2007年11月27日

[時事][著作権]著作権侵害×3回=インターネットアクセスを禁止―フランスの取組みの是非―

すでに話題となっているが、フランス政府が、インターネットを通じて音楽、映画の違法な複製物を入手した者が3回警告を受けた場合、インターネットへのアクセスを禁止する、という措置を検討しているようだ。

間接侵害に用いられるものがP2Pソフトウエアがならば、インターネットは間接の間接侵害のツールであろう。その利用を禁止するというのは、その手段の合理性について、憲法学からは疑問符がつくかもしれない。

なお、こういう一見するととっぴな法制度の場合、実は制度上の違いが反映されることもあるが、本件に関連しそうなあたりは次のようになっている。
 著作権侵害罪=非親告罪
 使用料徴収分配組織を法定
これを見ると、わざわざインターネットアクセスを禁止しなければならないような制度的要因は見当たらない。

たとえば、3回警告を受けたものは過料を支払い、それが使用料徴収分配組織に納付されるというのも手ではないか、と思う。
ただし、この手法では、十分な資力がないとサンクションとしては足りない。

他方、インターネットアクセスを禁止したとしても、それが、当人が自宅からアクセスするためプロバイダと契約することを一定期間阻むのであれば、まだ受け入れやすいものかもしれない。(ただし、ネットカフェなどの環境が十分にあることが前提であるが)

知財の側から見ると知財政策というよりは、特定の産業、文化の保護立法と映る性格であり、憲法上の問題をはらんでいると思われるが、その議論は憲法学にゆだねたい。

参考文献
NewYorkTimes(2007年11月23日)
http://www.nytimes.com/reuters/technology/reuters-piracy.html?_r=2&oref=slogin&oref=slogin
BBCニュース(2007年11月23日)
http://news.bbc.co.uk/1/hi/technology/7110024.stm
フランス大統領府ニュースリリース(フランス語)
http://www.elysee.fr/documents/index.php?lang=fr&mode=view&cat_id=5&press_id=701

(注)フランス著作権法上の条文はこちら。
http://www.cric.or.jp/gaikoku/france/france.html
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2007年11月25日

[特許]独占的通常実施権者による損害賠償請求権と、権利者による損害賠償請求権の関係について示した興味深い判例

大阪地判平成19年11月19日(平成18年(ワ)第6536号、平成18年(ワ)第12229号)判例集未登載

本判決は、独占的通常実施権者による損害賠償請求権と、権利者による損害賠償請求権の関係について興味深い解釈論を示していると思われるので紹介する(注1)。

1.事案の概要
(1)事実の概要
X1は爪切りに係る考案につき実用新案権(以下、本件実用新案権という)を有する者であり、X2はX1を代表者とする有限会社であり、本件実用新案権につき独占的通常実施権を有すると主張している。X1らは、Yが輸入するイ号物件が本件実用新案権を侵害するものであるとして、技術評価書を添えて警告を行ったところ、Yはイ号物件につき本件実用新案権の侵害を避けるべく改造をし、ロ号物件を製造した。
X1らはこれら一連の行為が本件実用新案権を侵害するとしてYらを相手取り、以下の請求を行った。

(2)原告の主な請求
X1、X2はイ号物件、ロ号物件双方が本件実用新案権の技術的範囲に属すると主張し、X1は、(請求1)本件実用新案権侵害による損害賠償請求(なお、実用新案法29条3項に基づき損害額を計算している)、(請求2)本件実用新案権侵害によるイ号物件の輸入差止、および、イ号物件・ロ号物件の販売差止・廃棄請求を行い、さらに、(請求3)X1らが取得したイ号物件の廃棄請求権の侵害または債務不履行に基づく損害賠償を求めた。
X2は、(請求1’)本件実用新案権に係る独占的通常実施権侵害による損害賠償請求(なお、実用新案法29条2項に基づき損害額を計算している)、(請求2’)本件実用新案権に係る独占的通常実施権侵害によるイ号物件の輸入差止、および、イ号物件・ロ号物件の販売差止・廃棄請求を行った。
なお、イ号物件が本件実用新案権を侵害していることはYも認めている。

2.判旨
裁判所は、ロ号物件につき検討し、本件実用新案権の技術的範囲に無いと認定した上で、Yはロ号物件への改造により侵害を回避したとして、(請求2)についてはイ号物件の輸入の差止について認め、それ以外は過剰な差止であると述べた。
(請求3)および(請求1)については以下のとおり判断した。

(1)(請求3)侵害品の改造行為は侵害品の廃棄請求権の侵害にあたるか「実用新案法27条1項…(中略)…の差止請求権は,所有権に基づく物権的請求権と同様,侵害行為やそのおそれが存するに連れて不断に発生し続け,侵害行為やそのおそれが消滅した場合に発生しなくなるものにすぎない(すなわち,差止請求権をある時点で取得し,それが存続するという性質のものではない。)。
そのため,侵害行為やそのおそれの存否は,この請求権の存否を確定すべき時(事実審の口頭弁論の終結の時)を標準として定められるべきものであり,その標準時点を離れて差止請求権の「取得」や「存続」は観念できず,したがって,「取得した権利」の「消滅」や「無になること」もやはり観念し得るものではない。そして,実用新案法27条2項が規定する侵害行為を組成した物の廃棄請求は,差止請求権の行使を実効あらしめるために,差止請求権に付随して認められるものであるから,廃棄の必要性についても,差止請求権と同様に事実審の口頭弁論の終結の時を標準として定められるべきものであって,その標準時点を離れて廃棄請求権の「取得」,「存続」も,取得した権利の「消滅」,「無になること」も観念し得るものではない。」

