1人のユーザーにしか送信を行わないところにあった。私的複製として反論できるように工夫されていた。

しかし、昨日(2010年1月18日)に下された同事件上告審の判決では、最高裁判所は原審の判断に不足があると認定し、審理を差し戻したようである。ここでは簡単にそのロジックを読み解いてみたい(そして、どうも私には自信が無いという微妙な雰囲気を感じ取っていただき、諸兄・姉のお教えを頂きたい...)。

■まねきTV事件最高裁判決のロジック:カラオケ法理ではなく「送信可能化」主体の解釈
まねきTV事件最高裁判決(最判H23・1・18(平成21(受)653)は、これまでの選録見撮事件やMYUTA事件、そしてまねきTV事件でとられた、いわゆる「カラオケ法理」(注1)−行為の支配性や営利性があれば直接侵害主体と看做す法理−に準拠しなかった。

最高裁判所は、(私の読み方が誤っていなければ)まねきTVが行っている行為は「公衆」への送信ではないものの、著作権法上、公衆送信権侵害の一つとなる送信可能化にあたると判断している(ただし、注意していただきたいのは、著作権侵害にあたると明示的には述べていない(注2))。

送信可能化にあたると評価したロジックが私には理解しづらいのだが、おそらく、次のロジックに立っていると私は解釈した。
・公衆が利用する回線に接続されており、情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置は、ある主体から公衆(他の主体)に送信を行っていれば自動公衆送信装置と評価できる(たとえ単一の機器宛に送信する機能しかなかったとしても)
→この装置に情報を入力する行為は送信可能化にあたる
→なお、自動公衆送信の主体とは、装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者と解するのが相当
→本件の自動公衆送信の主体はまねきTVサービス提供者であり、受信者は右主体から見ると不特定の者であり公衆である
→故に、上記の自動公衆送信装置で録画した放送番組を受信者(他の主体)に送信するように出来ることは送信可能化行為である
(→これが公衆送信権侵害にあたるかは、下級審で再審理される必要がある)

詳細な判決文(一部)は以下の通りである。
自動公衆送信が、当該装置に入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置の使用を前提としていることに鑑みると、その主体は、当該装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者と解するのが相当であり、当該装置が公衆の用に供されている電気通信回線に接続しており、これに継続的に情報が入力されている場合には、当該装置に情報を入力する者が送信の主体であると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、各ベースステーションは、インターネットに接続することにより、入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的にデジタルデータ化して送信する機能を有するものであり、本件サービスにおいては、ベースステーションがインターネットに接続しており、ベースステーションに情報が継続的に入力されている。被上告人は、ベースステーションを分配機を介するなどして自ら管理するテレビアンテナに接続し、当該テレビアンテナで受信された本件放送がベースステーションに継続的に入力されるように設定した上、ベースステーションをその事務所に設置し、これを管理しているというのであるから、利用者がベースステーションを所有しているとしても、ベースステーションに本件放送の入力をしている者は被上告人であり、ベースステーションを用いて行われる送信の主体は被上告人であるとみるのが相当である。そして、何人も、被上告人との関係等を問題にされることなく、被上告人と本件サービスを利用する契約を締結することにより同サービスを利用することができるのであって、送信の主体である被上告人からみて、本件サービスの利用者は不特定の者として公衆に当たる


■若干の検討
「装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者」を自動公衆送信の主体と規範的に判断した点がポイントであると思われるが、このことの影響は少なくないように思われる。

例えば、オンラインストレージや(それに類似しているが)ネットプリントサービスに影響を与えることが想定される。オンラインストレージ等はそのサービス提供者が自動公衆送信の主体となることは間違いないだろう。通常、利用者はクローズな場であると認識しているので、場合によっては利用者にとっての私的複製によって複製された著作物を、これらのオンラインストレージ等に取り込むことがある。

しかし、オンラインストレージからの送信主体は(私の理解が間違っていなければ)上記の最高裁判所の判断基準では、同サービスの提供者である。そのサービスの提供者から見れば、ユーザーは不特定多数にあたる。つまり、オンラインストレージへアップロードされたファイルを送信可能な状態にすることは、公衆への送信可能化行為と評価できる。判決ではそこから先へは踏み込まれていないものの、通常は公衆送信権侵害が素直に認められるだろう。

