2009年04月27日

[時事]著作権法とネマワシ

著作権法がビジネスにおいても重要度を増すと平行して、創作者間、創作者ー頒布者間、頒布者間それぞれで利害対立が先鋭化している(注1)。同時に、創作活動に資する道具が増加し、多数のクリエーターが登場し、「一億層クリエーター」化が進んでいる。さらに、情報のデジタル化が進み、侵害行為とその発見双方が容易になっている。

このような変化がある中で、制度を設けたり、変更する場合に関係者の利害調整は大変だと思う。現実に利害調整を行っているのは、我が国では間違いなく霞ヶ関だが、いわゆる脱藩官僚による霞ヶ関回想本を読んでいると、業界の利害調整に慣れていない省庁もあるようだ。

おそらく文化庁もそのような省庁の一つであると思う。文部科学省も含めて、業務をざっと見てくと、業界の利害調整をし根回しをする経験というのは、それほど多くないように思える。

最近見たある論説で、元の著作権課長さんが「著作権延長を巡り多数の同一の批判が寄せられ戦慄を覚えた」趣旨を述べられていた。その背景は必ずしもわからないが、もし「祭り」にあって業務が進められないような事態があったのであれば、そのような行為を行った者には私としても怒りを覚える。矜持がある人間ならば適切な言説で意見を訴えるべきだ。だが、もしただの「パブコメ」できつい意見が寄せられた、ということであれば、甘ったれたことを言うんじゃないというのが本音だ。

利害対立の中で調整を失敗すれば、片方からボロクソに叩かれることは、やむをえない。まして、制度設計を行う霞ヶ関にいてそのような弱音は吐くべきでない(注2)。中央官庁のキャリア官僚という政策形成のプロフェッショナルである以上、甘い評価はできないだろう。

■文化審議会著作権分科会基本問題小委員会を見るとタメイキ…ただし留保すべき点も
Copyright&Copy Diaryの末廣さんが指摘されている(注3)が、著作権制度の根本的なあり方を議論するための委員会として設けられた文化審議会著作権分科会基本問題小委員会の委員が、現行の著作権制度にいわゆる保守的な方が多いように思われる。

ここからは、利害が鮮明になっていることを文化庁側が直視していないように見えてしまってもしかたない。

だが、これを合理的に解釈する2つの方向がある。

まずは、片方の意見に立って政策的価値判断として決定を下すとの態度をとったのかもしれない。
ただ、そうだとすると強固な理論武装が必要になるだろう。そのためには、理論上の調査研究が既に尽くされていることが前提条件になる。しかし、文化庁自身の研究や、関連する団体の研究を見ても、保護期間延長や私的録音録画補償金とDRMの関係について、海外の動向を含めてきちんと整理したものは十分に蓄積されているとは言えない(単に公開していない可能性もあるので外野はなんとも言えないのが本音だが)。
もし理論武装が十分でなければ、一方の業界からつつかれてまた「炎上」してしまう。前述の通り、文化庁の方は様々な利害調整を行うキャリアを積んでいるとは思えない。もしそうならば、慎重にあるべきだ。

次に、保守的な方々のガス抜きの場として設けた可能性も考えられる。

末廣恒夫さんの2009年4月20日の記事「基本問題小委員会傍聴記」『Copyright&Copy Diary』によると、同委員会の方向性が十分に示されていないということであるので、これは十分に説得的かもしれない(注5)。

そうであれば、少なくとも現在の原課の方々はなかなかのネマワシ上手である可能性もある。

■文化審議開著作権分科会法制問題小委員会を見ると応援をしたくなる
他方で、フェアユース規定を検討する法制問題小委員会は、法務省の担当者を含めており、精緻な検討を行う姿勢を読み取ることができる。

もっとも、イジワルな見方をすれば、すぐれて法制的な問題においては(産業界での根回しと異なり)根回しが上手、というだけなのかもしれない。

この点は、今後の動きを見ていきたい。

(注1)ただし、一部の著作物の世界では創作者の発言力は小さいことがある。
(注2)無数の匿名のパブコメより、特定の、迫力ある圧力団体から笑顔でドギツイ意見を提出された方がよほど怖い、と思われる霞ヶ関の方もいるだろう…。
(注3)末廣恒夫「著作権制度の根本的なあり方を議論する委員」『Copyright&Copy Diary』(2009年4月13日記事)。
(注4)末廣恒夫「日本版フェアユースを審議する法制問題小委員会が始まる」『Copyright&Copy Diary』(2009年4月25日記事)。
(注5)そうであってほしい…。なお、そうでなかった場合、著作権制度に対してリベラルな立場の方は、文化庁にパブコメを寄せるのでなく、他省庁の領空侵犯を支援するか、議員立法を支援することをおススメしたい。
posted by かんぞう at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月17日

[つぶやき]オペレーションシステムの巨人を遠くから観察する

特許権や意匠件の活用状況を見ると、マイクロソフトの動向は無視できない。気分転換がてらマイクロソフト・ジャーナリスト(マイクロソフトのおっかけ?)の書いた本(注1)を読んでみたところ、同社の今後の方向性を知る上で役に立った。

同社の方向性の一つとして、
−デジタル著作権管理を利用して海賊版を抑止すること
−途上国では、タイムチャージ制とするor機能制限をした安価版を提供することが示唆されている。

後者はデジタル著作権管理が出来ていないと実効的になることが出来ない。前者を前提としたものと言える。

バージョニング(例えば、一部が異なる機能・内容の著作物を、価格を変えて提供すること)は、海賊版抑止と、(著作物にアクセスが出来るという意味での)社会厚生の最大化を図ることができ、望ましい手法であるとの研究論文もある(おそらく、前提としては抑止力として十分に機能する模倣品対策制度が存在することが求められる)(注2)。

音楽CDを巡って、デジタル著作権管理に対する(感情面での)反発が生まれたこともあったが、この分析が正しいならば、マイクロソフトの行動は望ましいものと言えるし、合理的だ。

(注1)メアリー・ジョー・フォリー(著)=長尾高弘(訳)『マイクロソフトビル・ゲイツ不在の次の10年』(翔泳社、2008年)
(注2)WU Shin-Yi & CHEN Pei-Yu, Versioning and piracy control for digital information goods, OperRes 56(1) 157-172, 2008.
posted by かんぞう at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月16日

[つぶやき]関空まで時間がかかるのは単純に遠いから

知的財産に関係ないのだが、気になったので取り上げてみた。
この報道、読売からも朝日からもほぼ同内容の記事が出ているので、記者クラブ発表だと思うのだが、疑問がある。情報が足りていない。
(読売新聞2009年4月14日記事「大阪駅―関空30分台!「なにわ筋線」実現へ国交省調査」)
構想では、新線は新大阪駅から地下鉄道でJR大阪駅北の梅田北ヤード新駅を経由してなにわ筋を南北に貫き、分岐して難波駅でJRに、汐見橋駅で南海に接続し、JR阪和線、南海本線で関西空港につなぐ。

 大阪駅―関空の鉄道所要時間が、現在の1時間程度から30分程度短縮できるうえ、新大阪駅で新幹線、東海道線とも接続できるため、京阪神各地から関空への利便性も向上する。

この記事の「大阪駅―関空の鉄道所要時間が、現在の1時間程度から30分程度短縮できる」が特に疑問だ。記事からは、
大阪ー(徒歩)ー北ヤードー(なにわ筋線)ーJR難波ー(阪和線)ー関西国際空港
というルートと
大阪ー(徒歩)ー北ヤードー(なにわ筋線)ー難波ー(南海本線)ー関西国際空港
になると思うのだが、現在でも下記の区間はそれぞれ以下の時間がかかる。
JR難波ー(阪和線)ー関西国際空港 約35分(天王寺乗り換え、特急はるか使用)
難波ー(南海本線)ー関西国際空港 約35分(ラピート利用)

どうやって「30分程度短縮」するのだろうか?

少なくともなにわ筋線の効果で短縮するのではなく、阪和線なり、南海本線を、高架または複々線化した場合の効果ではないのだろうか。

なお、現在でも梅田から難波までは御堂筋線で15分弱(しかも御堂筋線は新大阪からつながっている)。現実に得られる時間短縮の効用はわずかであることが推測される。

アドバルーンにしてはあまりにずさんではないだろうか。意図的にミスリードしているのでないことを願いたい。
posted by かんぞう at 02:05| Comment(2) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月14日

[特許]医療行為を特許保護しない日本の制度は「遅れている」?

手術・投薬方法を特許付与対象とすることで政府で検討されていることが去る3月17日に報道された(注1)。

医療行為に関する発明について「産業上の利用可能性」がないとして特許保護を与えない現状の運用には、疑問の声もあるところであったし(注2)、また、医療関連産業振興のためには特許保護が望ましい、との意見も少なくないところである。

そのような意見には傾聴すべきところがある。

もちろん、このような問題意識は、これまで多々、議論が積み重ねられてきたところである(注3)。しかし、踏み込んだ結論は今まで出されていなかった。そのための期待感の裏返しなのか、医療行為に関する特許保護が手厚い米国との差異や、2006年、欧州では欧州特許庁審決を受けて治療方法に関する特許保護が認められるようになったこととの差を捉えて、日本の制度が「遅れている」と捉える意見が一部である。これに、私は疑問を感じる。

本当に遅れているのだろうか?

少なくとも米国との大きな差としては社会保険制度の違いが存在する。

医療行為に関する発明について特許保護を与えた場合(当然ながら、医師による医療行為は免責される制度設計となるであろうから(注4)、当該部分でのライセンス料は問題としない)、当該行為を支援する機器にライセンス料が上乗せされることとなる。そのような超過利潤の一部は、我が国では社会保険制度による診療報酬償還制度や税金によって賄われる。

欧州においても手厚い社会保険制度が存在するが、欧州連合で発言力の多いドイツ、フランスでは、公的負担の中でも保険料による部分が大きい。それ故、国の財政へ強く影響することは考えにくい(もっとも、イギリスなど国の負担が圧倒的に大きい国もあるため、欧州全体で同じことは言えない)。

我が国に目を向けると、社会保険に関する国の財政上の負担が課題となっている。医療行為に関する発明に対する特許付与に積極的になれない理由は、ここにもあるのではないか(注5)。

(注1)日本経済新聞2009年3月17日夕刊(東京版)
(注2)「外科手術の光学的表示方法事件」東京高判平成14年4月11日では、裁判所は「医療行為に係る技術についても「産業上利用することのできる発明」に該当するものとして特許性を認めるべきであり、法解釈上、これを除外すべき理由を見いだすことは出来ない、とする立場には、傾聴に値するものがある」と述べている。
(注3)霞ヶ関内部での議論としては、平成14年度の産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会医療行為WGなど。
(注4)医療行為に関する発明に対し特許保護を与える場合、医師の行為が免責される条項を付加することはほぼコンセンサスがあると考える。その一例として、上述の裁判例「外科手術の光学的表示方法事件」においても、現在の特許法上の運用を肯定する理由として、医師の行為が免責される条項が無いことを指摘していることが挙げられる。
(注5)「産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会医療行為WG第1回議事録」〔澤委員発言〕では、社会保障制度により賄われていることへの注意喚起がなされている。
posted by かんぞう at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月09日

[特許][時事]「特許が危ない」を見て

一つ前の記事は、NHKの2009年4月8日23:30〜放送「時論公論 特許制度が危ない・知財高裁の課題」が放送される前に書き出して、途中で完成させたものなのだが、番組の最後で興味深い指摘がなされていて、しまった、さっきの記事に変な注釈なんかいれるんじゃなかったと思った。

同番組では知財高裁の目玉の一つである専門委員において産業界の人材が十分に活用されていないことを指摘していた。その理由として法務省側は「利害関係者を含んでしまうことを懸念している」ようだ。

そうだとすれば非常にもったいないし、政策目的に叶っておらず問題であると言えるかもしれない。もちろん、現実には、知的財産実務に習熟していて専門委員も務められるようなベテラン…となると、大手企業関係者に限られてしまうから仕方ないのだよ、という声もあるかもしれないが…(注1)。

(注1)ただし、そういうベテランが本当に「利害」に動かされるかは不明。私の感覚では(感覚で恐縮だが)特許屋さんの世界のベテランの方々はやたら気骨があって、技術重視で、所属した組織の利害よりは、技術分野の利害に興味をお持ちであるイメージがある(笑)。
posted by かんぞう at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月08日

[特許]ダブルトラックの解消の方向性によっては可能なこと…かも

課題と見られていた(注1)特許侵害訴訟での無効抗弁と、無効審判のダブルトラックについて、解消の方向で検討されているようだ。

特許庁の無効審判制度の制限と、裁判所の判断への一本化
(日本経済新聞2009年4月5日朝刊)

具体的な方向性はわからないが(注2)、上記の新聞報道を見る限り、侵害訴訟が提起された場合には裁判所での判断に一本化されるのだろう。

そうすると、特許権を無効にする判断の場面においては、当事者での主張立証が尽くされることが期待できるようになる(ただし、純粋に無効審判の場面は除かれるが…)。

そうだとすると、こういう制度をとることは出来ないだろうか?

■進歩性判断に言う「公知技術」に当業者の事情を加味する方向はどうか、という提案
進歩性の判断にあたっては、新規性判断に用いた「公知技術」(先行技術文献)が元となる。つまり、公然知られたことが求められ、特定の者への開示では公知技術とされない。

しかし、技術分野が細分化するいま、当業者が限られている場合も存在する。そのような場合に、技術の安全性を確かめるためなど、技術的な情報交換を行う場面で開示された技術に基づいて特許出願が行われてしまうことはフェアとは言えないように思う。

そうすると、今までの基準では「公知」とは言えないが、当業者の中では知られていると評価しても良い技術は「公知技術」と扱うことも手ではないだろうか。

これを特許庁の審査/審判のみにゆだねることは行政のコストを増大させるが、当事者が主張を尽くす場面を経るのではあれば、考慮しうる選択肢となるように思われる。

■先行技術を当業者の事情を加味して限定する方向はどうか、という(突飛な?)提案
他方で、無効とする方向に進みすぎることは特許制度を機能させなくする可能性もある。だとすれば、以下のような「アメ」はどうだろうか?

日本においては特許権が侵害訴訟で無効と判断されやすく、使いにくいという声もある(注2)。
もしかすると、何らかの余事が考慮されたり、あるいは、当事者の主張立証の問題もあるのかもしれないが、侵害とされた者が命運をかけて世界中の先行技術文献を渉猟することは少なくとも要因の一つであろう。

情報の国際的なアーカイブ化が進んでいる現状において、先行技術文献を探すことはかつてに比べ容易になっている。新規性の判断において世界公知を、進歩性の判断において「最高の知識を有していること」を求めることは本当に妥当なのだろうか。

理念としては十分理解できるが、これまでは必ずしも世界すべての先行技術文献に触れることができていなかったために、調和があったのではないか。

そうであるならば、新規性の基準とする先行技術文献において当業者が通常接することができたか、などといった事情や、進歩性判断の先行技術について当業者の事情を加味してみてはどうだろうか。

前者については、審査の負担が増え、また、人類の知識増大に寄与している訳ではないので、制度の目的に反するかもしれないが、後者については考慮の余地があるようにも思う。

もちろん情報化が進んだのだから、やむを得ないという価値判断も十分にあり得る(注3)。

(注1)高部眞規子「知的財産権訴訟 今後の課題(上)」NBL859号(2007年)14頁〜22頁。なお、同論稿については本ブログ2007年7月10日記事「[特許]高部判事が指摘した今後の課題を読む」参照。
(注2)日本経済新聞2009年1月12日「法務インサイド」。NHK総合 2009年4月8日23:30放送「時論公論 特許が危ない 知財高裁5年目の課題」。
(注3)その点では、一概に「知的財産高等裁判所の課題だ」というのは早計ではないだろうか…とも思う。(と、NHKの上記番組を見ながら書いてみた)。
posted by かんぞう at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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