(2)(請求1)(請求1’)損害賠償、とくに独占的通常実施権者による損害賠償請求権と、権利者による損害賠償請求権の関係について警告後に行われたイ号物品の輸入分について、X1に対しては実用新案法29条3項に基づき、X2に対しては29条2項に基づき、それぞれ損害賠償が認められた。
「独占的通常実施権が設定されている場合には,…(中略)…,独占的通常実施権が無償で設定されていても,実用新案権者がなお実用新案法29条3項に基づく損害賠償を請求し得ることはこれを認めることができる。しかし,この場合に,独占的通常実施権者に同条2項の類推適用による損害賠償請求を認め,同時に実用新案権者にも同条3項による損害賠償請求を認めて,両請求権が単純に並立するものと解するときには,前記のような専用実施権が設定された場合以上の逸失利益を権利者側に認めることになり,均衡を失するものというべきである。また,同条2項による損害額の算定は,侵害者が実施行為を全く行わなかった場合を想定するものであるのに対し,同条3項による損害額の算定は,侵害者が実施行為を行ったことを前提とするものである点で,両規定は互いに両立しない状況を想定ないし前提しているのであるから,この点からも両請求権が単純に並立すると解することはできない。これらの点を踏まえると,独占的通常実施権者が有する同条2項の類推適用に基づく損害賠償請求権と実用新案権者が有する同条3項に基づく損害賠償請求権とは,重複する限度で連帯債権の関係に立つものと解するのが相当である。」
(なお、太字は筆者)

以上のように判断し、X1らの請求の一部を認容した。

3.若干の考察
(1)廃棄請求権の侵害について
妨害排除というものであること、クレーム外であれば妨害排除の必要が無いことに鑑みれば、当然の判断である。興味深い点は、おそらくこのように正面から述べた判決は少ないであろう点である。

(2)独占的通常実施権者による損害賠償請求権と、権利者による損害賠償請求権の関係について(a)これまでの裁判例
従来のものを見ると、管見の限り、権利者と独占的通常実施権者双方からの請求の場合は、独占的通常実施権者の損害額から権利者が受けるべき利益額を控除するものばかりである(注2)。また、明確に連帯債権であることを否定した事案も存在する(注3)。
本件のように連帯債権であると判示した例は見当たらなかった。

(b)私見
理論的には、損害の性質が異なり連帯債権関係にあるとすることには疑問を覚える。しかし、本件のように実質的に同一人と考えられる場合には、X2が強制執行手続きを行えば一度に全てが満足するという事実上の利点はある。理論上の問題も含めて研究したい点である。

4.雑感
判決文をお読みいただくと感じられると思うが、原告側の主張に雑さを感じてしまう(注X)。また、実際に認定された損害賠償額は11万円わずかに留まり、訴訟経済的にもまったく見合っていないものとなっている。

(注1)なお、恥ずかしながら手元の資料が不足しており、基礎的な先例・学説の分析も粗くしか出来ていない。それゆえ「思われる」にとどめている。
(注2)大阪地判平成3年5月27日知裁集23巻2号320頁。なお、当事者の主張自体が権利者の受けるべき額を控除した額の請求を行っており、これが認められたものとして東京地判平成17年3月1日判例時報1969号108頁。
(注3)東京地決昭和63年4月22日判例時報1274号117頁(盛岡一夫「判批」発明86巻3号(1989年))。
(注4)もっとも典型的に現れているのは次の箇所である(なお判決文に書かれているだけであるので、裁判官が誤って理解したという可能性も万に一つも無いわけではあるが)。Yがイ号物件を改造した行為を、<<第三者による>>X1のYに対する廃棄請求債権の侵害であると主張している。Y側が明確に指摘しているとおり、この場合Yは第三者に当たらない。初歩的な誤りをされているのはいかがなものか。
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2007年11月23日

[知財一般]インドネシアの知的財産制度の現状

BRICsの躍進が経済的に与える影響は大きいが、BRICsの経済力の下支えをしている国も気になるところである。インドネシアはそのような国のひとつであるが、なかなかなじみがない。RCLIPが、各国の知的財産権の現状についてのセミナーの中で、インドネシアの判事を招いていた。なかなか珍しい機会であるので聞いてきた。

1.報告概要
(1)知的財産権制度の整備状況

・1995年TRIPsに加盟。知的財産権制度を整備。企業秘密、意匠、IC特許、商標、著作権の6法に分かれている。
・企業秘密侵害以外の民事訴訟案件は、地方裁判所に存在する商事裁判所(全国に5箇所)で審理される。上訴は最高裁判所に対して可能(二審制か?)。審理期間は法定されており迅速な判断が下される。
・刑事訴訟は地方裁判所、高等裁判所(ただし、第1審で全面無罪判決が出た場合は最高裁)、最高裁判所の3審制であり、審理期間の定めがなく、判断が下るまで時間がかかるケースが多い。

