2010年03月29日

[意匠]シンポジウム『デザインの本質と法的保護の未来を探る』を聞いて

早稲田大学知的財産拠点創成研究所『文と理の狭間からの飛翔 デザインの本質と法的保護の未来を探る』(2010年3月28日、東京開催)聴講メモ

デザイナーの目から見た意匠制度と、法学者が解釈により対応すべき点について議論を行う貴重な機会があった。なお、本メモは筆者の責任でまとめたものであり、シンポジウムにおいてパネリストが発言したと記述している部分についても、筆者の誤解によって誤りが含まれる可能性があることをご留意いただきたい。

■シンポジウムでの学び
シンポジウムの中で興味深かった点は以下の3点である。また、これに加えて、フリーランスのデザイナーが多数活動する中、デザインを実施する企業との関係ではフリーランスデザイナーの立場は弱いことから、安価・簡易な権利保護の必要性が五味弁理士、峯弁理士から指摘された。

(1)意匠法の目的=デザイン開発力の増強という観点への合意
デザインは需要を喚起させるためだけの「付加」価値ではなく「全体価値」との指摘が川崎教授からなされたように、時代の変化の中で「デザイン」の役割は単なる装飾を超えたものとなっていることが認識された。
その上で、意匠法を単に装飾が模倣されることへの対策と捉えることは目的の解釈として狭すぎ、産業の振興という観点に立ち返ると、デザイン開発力の増強と捉えることが意匠法の目的として適切であるということについて、パネリストの間で共通の方向性が確認できた。

(2)意匠法の類比判断基準
田村教授は意匠法24条2項も最高裁判例も一般需要者における美観を問題にしており、混同を要件とした訳ではないことを指摘された上で、同じような需要を喚起する意匠には権利を及ぼさないとの政策判断がありうるとかつて指摘された(加藤恒久『意匠法要説』(1981年、ぎょうせい))上で、田村教授は創作された意匠の要部について需要者の目から見て新たな需要(ただし、これは市場での利益にとどまらず、生活の豊かさなど広い解釈をとっている)な喚起するかを基準とすべきと述べられた。

(3)内部の構造の保護
意匠法上内部の構造が保護されないことは周知のとおりであるが、同じ立場を不正競争防止法がとっていることの問題点が田村教授から指摘された。
不正競争防止法2条1項3号条にいう模倣を誰の目で見るか(需要者の目で見るか、創作者の目で見るか)という点は法では定められていない。この点が争点となり得た事件として〔ベルーナ・RyuRyu事件〕(東京地判平成14年11月27日 判時1822号138頁)、〔同2審〕(東京高判平成15年5月28日 平成14(ネ)6392号)がある。需要者から見れば大きな違いであるが、創作者からすると同一ともいえるものであったが、裁判所は判断基準について詳細を述べることはせず同一性を肯定している。
フリーライドの防止によるファーストランナーの投資の保護、という観点からは判断基準は創作者になる。ただし、特許庁と裁判所の役割分担や、アイデア保護の否定という観点から考えると、広範な保護が行われるべきでなく、改変が容易であることが明白な場合に限るべきである。その観点からは前述の〔ベルーナ・RyuRyu事件〕の判断は穏当である。
第2に、内部の構造の保護である。不正競争防止法においても内部構造は裁判例で保護されないとの判断がなされてきた。これは意匠法上であれば、需要を喚起しないことから、保護しないとの解釈を採ることは適切であるが、市場先行の利益を保護する不正競争防止法2条1項3号では適切でない。にも関わらず2005年改正で内部構造が保護されないことが明文化されてしまったことは問題である、と田村教授は述べている。

(4)market-testingの許容
以下の点が五味弁理士から指摘され、非登録の制度併設の必要性が示唆された。
欧州ではライフサイクルの短いデザイン保護のためと、market-testingの機会保証のため(欧州での登録制度では1年間のグレースピリオドを有していることの不都合を埋めるため)、無登録の保護制度を無審査の登録制度に併設する形としている。
他方、日本では新規性喪失の例外規定(4条)の理由は、market-testingの保証にあるとされているが、実際はその間の模倣(デッドコピーを除く)の対策ができないことや手続き上煩雑であることにより活用されていない。
もっとも、この点については不正競争防止法2条1項3号によりすでにカバーされている領域があり、また、2条1項3号の解釈論で対処可能な領域もあるため、非登録の制度創設にあたっては不正競争防止法との関係について十分な考慮が必要であることが田村教授から指摘された。