そうだとして、このような行為は、規範的に見て望ましくない行為なのだろうか。私にはそうは思えない。
最高裁判決のロジックを一般化できるとすると、その規範は妥当性に欠けていると私は思う(注3)。

■余談ではあるが:海外への配信サービスは実現してほしい
さて、これらの事件は、テレビ局が海外向けの配信を行っていないところ、海外から日本のテレビ放送を見たい、というニーズに対応したことにより生じたものである。

もちろん、テレビ局がオンデマンド型の配信に躊躇う理由はわかる。おそらく次の3つが主な者だろう。
・映像コンテンツはデータサイズが大きく、配信のためのプラットフォームへの多額の投資が求められる(悪いことに、番組制作費すら削る現状では投資はしづらい。なお、コンテンツに拠る収入を直接得るためには既存のプラットフォーム(Youtubeなど)は使うことが出来ない)。
・NHKを除けば、広告収入ビジネスモデルをとっているところ、オンデマンド配信は、時間や視聴率に応じた広告料設定というビジネスモデルの根幹を揺るがしかねないため手を出しづらい。(とくに国内でオンデマンドサービスをすると広告ビジネスモデルは崩壊する)
・契約慣行上、番組制作段階でオンデマンド配信(それどころか放送波での再放送すら)に関する許諾をとっていない場合が少なくない。また、海外での放送に関する許諾もとっていないばあいが少なくない。

だが、在外邦人は110万人(注4)、在外の日系人は200万人(注4)も存在し、しかも、海外の中では日本文化に親しみを持つ者も少なくない。日本国内の視聴率が落ちているのであるならば、海外に活路を見出すことも良いと思う。

とくに、私は在外邦人に触れる機会が少なくなかったため痛感しているのだが、在外邦人は日本のテレビ番組に飢えている。NHK BS以外のドラマ、バラエティが見たいと繰り替えす駐在員や学生は何人もいた。彼らの気持ちを思うと、なんとか海外向けオンデマンド配信を実現していただけないか…と思う。
(注1)やや古くなるが、本ブログで著作権の間接侵害に関する裁判所の判断基準のフローを整理している(2006年11月22日記事「[著作権]間接侵害についての整理」)。その中で、直接の侵害者と擬製するいわゆる「カラオケ法理」の一般化には批判があることに言及した。
(注2)考えにくいが、公衆送信権侵害について何らかの規範的な要素を加えた解釈がなされ、侵害にあたらないと判断される可能性もないわけではない。
(注3)ただし、最高裁判所が判決を書くにあたっては、知的財産権訴訟の知見を持つ方が調査官として携わっているはずである。そうであると、慎重な検討はなされているはずではある。あるいは私の読み間違いであるのかもしれない。
(注4)外務省『海外在留邦人数統計』
(注5)財団法人海外日系人協会調べ、
http://www.jadesas.or.jp/aboutnikkei/index.html
posted by かんぞう at 02:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

[時事]同じ不正アクセスでも大きな違い

平成21年に改正された不正競争防止法(平成22年7月1日施行)で営業秘密の不正領得行為が刑事罰の対象となってから、初めて同罪の嫌疑で逮捕された事例が登場した。

以下の時事通信の記事は大変良くまとまっている。加害目的の存在、管理侵害行為の存在、営業秘密としての価値および物理的管理の示唆など、不正競争防止法21条1項1号に当てはまっていることが短い中で記されている。警察側が積極的に流したい情報であったのか、時事通信に詳しい記者がいたのか気になるところである。
「サーバー侵入、営業秘密取得=不正競争防止法改正で初適用−会社社長逮捕・警視庁

中古パチンコ台販売会社などが加盟する〔組合の〕(中略)サーバーに侵入し、理事長が経営する会社の内部情報を取得したとして、警視庁ハイテク犯罪対策総合センターと上野署は…(中略)…不正競争防止法違反(営業秘密取得)容疑などで…(中略)…逮捕した。
…(中略)…「組合の顧問を首になり、理事長に恨みがあった」と供述。取得した情報を印字し、数回にわたり、複数の組合員に郵送したとみられる。
…(中略)…不正に手に入れたID、パスワードで組合のサーバーに侵入。理事長が経営する中古パチンコ台販売会社に損害を与える目的で、販売先や数量などの流通情報をダウンロードした疑い。」
(時事通信 1月14日(金)10時25分配信)

