2009年09月17日

[不正競争]営業秘密の刑事保護:過度の萎縮への手当はされそう

本年の不正競争防止法改正による営業秘密の保護のうち刑事罰の強化について、私はその妥当性に疑問を持っている。
とりわけ、雇用者(なかでも現場の研究者)に過度の萎縮を生じさせないかが懸念であった。

たとえば、過去の記事では以下のような事例を懸念していた(注1)。
「図利加害」目的であったかどうかは、内心の問題である。内心を構成要件とする際に、広範な要件とすることは妥当なのだろうか。
解釈次第ではあるので杞憂となるきらいはあるが、「加害」を広めに解釈すれば、何からの理由で持ち出して、結果として流出させた者も処罰されることとなる。例えば、残業が制限されている中、内規に反して自宅に持ち帰ったが、その際「何か会社に困ったことが起きるかもしれない」という程度の意図ならばどうだろうか?現場の研究者・技術者に過度の萎縮効果を与える気がしてならない。

その点について解釈上参考となるものが出ていたので取り上げる。

法改正時に、衆議院では附帯決議に以下のような文言が存在している。
「不正競争防止法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(第171回国会閣法第39号附帯決議)(抄)
営業秘密侵害に対する刑事罰の強化に当たっては、その趣旨に関し、事業者、労働者双方に周知徹底を図るとともに、労働者の間に疑念や過度の萎縮が生じることのないよう、労働者の正当な行為や日常業務が処罰対象とならないことを指針等により明確に示すこと。

「労働者の正当な行為や日常業務が処罰対象とならない」としており、雇用者の萎縮への対応が考慮されていると考えることができる。どこまでが「正当な行為や日常業務」を指すかは営業秘密管理指針に委ねられている構造になっている。

営業秘密管理指針は未だ改訂作業の途中であると思われるが、原課の中原室長の論稿では(注2)、以下のように述べられていた(注3)。
使用者の明示の許可を得ずに営業秘密が記載された書面等を持ち帰ったとしても、保有者の業務を遂行するために自宅等で残業をする意図にすぎないときは、同様に、図利加害目的にあたらない。

個人的な見解である可能性はあるが、営業秘密管理指針に影響を与える可能性は少なくない。
私の懸念は一つ解消しそうだ。

(注1)本ブログ「[不正競争][時事]オープンイノベーションは情報の流通を威圧的に統制する制度の上に成り立つとは思えない」(2009年2月1日)
(注2)原稿の最後に「意見にわたる部分は個人の意見」と注記してあったので、念のため経済産業省の見解と直ちに判断することはしない。
(注3)中原裕彦「「不正競争防止法の一部を改正する法律」の概要」L&T44号(2009年)46頁。
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2009年09月13日

[著作権]米国の録音物に関する著作権についての覚書

十分に調べ切れていないため間違っているところもあるかもしれないが、日米の差異として気になったので、覚書を。

米国では、1976年著作権法によって、録音物それ自体の著作権(日本では著作隣接権に位置づけられる)は、公衆に対して当該録音物を用いること(公演すること)には及ばない規定となっている(米国著作権法114条)。これは、立法者が明確に意図して作られた規定である。

つまり、録音物を公衆に対して利用する際(注1)、利用者は、録音物が音楽の著作物であれば、作曲者、作詞者(詞がある場合)、実演家(米国では媒体に固定された実演についてはその著作権者となる)から利用許諾を受ければよい。レコード会社が利用に当たっての権利処理に介在する必要が乏しいことになる(注2)(注3)。

音楽関係の著作権を巡る議論において、米国の議論を参照する際には十分に注意したい違いである。

ただし、録音された物の公衆送信には録音物に関する著作権を有する者の権利が及ぶ(つまり、レコード会社の権利が及ぶ)(米国著作権法114条)(注4)。この点を考えると、実際上は日米の違いはそれほど大きくないのかもしれない。

(注1)録音物を私的に使用する場合は「録音物を使用する際」と表現すれば良いので、厳密には「録音物を利用する際」で良いのだが、念のためこのように表記した。
(注2)録音されている著作物に関する権利の譲渡を受けていない限り、窓口として有益というものに留まるだろう。
(注3)著作権の集中処理を行う場面で、使用料についてレコード会社に分配される額が多く、伝統的な著作者(作曲家、作詞家)の取り分が少ない、といった不平が出ることもない。
(注4)Arthor R. Miller & Michael H. Davis(著)=藤野仁三(訳)『アメリカ知的財産権法』(八朔社、2008年)220頁によれば、ロビイングの成果であるとされている。
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2009年09月12日

