2009年09月12日

[特許]リサーチ・ツール特許問題の解決にはソフトローで

井関涼子「リサーチ・ツール特許問題の解決方法」〔日本工業所有権法学会 平成21年度研究会(2009年9月12日開催)〕を聴講して

■報告概要
研究活動の上流に位置づけられる技術に対する特許権であり、代替手段がない場合や、基本的・汎用的手段である場合が多い。そのため、影響が極めて大きい。とりわけ、技術開発行為自体を独占し、技術についての競争を阻害しうる(注1)。
日本では、試験・研究としての実施の例外は、通説が別の研究の手段として特許権を実施する場合には及ばない(特許権侵害になる)としているため、難しい(また、仮に実施の例外を認めると、リサーチ・ツール特許を取得する意味をなくす)。強制実施圏の議論もあったが、欧米の製薬企業団体からの反対でうまくいかなかった。そこで、総合科学技術会議のガイドラインで方向性を示している。
米国では、試験・研究としての実施の例外(Bolar条項)は、立法趣旨を超えて新薬開発のための試験にも及ぶと文言から解釈する最高裁判決が登場(Merck KGaA v. Integra Lifesciences I, 545 U.S. 193 (2005))。ただし、同判決は明示的にリサーチ・ツール問題には関係がないことを述べている。強制実施件についてはアレルギーが強い。NIHグラントを受けたものについてはガイドラインが存在する。
なお、米国では非営利の研究に対して特許権の効力を制限すべきとの意見がある(注3)。また、試験研究の例外を拡大するが金銭請求権を認めるべきとの意見もある(注4)。
ではどのような手段が良いのか。
試験・研究の例外は、リサーチ・ツール特許の価値を奪う危険性がある。強制実施権は手続きが面倒であり、行政の介入を招く。ガイドラインは法的効力がないが、柔軟な解決を導くことが出来、妥当ではないか。ただし、国際的な整合性は、米国の特殊な状況を鑑みると難しい。

(注1)会場から、利用者の視点にたって特許権の制限を議論すると、発明の奨励という面が疎かにされかねない、との注意喚起があった。この点に関して言えば、リサーチツール特許問題は、利用者の障害になるだけでなく、発明の奨励という面でも障害になるだろう。
(注2)試験・研究としての実施の例外について言及している最高裁判決からは、別の要件が読み取ることが出来るのではないかとの指摘が会場からなされた。最高裁判決について、機会があれば研究したい。
(注3)K. Strandburg, "Users as Innovators: Implications for Patent Doctrine", 47 University Colombia Law Review 467 (2008)(井関教授のレジュメで紹介されていた)
(注4)J. M. Mueller, "No Dilettante Affair: Rethinking the Experimental Use Exeption to Patent Infringement for Biomedical Research Tools", 76 Washington Law Review 1, 52, footnote 255 (2001)(井関教授のレジュメで紹介されていた)

■私見
(1)リサーチ・ツール特許問題の解決の方向性について

解決の方向性として、ガイドライン等のソフトローにより調整することが妥当と考察された井関教授の見解に賛同したい。
理由を付け加えるならば、リサーチ・ツールについては、その他の技術分野と異なり、研究開発専業者という者が想定しづらい可能性があり、私的な調整に委ねても効果的にいく期待があることが挙げられる。
リサーチ・ツールが研究開発に用いる技術であるため、リサーチ・ツールの開発者は、ほぼリサーチ・ツールの利用者になりうるように思うのである。もちろん、観念的には、実験、実証に関わらない理論研究のみを行い、特許権を取得することもありうる。しかし、おそらく、そのような場合は限定的なのではないだろうか(注5)。
もしそうであるならば、リサーチ・ツール特許の行使は相当に勇気のいるものとなる。濫用的な行使を警戒する必要は必ずしも高くない。ならば、各技術領域での自由に委ねることが出来るイドライン等のソフトローにより調整は適切である。

(2)試験・研究としての実施の例外をリサーチツール特許問題解決に用いるべきでないとする意見について
なお、リサーチ・ツール特許の使用に対して、仮に実施の例外を認めると、リサーチツール特許を取得する意味をなくす、との点が、試験・研究としての実施の例外について通説どおり解釈する根拠であるように説明されていた点があったが、これにはもう少し丁寧な説明が適切であるように思う。
米国でStrandburgが述べるとおり、非営利な場合に限って試験・研究としての実施の例外を認めるなどの、中間的な制限を行う選択肢はありうる。そのような中間的な制限を取れば、リサーチ・ツール特許の意味は完全に没却されない。リサーチ・ツール特許の意味は決定的な理由とは理論的にはなりにくいように思う。
しかし、非営利な研究の実施機関と一般的には考えられる大学・国立研究機関であっても、産学連携を促す施策が進められてからは産業界との結びつきがより強くなっており、営利・非営利の区分は難しいだろう(注6)。文部科学省「平成20年度 大学等における産学連携等実施状況について」によれば、年々産学連携活動が深まっていることがわかる。
運営母体の営利・非営利で区分する手もあるかもしれないが、そのような形式的な解釈は、企業がその研究活動を積極的に大学で行う動機付けにはなるが、そもそもの特許権者との利益調整としてはうまく機能しないだろう。
つまり、営利/非営利で試験・研究としての実施の例外の適用を区分すれば、リサーチ・ツール特許の意味を完全に没却することは理論的にはないが、実質的に没却することになる、という説明が良いように思う。

(注5)この点は、現場の研究者の感覚や、何らかの実証が必要である。
(注6)米国でもその傾向が顕著である。Madey v. Duke University, 307 F.3d 1351(Fed. Cir. 2002)に対する評釈である、E. A. Rowe, "The Experimental Use Exception To Patent Infringement: Do Universities Deserve Special Treatment?", 57 Hastings Law Journal 921 (2006)が同判決の方向性を支持する理由として指摘するところである。
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[つぶやき]日本工業所有権法学会 平成21年度研究会を聴講して

神戸大学で開かれた、日本工業所有権法学会 平成21年度研究会の末席を汚してきた。
商品の容器・包装、それ自体の形状を巡って、商標法3条1項3号の判断基準として、従来と異なる基準が示されたシーシェルバー・チョコレート事件(知財高判平成20年6月30日・平19(行ケ)10293号・裁判所HP)の評価など、新しい展開について議論だけでなく、競争法との交錯領域について根源的に考える場にもなっており、大変勉強になった。

いくつかの報告を受けて考えるところがあったので、まとめていきたい。
現在関連する本ブログの記事は以下のとおりである。
なお、下記の記事には筆者がまとめた報告の概要を含むが、筆者の理解の誤りが含まれている可能性があることをご容赦いただきたい。正確な内容については来年刊行される『日本工業所有権学会年報』を必ずご参照いただきたい。

「[特許]リサーチ・ツール特許問題の解決にはソフトローで」(2009年9月12日記事)
「[意匠]スペアパーツに対する意匠権の制限」(2009年7月17日記事のアップデート)
posted by かんぞう at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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