(2)損害賠償請求の現状
・権利者は侵害により蒙った損害を立証を行う必要があるが、きわめて立証が困難。事実上、差止請求が中心となっている。
・弁護士費用については損害賠償に含まれない。

(3)刑事罰の現状
・商標権侵害においては、同一物品・役務における同一標章の使用の場合と、それ以外の場合(法律上は、類似物品・役務における類似標章使用の場合のみ規定(注1))

2.私見
損害賠償額の算定規定が無い。これは衝撃的であった。他国の制度を参考にしたらいいのに…というのが正直な感想である。
同国の訴訟制度は審級関係が複雑であるが、知的財産権侵害に係る民事訴訟が二審制となっていること、さらに迅速な判断が法律上も止められている点は特筆される。(もっとも、同国の司法制度は不備が多いとの指摘もあることに鑑みると、迅速な判断が運用として出来ているのは、現在、知的財産権制度が活用されていないからに過ぎない可能性も存在する)。
私は別件でインドネシアの法制度について触れたことがあり、そこでの印象がよくなかったため、ついついネガティブに捉えてしまうが、不備なり、大きな制度的な違いなりがある場合は、それだけ、正確に制度を把握する必要があるということだろう。
なお、インドネシアにおける知的財産権制度の現状に触れた文献で、私がざっと調べた限りでは以下のとおりである。

制度関連
ジェトロ−インドネシア
http://www.jetro.go.jp/biz/world/asia/idn/ip/
中川博司『東アジアの商標制度』(経済産業調査会、2007年)
新地真之「インドネシアにおける知的財産権エンフォースメント問題の歴史的考察(1)(完)」法学論叢157巻6号、8号(2005年)
山本芳栄「インドネシアにおける知的財産分野の損害賠償請求訴訟」知財管理54巻13号(2004年)
「インドネシア共和国における特許権行使上の留意点」知財管理53巻13号(2003年)

運用関連
富田徹男「インドネシアにおける内国民特許・意匠出願の分析」知財マネジメント3号(2005年)
http://www.me.titech.ac.jp/ip/Vol3/vol3p1.pdf

(注1)同一物品・役務における類似標章の使用、類似物品・役務における同一標章の使用についての規定が欠如している。報告者の誤記や誤訳の可能性もあるが、インドネシアの法律については、立法の過誤がしばしば見られるようだ(私は、JETROの報告書でそのような事実に触れた)。
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2007年11月19日

[著作権]著作権制度を巡る望ましさ―私的複製の範囲の制限と、「権利表示」の適正化―

■録音・録画物の複製物のダウンロードを私的複製の範囲から除くことの評価
先月、文化庁著作権審議会私的録音録画補償金制度検討小委員会の中間報告が発表され、違法に公衆送信された録音・録画物の複製物のダウンロード行為を私的複製の対象から外すことが提言として織り込まれた。

違法複製物のダウンロード行為を私的複製の範囲から外す最大の理由は、その規範的な問題点にあると思われるが、提言は録音・録画物に敢えて対象を絞っている。限定した根拠を中間報告から探ると、「経済的被害の深刻さ」にあるのだろう(注1)。

この点について穿った見方をすれば、「経済的被害の深刻さ」があるからこそ、私的領域まで権利を及ぼすことが許容されているのであり、公衆の表現活動の保障と、著作活動のインセンティブとの間のきわめて微妙なバランスの位置にあるように見える。

もちろん、まだ提言段階であり、どのような態様のダウンロード行為が私的複製の対象外とされるかわからないが、ここでは、著作権を侵害して複製された複製物の、故意または重過失によるダウンロード行為が私的複製の範囲外とされることを想定して考えてみた。

■提言により生じる懸念
もし、きわめて微妙なバランスの上に成り立っているとするならば、これにより損なわれる他の利益への配慮も行われるほうが望ましいように思われる。

一部の著作物に限り、また、対象となる行為が「ダウンロード」であるとはいえ、私的複製の範囲が減少することで、公衆に与える影響は少なくないものと私は考える。

私は、パブリックドメインとなった著作物についても、何者かが権利主張をし、その結果、公衆の利用阻害となることの弊害を懸念している。

懸念する状況は次のようなものだ。

ダウンロードするに当たり、「違法でない」ことを利用者が確保するためには、主にウェブを通じて、(i)対象となる著作物に係る著作権(もっとも、著作権のうち一部を譲渡することもあろうから、公衆送信権が対象となろう)を有する者を探し、(ii)その者が、自由利用を許諾しているか、あるいは、当該著作物がアップロードサイトを通じた公衆送信を許容しているか、を確認することになろう。
(著作権には(プログラム著作物を除き)登録制度がないため、利用者は著作権者と思われる者の表示を信じることになろう(注2))

このモデルが正しい場合、(a)真の著作権者は自由利用を許諾しているが、著作権者でない者が権利者であるかのような表示を行っている、(b)パブリックドメインとなったにもかかわらず、創作者が著作権を有するかのような表示を行っている、時に、公衆は本来利用できるはずの著作物を利用できない状況が事実上生じてしまう(注3)。創作活動を阻害につながることも十分考えられる。

もちろん、このような状況は、これまでもありえた訳であるが、従来は私的複製の範囲にある限り複製が出来たので、弊害がそれほどまでに顕在化していなかったと考えられる。

しかし、中間報告が提言する(注4)ように、(録音・録画物に限るとはいえ)著作物の複製物のダウンロードを私的複製から除くと、このような状況が顕在化することが懸念される。