[特許]リサーチ・ツール特許問題の解決にはソフトローで

井関涼子「リサーチ・ツール特許問題の解決方法」〔日本工業所有権法学会 平成21年度研究会(2009年9月12日開催)〕を聴講して

■報告概要
研究活動の上流に位置づけられる技術に対する特許権であり、代替手段がない場合や、基本的・汎用的手段である場合が多い。そのため、影響が極めて大きい。とりわけ、技術開発行為自体を独占し、技術についての競争を阻害しうる(注1)。
日本では、試験・研究としての実施の例外は、通説が別の研究の手段として特許権を実施する場合には及ばない(特許権侵害になる)としているため、難しい(また、仮に実施の例外を認めると、リサーチ・ツール特許を取得する意味をなくす)。強制実施圏の議論もあったが、欧米の製薬企業団体からの反対でうまくいかなかった。そこで、総合科学技術会議のガイドラインで方向性を示している。
米国では、試験・研究としての実施の例外(Bolar条項)は、立法趣旨を超えて新薬開発のための試験にも及ぶと文言から解釈する最高裁判決が登場(Merck KGaA v. Integra Lifesciences I, 545 U.S. 193 (2005))。ただし、同判決は明示的にリサーチ・ツール問題には関係がないことを述べている。強制実施件についてはアレルギーが強い。NIHグラントを受けたものについてはガイドラインが存在する。
なお、米国では非営利の研究に対して特許権の効力を制限すべきとの意見がある(注3)。また、試験研究の例外を拡大するが金銭請求権を認めるべきとの意見もある(注4)。
ではどのような手段が良いのか。
試験・研究の例外は、リサーチ・ツール特許の価値を奪う危険性がある。強制実施権は手続きが面倒であり、行政の介入を招く。ガイドラインは法的効力がないが、柔軟な解決を導くことが出来、妥当ではないか。ただし、国際的な整合性は、米国の特殊な状況を鑑みると難しい。

(注1)会場から、利用者の視点にたって特許権の制限を議論すると、発明の奨励という面が疎かにされかねない、との注意喚起があった。この点に関して言えば、リサーチツール特許問題は、利用者の障害になるだけでなく、発明の奨励という面でも障害になるだろう。
(注2)試験・研究としての実施の例外について言及している最高裁判決からは、別の要件が読み取ることが出来るのではないかとの指摘が会場からなされた。最高裁判決について、機会があれば研究したい。
(注3)K. Strandburg, "Users as Innovators: Implications for Patent Doctrine", 47 University Colombia Law Review 467 (2008)(井関教授のレジュメで紹介されていた)
(注4)J. M. Mueller, "No Dilettante Affair: Rethinking the Experimental Use Exeption to Patent Infringement for Biomedical Research Tools", 76 Washington Law Review 1, 52, footnote 255 (2001)(井関教授のレジュメで紹介されていた)

■私見
(1)リサーチ・ツール特許問題の解決の方向性について

解決の方向性として、ガイドライン等のソフトローにより調整することが妥当と考察された井関教授の見解に賛同したい。
理由を付け加えるならば、リサーチ・ツールについては、その他の技術分野と異なり、研究開発専業者という者が想定しづらい可能性があり、私的な調整に委ねても効果的にいく期待があることが挙げられる。
リサーチ・ツールが研究開発に用いる技術であるため、リサーチ・ツールの開発者は、ほぼリサーチ・ツールの利用者になりうるように思うのである。もちろん、観念的には、実験、実証に関わらない理論研究のみを行い、特許権を取得することもありうる。しかし、おそらく、そのような場合は限定的なのではないだろうか(注5)。
もしそうであるならば、リサーチ・ツール特許の行使は相当に勇気のいるものとなる。濫用的な行使を警戒する必要は必ずしも高くない。ならば、各技術領域での自由に委ねることが出来るイドライン等のソフトローにより調整は適切である。

(2)試験・研究としての実施の例外をリサーチツール特許問題解決に用いるべきでないとする意見について
なお、リサーチ・ツール特許の使用に対して、仮に実施の例外を認めると、リサーチツール特許を取得する意味をなくす、との点が、試験・研究としての実施の例外について通説どおり解釈する根拠であるように説明されていた点があったが、これにはもう少し丁寧な説明が適切であるように思う。
米国でStrandburgが述べるとおり、非営利な場合に限って試験・研究としての実施の例外を認めるなどの、中間的な制限を行う選択肢はありうる。そのような中間的な制限を取れば、リサーチ・ツール特許の意味は完全に没却されない。リサーチ・ツール特許の意味は決定的な理由とは理論的にはなりにくいように思う。
しかし、非営利な研究の実施機関と一般的には考えられる大学・国立研究機関であっても、産学連携を促す施策が進められてからは産業界との結びつきがより強くなっており、営利・非営利の区分は難しいだろう(注6)。文部科学省「平成20年度 大学等における産学連携等実施状況について」によれば、年々産学連携活動が深まっていることがわかる。
運営母体の営利・非営利で区分する手もあるかもしれないが、そのような形式的な解釈は、企業がその研究活動を積極的に大学で行う動機付けにはなるが、そもそもの特許権者との利益調整としてはうまく機能しないだろう。
つまり、営利/非営利で試験・研究としての実施の例外の適用を区分すれば、リサーチ・ツール特許の意味を完全に没却することは理論的にはないが、実質的に没却することになる、という説明が良いように思う。

