2010年06月10日

[意匠]意匠制度はどの方向に進むべきか:韓国を参考とする道も考えられる

松尾和子「意匠制度の将来」早稲田大学知的財産法制研究センター第31回研究会(2010年6月4日、東京開催)聴講メモ

本講義では活気のない意匠登録制度に刺激を与えるためにはどうすれば良いか?を考察したもの。大変広い視野で制度の在り方を俯瞰されており、多いに勉強になった。松尾先生のおっしゃっていたメッセージのいくつかをまとめるとともに、先生の講義を拝聴して考え、まとめた私見(拙いものであるが…)を述べたい。

本概要は筆者の責任でまとめたものであり、講義の正しい記録ではなく、講義を聞いて筆者の言葉で整理したものとご理解いただきたい。内容に含まれる誤りは全て筆者に帰する。正式な講義記録は年末に早稲田大学知的財産法制研究センターを通じて発表されるものと考えられる。引用される際は本記事ではなくそちらを参照していただきたい。

このような有益な示唆を得られる場を提供していただいた早稲田大学知的財産法制研究センターには改めて感謝したい。


■講義メモ
□世界の意匠制度の動き

世界の意匠制度を見ると以下のような動きがある。それぞれの国であるべき制度が探求されている。
・韓国では2010年1月から無審査・組物意匠の対象が拡大した(新たに無審査となったものは、靴、事務用品)。また、図面の要件も簡素化した。さらに2010年4月2012年からのヘーグ協定加盟に伴い備えて、同一の製品区分であれば100個の意匠を同時に出願可能となる(多意匠一出願)。(2011/1/1修正)

□制度改革・改善の方向性
問題意識の根底にある思想は以下のとおり。
・審査主義に凝り固まっていないか。
・企業側も審査された権利に依存しすぎていないか。
・デザイン創作活動の全体(マーケティング→デザイン開発(模倣対策を含む)→意匠権獲得)を意匠権がきちんと捉えているか。
ここから具体的に以下の3つの問題を考察する。
1)保護対象をどう考えるか
2)意匠権の形成手続きをどう改善するのが適当か
3)審査主義を修正する余地はないか

□保護対象をどう考えるか
古くから意匠と物品を不可分一体と見るかについては分かれていた。この背景には、意匠法は何を守っているか、という根幹に対する理解の違いから生まれたもの。しかし、意匠と物品の可分性については政策上合目的的に考えてよいのではないか。
欧州、米国では保護の範囲が有体性に関わらず法目的から決定されている(例えば、米国では動画の意匠も登録可能である(登録例として、USD577035、USD602498))。
実際、日本でも平成9年改正で部分意匠を加え、平成18年改正で画面デザインを追加しており、物品概念に操作を加えていると言える。
今後登場する新たな形態のインダストリアル・デザインがあるであろうことを考えると、有体の物品にこだわる必要はない。市場における取引の対象となるかで判断すればよい(もちろん、他の知的財産法との棲み分けを考慮する必要はあるが)。

□意匠権の形成手続きをどう改善するのが適当か
(1)多意匠一出願を容れる
一意匠一出願では意匠法施行規則別表が定める2,400の区分から「物品の区分」を選ばなければならず、また、「意匠ごと」に登録をしなければならない。
しかし、「区分」という言葉を用いていることから抽象的・概念的な物品が想定されていると解釈でき、一意匠を一の物品に罹る一の形態と狭く解釈すべき根拠はどこにもない(峯唯夫「意匠法第7条についての考察」『牛木理一先生古稀記念 意匠法及び周辺法の現代的課題』(2005年)249頁)。バリエーションを一出願の中に含むことができる余地は現行の意匠法にあるように思われる。

(2)図面の簡素化
日本では原則として6面図が要求される。非常に細かいため、気を使う(たとえば、しわがある場合、これが6面図の中で一致していないと、異なる意匠と判断されかねない)。しかし、欧州や韓国の運用(2010年1月から)は簡素な図面でよいとしている。
図面に対するコストが出願人の負担になっている現状がある。図面の簡素化を日本でも採ることが望ましい。ただし、峯弁理士の主張されるように、図面を補完するものとして意匠創作の思想、意図を述べたものを求めるようにすることが適切である。

(3)組物意匠の制度改善
日本では組物に関する詳細な物品表が設けられているが、これだと自由度に乏しい。また、同じ組物(またはその類似のもの)にしか権利が及ばないため、権利の実効性に乏しいとの指摘が実務上あがっている。間接侵害規定を充実させるべきである。

