最近、自分の時間の確保ができていない。時間の量り売りをしていてはダメだ…と思うのだが。
そのような事情なので、今日は脱力系の書き方となっている。たぶん、間違い、ピンボケ
多数。
Dennis S. Karjala, Does Information Beget Information?, 2007
Duke L. & Tech. Rev. 1に触れた(注1)。この論文は、
オープンになった情報が新たな情報を生み、除法の豊富化に結びつくとし、情報の豊富かインセンティブ増大のため、情報をオープンにし、さらに創作活動を活発化させる仕組みとして創作者に対する情報
コントロール権の拡大を唱えるR. Polk Wagner, Information Wants to Be Free: Intellectual Property and the Mythologies of
Control, 103 Colum. L. Rev. 995 (2003)への批判が中心となってる。
Wagnerの主張は、2段階に分かれる。まず、情報は情報をねずみ算式に生む、と理解している。例えば
映画が発表されば、それに触発され、直接関係する評論、
小説、それに影響された小説…と情報の豊富化が起こる、と説明している。次に、そもそもの情報創出のインセンティブとして情報へのコントロール権が有用だとの前提の基に、コントロール権強化により情報豊富化を導くことができる、としているようだ(注2)。
で、カージャラの批判の要点は何点か有って、そのうち1つが、コントロールが行き過ぎたら負のインセンティブになるじゃん!というもの。
今回はこれに関して(言いがかりを)考えてみたい。
まず、今回は単純に「金銭的な」インセンティブを中心として考える。
現状の
知的財産法のもと、一つの作品(a1)で権利者が得られる利益をp[0][a1]とし、現状より情報へのコントロールが強くなった状態で権利者が得られる利益をp[1][a1]と便宜上表記する。
当然、
p[0][a1] < p[1][a1]
である。
で、この増加分の使い道であるが、他の侵害の可能性があるものへの
アタックに使われる可能性があるのではないか。
著作物においては顕著であると思うが、独自創作だろうが、「似ている」のであればとりあえずアタックしてみる、ということが考えられる。その原資には、コントロール権の強化により増加した金銭的インセンティブ部分が当てられるのである。
特に、 p[0][a1] << p[1][a1] の場合にその傾向は顕著だろう。
1回でも勝てば利益を一気に増やすことができるということで、濫訴となる可能性も捨てられない。
後から情報を生み出す者は、確率qでp[1][a1]に比例したいくらかの損害賠償を支払う潜在的なリスクが有る訳だが、qは増大するし、p[1][a1]はでかいし、というのであれば、合理的な者は一個良い情報を生み出したら、あとは情報の豊富化に寄与しない、というのがあり得ると思う。
というわけで、極端なモデルではカージャラ教授の言うことに賛成!というのが今回の記事であるが、後で、できるかぎりこの論文の要旨をまとめたい。
(注1)コンピュータプログラムの著作権法上の保護についてまとめた、『日本−アメリカコンピュータ・著作権法』(日本技術評論社、1989年)でご存知の方も多いはず。最近は著作権延長に反対する論文以外目立った活動がないような…。少し残念である。ちなみに、この論文も著作権延長に反対する立場からのもの。
(注2)まだ精読できてないので(ってほんとはかなーりまずいんだけど)とりあえず「ようだ」ってことで。なお、Wagnerはideaも含めたinformationすべてについて言及している。