2010年06月17日

[つぶやき]日本知財学会第8回年次学術研究発表会

今年は所用が重なり、著作権法学会も工業所有権法学会も大変残念なことに参加できなかった。
その代わりに今週末にある日本知財学会の第8回年次学術研究発表会で発表をする(内容は非常にささやかなものなのでこの場には恥ずかしくて書けません…)。
いろいろな方と意見交換できる場は貴重でありがたい。せめて時間の無駄と思われないよう、発表の仕方も工夫しないと…と、プレゼンの準備をひたすらに行っている。
posted by かんぞう at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月10日

[意匠]意匠制度はどの方向に進むべきか:韓国を参考とする道も考えられる

松尾和子「意匠制度の将来」早稲田大学知的財産法制研究センター第31回研究会(2010年6月4日、東京開催)聴講メモ

本講義では活気のない意匠登録制度に刺激を与えるためにはどうすれば良いか?を考察したもの。大変広い視野で制度の在り方を俯瞰されており、多いに勉強になった。松尾先生のおっしゃっていたメッセージのいくつかをまとめるとともに、先生の講義を拝聴して考え、まとめた私見(拙いものであるが…)を述べたい。

本概要は筆者の責任でまとめたものであり、講義の正しい記録ではなく、講義を聞いて筆者の言葉で整理したものとご理解いただきたい。内容に含まれる誤りは全て筆者に帰する。正式な講義記録は年末に早稲田大学知的財産法制研究センターを通じて発表されるものと考えられる。引用される際は本記事ではなくそちらを参照していただきたい。

このような有益な示唆を得られる場を提供していただいた早稲田大学知的財産法制研究センターには改めて感謝したい。


■講義メモ
□世界の意匠制度の動き

世界の意匠制度を見ると以下のような動きがある。それぞれの国であるべき制度が探求されている。
・韓国では2010年1月から無審査・組物意匠の対象が拡大した(新たに無審査となったものは、靴、事務用品)。また、図面の要件も簡素化した。さらに2010年4月2012年からのヘーグ協定加盟に伴い備えて、同一の製品区分であれば100個の意匠を同時に出願可能となる(多意匠一出願)。(2011/1/1修正)

□制度改革・改善の方向性
問題意識の根底にある思想は以下のとおり。
・審査主義に凝り固まっていないか。
・企業側も審査された権利に依存しすぎていないか。
・デザイン創作活動の全体(マーケティング→デザイン開発(模倣対策を含む)→意匠権獲得)を意匠権がきちんと捉えているか。
ここから具体的に以下の3つの問題を考察する。
1)保護対象をどう考えるか
2)意匠権の形成手続きをどう改善するのが適当か
3)審査主義を修正する余地はないか

□保護対象をどう考えるか
古くから意匠と物品を不可分一体と見るかについては分かれていた。この背景には、意匠法は何を守っているか、という根幹に対する理解の違いから生まれたもの。しかし、意匠と物品の可分性については政策上合目的的に考えてよいのではないか。
欧州、米国では保護の範囲が有体性に関わらず法目的から決定されている(例えば、米国では動画の意匠も登録可能である(登録例として、USD577035、USD602498))。
実際、日本でも平成9年改正で部分意匠を加え、平成18年改正で画面デザインを追加しており、物品概念に操作を加えていると言える。
今後登場する新たな形態のインダストリアル・デザインがあるであろうことを考えると、有体の物品にこだわる必要はない。市場における取引の対象となるかで判断すればよい(もちろん、他の知的財産法との棲み分けを考慮する必要はあるが)。

□意匠権の形成手続きをどう改善するのが適当か
(1)多意匠一出願を容れる
一意匠一出願では意匠法施行規則別表が定める2,400の区分から「物品の区分」を選ばなければならず、また、「意匠ごと」に登録をしなければならない。
しかし、「区分」という言葉を用いていることから抽象的・概念的な物品が想定されていると解釈でき、一意匠を一の物品に罹る一の形態と狭く解釈すべき根拠はどこにもない(峯唯夫「意匠法第7条についての考察」『牛木理一先生古稀記念 意匠法及び周辺法の現代的課題』(2005年)249頁)。バリエーションを一出願の中に含むことができる余地は現行の意匠法にあるように思われる。