(5)視覚性要件・物品性要件
解釈論としては視覚に限定せざるを得ないが、立法論としては触覚も含めてよいのではないかとの指摘が五味弁理士からなされた。峯弁理士からは形状を保護対象とすることさえ残していれば、視覚要件や美観要件は取り除いても良いのではないかとの意見が示された。他方、田村教授からはあえて視覚要件を突破する必要性はないとの指摘がなされた。
不動産を除くとして理由はかつて混同説があったためであり、これを除く理由は全くないとの指摘が田村教授から示された。ただし、物品性要件を取り除くことについては著作権法との切り分けから躊躇を覚えるとの意見も述べられていた。

■私見
□フリーランスデザイナーを考慮した制度設計について

フリーランスのデザイナーの活動へのincentive付与という観点で、現状の意匠制度では権利化の判断が困難であることや、コストがかかりすぎるとの指摘がなされていたが、これがあるからといってより安価で簡易な制度を設計する必要性について、政策上、決定的な理由にならないと私は考える。たとえば、意匠出願の仕方をデザイナーに十分教育する機会を設けた上で、出願料減免措置をとればよい。デザイナーの側も部分意匠の戦略的な出願という形でコストを抑える方策を採ることができる。現状の意匠制度で対応可能なのではないか。
しかも田村教授も指摘されていたように、不正競争防止法2条1項3号による保護の可能性もある。もちろん、デザイナー自身は請求権者になることができないこと(注1)は課題ではあるが、デザインの委譲にあたって相手方との契約で対処が可能なのではないかと思う。
むしろ、シンポジウムでは十分に指摘されていなかったと思うが、フリーランスのデザイナーを巡る問題は、提案したデザインを実施品にするにあたってデザイン上の変更がありうる(通常は行われる)という点が主なのではないか。もっともこれも現行の制度上致命的なものとは考えられず、関連意匠の更なる後出し(あるいは審査の繰り延べ)ができれば対応が可能である。
投資の回収という観点も指摘されていたが、あまり簡便な制度でかつ広範な制度にしすぎると、権利の薮が生じ、かえって投資回収の阻害要因になるところは悩ましい。とくに非登録の制度とし、かつ、広範な制度とした瞬間に、業界以外から権利主張をする者が現れかねないように思うのだが・・・。

(注1)なお、不正競争防止法2条1項3号で「営業上の利益」と言った際に最終商品を作らないデザイナーの利益は、同条が商品を問題としていることからこの中に含めることは難しいとの指摘が田村教授からなされた。
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2010年03月21日

[著作権]チャップリン事件知財高裁判決の国際私法の観点からの意義

道垣内正人「チャップリンの映画の著作権侵害についての準拠法」ジュリスト1395号(2010年)172頁-174頁読書メモ

■要旨
〔チャップリン映画DVD事件〕知的財産高等裁判所判決(注1)は、著作権侵害の準拠法決定ルールがベルヌ条約5条2項にあると位置づけていると理解した上で、裁判所のこれまでの判決が同条に基づき、著作権侵害の準拠法を保護国法としてきたことを紹介している。その上で、ベルヌ条約5条2項が準拠法決定ルールではない(法廷地法によることを定めているだけである)との理解を紹介し、そのような(=法廷地法によるとの)解釈は、あえて不統一な法の適用を求めているものであると批判している(道垣内正人(2010年)174頁)。
他方、知的財産高等裁判所判決の中で損害賠償請求権の性質決定において不法行為であると位置づけたことについては、ベルヌ条約5条2項を準拠法決定ルールと見るのであれば、「ベルヌ条約が殿範囲の問題を保護国宝によると定めているかと見極めるべき」と指摘されている。その上で、5条(2)でいう「保護の範囲及び著作権の権利を保全するため著作者に補償される救済の方法」の中に(法文として稚拙な点はあるにしても)損害賠償は含まれないと解釈することは適切でないとし、知的財産高等裁判所はベルヌ条約上損害賠償請求権も著作権の救済の方法として位置づけられると解釈した上でベルヌ条約5条2項により準拠法が日本法になるとの理解を示唆している。

■私見
知的財産高等裁判所の判断は、ベルヌ条約5条2項を準拠法決定ルールと見ていると理解することは、判決文の該当箇所の文言を読む限りでは適切であるように思われる(注2)。その上で、そう見ているのであれば著作権侵害に基づく損害賠償の性質決定にあたってはベルヌ条約が参照されなければならないとの主張も正しいと思う。