■懸念への対処
上記の懸念への対処としてそれぞれ検討する。

(a)に対しては、虚偽の権利者表示であるが、「著作者名」を偽っていると評価できれば著作権法121条での対処や、著作者人格権侵害に基づく対処が考えられるが、そうでないならば何もできない。

ただし、真の著作権者に本来向けられるべき著作物利用の諾否のアクセスが行わなくなることなどが想定でき、真の著作権者に対する一般不法行為とされる可能性がある。

(b)に対しては、法的手段は考えにくい。

先に述べたように、弊害があることは述べた。では、どうすべきか。

たとえば、誤った著作権の存否、帰属に関する表示に対して公衆からの差止請求を認める、あるいは、さらに踏み込んで刑事的規制を加えるという手もある(しかし、表示が法的には意味を持たないことから刑事的規制は不自然であろう)。

もちろん、この方策はあくまで「望ましい」著作権制度についていうものであり、理論的に必要というものではない。
内容としてはあまりに突飛な意見かもしれないが、私的領域へ著作権が入り込む今、見直す部分は大きいように思えるのである。もっとも、誰もそんなこと言ってないので、実はクリティカルな間違いをしているかも…とも思っている。その場合はやさしく(笑)教えていただきたい。

(注1)しかし、その被害が本当に深刻であるのかについて疑問を呈する見解もある。たとえば、慶應義塾大学の田中辰雄准教授の研究は、ファイル共有ソフトのユーザーはそもそも潜在的消費者でない可能性を示している。また、中間報告のような書きぶりが、情緒的に過ぎるという旨の批判が小委員会の委員からもなされている。
(注2)私的な範囲の利用の場合、その真偽を確かめるだけのコストをかけることは事実上困難だろう、との推測が前提として存在する。
(注3)もちろん、法令遵守を前提とする限りである。私は、あまりに身近に違法領域ができることは、かえって著作権を守ろうとする意識の低下を生むのでは…とも懸念している。
(注4)厳密には、委員の多くがオーソライズした、というべきだろうか
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2007年11月18日

[意匠]部分意匠の類否判断基準―青木弁理士の整理に学ぶ―

1998年意匠法改正で導入された部分意匠制度は、世界的に共通の制度ではなく(注1)、制度としての使い勝手については必ずしもコンセンサスがある状況ではなさそうだ。特に登録の場面、侵害の場面それぞれでの類否判断については理論上も捉え方が分かれているようだ。
この点について、青木博通『知的財産権としてのブランドデザイン』(有斐閣、2007年)283頁以下(初出「タイプ別部分意匠類否論―部分意匠の類否判断」DESIGN PROTECT 50号(2001年))が理論的な整理を加えており、参考となったので備忘のため要点をまとめた。

■部分意匠における類否判断:配設関係の創作性の考慮をするかが分かれ目
青木弁理士の整理を元に考えると、最大の分岐点は、「部分意匠の登録において、配設関係の創作性を考慮するか」が、分かれ目になるようだ。

特許庁の運用(注2)では、3条1項3号の類否判断において配設関係も含めた総合的判断を行う、としている。これに基づけば、(1)部分自体に創作的寄与がある場合、(2)配設関係に創作的寄与がある場合、それぞれ類否判断が分かれ(注3)、(1)では単純に部分のみを比較し類否を判断し(注4)、(2)では登録された部分意匠の位置態様に類似した態様で、同一または類似の意匠が引用意匠またはイ号物件に用いられているかにより類否を判断することになろう。

しかし、このような理解には異論もありうる。明細書図面で破線部で囲んだ範囲だけが権利範囲といいながら、結局配設関係を考慮していることはおかしいのではないか、というものである(注5)。これに基づけば、上記の(1)の判断基準のみということになる。

■どちらを採るべきか?
物品の需要喚起機能を果たす形態を保護することが、部分意匠の目的と考えられるが、これに基づけば、位置が需要喚起機能を持つ場合は、これを保護することが望ましいものと考えられる。

また、仮に配設関係を考慮しないとなると、部品意匠との差異がなくなってしまい、制度的意義も欠くように思われる。

以上の点を考慮すれば、配設関係を判断基準に含めることが適切と考える。

■懸念事項:利用者にとっては権利範囲が不明確になる可能性
ただし、理論的に上記のように考えても、現実の利用者には権利範囲が判りにくい可能性がある。

まず、部分自体に創作的寄与がある場合では、通常の意匠権と同様、類否判断が分かりにくく、事実上同一の範囲のみにおいて権利行使することとなる可能性がある。あるいは、逆に類似の範囲を超えた権利行使が濫発する可能性もある(注6)。(もっとも、これは意匠制度の活用がより進み、多くの実務家の間に、ある種の共通の「勘」が形成され、多少なりとも解消されることになろう)。

次に、配設関係に創作的寄与がある場合は、公知意匠との関係で配設関係がポイントであることを利用者が把握できない場合、(すなわち、部分自体に創作的寄与があるかのように映ってしまう場合)、部分自体の模倣が事実上制約される懸念がある。

前者の点については、意匠制度一般に起こっている問題であるが、後者は部分意匠独特のものである。後者についての声は私はまだ聞いたことがないが、部分意匠の行使が増えた場合に、上記の懸念が生じないか、注視したい。