(2)図面の簡素化
日本では原則として6面図が要求される。非常に細かいため、気を使う(たとえば、しわがある場合、これが6面図の中で一致していないと、異なる意匠と判断されかねない)。しかし、欧州や韓国の運用(2010年1月から)は簡素な図面でよいとしている。
図面に対するコストが出願人の負担になっている現状がある。図面の簡素化を日本でも採ることが望ましい。ただし、峯弁理士の主張されるように、図面を補完するものとして意匠創作の思想、意図を述べたものを求めるようにすることが適切である。

(3)組物意匠の制度改善
日本では組物に関する詳細な物品表が設けられているが、これだと自由度に乏しい。また、同じ組物(またはその類似のもの)にしか権利が及ばないため、権利の実効性に乏しいとの指摘が実務上あがっている。間接侵害規定を充実させるべきである。

□審査主義を修正する余地はないか
ライフサイクルが短い製品、多品種小生産量の製品、デザイナー自身がデザインしたもの(デザイナーの立場が弱いためにデザイナーは資力がない)については、審査主義の下では意匠登録に向かわない。無審査主義を併存させる選択肢がありうるのではないか。
たとえば創作非容易性(意匠法3条2項)の審査を行わないとの考え方も採りうる。この考え方は侵害訴訟の場面で当事者の主張に基づき裁判所に判断させるというものである。この際、創作のポイントを出願段階で書かせることが併せて求められる〔筆者注:ただし、聴衆からは特徴記載との差異についてコメントがあった。〕。
また、公序良俗違反、混同を生じさせる意匠、機能のみの意匠を非登録とする実体審査(意匠法5条)も行わないとの考え方も採りうる。不正競争防止に基づく考え方であるが、これらの判断は当事者に委ねても良いのではないか。
さらに、一部物品に限って無審査主義とすることも考えられる。
これに加えて、デザイナーを保護するためにデザイン創作権という新たな権利を創設することも選択肢である。

■私見
□政策検討の材料として比較法研究の対象として韓国法をターゲットにすることも考えられる

松尾先生の提案されているところをまとめると、韓国の意匠制度(2010年改正も含む)に近いところがある。韓国に揃えるべきという価値判断から出発されたのでなく、デザイン活動を守るという視点から出発されての結論であることを考えると、面白い。
韓国はインダストリアルデザインの振興に努めており、意匠制度の磨き上げに対して力を入れている可能性がある。意匠制度の在り方を政策的に検討するあたっては、比較してよい材料なのかもしれない。
しかし、管見の限り日本で韓国のデザイン政策、意匠保護政策の立案プロセスを詳細に説明した資料は少ない。韓国法研究者からこれらの情報発信がなされるとありがたい。

なお、欧州の意匠制度との比較も参考になることは間違いないが、物品性概念がないために、例えば、新規性、捜索費容易性の判断は全物品を対象として行われると理解されている(注1)。制度設計の在り方について欧州の制度と韓国の制度を比較することも面白い。

□デザインの創作活動保護法としての再検討の必要性
意匠法制定時(明治32年に起源をもち、昭和34年に現行法体系が完成)や意匠法の学説が固まったとき(高田教授ら)には現状の不正競争防止法の体系はなく、両者の棲み分けは明確でなかった。今一度、デザインの創作活動の保護としての法制度の在り方を検討しても良いのかもしれない。
もっとも、その際に事業者を保護の程度と、デザイナーの保護の程度のバランスを図らなければならない。
例えば、無審査制度とすると小規模な事業者の権利取得には有効であるが、例えば税関で模倣物品を迅速に排除するためには不利に働くことが考えられる。無審査制度を容れるとしても松尾先生の提案のように部分的なものとするべきだろう。

□デザインの創作活動保護法としての再検討から浮かび上がる著作権制度への疑問
さて、ここで一つの疑問がわく。デザイン活動の保護、という観点で、なぜ著作権法によるダブルトラックでの保護(いわゆる応用美術も著作権で完全に保護すること)の提案がわいてこないのだろうか。フランスでは重複保護を行っており、二重保護は必ずしも法制度として違和感のあるものではない。