さて、報道を見る限り、今回嫌疑となった行為は不正アクセス行為を伴っているため、不正アクセス防止法(不正アクセス行為の禁止等に関する法律)でも刑事罰を受けうるものであるが、その罰則の上限の違いが極端に大きい。実際の運用がどのようになるかもまた、気になるところである。

 不正アクセス防止法 1年以下の懲役または50万円以下の罰金
 不正競争防止法   10年以下の懲役または1000万円以下の罰金(併科あり)
posted by かんぞう at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[つぶやき]ライバルを減らして、しかも、お客になってもらおう

私はアウトサイダーの人間であるので、勝手なことを言っている、という点はご承知置き頂きたい。居酒屋談義としてお読み頂きたい。

ここ数年、弁護士業界でも弁理士業界でも、「数が多すぎて『過当競争』になっている」という声や、質の低い資格保有者が目につくようになってきている」という声が聞こえる。

この中で、「数が多すぎて『過当競争』になっている」から「合格者をしぼるべきだ」との主張もあるが、これは不思議だ。次の二点の疑問がわく。
・これから合格者を絞ったとしても現在「過当競争」があるならば現状の改善にはならない。
・近年の合格者の「質が低い」ならば、競争において淘汰されるのは近年の合格者であり、既存の資格保有者にはダメージを与えない(雇用側の弁護士・弁理士にはダメージかもしれないが、法人格をとらず、個人事業主の集合体として運営すればダメージは少ないだろう)。

成り立つのは、「数が多すぎると『過当競争』になる恐れがある」から「合格者を絞るべきだ」という主張だろう。しかし、そうであるならば、どのような状態が「過当競争」であるかきちんとエビデンスを示すべきだ。

もちろん、「質の低い資格保有者が」増えており、「しかも通常資格取得だけでは不足で実務経験も欠かせないところ、近年、実務経験の機会が十分でなくなっている」ので「合格者を絞るべきだ」という主張は通ると思うが、既に発生している『過当競争』には対応出来ない。

そうだとすると、弁護士業界にせよ弁理士業界にせよ、取り組むべきは2つだ。「市場の拡大」と「ライバルの排除」だ。このとき、いずれの業界にも、「既存の資格保有者でベテランの人を卒業させて他業界で活躍させ、あわよくば、新たな市場獲得に貢献していたく」という取組を勧めたい。

弁護士はアメリカを筆頭に政治家として活躍する者が多い。日本でも官房長官や野党の党首などが弁護士資格を有している。政治家として立法活動が盛んになると、それに対応するための業務が求められるようになり、必然的に弁護士業界は(一時的に)潤う。

弁理士でも政治家となる者(首相)はいるが、市場を増やす観点では企業家としての活動が業界としては望ましいだろう。弁理士が事業創出をした例としては、XeroxのChester Carlsonが挙げられる。Carlsonは特許事務所での勤務の中で特許明細書の複写をしたいという思いを持ち、乾式複写技術を15年かけて開発し、その後、Haloid Photographic社(現Xerox)により商業化されている。しかもXerox社は多数の特許出願を行っている。おそらく、多くの特許代理人が潤ったことだろう。
posted by かんぞう at 14:37| Comment(2) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月06日

[つぶやき]要らないものを贈ることも社会的には重要なこと

先日、「[時事][特許]プレゼントを好きな物に換えることが出来るビジネスモデル特許についての雑感」で、不要な贈り物を欲しいものに変えることについて触れたところ、ある方から贈与行為は人類の歴史から見ても奥深いものだと教えて頂いた。

さしあたって、マルセル・モース(著)=有地亨(訳)『贈与論』(勁草書房、2008年)が役に立つとのことであった。かいつまむと、全く不要な物品の贈与によって相互の文化交流や関係確認を行っていることが世界には存在するらしい。なるほど、そうであるとすると、エチケット評論家がコメントするものわかる気が…。
posted by かんぞう at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月02日

[特許]特許要件を欠く発明に係る特許を受ける権利の侵害(毒餌誘引用ボックス事件)

