2010年01月03日

[知財一般]育成者権のライセンス契約において研究開発禁止特約を独占禁止法上違法としないという選択肢について

野津喬「独占禁止法によるライセンス規制に関する経済分析―植物品種の開発市場に関する考察」日本知財学会誌第6巻1号(2009年)67頁-82頁読書メモ

知的財産権のライセンスにあたって、ライセンシーの研究開発を制限する特約を付する行為は、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(公正取引委員会、2007年)によって、将来の技術市場または製品市場に置ける競争を減殺する恐れの強い行為として、原則として不公正な取引方法にあたる、とされている。

特許権や技術に関するノウハウを想像した場合、直観的にも理解できる法運用であるが、種苗法に基づく育成者権のライセンスについては、競争減殺は生じず、むしろ、研究開発を制限する特約を付する行為を禁止することが技術開発に負の影響を与えてるとの分析を行った研究成果が公表された。直観に反する分析であり、大変興味深い。しかし、いくつか疑問も残った。ここで簡単に紹介をする(なお、論文の概要は筆者の責任でまとめたものである。本記事をお読みの方はできる限り原典にあたって頂きたい)。

■論文概要
種苗法では、農業事業者による自家増殖には権利が及ばないこととなっているが、契約でオーバーライドが可能である。しかし、試験研究の例外があり、かつ、侵害の立証が容易でないために、仮に契約で自家増殖を禁止していたとしても、ライセンシーが試験研究の例外に基づく増殖行為であると言い逃れをし、契約に反する自家増殖行為を行うようになる。そのため、試験研究の例外に基づく言い訳をさせないよう、研究開発をそもそも禁止する(研究開発禁止特約を結ぶ)ことが育成者権者にとっては妥当な選択肢となりうる(注1)。
研究開発禁止特約を独占禁止法上禁止することが技術開発市場に与える影響を、契約のゲームモデルを構築し分析すると、ライセンシー(農業者)は契約不履行の立証費用が十分に高いならば、自家増殖をしないとの契約を締結しながらこれを履行しないことがもっとも合理的な選択となる(そのうえ、ライセンシーは研究開発をしないことも合理的な選択となる)。しかも、現状に鑑みると、契約不履行の立証費用は極めて高いことが推定される。これが意味することは、研究開発禁止特約の制限は、育成者権者へ還元される利得を減らす上に、研究開発を活性化させないと考えられる(75頁)。
また、研究開発禁止特約を締結する慣行が存在した品種と、そうでない品種の、個人による育成者権登録件数の推移を、「(研究開発禁止特約の)契約慣行定着(ダミー)」「出荷量」(切り花、球根類、鉢物、花壇用苗もの類それぞれ)で回帰分析すると、研究開発禁止特約の契約慣行が定着していることが育成者権登録件数にプラスに作用していることが示された(77頁)。
ここから考えると、研究開発禁止特約は、新品種開発市場においては、競争阻害に働くものでないと言える。そうであるならば、「育成者権の利用許諾契約における研究開発制限条項の設定に対する独占禁止法の適用には慎重に対応すべきである」(80頁)。

■私見
末尾に示すように、分析には3点の疑問を感じるものの、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」に対する実証的なアプローチとしての意義は小さくない。単純に知的財産権としてひとくくりにしてはいけない例になるかもしれない。実証研究分野として深堀が行われて良いテーマであるように思われる。
もっとも、政策的インプリケーションとしては、独占禁止法の適用を慎重にすることよりは、前提となっている契約不履行の立証費用の低減化施策の実施(種苗Gメンの強化)や、サンクションを適切に働かせること(後述の通り、育成者権侵害には刑事罰が科されているにもかかわらずその検挙を確認できない)を提案することの方が、より妥当(注2)であろう。研究開発が行われない下地を作ることは将来の消費者に害を及ぼすと、理念的には考えられるからである。

なお、私は契約理論的分析や回帰分析に明るくないので、素人的な疑問に留まるが、私が感じた疑問点は以下の通りである。

□1.契約ゲームモデル分析において、ライセンシー独自の研究開発によるライセンシーに生じる利得が含まれていない
ライセンシー(論文では農業者として代表して表記している)が行った独自の研究開発により、育成者権者(論文では種苗企業として代表して表記している)の販売する種苗を購入しなくて良いことによる利得は含まれているものの、独自に研究開発を行ったことで生じる追加余剰が考慮されていないことが気になる。これがゲームの中で当然にライセンシーが研究開発をしない要因につながっているように思う。
もちろん、研究開発から1年で独自の追加余剰が発生することがあり得ないことは、種苗の研究開発の現場から考えると妥当なものである可能性は高い(注3)が、そうであっても将来のレントへの期待値を追加して分析するべきではないだろうか。

□2.契約ゲームモデル分析において、ライセンシーが契約を履行しないことによるライセンシーのサンクションが考慮されていない
育成者権侵害は「十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金」が科される(種苗法67条)。決して軽い刑罰ではない。契約不履行の場合、育成者権侵害になると考えることができることを考慮すると、ライセンシーは果たしてそれほど容易に契約を履行しないという選択肢を採るのだろうか。刑事罰が科されることは、育成者権にとっては自らが費用を負担せずにライセンシーの違反行為をコントロールしうるということを意味する。この点を考慮しないことは適切でないように思う。
もっとも、統計をみる限り、育成者権侵害での検挙の例がみられないようであり(注4)、このような現状を鑑みると、現実にはサンクションとして機能していないのかもしれない。ただし、現実に機能していないのであれば、それを機能するよう運用することを促すことの方が適切な政策的インプリケーションであろう。

□3.回帰分析において、研究開発禁止特約の契約慣行が定着した品種とそうでない品種との間の育成者権登録件数の平均値の差が契約慣行定着ダミー変数の係数に影響を与えている可能性がある
回帰分析では、(契約慣行定着ダミーに関する係数)×(契約慣行定着ダミー)+(出荷額に関する係数)×(出荷額)という推計式を設定している。ところで、記述統計分析を見ると、契約慣行が定着した品種とそうでない品種との間の育成者権登録件数の平均値は、前者が1.8程度であるのに対し、後者は0.5である。契約慣行定着ダミーはあくまで0,1の値であるため、上記推計式では、契約慣行が定着した品種とそうでない品種との間の育成者権登録件数の平均値の差は、契約慣行定着ダミーに関する係数が吸収することになる。これが契約慣行定着ダミーに関する係数をプラスにさせたのではないだろうか。

(注1)この1行は論文で明示されている訳ではないが、当然に前提にしているものと考え、筆者が追加した。
(注2)より非制限的で代替的であるという意味において妥当と考えている。
(注3)野津喬「独占禁止法によるライセンス規制に関する経済分析―植物品種の開発市場に関する考察」日本知財学会誌第6巻1号(2009年)77頁も「新品種の開発には少なくとも3年程度かかる」ことを示している。
(注4) target="_blank">警察庁「平成20年中における 生活経済事犯の検挙状況について」(2009年)23頁では、2008年中における知的財産権侵害事犯の概要として、検挙件数を、商標権侵害、著作権侵害、その他の区分で紹介し、その他の内訳として「「その他」の内訳は、不正競争防止法違反(19事件、69人)、特許法違反(1事件、3人)、農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律違反(1事件、4人)、関税法違反(3事件、12人)である。」と記している。この中に育成者権侵害(種苗法違反)は含まれていない。なお、それ以前の年度における同様の統計は管見の限り見当たらない。
posted by かんぞう at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆知財一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。