ただ、1点気になる点は、ベルヌ条約5条2項にいう「保護の範囲及び著作権の権利を保全するため著作者に補償される救済の方法」("the extent of protections, as well as a the means of redress afforded to the author to protect his rights")に損害賠償が本当に想定されていたか(直感的に含まれていそうであるが…)、という点である。この辺りは条約の制定史や当時の国際的な法制をふまえる必要があるので私には論及できないが、引っかかるところである(注3)。

(注1)〔チャップリン映画DVD事件〕知財高判平成20年2月28日判時2021号96頁
(注2)ただし、判決文全体を見た中で整合的に解釈するためには、素直に読んではいけない、という指摘がありうるかもしれない、ということは留保しておきたい。
(注3)我が国では立法技術上、損害賠償請求権は一般不法行為と同じであるために、形式的には両者が含まれる法典は分けられていたが、実質的に著作権侵害の救済手段として損害賠償が予定されていた、ということはおそらくできるだろう。
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2010年03月13日

[知財一般]弁理士の展開先としての知的財産コンサルティング市場は本当に小さいのか

産業構造審議会 第13回知的財産政策部会の資料を見ていると、来期の知的財産(産業財産権関係)政策の柱は、(1)特許活用の促進、(2)知的財産権制度の国際的な制度調和、(3)中小企業等幅広いユーザーを支援する知財制度の利便性向上、(4)特許料金の見直し、の4つのようである。

このうち、中小企業に関する資料を読んでいると、弁理士の展開先としての知的財産コンサルティング市場(注1)は、少なくとも中小企業を相手にする限りにおいて潜在顧客は少なくないのではないかと思わせるような点がいくつかあった。もちろん、中小企業相手では十分なリターンが得られないというご指摘もあるだろうし、市場というのは潜在顧客×単価で決まってくるので、後者が小さいと意味がないというご批判もあると思うが、ここでは潜在顧客数のみを問題にする。

さて、関東経済産業局が2008年に中小企業に対して実施したアンケート調査(有効回答654社)(注3)によると、中小企業の知財経営における問題点のうち、もっとも顕著なものは、「知的財産の権利化や権利侵害への対応のための人材が不足」(50.1%)とあり、同時に「知的財産の戦略的な権利化ができていない」(25.9%)も多数指摘されているる中で、「適当な弁理士・弁護士等の専門家を確保できない」(4.5%)ことを課題に挙げている企業はごく少数にすぎない(55%)。

社内人材は不足しているが、弁理士は確保できている、という様子がうかがえる。しかも前者が課題として強調されている。ここから、中小企業の少なくとも1/3程度は権利化・権利侵害対応を内製化しようとしている傾向が示唆されないだろうか。

実際、日頃から外部専門家(弁理士、弁護士、コンサルタント)に相談していると回答した企業は21.4%(43頁)であり、多い数字とは言えないように思われる。とくに知的財産担当者をおいていない企業(兼任としてもおいてない場合も含める)が34.0%(36頁)あることを考えると少ないようにも思える。

しかもアンケート対象企業の中で弁理士を利用したことがある企業は53.2%もある(29%)。これは、かつて関わった弁理士が企業のニーズを満たしていなかったということを示唆しているのではないだろうか。もちろん、これまでは知的財産コンサルティングに対して十分な対価を払う意思が企業側になかった可能性が少なくないが、これほど知的財産権が大事と言われるようになっていると状況が違ってくるようにも思う。

(注1)特許庁「知的財産政策の今後の方向性について」産業構造審議会第13回知的財産政策部会資料1(2010年) available at JPO Web site
(注2)弁理士も従来の出願代理業務だけでは市場に限界があり(リーマンショック前の統計に基づく推計値では約1,600億円)、新たなビジネス展開が求められているようである。
(注3)関東経済産業局『中小企業のための知財支援策活用集』
posted by かんぞう at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆知財一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[つぶやき]久しぶりに発信

すっかり知的財産関係の情報発信から遠ざかってしまっていた。

土日も含め毎日終電生活というように仕事に追われてしまった…というのが表面的な理由ではあるのだが、これは知的財産制度を研究する人間が独占レントを形成することができず自身の労働力のダンピングでなんとかしていたというのを吐露することを意味しており、非常に恥ずかしい。

さて、久しぶりにいくつか情報発信をはじめてみたい。このようなブログをご覧いただいてる方には感謝申し上げる。
posted by かんぞう at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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