これを合理的に説明するには2つの可能性がある。
1)デザイナーの立場があまりに弱いか、デザイン活動が日本の経済活動の中で軽視されていて政策議論の対象となっていない
2)著作権法の枠組みがデザイン活動の保護に適切でないとデザイナー側が理解している

1)である可能性も乏しくないが、あわせて、2)の状況がある可能性はないだろうか。

たとえば、翻案権に加えて譲渡不可能な同一性保持権は、流行、製造コストなどによって表現の範囲に制約のあるインダストリアル・デザインにとっては、望ましくない権利であるかもしれない。また、10年〜20年でデザインサイクルがあると言われている中、死後数十年に及ぶ超長期の権利は障害以外の何者でもないのかもしれない。

著作権制度は古典的著作物(例えば、美術作品など有体物と一体として取り扱われることが前提であるもの)の創作活動を守ることには最適化しているが、それ以外に最適であるかどうか疑問がある。
そうはいってもビジネスは現状のルールを前提に動いてきている。現在の権利者の方の多く(つまり現状のルールにきちんと対応し勝ち残れた方々)はその制度について根底から覆す動機付けは持たない。
だからこそ、「権利者」以外で創作活動を行っている人の意見も聞いた方がいいように思うのだが…。

(注1)英国高等法院判決([2008] EWCA Civ. 3)により明確にされた。y.aizawaさんのブログ記事(2008年5月28日)「イギリス:共同体意匠権の有効性と保護範囲に新たな判断」『Aizawa's v66v 海外IP News&Tips』が大変参考になる。
posted by かんぞう at 16:26| Comment(8) | TrackBack(0) | ☆意匠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

[特許]冒認出願に対する真の権利者からの移転請求制度導入にあたって必要な立法的対処

産業構造審議会 知的財産政策部会 特許制度小委員会で、特許制度の根に関わる重要なテーマが議論されている。その中に、冒認出願に関する救済措置の整備が挙げられている。
長らく実務側から要望されていた、冒認出願に対する真の権利者からの移転請求制度導入が検討されている。

その中で、移転請求と侵害訴訟についての論点が気になった。私としては立法的対処が必要な点であると考える。

■移転請求と侵害訴訟についての論点
特許庁「冒認出願に関する救済措置の整備について」産業構造審議会 知的財産政策部会 第27回特許制度小委員会 資料3(2010年)13頁には、冒認者の権利行使に対する抗弁の主張に関連して、「移転請求制度を導入した場合であっても、冒認者の権利行使に対する抗弁の主張は、真の権利者以外の者にも可能とするべき」
とし、その上で以下のように述べている。
「なお、真の権利者の救済を目的として移転請求制度を導入する趣旨からすれば、真の権利者に特許権が帰属した後においては、真の権利者による権利行使が否定されないこととすることが妥当である。」

これは、次の2つの意味で読むことができる。さて、後者の読み方をして良いものだろうか。
・侵害訴訟が係属中であれば、真の権利者への特許権の移転により抗弁の基礎となる事情が治癒することを確認する趣旨。
・冒認出願に基づく抗弁が採用され請求棄却の侵害訴訟が確定した後であれば、真の権利者への特許権の移転により、再審請求が可能とする趣旨。

■私見:再審請求を可能とすべきかも含めて立法的対処が必要
再審を認めると、侵害者とされた第三者の法的な立場は不安定になる(もっとも、真の権利者への移転前に侵害訴訟が結審する事例はそれほど多くないのではないかと想定される)。他方で、真の権利者の救済につながることは間違いない(もっとも、真の権利者には侵害訴訟が結審するまで放置していた――ただし、侵害訴訟発生の事実は真の権利者には覚知し得ないが――という落ち度があると評価もできる)。

私見では、冒認出願の抗弁を行った時点で真の権利者の存在を覚知しているのであるから、侵害者の立場の保護は、真の権利者の救済より劣後してよいと思う。結論として、再審は認められてよいと考えている。