(注5)この点は、現場の研究者の感覚や、何らかの実証が必要である。
(注6)米国でもその傾向が顕著である。Madey v. Duke University, 307 F.3d 1351(Fed. Cir. 2002)に対する評釈である、E. A. Rowe, "The Experimental Use Exception To Patent Infringement: Do Universities Deserve Special Treatment?", 57 Hastings Law Journal 921 (2006)が同判決の方向性を支持する理由として指摘するところである。
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[つぶやき]日本工業所有権法学会 平成21年度研究会を聴講して

神戸大学で開かれた、日本工業所有権法学会 平成21年度研究会の末席を汚してきた。
商品の容器・包装、それ自体の形状を巡って、商標法3条1項3号の判断基準として、従来と異なる基準が示されたシーシェルバー・チョコレート事件(知財高判平成20年6月30日・平19(行ケ)10293号・裁判所HP)の評価など、新しい展開について議論だけでなく、競争法との交錯領域について根源的に考える場にもなっており、大変勉強になった。

いくつかの報告を受けて考えるところがあったので、まとめていきたい。
現在関連する本ブログの記事は以下のとおりである。
なお、下記の記事には筆者がまとめた報告の概要を含むが、筆者の理解の誤りが含まれている可能性があることをご容赦いただきたい。正確な内容については来年刊行される『日本工業所有権学会年報』を必ずご参照いただきたい。

「[特許]リサーチ・ツール特許問題の解決にはソフトローで」(2009年9月12日記事)
「[意匠]スペアパーツに対する意匠権の制限」(2009年7月17日記事のアップデート)
posted by かんぞう at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

[特許]特許市場の形成とライセンス情報の開示

M. Lemley and N. Myhrvold, "How To Make A Patent Market", ____ Hofstra Law Review (2008)読書メモ

たった3ページのエッセイではあるが、StanfordのLemley教授とIntellectual VenturesのMyhrvold CEOの共著であり、大変興味深い。

■論文概要
特許権者がライセンス価格を秘匿しがちであるために、その価値について市場で価格形成が極めてなされにくい。
その結果、特許権侵害訴訟において当事者にとっても、陪審員にとっても(注1)合理的なロイヤリティの算定が困難となり、結果として、ホールドアップさせた特許権の利用者に対し、特許権者が不相当に高いロイヤリティを請求する事例につながっている。
特許の取引を成立させ、ホールドアップ問題を回避するためには、ライセンス条件の開示を行うことが手である。特許権者にとってライセンス条件は秘密であるべきだとの議論もあるが、全ての者がライセンス条件を開示するのであれば不利になることはない。

■特許流通促進の観点からは考えられる制度設計
おそらく、ここでは、ライセンスの相手方の開示は問題でなく、ロイヤリティ料(または料率)、ライセンスの期間に限って一律に開示する制度設計が志向されるのだろう。

特許流通促進という観点からは制度設計としては望ましい。(もちろん、ホールドアップ対策になる、という点も見逃すことは出来ないが、これは差止請求権の調整でも解決しうる)

共著者のミヤボルド氏のビジネスを考えると、この主張はうなづける。

ただし、特許権は自ら実施するものである側面が大きい。その点への配慮が気になる。論文からは十分に配慮しているとは読むことが出来ない。

■現実に開示されるであろう情報は有益な情報なの
しかし、注意しなければならない点がある。

我が国で特許権のライセンシーの保護制度のあり方を巡る議論で見られるように、ライセンス条件は必ずしも個々の特許権に紐づいているわけではない。
例えば、以下のような可能性がある。
・多数の特許権を対象としたクロスライセンス(この場合、個々の特許権の価値は常に十分に評価されているとは限らない)
・技術移転・ノウハウ移転の対価も含めたロイヤリティ料設定
・金銭以外での対価設定(たとえば、販売における協力関係の構築)

契約は柔軟な条件を設定できることが魅力である。その分、その内容は簡単に比較できない。そうであるならば、ライセンス条件の開示制度は期待した効果をあげることはできないだろう。

また、企業側は自社の交渉事情を明らかにしないためにも、契約条件に工夫を凝らして、秘匿する手段を追求するものと思われる。

(注1)米国の特許権侵害訴訟が前提となっていると考えられる。
posted by かんぞう at 06:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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