■このほかの関連文献
今後の参考としたい文献は以下のとおり(注7)。

佐藤恵太「部分意匠の権利範囲に関する覚書」牧野利秋退官記念『知的財産と現代社会』(信山社、1999年)
吉原省三「部分意匠の問題点」牧野利秋退官記念『知的財産と現代社会』(信山社、1999年)
板倉集一「侵害訴訟における部分意匠の類否判断」知財管理Vol.57 No.6(2007年)941頁以下

(注1)米国、OHIM(欧州共同体意匠規則)、韓国などでは部分意匠制度を導入しているが、現在のところ、中国では導入されておらず、カナダにおいても類似の制度が無いことが推測される。なお、中国は日本側からの働きかけ(中国専利法改正調査団の訪日に伴う意見交換会・シンポジウムの結果概要《特許庁へのリンク》)を受け、2008年専利法改正案に折込み、現在審議を重ねているようだ。
(注2)特許庁「意匠審査の運用基準」。
(注3)この点が、青木弁理士の理論的貢献のポイントと言えよう。なお、同旨の見解として、松尾和子「意匠制度110周年と改正意匠法の意義」特許研究28巻(1999年)7頁。
(注4)特許庁や裁判例の傾向に従えば、公知意匠を参酌して要部を取り出し、需要者に与える美感を比較することになろう。
(注5)吉原省三「部分意匠の問題点」牧野利秋退官記念『知的財産と現代社会』(信山社、1999年)はこの趣旨をいうものと思われる。
(注6)判定制度の活用が進むとこの点は解決できるのかもしれない。
(注7)なお、私はまだ確認できていない…。
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2007年11月17日

[つぶやき]司法試験合格者年3000人は第2のポスドク問題か

一部の弁護士さんの中には、司法試験合格者を増やしすぎたことを問題視する声があるようだ。

報道を並べてみる限りでは、
(1)就職難の合格者が発生している
(2)近年の合格者の質が低下している
(3)過当競争が生じ、サービスの質が低下する
(4)収入を得るために公的な活動(刑事弁護等)を避ける
ことが問題点として挙げられている。

私はこれらの指摘には疑問を覚えるところがある。

(2)は、現在の合格者に関しては旧司法試験との過渡期に過ぎないことを考慮するべきであると思う。(建前としては)旧試験はあまりいい制度ではなかった(注1)のだから、そこの合格者の質が(仮に一部の弁護士が言うように)低くても、「新司法試験に変えてよかったね」というだけである。もし新司法試験合格者の質が低ければ「法科大学院のカリキュラムを変えなきゃね」というだけであろう。

そもそも、このような「質の低下」の話が、ベテラン弁護士からの指摘と報じられている点が気になる。「最近の若者は…」という程度のものであるとすればがっかりである。

(3)は、確かにそういう弁護士が登場してしまうかもしれないし、収入を得るために過剰なまでに働き、クオリティの低い弁護があるかもしれない。しかし、そういう状況が生じるのは弁護士から他の仕事への転身が難しい場合である。知識社会において十分な知識、能力を身につけているのであれば、法律というツールを日常的な武器としない仕事は十分あるように思うのだが…。

この点について、朝日新聞2007年11月17日に掲載された佐藤幸治名誉教授のコメントが的を射ていた。佐藤先生は「現状の弁護士像にこだわるならば苦しい状況だが、他の領域でも活躍の余地がある」旨、指摘されていた。どのビジネスモデルもそうだが、通常何十年も持たない。弁護士業とて同じことではないだろうか。

なお、現在の弁護士さんの状態こそむしろよくないと思うこともある。私の同年代の弁護士さんは高給を得ながらも馬車馬のように働いている。弁護士が足りないのではないか、と感じさせる。これでは多くの若手の医師の現状と同じく、過労による弁護過誤が起きかねない。

(4)は、いままで通常業務でお金が稼げたから公的奉仕ができた、ということを前提にしているのだろうか。仮にそうだとすると、これはおかしい。法的サービスを利用する者に過剰に高い費用負担をさせ、公的奉仕にあてていたことになる。

望ましい社会にしたいのであれば、それなりのインセンティブ設定をすることで対処するべきではないか。

最後に、(1)の点については、現在の受験生・合格者には同情したい点もある。しかし、多くの受験生・合格者はきわめて理知的な方であろうから、合格者3000人と報じられた2002年段階で、市場としては厳しくなることは理解していたはずである(注2)。それくらいの覚悟は決めていたはずであるし、これを「かわいそう」などということは受験生・合格者をバカにしているのではないかとすら思えてしまう。

もちろん、「政府が積極的なPRをするあまり、就職難が生じるとは思えなかった」「裁判官・検察官の道の拡大が期待されたが、公務員削減のあおりで達成されなかった」という事情もあろう。このような状況のもと、司法試験という道を選んだ方が路頭に迷っているのであれば、それは第2のポスドク問題ともいえる。

懸念するのは法科大学院の予備校化の現状である。
カリキュラム以上に学生さんたちが試験ばかりを意識しすぎているきらいもある(注3)。そうなることで、「社会人基礎力がない」などとレッテルを貼られ、「法曹界以外では使えない」などといわれては、ポスドク問題と同じく、つぶしがきかない、ということにもなりかねない。
就職難であるからこそ、「受かる」よりも「使える」ものを身に着けて欲しい、と思う次第である。