いずれにせよ、抗弁の基礎となる事実が解消された場合として一般的には評価出来ると考えられ、民事訴訟法338条1項に掲げる再審事由のいずれにもあたらないものと私は考える。そうであると再審を認めるのであれば立法的対処が必要となる。
posted by かんぞう at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月06日

[特許]侵害訴訟での無効抗弁のダブルトラック化での無効審判・訂正審判の結果の取り扱いに関する覚え書き

高部真規子「特許の無効と訂正をめぐる諸問題」知的財産法政策学研究24号(2009年)1頁-24頁(北大Webサイトで入手可能)読書メモ

無効審判、訂正審判、侵害訴訟の帰趨相互の関係を網羅的に整理したもの。実務上の重要な俯瞰ができるうえ、立法的課題も明確にしている。

■論文の中で筆者が学んだ点
・侵害訴訟で請求認容後、無効審決が確定した場合、104条の3が制定された現在においてこれが再審事由となるかについては、見解が分かれている。再審事由にあたるとの見解もある一方、民事訴訟法338条1項但し書きを類推適用、または、その趣旨をふまえて信義則違反とすることにより再審を常に否定、または、否定する場合があるとの見解も存在する(高部判事は後者を採っている。)。紛争の一回的解決を目指すのであれば、本来は立法的な手当として、ダブルトラック下における調整規定が必要であった(11頁)。
参考:民事訴訟法338条1項但し書き
ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
・侵害訴訟で請求棄却後、訂正審決が確定した場合、〔ナイフの加工装置〕事件最高裁判決(最判平成20年4月24日民集62巻5号1262頁)の法廷意見(なお、同事件は侵害訴訟の上告審が継続中の事案であり前提が異なる)に基づくと再審の余地があると考えられるが、これだと特許権者は蒸し返しのために訂正を悪用できる。高部判事は、訴訟上の信義に反するとして際しひんを否定すべきと主張されている。
・侵害訴訟で請求認容後、訂正審決が確定した場合、〔ナイフの加工装置〕事件最高裁判決(最判平成20年4月24日民集62巻5号1262頁)の泉判事意見に基づくと再審の余地がある。この場合、無効審決の場合(一番上のナカグロ)のように再審を申し立てる側(侵害者)は訂正を申し立てることはできないので、これを侵害訴訟中に行わなかったからといって訴訟上の信義則に反するという処理をすることはできない。しかし、侵害訴訟で請求認容後、無効審決が確定した場合とのバランスを考えれば再審を制限する余地があるのではないか(ただしその手法は立法による)と高部判事は指摘されている。

■(追記:2010/06/07)立法的対処の検討状況
現在、産構審知的財財産政策部会で議論が進んでいる。論点がわかりやすくまとめられている資料として、特許庁「特許制度に関する法制的な課題について」産業構造審議会知的財産政策部会 第25回特許制度小委員会 資料3(2010年)参照。
posted by かんぞう at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

[知財一般][著作権]法の正当化過程:著作権保護期間延長を求めるのであれば審議会委員の選考の中立性を権利者側が求めてみたほうが戦略的に良いのでは?

法律の正当化にあたって政策プロセスに着目するアプローチも悪くない、とくに、法の経済学分析との関係では良さがある、と述べる論稿(得津(2009))(注1)に、知的財産権に関する言及があった。考えさせられる点があるので、拙いながらも考察を加えたい。

なお、同論稿は日本における法の経済学分析の中で大きな力を与えている藤田友敬教授、森田果准教授の採る考えの根底にあると思われる点への疑問点を述べたものである。具体的には両教授とも国家の介入の正当性については実証を伴うべきであるとの考え(以下では便宜的に「実証主義的な法の経済学的分析アプローチ」と呼んでみる)であるように見える(注2)が、常に実証可能なものだけではなくそのような考えを一貫することは難しいし、他にも正当性が担保できる場合がある、との指摘を行っているものである。

■実証主義的な法の経済学的分析アプローチから見た知的財産権制度
創作インセンティブ説から知的財産権制度が説明できるとすると、以下のように評価できるという。
「知的財産権制度によって効率性〔筆者注:具体的には情報の豊富化が挙げられる〕を改善する「理論的な」可能性があることを示したに過ぎないはずである」(得津(2009)355頁)。
このとき、仮に法の経済学分析に関して日本において主流の立場が採る前提(=国家の介入は市場の失敗があり、かつ、国家による介入によって改善するという場合に限られるべき)に立った場合で、かつ、介入の正当性はまず実証されるべきであるとの考え方に立つならば、知的財産権制度の導入により具体的に効率性が改善していることの実証研究が乏しい現状においては、「とりあえず廃止すべき制度ということになる」(得津(2009)355頁)。

また、「生産者個人の情報の利益」>「生産者個人の情報生産コスト」(=「社会全体の情報生産コスト」)という自然に情報の豊富化が達成される状況においても、情報に対する排他的な利用権が設定され取引費用が発生してしまう可能性があることも併せて指摘している(注3)。

もっとも、米国の研究を見ると実証研究は既に実施されている(注4)し、排他権を伴う形の知的財産権制度の歴史が長い(注5)ことも効率性が達成されていることの傍証になると思われる。実証主義的な法の経済学的分析アプローチに立ったときに、「とりあえず廃止」といえるかという点については疑問もある。もちろん、かつては効率性が実証されていたが、現在はそうではない(あるいは沿うではない領域が明確になっている)という批判を否定するものでは無い。

■法制度の正当性を担保するalternativeが政策プロセスにあるとするならば、著作権制度を巡る議論で権利者団体は何をしなければならないか
さて、これがこの記事の本題である。

知的財産権制度は一般に創作インセンティブにその根拠を求めざるを得ないと考えられている。自然権的な立場を採ることは難しい(とくに法人著作や著作隣接権などの規定がある我が国の著作権制度では自然権に根拠を求めることは難しい(注6))。

例えば著作権を巡ってはその保護の強化に対して議論が分かれている。前述のように自然権の立場に立つことが出来ないため、保護の強化を正当化するには、
1)法目的が達成されることを実証(すくなくともモデル化して示す)する
2)政策プロセスの正当性を担保する
のいずれかを採ることになる(もし第三の正当性の担保の手法があるのなら別)。

著作権の保護期間延長問題を例に取ると、日米の実証研究では否定的な結論が導かれているものが複数ある(注7)。そうすると、2)に正当性を求めるしかない。

しかし、著作権政策を巡っては審議会の委員の選考過程で所管官庁の作為が入り込んでいるとの政治学的研究成果(ただし、過去の政治過程を分析したものであり、現在は妥当しない可能性がある)があるとおり、官庁での審議会→国会審議という流れでは政策プロセスとしての正当性担保が十分でない可能性が出てくる。

であるならば、例えば著作権延長を求める側は、審議会の委員について反対意見を唱える者をより含むように求めることが、かえって利益になるのではないか。もしそれが出来ないのであれば、その主張の正当性には疑問がつく。

(注1)得津晶「《法の経済分析研究会(1)》負け犬の遠吠え−多元的法政策学の必要性またはその不要性」新世代法政策学研究1号(2009年)341頁-373頁。
(注2)果たして常に実証を求めているのかという疑問はあるが…。
(注3)〔ヨミウリオンライン事件知財高裁判決〕(知財高判平成17年10月6日平成17年(ネ)10049号)などは著作権を認めることにより取引費用が課題になることを懸念し、創作性判断によって著作権による保護を否定した事例と捉えられないこともない。
(注4)David M.Grould and William C. Gruben, "The role of intellectual property rights in economic growth" Journal of Development Economics 48(2) (1996): 323-350.
(注5)石井正『歴史のなかの特許 発明への報奨・所有権・賠償請求権』(晃洋書房、2009年)
(注6)創作の労力に対する見返りとしての著作権であるのならば、自然人の成果が当然に法人に帰属することとなっている法人著作規定はあまりに酷な制度設計をしている。また、創作行為とまで評価されない著作物の流通を促す行為に著作隣接権を与えることも十分な説明が難しい(これらは創作、情報豊富化のインセンティブであるとしないと説明がつかない)。
(注7)田中辰雄・林紘一郎『著作権保護期間―延長は文化を振興するか?』(勁草書房、2008年)、Paul J. Heald, "Property Rights and the Efficient Exploitation of Copyrighted Works: An Empirical Analysis of Public Domain and Copyrighted Fiction Bestsellers", Minn. L. Rev. 92 (2008):1031-、Amici Curiae in support of Petitioners(2002)。
(注8)京俊介「著作権政策形成過程の分析(1)(2)―利益団体,審議会,官庁の行動による法改正メカニズムの説明―」『阪大法学』第57巻第2号、第3号(2007年)。
posted by かんぞう at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

[その他]総務省がDPI技術を用いた広告を容認したとの評価は誤っているし、DPI技術は英米で違法だという主張も筆者が調べた限りでは誤っている

インターネット上や、朝日新聞の記事(注1)で、総務省『利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会 第二次提言』(2010年)のDeep Packet Inspection(DPI)技術を用いた行動ターゲティング広告に対する姿勢が批判されている。

批判は概ね、
・通信の秘密を損なうような行為を総務省が容認したことは適切でない
というところに集約できる。

■総務省がDeep Packet Inspection技術による行動ターゲティング広告を容認したと理解するのは誤り
たまたま私はスリーストライク制度を巡って上記提言に目を通していた(注2)ため、この批判のおかしさに気がつくことが出来た。この批判は、総務省がどのようなスタンスでDPIを許容したかという評価を大きく誤っている。

そもそも総務省提言でも利用者の同意が欠かせないとしている。

さらに求めているその同意の程度については、Takuji Hashizumeさんの『企業法務マンサバイバル』の2010年5月30日記事「“web(画面)上の契約約款なんてみんな読まずに同意する”ことを前提にしちゃったら、「個人情報の収集・利用のオプトイン同意」ってどう取ればいいの?」が適切に総務省の提言を評価している。Takuji Hashizumeさんの言を借りると総務省の提言は以下のように評価出来る。
違法性を阻却するために事業者が採用すべき“新しい同意の取り方”が、何とも事業者泣かせな嫌な感じになっています
つまり、総務省提言はハードルの高い同意を要求している。総務省はDPIの広告への利用について後ろ向きであると評価できる(注3)。

■インターネット上で指摘される、「DPIは違法として欧米で扱われている」というのは本当か
記事に騙されたと感じた腹立たし紛れに、インターネット上での批判意見の根拠も疑った。そうすると、どうも誤った批判の根拠がいくつか紛れているらしいことがわかってきた。

いくつかのサイトでDPIが欧米で違法であると扱われていると述べた上で、具体的に以下のような指摘を行うものがあった。
2008年には、〔筆者注:米国Phorm社が〕英国でプロバイダーとDPIを共同実施すると公表したところ、国内外から激しく批判され中断。
欧州委員会が英国政府に訴訟手続きをとる事態に発展した。
米国でも商用化が試みられたが、下院で違法との疑問が呈され撤退。
これだけを見ても、「DPIが欧米で違法である」との帰結には疑問がわく。上記の文章だけでも「米国では違法となっていないが立法が検討されている」ということがわかり、違法ではないということが明示されているように思う。また、英国については欧州委員会との関係で問題になっていることはわかるが、違法といっていることとの関係がわからない。

では実際のところどうなのだろうか?筆者の力だけでは及ばなかったため、この分野に詳しい友人の力を借りて調べてみたところ、いずれも誤った理解と考えられることがわかった。

■英国の動き:英国で送受信者双方において同意が得られている場合にDPIなど通信の傍受を許容していることは、欧州委員会との間で問題になっていない
英国が欧州委員会から訴えられた点を見てみると、
Regulation of Investigatory Powers Act 2000 (RIPA)3条1項が、送受信者双方において傍受の同意が得られている場合に加えて、傍受者がそのような同意が得られていると信じるに足る合理的理由があるときにも傍受を許容していることがEU指令との間で問題である
と述べられている(注4)。これは、英国法の中で欧州共同体の指令との関係で問題がある点を指摘したものである。