東京地判H22.12.24(平成21(ワ)8813)最高裁判所Webサイト

■事実の概要
本件の主な事実関係は以下の通りである。
原告の代表者が毒餌誘引用ボックスに関する考案(以下、原告発明という)を行い、被告に対し提示をしたことを契機に、原告と被告は毒餌誘引用ボックスの共同開発を行うこととなった。その後、原告のアドバイスを受け、被告が原告発明を含む毒餌誘引用ボックスの考案を完成させ、原告の代表者を共同考案者とし、被告を単独の権利者とする、毒餌誘引用ボックスの考案についての実用新案登録出願(2008年6月4日出願、同年7月23日登録。以下、本件実用新案権という)を行った。しかし、2008円10月24日、本件実用新案権の放棄の手続がとられた。なお、登録後の2008年10月から本考案の実施品が被告により発売されている。

■原告の請求と被告の主張
原告は、原告発明を利用した本件考案について実用新案を受ける権利を承継していないと主張し、主位的には特許を受ける権利を損なったことが不法行為に該当するとして損害賠償を、予備的に商法512条に基づく報酬(営業の範囲内で行った他人のための行為に対する報酬請求権)を請求した。
これに対して被告は、主位的請求に対する反論として、原告発明は新規性、および、進歩性を欠くこと、予備的請求に対する反論として、被告から原告への委託はなかったこと、また、原告が提供した情報は新規性・進歩性を欠く無益な情報であり「他人のため」にしたことといえないことを挙げた。

■判旨
□特許受ける権利の侵害について
被告の反論の通り、原告発明は新規性および進歩性を欠くために特許を受ける権利を享受しないとして以下のように述べ請求を認めなかった。
原告発明1、2のいずれについても特許要件が認められず、原告発明について「特許を受ける権利」の侵害を観念することはできないから、被告による本件実用新案登録出願、本件実用新案権の放棄が原告の特許を受ける権利を侵害したとすることはできない

□報酬請求権について
以下のように述べ、請求を認めなかった。
被告製品は、そもそも原告と被告の共同開発品という位置付けだったのであり…(中略)…、A〔引用者注:原告代表者〕による上記の様々な意見やアドバイスも、共同開発者としての原告自身の利益を図るために行われたものということができるのであって、必ずしも被告に利益を与える意思で、被告のために行われたものと認めることはできない。
したがって、本件において、原告は、客観的にみて被告のためにする意思をもって被告製品の開発に関与したと認めることはできないから、被告に対し、商法512条の規定に基づく報酬金を請求することはできないというべきである。

■コメント
共同開発に至る場合には何らかの覚え書きを交わしておくことの必要性を表す事案であるとして、実務上示唆的な案件である。
特許法解釈の観点からは、特許を受ける権利の侵害の観念にあたって特許要件の充足を求めた点が気になる。というのも、前提が大きく異なるものの、職務発明の承継に基づく対価が問題となる場面では、特許を受ける権利の承継とそれによる対価請求権は認めつつ、新規性、進歩性を欠く場合には独占的利益を否定して、結果的に請求を退ける例(注1)が見られており、一見すると、異なる判断を示す裁判例があるように思われるからである。他の前例や学説についても調べたいところであるが、これは後日…。
(注1)例えば大阪地判H19.7.26.(平成18(ワ)7073号)。
posted by かんぞう at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

[時事][特許]プレゼントを好きな物に換えることが出来るビジネスモデル特許についての雑感

欲しくないプレゼントを自分の好みの商品に交換してもらうビジネスモデルに関する米国の特許権(US7831439)をAmazon.comが2010年11月9日に取得したと、朝日新聞(注1)で報じられている。

米国でのビジネスモデル特許については、2010年6月に示されたBilski事件連邦最高裁判決(注2)で裁判官の意見がまっぷたつに分かれた中でかろうじて特許対象として適格であると示されたものの、今後の判断基準は厳しくなるとの予想も示されている(注3)中、米国特許商標庁が下した一つの審査結果として興味深い。

主なクレーム(請求項1)は以下の通りである。素人目には単なる抽象的なアイデア…と思えないこともあるが、おそらく、クレームの書き方に優れた点があったのだろう。しかし、筆者にはその分析力が無いため、ここでは言及できない。
A computer-implemented data processing system comprising: a memory that stores gift conversion rules; and a processor in communication with the memory that: generates auser interface configured to permit a gift sender to order a product as a gift for a gift recipient via a network service; and executes gift conversion logic that permits the gift recipient to specify the gift conversion rules, wherein the giftconversion rules specified by the gift recipient define a manner in which gifts purchased for the gift recipient may be automatically converted, wherein at least one gift conversion rule identifies the gift sender who has ordered a product as a gift forthe gift recipient, such that whether the gift is converted is determined based at least in part on the identity of the gift sender specified in the at least one gift conversion rule.