(注1)だから新司法試験制度を導入した…はずである。ただ、私は旧試験が悪かったとは必ずしも思わない。多数の合格者がいる中であれば、整ったトレーニングを受けていない野武士のようなやつがいていいのではないか、と思っている。
(注2)ただ、私が知己の同輩・後輩たちには、ごく少数ではあるが、現状の弁護士の収入水準と、格段に楽になる合格率を夢見ている者がいた。これでは…と嘆きたくもなったが、合格者が増え競争が導入されれば、原理的には淘汰されるのだろうな、と感じたことがある。
(注3)一大学院生として、法科大学院の院生さんと触れ合っての個人的な感想である。
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2007年11月12日

[商標]商標の類似性の立証についての覚え書き

青木博通『知的財産権としてのブランドデザイン』(有斐閣、2007年)257頁-258頁の指摘に学ばされた。

商標の類似性を立証するにあたり、需要者における混同の程度を、たとえば「両者は似ていると思いますか」などというように単純にアンケートではかれば良いじゃん、と思っていたが、類似性の判断が、「外観、観念、称呼の印象、連想等の全体的考察」+「(その商品の取引の実情を明らかにする限り)具体的な取引事情に基づく判断」(注1)という法的評価であるので、単純なアンケートでは立証できない、と青木弁理士は指摘されている。

なるほどその通りで、立証の補助資料としてアンケートを用いるとしても、観念の類似性、著名性などを逐次確認していくことが大事なのだろう。

ただ、いつでも逐次確認することが必要なのだろうか。すくなくとも、〔氷山事件〕の判断枠組みに従うと、その商品の取引の実情を明らかにする限りにおいて取引事情が考慮されるのである。これが明らかにされていない場合は、取引事情について、アンケートで明らかにしていなくとも良いのではないだろうか。
(注1)〔氷山事件〕最判昭和43年2月27日民集22巻2号399頁。
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2007年11月11日

[特許][時事]消尽理論の到達点と課題:キヤノンインクカートリッジ事件最高裁判決

■知財高裁ロジックを覆した最高裁判決に驚いた
先日、本ブログで「[時事]キャノンインクカートリッジ事件終結へ」(2007年11月2日記事)として、キヤノンインクカートリッジ事件上告審を取り上げたが、その段階では、最高裁は知財高裁の判断基準を踏襲するものと思い込んでいた。

当該記事で述べたように、知財高裁の役割は高度な事実認定を果たすことであるのは間違いない。とはいえ、法解釈についても事実上影響力が大きいのでは、と感じていたからである。

しかし、実際に判決(最判平成19年11月8日平成18年(受)第826号)が下って驚いた。
判決は次のように締めくくっていた。
原審の判断は,結論において正当

つまり、知財高裁のロジックについては、これを覆したのである。

■知財高裁ロジックとの違い
ご存知のように、原審の知財高裁平成18年1月31日判決(平成17(ネ)10021号)では、
(ア) 当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(以下「第1類型」という),
又は,
(イ) 当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(以下「第2類型」という)
には,特許権は消尽せず,特許権者は,当該特許製品について特許権に基づく権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。

との2類型を提示していたが、これに対して最高裁は、
特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである。
そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。

と述べ、第一類型と第二類型を融合させたような、従来見られなかった判断基準を示した。

従来見られなかったとはいえ、多くの議論を巻き起こした消尽理論の理論的な到達の一つといえる判決であることは間違いない。これまでの判例の中で示されていた理論の問題点を解消する論理構成となっている。

知財高裁ロジックが、製品を判断基準としていると理解できる第一類型と、クレームを判断基準としていると理解できる第二類型を並べたことで、理論的な「なぜ」を提供していたことに比べると、理論的な整合性が保たれている。

■最高裁ロジックの課題?
しかし、結局のところ、総合考慮に持ち込まれてしまったことには、予測可能性の点で課題があるように感じる。

原審との比較で読むと、第一類型に該当しても加工の内容いかんでは特許権が及ばないこととなるように思われる。また、第二類型については本質的部材の交換があっても取引の実情いかんでは特許権が及ばないことになるように読める(注1)。
(これらは特許権者に不利なように働くので、取引の安全を害する可能性が低い点でよいのかもしれないが。)

他方、読みようによっては、本質的部材の交換でなくても、取引の実情等をふまえ権利行使が認められる可能性もある。

いずれにせよ、判決の積み重ねを待たないことには基準がわからなくなった点には、もうちょっとがんばって精緻化してくれても良かったのに…というわがままな願いを覚えなくもない。

■参照すべき記事
なお、本判決に関しては、『企業法務戦士の雑感』のFJneo1994さんが「[企業法務][知財] 決着が付いた日。」(2007年11月8日)で詳細に分析され、コメントされている。

FJneo1994さんは、理論的に整理されている点で本最高裁判決を評価なさっている。私とは評価が異なっているが、学説上の議論も盛り上がることがあれば、面白い(注2)。

また、FJneo1994さんはキヤノン特許部隊のクレーム書き能力のすばらしさも指摘されている。私はクレーム書きには全く明るくないためその評価すらできないが、丸島儀一氏が紹介されているように同社の知的財産部自体の活発さは特筆すべきものと言えよう。