□審査主義を修正する余地はないか
ライフサイクルが短い製品、多品種小生産量の製品、デザイナー自身がデザインしたもの(デザイナーの立場が弱いためにデザイナーは資力がない)については、審査主義の下では意匠登録に向かわない。無審査主義を併存させる選択肢がありうるのではないか。
たとえば創作非容易性(意匠法3条2項)の審査を行わないとの考え方も採りうる。この考え方は侵害訴訟の場面で当事者の主張に基づき裁判所に判断させるというものである。この際、創作のポイントを出願段階で書かせることが併せて求められる〔筆者注:ただし、聴衆からは特徴記載との差異についてコメントがあった。〕。
また、公序良俗違反、混同を生じさせる意匠、機能のみの意匠を非登録とする実体審査(意匠法5条)も行わないとの考え方も採りうる。不正競争防止に基づく考え方であるが、これらの判断は当事者に委ねても良いのではないか。
さらに、一部物品に限って無審査主義とすることも考えられる。
これに加えて、デザイナーを保護するためにデザイン創作権という新たな権利を創設することも選択肢である。

■私見
□政策検討の材料として比較法研究の対象として韓国法をターゲットにすることも考えられる

松尾先生の提案されているところをまとめると、韓国の意匠制度(2010年改正も含む)に近いところがある。韓国に揃えるべきという価値判断から出発されたのでなく、デザイン活動を守るという視点から出発されての結論であることを考えると、面白い。
韓国はインダストリアルデザインの振興に努めており、意匠制度の磨き上げに対して力を入れている可能性がある。意匠制度の在り方を政策的に検討するあたっては、比較してよい材料なのかもしれない。
しかし、管見の限り日本で韓国のデザイン政策、意匠保護政策の立案プロセスを詳細に説明した資料は少ない。韓国法研究者からこれらの情報発信がなされるとありがたい。

なお、欧州の意匠制度との比較も参考になることは間違いないが、物品性概念がないために、例えば、新規性、捜索費容易性の判断は全物品を対象として行われると理解されている(注1)。制度設計の在り方について欧州の制度と韓国の制度を比較することも面白い。

□デザインの創作活動保護法としての再検討の必要性
意匠法制定時(明治32年に起源をもち、昭和34年に現行法体系が完成)や意匠法の学説が固まったとき(高田教授ら)には現状の不正競争防止法の体系はなく、両者の棲み分けは明確でなかった。今一度、デザインの創作活動の保護としての法制度の在り方を検討しても良いのかもしれない。
もっとも、その際に事業者を保護の程度と、デザイナーの保護の程度のバランスを図らなければならない。
例えば、無審査制度とすると小規模な事業者の権利取得には有効であるが、例えば税関で模倣物品を迅速に排除するためには不利に働くことが考えられる。無審査制度を容れるとしても松尾先生の提案のように部分的なものとするべきだろう。

□デザインの創作活動保護法としての再検討から浮かび上がる著作権制度への疑問
さて、ここで一つの疑問がわく。デザイン活動の保護、という観点で、なぜ著作権法によるダブルトラックでの保護(いわゆる応用美術も著作権で完全に保護すること)の提案がわいてこないのだろうか。フランスでは重複保護を行っており、二重保護は必ずしも法制度として違和感のあるものではない。

これを合理的に説明するには2つの可能性がある。
1)デザイナーの立場があまりに弱いか、デザイン活動が日本の経済活動の中で軽視されていて政策議論の対象となっていない
2)著作権法の枠組みがデザイン活動の保護に適切でないとデザイナー側が理解している

1)である可能性も乏しくないが、あわせて、2)の状況がある可能性はないだろうか。

たとえば、翻案権に加えて譲渡不可能な同一性保持権は、流行、製造コストなどによって表現の範囲に制約のあるインダストリアル・デザインにとっては、望ましくない権利であるかもしれない。また、10年〜20年でデザインサイクルがあると言われている中、死後数十年に及ぶ超長期の権利は障害以外の何者でもないのかもしれない。

著作権制度は古典的著作物(例えば、美術作品など有体物と一体として取り扱われることが前提であるもの)の創作活動を守ることには最適化しているが、それ以外に最適であるかどうか疑問がある。
そうはいってもビジネスは現状のルールを前提に動いてきている。現在の権利者の方の多く(つまり現状のルールにきちんと対応し勝ち残れた方々)はその制度について根底から覆す動機付けは持たない。
だからこそ、「権利者」以外で創作活動を行っている人の意見も聞いた方がいいように思うのだが…。

(注1)英国高等法院判決([2008] EWCA Civ. 3)により明確にされた。y.aizawaさんのブログ記事(2008年5月28日)「イギリス:共同体意匠権の有効性と保護範囲に新たな判断」『Aizawa's v66v 海外IP News&Tips』が大変参考になる。
posted by かんぞう at 16:26| Comment(8) | TrackBack(0) | ☆意匠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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