DPI技術利用の場面に落とし込むとこうなる。
・利用者、Webサイト提供者においてDPIを行うことへの同意が得られている場合に、その両者の間の通信を行動ターゲティング広告提供者が傍受することを法で許容することは、欧州共同体との関係で問題が無い。
・利用者、Webサイト提供者においてDPIを行うことへの同意が得られていると行動ターゲティング広告提供者が信じるに足る合理的理由があるときに、DPIを実施することを法で許容することは、欧州共同体との関係で問題である。

英国では、利用者の同意がある場合は欧州共同体との関係で問題にはならないと考えられる。

また、少なくとも現在の英国では、「利用者、Webサイト提供者においてDPIを行うことへの同意が得られていると行動ターゲティング広告提供者が信じるに足る合理的理由がある」場合にはDPI技術を用いた行動ターゲティング広告が適法なものとして扱われていることがうかがわれる。

英国は現在のところDPI技術に対して寛容と評価しても良いかもしれない(注5)。

■米国の動き:違法になったというわけではない
2010年5月に米国の下院議員がDPIを巡る法案をまとめている旨が報道されている。

しかし、法案のドラフトの説明(注6)によると
・インターネット上で個人に関する情報収集を行うことや、第三者から情報を受け取り利用するにはオプト・アウトによる同意が必要である
となっている。

裏返せば、利用者のオプト・アウトによる同意があれば適法、というように読むことが出来る。

もしかすると他の立法化の動きがあり、そちらでは厳格に規制することが検討されているのかもしれないが、管見の限り見当たらない。

なお、米国で議員立法は盛んであるため、これがどの程度の意味を持っているのかは評価が難しい。

■まとめ
これまで調べたところをまとめると以下のようになる(2010年6月6日、図を追加)。
・総務省提言→利用者の同意がある場合にのみDPI技術を用いた広告提供を容認。しかし、「同意」の程度のハードルが高く、消極的な姿勢を取っていると評価することが出来る。

・英国→利用者の同意がある場合にDPI技術を用いた広告提供をすることは法的に問題なく、また、これを法的に許容していることは欧州共同体との関係でも問題が無い。問題になっているのは、「利用者、Webサイト提供者においてDPIを行うことへの同意が得られていると行動ターゲティング広告提供者が信じるに足る合理的理由があるときに、DPIを実施することを法で許容すること」。

・米国→現在は違法ではないし、議員立法の法案でも利用者の同意がある場合にDPI技術を用いた広告提供をすることは法的に問題がないと評価していると読める。

100602DPI.jpg
総務省提言に対する一部の方の評価や、英米での法的評価に対する一部の方の指摘は誤っていると考えられる。もちろん、英米については筆者の調査が不足している可能性があるので、正しい情報をお持ちの方がいらっしゃったら是非ご教示いただきたい。

なお、上記のように結論づけたからと言って筆者はDPI技術を許容することに前向きであるという訳ではない。DPI技術は望ましくないものであるとしてこれに厳格な立場を採ることは、制度を巡る議論としては十分にあり得ると考えている(注7)。ただ、現在のところ、同意を条件として許容することに対して特段問題点が浮かばないため、許容することはいいのでないか、と考えている。

(注1)朝日新聞2010年5月30日記事「「ネット全履歴もとに広告」総務省容認 課題は流出対策」
(注2)本ブログ2010年5月21日記事「[著作権]違法ダウンロード行為を抑止するために日本版三振(スリーストライク)アウト制を導入するとしてもISPによる自主的な取り組みを促すためには解決しなければならない課題
(注3)記事にするならしっかりソースを読んでよ…といいたい(2010円6月6日修正)。
(注4)European Commission, "Telecoms: Commission steps up UK legal action over privacy and personal data protection (IP/09/1626)" (2009).
(注5)その後、英国で法改正があれば結論は違ってくるが、私の拙い調査の限りではそのような動きは見当たらない。
(注6)Rick Boucher, "PRIVACY DISCUSSION DRAFT EXECUTIVE SUMMARY"(2010)
(注7)たとえば高木浩光さんが提言するように第三者からの監査を要求する制度などもありうる。高木浩光さんのブログ記事「DPI行動ターゲティング広告の実施に対するパブリックコメント提出意見」『高木浩光@自宅の日記』(2010年5月30日記事)。
posted by かんぞう at 21:16| Comment(1) | TrackBack(0) | ☆その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。