(注1)知財高裁は「特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合であっても,当該製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度や取引の実情等の事情により「生産」に該当しないものとして,特許権に基づく権利行使をすることが許されないこともあり得るという趣旨であれば,判断手法として是認することはできない。」として同様に批判を述べられている。しかし、それが均衡点である、と考えることもできるので、理論上クリティカルな批判ではないのかもしれない。
(注2)私の考えのようなしょぼい見解が一蹴されて終わりという可能性が高いが…。
posted by かんぞう at 19:29| Comment(2) | TrackBack(1) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月08日

[知財一般]模倣品・海賊版拡散防止条約の方向性が知りたい

外務省、経済産業省などが連携して、模倣品・海賊版拡散防止条約の策定・合意にあたるようだ。
その内容はプレスリリース(http://www.meti.go.jp/press/20071023001/001_press.pdf)から推し量るしか無いが、
知的財産権の執行に係る強力な法的規律と、その執行の強化及び国際協力を柱とする

と言うからには、水際規制が主なのだろうか。水際規制は税関当局(日本ならば主務官庁は財務省)である。省の壁を越えて取り組んでいただければなあと思う。
ただし、日本の現行制度はTRIPsとの整合性について疑義が上げられたところであり、制度設計の慎重さも求められるのではないだろうか。

気になる点として、
消費者健康や安全を脅かしている

というが、これは標識や表示に関する知的財産権の冒用があった場合に限られるだろう。特許や意匠の冒用であっても、それは単なる「粗悪品」にすぎないし、粗悪品は摸倣品に限ったことではない。
単なるキャッチフレーズだろうか。

いずれにせよ方向性が知りたいところである。関連する外国政府のサイトから情報を集めたい。
posted by かんぞう at 01:59| Comment(2) | TrackBack(0) | ☆知財一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月06日

[商標]商標的使用の判断基準を巡る覚え書き

商標的使用についてわからない!」と感じたので、最近ささやかながら初心に返って勉強している。本ブログのコメントでサイバーさんから教えていただいたように、これまでの裁判例を見ると「混同を導き出す道具概念」であるようだ。

ではどういう基準なのか、と言うところが気になるが、これも経験則的に導くしかなさそう、ということもわかってきた。

その経験則的なまとめをされた先行研究として、榎戸道也「商標としての使用」牧野利秋=飯村敏明編『新・裁判実務体系 知的財産関係訴訟法』(青林書院、2001年)410頁がある。その中では商標的使用を否定的に判断される事情として11の事情が挙げられているが、(直観的な思いではあるが)現在においては、もう少し整理できる余地があるように感じた。

少なくとも、整理できる箇所は一点あった。

事情の一つとして商標権者の不正な意図による登録というものが挙げられていたが、これは現在では商標的使用で処理するよりはむしろ商標法39条、または権利濫用とした方が、理論的に適切ではないだろうか(注1)。

(注1)平成16年改正で特許法104条の3(いわゆるキルビー抗弁)が新設され、これを同年の改正で商標法39条が準用するようになった。榎戸裁判官がこの論稿を書かれたのが平成13年以前であるから、この点はやむを得ない。
posted by かんぞう at 01:20| Comment(10) | TrackBack(0) | ☆商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月04日

[つぶやき][特許]速い!

特許法の通常実施権等登録制度の改正の議論があっと言う間に進んでいる。
既に報道発表があったように、改正の方向性は固まっており、今月中にパブリックコメントが出される予定のようである(注1)。

■スピード感への感想
昨年、特定通常実施権登録制度が導入された際の審議で、包括ライセンスを保護する方向での改正が3回の審議で勧められたことに対し、委員の中山信弘教授から「ちょっと性急すぎる」との批判があがっていた。本件は、包括ライセンスのような法体系に大きく影響を与えるものではないし、知的財産研究所や学説上の議論もそれなりに深化しているものではあるが、やはり、半年足らずの審議で改正へ向かうと言うのには違和感が無いではない。

もちろん、迅速な法改正が必要であることは理解しているので、私の持っている違和感の根には、「だったら、なぜ今まで変えなかったんだ?」という思いがあるのかもしれない。客観的に見れば、迅速な議論をおこなっている特許庁のアクティブさが賞賛されるべきであるようにも思う。

■改正の方向性
配布資料と議事録からは、おおよその方向性として、以下の方向性が窺える。
[ライセンシー保護関係]
・通常実施権、専用実施権ともに対価に関する事項を登録事項から外す。
(なお、任意的登録事項にもしない。)
・通常実施権の登録において、その内容を証明する公正証書を添付した場合には、当事者の一方からのみの登記申請を認める。
・通常実施権の登録情報は、特定通常実施権登録制度と同様の段階的開示とする。
その他
・出願後の特許を受ける権利の移転は登録を効力発生要件とする。


このうち、通常実施権、専用実施権ともに対価に関する事項を登録事項から外し、しかも参考情報としての記載も認めない方向性であるようだが、これは、ライセンシーが新たなライセンサーと価格についての再交渉が必要となることを意味する。
通常実施権を登録していなかった者にとってはこれでいいかもしれないが、これまで通常実施権の登録制度を活用していた者にとっては困った事態であるように思う。