さて、今回はこの特許が実現するであろうビジネスモデルについて、社会的な価値観に与える影響について触れたい。

先述の朝日新聞や元ネタであるWashington Post紙から以下のように引用している。
ただ、異論も出ている。読者の声を紹介した28日付同紙には「すばらしい。がらくたになってしまうものを消費者がコントロールできるようになるから」という賛成意見とともに、「もともと贈り物はサプライズであるはず。とんでもない」「相手が欲しいものがわからないなら、(そもそも贈り物などをせず)チャリティーに寄付をすべきだ」「できることと、すべきことは違う」といった反対意見が掲載されている。


これだけだと、「何が悪いのか?」という疑問がわく。簡単にいえばこうだ。
・相手が欲しいものだけを贈り物として受け取れるようにすることに反対との考えを持つ人が贈り主になる場合→合理的にはそのようなサービスを使わないから問題ない
・相手が欲しくないものは交換されてもかまわないとの考えを持つ人が贈り主になる場合→そのようなサービスを使うことになっても問題ない
・相手が欲しいものだけを贈り物として受け取れるようにすることに反対との考えを持つ人が贈り物を受け取る側になる場合→相手の品物を拒否しないので問題ない
・相手が欲しくないものは交換されてもかまわないとの考えを持つ人が贈り物を受け取る側になる場合→すごくハッピー
…というわけで、個人に着目すると誰も困らない。

元となったWashington Post紙のWeb記事を見ると、「消費者の行動を変えてしまうことに反発が生じるのではないか」との消費評論家の意見や、「相手があなたにその物を贈りたいと時間を使ったことを尊重すべき」とのエチケット評論家の意見が、主な反対意見として掲載されていた。

贈り物を単なる物に化体した価値の贈与と見れば、反対意見は全く的外れに見えるだろう。他方、贈り物はその物を通した人間間の紐帯の構築・維持・強化だと見れば反対意見にはうなずけるかもしれない。しかし、反対意見の考え方を貫徹すれば贈り物は捨てがたい物になってしまうように思われる。贈り物の負のインセンティブになるのであらば、人間間の関係強化を図る機能が損なわれてくるだろう。だから私は反対意見には納得できない。

Amazon.comのこの特許は「単なる抽象的なアイデア」に留まらない「何か深遠なところに触れる抽象的なアイデア」であるように思われる。法律的な面から離れても面白い特許だった。
(注1)朝日新聞(2010年12月29日朝刊)「気に入らぬ贈り物、受け取らず別の物に 米アマゾン特許」、asahi.comで閲覧可能。
(注2)Bilski et al. v. Kappos, No. 08-964, 561 U.S. ___ (2010).
(注3)吉田哲「米国Bilski判決が示す米国司法界の選択(上)(中)(下)」『日経BP知財Awareness』(2010年9月10日〜16日連載記事)、日経BP知財Awarenessで閲覧可能。
(注3)The Washington Post (Dec. 27, 2010), "Amazon patents procedure to let recipients avoid undesirable gifts", available at here, (accessed on Jan. 1, 2011).
posted by かんぞう at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[つぶやき]半年間、放置してしまい申し訳ありませんでした

管理人のかんぞうです。

一昨年から私の時間管理がまずかったことで仕事もどうしようもなく忙しくなってしまっていたのですが、昨年夏、そこに体調不良が重なってしまって、すっかり勉強をする時間と気力がなくなってしまいました。お恥ずかしい限りです。
コメントを下さっていた方、ときどきこのブログをご覧頂いていた方、大変申し訳ありませんでした。(とくに、サイバー様、貴重なコメントを頂いていたにも関わらず、お応えできなかったこと、お詫び申し上げます。)

勉強をしないということは悪循環であったようで、ますます気力がそがれていくのを実感しました。私にとっては、知的財産関係のニュースや論文に触れることがいかに気力を湧かせるものかがわかった半年間でした。
これからは、知的財産に関する雑多なことをこれからもポツポツと流していきたいと思います。
posted by かんぞう at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。