(注1)第3回通常実施権等登録制度ワーキンググループ 配布資料 資料8参照。
posted by かんぞう at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月02日

[時事]キャノンインクカートリッジ事件終結へ

昨日(2007年11月1日付)の新聞各紙報道によると、キヤノンインクカートリッジ事件(注1)の上告審において、弁論が開かれないまま判決期日が指定され、事実上、上告人(リサイクルカートリッジ製造事業者)の敗訴が決まったようだ。

■上告棄却の持つ意味:それほどないのでは?
この報道を受けて、若干の反応があったが、次の二つのような反応に関しては違和感を覚えた。

■「知財高裁の判決が事実上の最終審であることの表れ」との反応
高度の専門性を持った知財高裁の判断を、知財の専門家ではない最高裁判事が安易にひっくり返せる訳が無い、本件はその象徴的事案である、という捉え方である。
確かにインクカートリッジ事件控訴審判決を下した篠原裁判官を始め、知的財産法に造詣の深い裁判官の下した法的判断を覆すのは難しい。しかし、「難しい」だけであって、知的財産法に習熟した裁判官が最高裁に入ってしまえばそれまでなので、私は上記のような判断に違和感を感じた。
そもそも、知財高裁は(技術等の)「事実認定における専門性」を発揮することが設置目的の
一つである(注2)ようであり、法解釈について絶対的なものを期待されていると言う訳ではないと思われる。以前として最高裁判所が法解釈についての最高家にであることは間違いないのではないか。

■「環境保護(再資源化促進)vs特許権→特許権を優先」との反応
本件の一連の判決は、環境保護を前にしても特許権を優先させている、との捉え方もある。
しかし、これはあまりにも乱暴な見方である。本件はあくまで特許権の侵害があったか否かが争点であるが、特許権者の特許がたまたまインクの再充填をクレームに含むものであったことから、原則に従って特許権行使を認めるのは不自然でない。
また、仮に環境保護が至上命題であり、法的に保護されると言う「価値判断」(注3)に立つとしても、本件「リサイクル」が環境保護に叶っているか緻密な検証が必要ではないだろうか?輸送のためのエネルギーを使い、工場でインクカートリッジを洗浄し(その過程で廃液が出るだろう)ているわけであり、トータルの環境負荷は新規製造と比べどうなのか、少なくとも本件では明らかになっていない。
本判決により妨げられるのは、インクカートリッジを再利用する行為であり、再資源化と言う観点からは、カートリッジ本体がどのように利用されているかの視点を抜かしてはおかしい。この点に着いて既に特許権者も裁判所も対応していて、本体が別の形で再利用されていることを述べている。その点で、本判決は抜かりが無いと私は評価している(注4)。
なお、環境保護を至上命題とする「価値判断」に基づく、特許権行使の制限はあり得ない訳ではない(注5)。それが受け入れられるかどうかは別として…。

■競争法との関係
余談ではあるが、競争法の視点から面白かったのは、控訴審の判決中に、特許権者ビジネスモデルに対する競争法的視座からの丁寧な論評が加えられているところである。結論としては、純正品の価格が安いことなどを受け競争法上問題は無いとしている。
しかし、本論と関係ないのにここまで記述した背景には、これまでプリンター製造業界が行ってきたこと、すなわち、本体によるロックイン→インクで稼ぐ、と巷に言われるビジネスモデルを知的財産権を駆使して守っていること(注6)への何らかの意識があったのではないか。
既に本ブログで述べた([特許][時事]キャノンインクカートリッジ事件(2006年2月25日記事))ところではあるが、本件は、キヤノン製の、特定の特許権を利用したインクカートリッジが対象に成ったのであり、サードパーティー製のカートリッジで使いたいユーザーはキヤノンの当該機種から乗り換えれば良いだけである(注7)。

■小括
とつらつら述べたが、私は、単に知財高裁が述べた「生産」概念の筋が肯定されただけだよね、と考えている。それ以上でもそれ以下でもないように思う。

(注1)原審:東京地判平成16年12月8日判時1889号110頁、控訴審:知財高裁平成18年1月31日判決判時1922号30頁(平成17(ネ)10021号)。
(注2)首相官邸 知的財産戦略本部「知的財産高等裁判所の創設について(案)知的財産高等裁判所の創設について(案)」(2002年)
(注3)そしてそのような「価値判断」が裁判所の判断として正当化されるべきでないと私は思う。このような問題は立法により処理されるべきである。
(注4)この点について環境保護の観点から疑問を述べる増田守「環境保全の理念と特許法の理念との調和についての模索-インクカートリッジ事件を契機として-」パテント59巻10号(2006年)に私は法律議論としての違和感を覚えた。
(注5)EPO, "Scenarios for the Future" 2007 available at http://www.epo.org/topics/patent-system/scenarios-for-the-future/download.htmlは、日本が環境問題に関する特許権に対し強制許諾を与えるシナリオを描いている。
(注6)商標権の行使によりサードパーティー製インクカートリッジを排除を求めた事案として〔ブラザー事件〕(東京地裁平成16年6月23日平成15年(ワ)第29488号)、〔リソグラフ事件〕(東京高判平成16年8月31日判時1883号87頁)。
(注7)もちろん、本体価格を支払ったと言うことで多少のロック=インは生じている。
posted by かんぞう at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする