2007年07月31日

[つぶやき]持続可能な権利保護

法と経済学関係の本を読んでいると、『「権利を守る」といっても、社会的厚生が増えるような形で保護がなされないと、いずれ権利者を守ることができなくなってしまう』、という趣旨の指摘があった(注1)。

文脈としては解雇規制の話の中にあった。あまりに解雇を制約すると新しい雇用への負のインセンティブになって、将来の雇用者にとっては勤労の権利が守られないかもよ、という話だ。

権利を与えられた者の機会主義的な行動はあり得る訳で、それをいかに防ぐか、言い換えると、潜在的な権利者の潜在的な権利を守れるか、という視点は大事なように思う。

さて、翻って考えると、近時の著作権を巡る議論の一部は、以上のような持続可能性を考えているのだろうか、という疑問がもたげてしまう。著作権保護期間延長論がその一つだと思う。今は著作権が何十年も及ぶことの弊害は少ないが、単純に思いつくものを並べても次の要因があるから弊害が少なかっただけではないか。

1)(自然人に帰属する著作権については)かつては知的財産権が意識されていた訳ではないので、相続にあたってなおざりにされていて、結果的に権利行使が難しくなっている。
2)デジタル化・ネットワーク化が進む前であったから、侵害(と権利者が考える)物の探索コストが高かった。

昔に公開された著作物も、新たに公開された著作物もどちらもデジタル化されるようになれば、2)を巡る状況は著しく変わる。自動で『似ているもの』を発見することができる。ダメモトで権利行使も可能になってしまう。そのようなリスクを負うことになる表現活動が、将来萎縮されないか、ひいては将来の文化発展を妨げないか、気になるところである。

(注1)樋口美雄・山川隆一「労働法」矢野誠編『法と経済学 市場の質と日本経済』(東京大学出版、2007年)
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2007年07月26日

[時事]個人の楽曲演奏シーンを含む動画を巡る新しい動き

最近、知的財産関係で、法律家以外にとってもホットな話題が乏しいように感じていたが、久しぶりに面白い報道があった。
ヤフーは自社の動画共有サイトへの投稿映像で使われる音楽について、著作権使用料を日本音楽著作権協会(JASRAC)に支払うことで合意した。ヤフーが支払いを肩代わりすることで、利用者は個人の楽曲演奏シーンがある動画を合法的に投稿できるようになる。(NIKKEI NET(2007年7月24日記事))

早とちり注意!対象は「個人」の「楽曲演奏シーン」だけでは?

この報道を受けて、著作権に詳しくない方ですべての楽曲が合法的にアップロードできると誤解されていた方がいたので、注意喚起をしたいのだが、この報道のポイントは、「個人の楽曲演奏シーンがある動画」という箇所にあるように思う。報道からは、あくまで「個人」が「演奏」(なお、著作権法上はここに「歌唱」も含む(著作権法2条1項16号括弧書き))している場合のみが対象だと読める。

そうであるならば、許容されるのは、
「著作権の対象となっている楽曲を個人が演奏した音声を含む動画」
(たとえば、コピーバンドの練習風景)
「著作権の対象となっている楽曲を個人が歌った音声を含む動画」
(たとえば、カラオケ
だけであって、エアボーカルや、著作物の対象となってる楽曲を動画に乗せたものは対象外となる。

この点については、Yahoo!Japanから詳細が公開されることを待ちたい。
読売新聞報道によると、この理解で間違いが無いようだ。

気になる著作者人格権

『企業法務戦士の雑感』のFJneo1994さんの2007年7月24日の記事は、JASRACは著作者人格権を対象としていないことを指摘している。指摘の通りであり、何でも許される訳でないことには注意しなくてはいけない。

コピーバンドの練習風景でも、独自のアレンジを加えたら、著作権侵害となる動画と評価されることには留意が必要なように思う。

…ところで…ヘタクソが歌ったら、もはや「著作物の再生」ではなく「意に反する改変」だと言われてしまうのだろうか?仮にそうだとすれば、ヘタクソさんが歌って投稿するときは要注意である(笑)

気になるYahoo!JapanとJASRACの間の利用料

上述のFJneo1994さんは、利用料の額についての合意形成にはなお困難な点があるのでは、と指摘されている。
この点について、JASRACの利用料規定(下記)を見ると、およそ広告料収入の3.5%あたりになりそうである。何曲使おうとこの額に固定されるので、高いと見るか、安いと見るかは微妙なところである。

参考:利用料規程
http://www.jasrac.or.jp/profile/covenant/pdf/royalty/royalty.pdf


追記(2007年7月26日)
詳細がわからないね、と書いたら、24日の段階で読売新聞に載っていた。私の読みはあっていたが、情報収集能力の低さを露呈してしまって恥ずかしい限りである。
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2007年07月23日

[知財一般]日本の技術を守るために、普遍的な技術を持つ人材の帰属意識を高める取り組みを!

産業構造審議会 知的財産政策部会に「技術情報の保護等の在り方に関する小委員会」が設けられた。

目的は、
技術情報の流出防止の観点から、企業等における技術情報の管理の現状や現在の技術情報の法的保護の有効性の検証等を行って官民それぞの課題を総点検し、技術情報の保護等の在り方について検討を行う

ところにあるようだ。

すでに不正競争防止法の改正により、法制度として技術情報保護が図られているが、その制度の点検という意味があるのだろう。作ったら作りっぱなしでない、という点は高く評価したい。

素人考えではあるが、日本の法制度面での抜け穴は無いように思われる。問題となるのは主に海外への流出だろう。懸念される流出先に技術情報保護法制の導入要求や、場合によっては法制策定支援を行うことがいるのではないだろうか。

運用の点については、経営サイドで改善すべき事項があるかもしれない。退職者の処遇についてである。

第1回小委員会の配布資料5「我が国における技術流出及び管理の実態について」に上がっている通り、ヒトからの流出、それも退職者からの流出は依然として大きな流出原因となっているようだ。

だからといって、一概に退職者による技術指導活動を禁止することはすべきでないと、私は考えている。技術情報は時に退職者の人格の一つになっていることがあるだろう。それを活用するな!ということは、あまりにも酷であろう。生きがいを失わせる場合もあるように思う。法的にも問題があって、「職業選択の自由」ないし「営業の自由」と言う点から、おそらく憲法上の問題をも生じさせる。

そうであるならば、退職者が問題となる流出を自発的に生じさせないようなインセンティブを設ける必要がある。「組織への帰属意識向上」や「継続雇用」への取り組みは、そのようなインセンティブの一つである。この観点から言えば、「猫も杓子もリストラ」という風潮は最悪であった。技術者の組織への帰属意識を削ぐのに十分であったと推測される。(言うのは簡単なので恐縮だが)多様な視点から評価できる仕組みによって、帰属意識を高める仕組みづくりを進めていってもらいたい。

ただ、退職者からの技術流出が本当に競争上の脅威となっているかについては、なお調査の余地がある。例えば中国を例に取ると、確かに、多くのOB人材が中国で技術指導を行い、結果として中国の製造業を中心として競争力が向上した。しかし、そうでなくても中国は競争力が増している過程でもあり、また、リバースエンジニアリング等を通じて得ていたものもあるだろう。

退職者から流れるのは、かつての技術情報である。必ずしも競争上の脅威に直結するものではない。問題は、ある程度普遍的な技術情報の流出であろう。そのような技術を持った人材を適切に確保する取り組みを行ってもらいたい。

なお、小委員会の情報は以下から入手できる。
《議事録、議事要旨、配布資料への入り口:経済産業省にリンク》
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2007年07月22日

[つぶやき]商標法26条を巡る刺激的な試論を聞いてきた

RCLIP第20回研究会に参加した。
茶園教授が26条1項2号・3号に意味について、通説的理解と異なる立場の試論を展開され、きわめて刺激的な研究会となった。内容は今年度末(あるいは今年末かもしれない)に、早大COEの成果集として出版される書籍の中に織り込まれるとのことであるので、ここでは触れないで置く。

茶園教授の試論は、26条と、「商標的使用論」(侵害訴訟の場では「使用」の解釈論としてあらわれてくるもの)、ならびに、いわゆる「キルビー抗弁」の関係にも触れ、理論的な整理として一貫されているものであった。学説に一石を投じるものとなると思われる。論文としての公表が俟たれる。

なお、研究会の場では美勢克彦弁護士が最近執筆された「商標権侵害訴訟における商標権の効力の及ぶ範囲について─商標法26条1項1〜3号の解釈を中心として─」牧野利秋ら編『知的財産法の理論と実務』(新日本法規出版、2007年)が議論のたたき台となっていた。

同書には興味深い論文が収められており、是非読みたい!と思うのだが、全4巻で20000円…ううむ…。貧乏な新入社員には厳しい額である。すでに目を通された方がいらっしゃったら評価を教えていただきたい。それによって背中をぽぉんと押されて買うことにしよう…。
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2007年07月20日

[時事]マニュフェストから知的財産に対する各政党の意識を読む、そして、ケチをつけてみる(笑)

選挙の夏が近づいている。このブログでは基本的に政治ネタは扱わない方針でいる(というより、私が単に政治に対してニュートラルなだけだが)、が、今回は「選挙に関心を持って投票に行こう」というノリで、知的財産の視点から選挙を眺めてみた。

眺める対象はマニュフェスト・公約とする。この点については、2005年のマニュフェストが興味深かった。海賊版拡散防止条約締結と特許審査迅速化を掲げる自民党に対し、フェアユース規定導入、デジタルアーカイブ政策などを民主党が打ち出すなど、興味深い政策提言が2大政党から行われていた。
(その内容はIT Mediaが的確にまとめている。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0508/30/news112.html

さて、今年はどうだろうか?知的財産に言及したマニュフェストの該当箇所を抜き出してみた。

1.マニュフェスト・公約で知的財産に言及した主な政党

現在、国会に議席を有する政党のマニュフェストを検討してみた。

(1)自由民主党
知的財産戦略の展開
民間活力の活用、外国特許庁との協力推進等により、2013年までに世界最高水準の迅速かつ効率的な特許審査を実現する。また、ひとつの発明が世界中で円滑に特許保護される「世界特許」の実現に向けて、「特許審査ハイウェイ」の拡大、特許制度の国際的な調和を目的とした「実体特許法条約」の実現に取り組むとともに、模倣品・海賊版の拡散を防止するため、「模倣品・海賊版拡散防止条約」の早期実現を目指す。
(155の約束)

(2)日本共産党
著作権制度の発展をはかります
 著作権は、表現の自由を守りながら権利者を守る制度として文化の発展に役立ってきました。デジタル化・ネットワーク化にともない芸術・文化の新たな利用形態が発展することは、国民の享受の条件が広がる点から歓迎すべきことで、それが適切な形で芸術・文化の担い手に還元されることが文化の発展にとって重要です。一般ユーザーだけの負担ではなく、著作物を利用することで利益を得るメーカーに応分の負担を求め、権利者の利益を守る方向で著作権制度の発展をはかります。
 映画スタッフや実演家の場合、著作権上の権利が十分に確立しておらず、そのうえ大企業や政府の都合で権利の縮小さえ狙われています。企業にすべて権利が移転してしまう現状を改め、映画監督・スタッフ・実演家の権利確立をめざします。
(2007年参議院選挙にのぞむ日本共産党宣言(12の重点政策))

(3)国民新党
特許庁の機能強化を図り、わが国のすぐれた技術の保護を図る。
(第21回参議院議員選挙 わが党の選挙公約)

(4)新党日本
原産地呼称管理制度創設
(マニュフェスト)
※ただし、食の安全についての提言箇所に記載


2.マニュフェストを読んでの私見

民主党、社民党は知的財産についての言及が無かった。知財の人間としては残念には思う。が、それぞれの政党の焦点は別のところにあるので、総花的なマニュフェストの中でなおざりに触れられるよりは良いのかもしれない。

自民党の提言内容は、知的財産に関する主な議論点についてバランスよく盛り込まれている。ただ、いずれも既に取り組みを始めているものであり、特に「迅速な特許審査」「特許ハイウェイ」「模倣品・海賊版拡散防止条約」は「知財推進計画2007」にも盛り込まれているので、目新しさが無い。この点は面白くない。

共産党の提言は、「権利者の利益を守る方向で」「メーカーに応分の負担」という点が気になる。「私的録音録画保証金」の大拡大でもしようというのだろうか、と思ってしまった。メーカーに負担を与えれば、かえって著作物の利用の機会が縮小する可能性があるし、その負担分は結局消費者(一般市民)が負うことになる。権利者の保護のためにはやむを得ない、ということなのだろうか。しかし、「企業にすべて権利が移転してしまう現状」であるならば、このような政策は、メーカー&消費者からコンテンツ事業者への利益移転が行われるだけに留まる気がするのだが…。
もう1点気になるのは、「映画スタッフや実演家の場合、著作権上の権利が十分に確立しておらず、そのうえ大企業や政府の都合で権利の縮小さえ狙われている」という点である。本当に権利の縮小が狙われているのだろうか?そのような改正の動きは聞いたことがないが…。仮に実演家等の権利が管理団体によって集中管理をされたり、あるいは、契約によって譲渡されたりした結果、主体的に行使できないことが多い点を問題視しているのであれば、それは、円滑な流通に必要なことであって、ひいては実演家等に資することではないだろうか。下手に権利強化をすると権利関係を複雑にし、著作物の利用を阻害し、結果として実演家等の利益を損なう可能性もあると思う。
とはいえ、刺激的な提言をしている点は評価したい。

国民新党の主張は、特許庁の何の機能をどう強化して、「技術の保護」をはかるのか、そのロジックがわからない。詳細が欲しいところである。ただ、素朴に考えるならば、既に技術は保護されているのだから、別に特許庁の機能を強化してもどうしようもないのではと思う。

新党日本の主張は原産地呼称の保護に言及したものと読み取った。面白い主張である。もっとも、不正競争防止法、地域団体商標制度で既にある程度保護されているところであり、これらとの関係はどうなるのだろうか。


以下、※余談※
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2007年07月18日

[特許]特許権の新たな通常実施権登録制度

平成19年5月11日に、産業活力再生特別措置法改正法案が公布された。
特許権の通常実施権を保護する新たな登録制度を盛り込んだものであり、知的財産権制度に与える影響は小さくない。1年6ヶ月以内に施行とのことであるから(注1)、遅くとも平成20年11月11日までに施行されることになる。
制度の概要と、審議過程から伺える課題を覚え書きとしてまとめてみた。

制度の概要
特許番号以外の何らかの特定方法(典型的には、製品)により外縁が定められた複数の特許権を対象にしている(典型的には、包括クロスライセンスの対象となる特許権)
●特許庁に登録すると、対抗力が発生する
●登録内容の開示は3段階の構造。
 ○誰でも請求できる「一般開示」はライセンサーの名称、登録対象外特許程度の情報に限られる。
 ○ライセンサーの特許権を取得した者・特許権の差し押さえ債権者・破産管財人が請求できる「登録事項概要証明書」は「一般開示」に加え、ライセンシーの名前も明らかになる。
 ○これらの者は条件付きで「登録事項証明書」を請求でき、登録された特許の範囲が明らかになる。

審議過程から伺える課題
長らく議論となっていた、知的財産権ライセンス契約の保護について一歩踏み出した法律であり、長らく何らかの制度設計を求めていた産業界のうち情報関連機器メーカーの委員は、本改正法の成立を歓迎しているようであった。

もっとも議論それ自体の拙速感は否めず、わずか3回の審議会での検討で終わってしまっている(しかも、最初の1回は、登録制度とは異なる法定実施権制度(注2)を提言しており、実質的に2回の信義であった)。知的財産法学者の委員から、拙速感へ批判と、知的財産法体系への影響への懸念が出されたことはうなずける。

審議からは、特定方法にも問題があると指摘がなされている。特許流通の阻害要素になりかねない点は存在するかもしれない。

知的財産政策室によると、これでライセンス契約の保護についての検討が終わった訳ではないと考えているようなので、運用から問題点を洗っていくことになるものと思われる。

また、原告適格については議論が深められていないようなので、運用上は問題となることが想定される。

参考となる資料
参考となるのは現在のところ次の2つである。

波多野晴朗=石川仙太郎(経済産業省知的財産政策室)「産業活力特別措置法等の一部を改正する法律における特定通常実施権の登録制度について―ライセンシーの事業活動を保護する新たな登録制度の概要」NBL860号(2007年)18頁〜29頁
経済産業省 産業構造審議会 知的財産政策部会 流通・流動化小委員会(第6回〜第8回)議事録

私見
開示の構造はうまい。制度的にはややこしくなるが、段階的開示はライセンスの秘密を守りたい側と、取引相手の安心とのバランスをとるものとして評価したい。ただ、条文上からは3段階目がいまいちわかりにくいという印象であった。

(注1)平成19年法律第36号附則。
(注2)知的財産研究所の報告書に沿った制度と考えられる。
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2007年07月12日

[不正競争][著作権]高部判事が指摘した今後の課題を読む(その2)

■高部眞規子「知的財産訴訟 今後の課題(下)」NBL860号(2007年)41頁〜50頁読書メモ

□この論文の意義
営業秘密の保護が知的財産侵害訴訟に与えた影響をまとめ、それを具現化した制度の運用状況と課題に触れている。他方、著作権については、みなし侵害を巡る裁判例にも触れ、立法的解決の必要性を説くとともに、著作権事案に携わってきた判事としての本音を垣間見せている。
(ただし、(上)に比べると、議論の力の入れ方が若干穏やかなように感じる。私としては(上)が特に興味深かった。)

□この論文の概要

(1)営業秘密にかかる証拠の提出を巡る制度の創設と運用の実態
営業秘密にかかる証拠については、特許法等において、秘密保持命令および裁判の公開停止が可能となっている。これにより、文書提出命令と組み合わせても、秘密が損なわれることが防がれることとなる。
このような制度の組み合わせは評価しつつも、裁判の公開停止については憲法上の論点がないではないとし、検討点であることを示唆している。他方、現状では秘密保持命令および裁判の公開停止がほぼ活用されていないことを指摘し、当事者の利益にかなう場合にはこれらの制度を活用していく訴訟運営が必要であると述べられている(注1)。

(2)著作権訴訟の現状、とくに、みなし侵害(間接侵害)について
伝統的な著作物についての訴訟の一部で多大な手間がかかる訴訟があることに触れ(注2)、これらは原告の訴訟戦略に問題がある、と指摘している。
著作権のみなし侵害については、間接正犯型や著作権侵害を専らの目的とする機器・サービスについては立法的解決の必要性を説き、他方で、それ以外の関与者の責任については裁判規範による柔軟な解決をすべきと説かれている。

□この論文についての私見

(1)営業秘密の証拠利用について
営業秘密保持のための裁判の公開停止と、憲法上の問題については、面白い。憲法は全く専門外であるが考えたくなる。
(以下、素人考え。まともな法学をやっている人ごめんなさい)素人が(勢いで)思うに、裁判の公開は、民事訴訟においては当事者の公正性の担保制度としての性格が主ではないだろうか。ならば、当事者の合意がある(公正性について当事者が納得している)上に、営業秘密のとの利益衡量をすれば、憲法上の問題はないように思う。もっとも裁判の公開規定の性格を松井茂記先生のように国民の権利のような性格で構成するならば、別論となる。
(素人考え終わり)

(2)著作権のみなし侵害について
利用者と権利者のバランスに言及されているあたりが、深く知財訴訟に関わってこられ、理論的にきちんと探求された判決を書いてこられてた判事の心意気が現れている。一部の批判のように高部判事は偏った方ではない。
なお、みなし侵害訴訟で、当事者が過去の裁判例をきわめて深く研究していたことが「面白い」と評価されている。裁判官にとってもわくわくするような問題なのだろう。

(注1)もっとも、秘密保持命令については人証尋問が少ないことに鑑みると使われないのはやむを得ず、裁判の公開停止が適用されるような秘密へのアクセスは停止を求める側にも不都合があることを指摘されている。
(注2)たとえば〔法律書籍事件〕〔国語教科書準拠教材事件〕を判事は挙げている。
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2007年07月10日

[特許]高部判事が指摘した今後の課題を読む

知財の世界で、時代に影響を与えてきた判事の一人、高部判事がこの春、知財部を離れた。それを機に、知財に関わった13年間を振り返って、今後の課題を指摘する論稿が発表された。知財の10年史としても面白いものであるし、また、高部判事の考え方が伝わってくるものであったので紹介する。

なお、同論稿は(上)(下)で大きく2つに分かれているため、それに沿った形でまとめることとする。

■高部眞規子「知的財産訴訟 今後の課題(上)」NBL859号(2007年)14頁〜22頁読書メモ

□この論文の意義

特許無効の抗弁とクレーム解釈に関して、特許権に関する最高裁判決3件(キルビー特許事件判決、ボールスプライン事件判決、リパーゼ事件判決)が有する意義について触れ、前者については、無効審判とのダブルトラックの問題について課題を指摘している。高部判事が指摘する問題意識は、他の裁判官にも共有される可能性があり、注目に値する。

□この論文の概要
(1)特許法104条の3における「明らか」要件読み込みの必要性
特許無効の抗弁がキルビー特許事件判決を受けて、平成16年改正で特許法104条の3が設けられたが、そこにはキルビー特許事件判決では存在した無効事由が「明らか」に存在していること、という要件が文言上は削除された。そのことにつき、高部判事は無効審判との判断齟齬の可能性にふれ、極力齟齬をなくすためには、104条の3においても「齟齬がおこらないようにする」という意味での「明らか」な無効を求める解釈をするべきと述べている。

(2)特許無効の抗弁の課題
特許無効の抗弁が導入されたことで、2点問題が起こったと高部判事は指摘する。

1点目は、ダブルトラックで有効性の審査がなされることとなった点である。
実質的な問題として、審理にかかる時間が伸び、また、当事者の負担が増えていることを指摘されている(注1)。
そこで、少なくとも、特許消滅後の無効審判請求については、損害賠償請求のみが問題となっているためであることから、侵害訴訟ないし確認訴訟における特許無効の抗弁で十分であることを指摘され(18頁)、*無効審判制度ではなく「職権審理が可能な特許異議制度」+「侵害訴訟における特許無効の抗弁」という制度設計が望ましいのではないか*(**間はかんぞうの読み取りであり、謝っている可能性あり)という制度論を述べられている。また、ダブルトラックから生まれる課題として、無効の抗弁の立証に失敗したにもかかわらず、なんらかの無効審判で無効が確定すると、再審が可能である点を取り上げている。高部判事の私見はかかる再審請求は信義にもとるとし、民事訴訟法338条但し書きの精神に則り、信義則に反するとして排斥すべき場合があるとも述べられている(19頁)。
参照:民事訴訟法338条(再審の事由)
次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。


2点目は、特許無効の抗弁により無効とされることを恐れて権利行使が抑制されている、という点をあげてる。特に近時、特許権侵害訴訟の認容率が低いため、訴訟を回避する傾向を生んでいることを懸念されている。

(3)クレーム解釈
キルビー特許事件判決により、公地技術除外説の意義は失われたとし、クレーム解釈はもっぱらリパーゼ事件判決の基準に基づくべきと述べられている。これにより、予測可能性が担保されることを利点として挙げている。

私見

ダブルトラック解消の制度設計論については興味深い点であった。
無効の抗弁による訴訟回避の弊害については、問題かもしれないが、ではそれをどう解消するかが触れられていなかった。この点をささやかながら考えてみると、無効の抗弁において進歩性欠如を理由とすることは極力謙抑的であるような運用に尽きるように思われる。新規性については判断が相違する可能性が他の事由に比べて高いと考えられる(というより、高そうに見えて、請求権者の権利行使の負のインセンティブになると考えられる)からである。
なお、現状では新規性欠如を理由として無効の抗弁を認容したものが多いが、これは世界公知を採っている以上やむを得ないものと思う。世界公知調査にはかなりの手間とコストがかかることから、よほどのことが無い限り調査はしない。そこでバランスがとれていることとするしかない。
(注1)負担を知りながら無効審判での審理を勧めるような侵害訴訟での訴訟指揮をする一部裁判体の傾向に批判的であることが窺えた。
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2007年07月08日

[知財一般]移転価格税制のガイドラインが公表された

税の話はまったく知らないのだが、知財に関する話題であったので覚え書き程度に触れる。

海外に置いている子会社との間で無形資産をやりとりしたときにも、税が問題となってくる。その税の算定方法についてのガイドラインの改訂版を国税庁が発表した。それにあわせて、事例集も公表している(下記サイト参照)。
<国税庁>
http://www.nta.go.jp/category/tutatu/jimu/beshi/6115/01.htm

基本的なことで恥ずかしいが、親会社の特許発明の実施品たる製品を子会社が製造する場合にも課税される点など、細やかな補足が必要なことに驚かされる。

無形資産の課税問題については税務署に事前相談が可能で、その判断は税務署長を拘束する、というもののようなので、活用の場面は多いと思われるが、そもそもの資産評価のコストなどはなかなか大変なものだろう。

これは、グループ内企業での移転に限ったことではない。特許移転を振興しても、課税面でブレーキがかかることもあり得る。評価メソッドがより改良されれば良いが、しかし、こればかりは難しいだろう。
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2007年07月07日

[つぶやき]政治的志向

最近(遊びに?)忙しくて書きたいことが書けていない。なのにネット上でおもしろいものを見ることには熱心になってしまう(笑)

そんな中の一つ。

毎日新聞が、政党の政策志向とどれだけ一致しているかを示す「相性診断」を始めた。
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/07saninsen/votematch/

話題になっていたのでやってみた。

kanzoupolicy.jpg

…新党日本…解党しそうという話すらあるのに。
ちなみに、私は財政再建を第一にせぇ!という志向なので、現政権の主張とは距離が遠いのかな、という印象である。
posted by かんぞう at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月05日

[つぶやき]奈良の鹿に鹿せんべい以外を与えることを禁止する条例案は適切な行為規制か(思考実験)

asahi.com(2007年7月2日:http://www.asahi.com/politics/update/0702/OSK200707020034.html)によると、奈良の県立大学の学生さんが中心となって、奈良市の名物の鹿を守るための条例を提案したとのことである。観光客が与えるお菓子で消化不良を起こして体調を壊したり、捨てていったビニール袋を食べて窒息死したり胃に大量にたまり死につながる場合が多いことに心を痛められたようだ。

条例案の内容についてasahi.comが伝えるところは、
・消化のいい米ぬかと小麦粉でできた名物の「鹿せんべい」を除き、鹿に食べ物を与えることを禁止する
・公園周辺で野菜くずやビニールなどのごみ捨てを禁止する

とし、
・違反行為について市が指導・勧告し、悪質な場合は氏名も公表できる

ことを考えているようだ。

さて、ある行為規制をするとき、手段と目的の整合性が問われるところであるが、この条例案はその点をクリアしているのだろうか。思考実験として考えてみた。

疑問1:なぜ「鹿せんべい」だけが例外なのか?
少なくとも報道を読む限り、
「ビニール袋」→死につながる
「お菓子」→体調不良につながる
だけであり、「野菜くず」がなぜいけないのかわからない。
万が一「鹿せんべい」売り上げに貢献したい、というのであれば、規制の公平性に疑問がついてしまう。

疑問2:お菓子をやることを規制するのが適切か
お菓子は体調不良につながるというのがわかっているようだが、これは程度問題である。ちょっと体調を壊すだけかもしれないし、著しい体調不良を生むのかもしれない。わからないのだが、これを与えることを禁止するほど重大な問題でない可能性もある。悪影響があることをきちんと確かめる必要があろう。それができないうちは啓蒙活動の推進にとどめておくべきであろう。
(なお、ヨミウリオンラインhttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070629i506.htmによると、この方たちは既に啓蒙活動に尽くしているようである。)

疑問3:なぜ野菜くずをまくことが禁止されるのか
疑問1で述べたが、野菜くずの規制理由が、少なくとも「鹿の保護」という観点から見えない。「見苦しい」などの理由はあり得るが、それは美化条例の守備範囲であるように思う。

以上のところを見ると、報じられた限りでの条例案には目的に適合していない手段が定められているように思う。報道が事実であるならば、学生さんをはじめとするグループの方には、もう少し方法を検討されることを望みたい。真剣にやるならば、近隣の大学法学部と共同して立法作業に当たるのも面白いかもしれない。

もっとも、住民から条例案提案があることは政治に関心を持つ、ということでは意味があることだと感じられるので、多いに進めていってほしい次第である。
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2007年07月04日

[特許]ひさしぶりの「ビジネスモデル」特許訴訟?

今朝の報道に次のようなものがあった。
賃金前払いは特許侵害」都民銀、三菱東京UFJ銀を提訴
 銀行が顧客企業の従業員向けに、賃金の一部を給料日前に前払いするサービスをめぐり、特許を持つ東京都民銀行が、よく似たサービスを提供している三菱東京UFJ銀行を相手取って、損害賠償などを求める訴訟東京地裁に起こしたことが、2日分かった。(asahi.com)

問題となった特許は、特許第3857279号(JP3857279)と推測される。最初の出願後、国内優先、分割出願等がなされているのでややこしいが、少なくとも一番古い部分は平成14年の出願として扱われることとなる。

具体的な発明はIPDLをご覧頂きたいが、ざっと見たところ、「給料を日払い計算して、任意の日に支払いを許可し、残金は定められた給料日に振り込む銀行用システム」であるようだ。

形式的にはソフトウエア特許だが、実質的にはビジネスモデル特許と言えるものではないだろうか。当初話題になったが下火になったビジネスモデル特許を巡る訴訟が提起されたならば、なかなか興味深い。

ただ、私が発明の概要を理解した限りでは、平成14年当時に果たして進歩性があるのか疑問である。少なくとも世界で誰かがやっているのではないか、という気がする。あっさり無効原因ありとされるかもしれない。
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2007年07月03日

[商標]小売等役務商標についてわかりやすくまとまった論文の紹介

平成18年改正で導入された小売等役務商標であるが、「小売だって役務じゃん!」とまともに物を考えない私には、なんかよくわからないところが多い、という印象であった。
その点を晴らしてくれる、良質の論文があったのでみなさまにご紹介する。

青木博道「小売等役務商標制度の守備範囲」NBL 858号(2007年)32頁〜38頁は、小売等役務商標制度導入の経緯、その守備範囲、そして、実務上の対応指針を的確にまとめている。
また、商品商標と小売等役務商標の類似関係について、どこまでの範囲を類似と見るかにつき課題があることを指摘されている(注1)。

最近、研究所を発行されたばかりで、大活躍されている印象を受ける青木弁理士だが、この論文もその活躍の一端ととらえることができる。NBLのような、企業人にとっても触れやすい雑誌に掲載されていることもありがたい。

(注1)青木弁理士はイギリスできわめて限定的な範囲に限っていることを紹介されている。
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2007年07月02日

[著作権][つぶやき]著作権保護期間についての考慮要素についてのSam Ricketsonの考え、および、保護期間延長をめぐる理論的考察の意味

RCLIP第21回研究会に参加してきた。
タイトルは「著作権の保護期間に関する理論的考察―欧米の議論を踏まえて―」であったが、報告者ご本人が自身が断りをいれてらっしゃったように、欧米での議論の紹介にとどまるものであった。著作権の保護期間に関するRicketson教授の理論的考察の紹介と、米国での著作権保護機関を巡る諸議論(表現の自由との関係を中心とした議論)の紹介であった(注1)。

その中で、私は「保護期間についての考慮要素」と「保護期間延長をめぐる理論的考察の意味」について思うところがあったのでひとこと。

保護期間についての考慮要素

研究会の報告を元にすると、Ricketson教授は次の考慮要素がある、と述べられているようだ(整理は筆者)。
1)保護期間と創作者の寿命
1-1)保護期間算定において創作者の寿命を基礎とするか否か?
 1-1-a)積極的理由
  ・不遇の芸術家が多かった歴史的背景を踏まえれば、家族の不要のため死後にも利益を保証することが必要である
 1-1-b)消極的理由
  ・不公平感を生じさせる
  ・投下資本の回収に必要な機関さえ保護すれば十分なのではないか
1-2)死後も保護するかどうか?
 1-2-a)積極的理由
  ・不遇の芸術家が多かった歴史的背景を踏まえれば、家族の不要のため死後にも利益を保証することが必要である
 1-2-b)消極的理由
  ・相続人等が作品を抑圧するような権利行使をする可能性がある
  ・長期の保護につながるが、長期の保護がなされある場合、権利者の確認が困難になる場合が多くなる
2)保護期間と著作物の類型
2-1)著作物の類型に関わらず統一的な保護期間を設定することは妥当か?
 2-1-b)消極的理由
  ・新しい著作物に対応できない

これ考慮要素が果たして網羅的なものなのか?というと疑問を覚えてしまう。おそらく、Ricketson教授も網羅的なものとして挙げられているのではないだろうか。
目立つものでは、
2-1-a)・類型の区分が困難である
というものが欠けている。

また、こういう要素も挙げられる。
1-2-a)・死後も保護しないと、著作物を利用したい者が創作者を殺そうとするインセンティブになる(笑)
冗談である。

著作権は人格を保護しているのか、単なる経済的利益の保護にとどまるのか、というレベルの観念的なものまでつっこむのであれば、この考慮要素で決定的に決まると思うが、そうでない限り、この要素ではどうしようもないように思う。使い方としては、価値観対立のデッドロックに陥った時に、民主的解決を図る際の、説明ツールなのかなぁと思う。

なお、出席者のコメントで勉強になった点があった。アメリカでの保護期間延長の際、創作インセンティブ増大の効果について経済学者らは「きわめてマージナル(めっちゃ少ない)」といっていたらしい(注2)。政策的には考慮できる見解である。

保護期間延長をめぐる理論的考察の意味

研究会で気になった(残念ながら悪い意味で)点が、政治的力学の説明にも注力されていたことである。さらに、政治的力学を検討した上での法理論支持をしたいともとれる発言はきわめて残念であった。会場からも質問が上がっていたが、政治力学が強く作用する、というのであれば、理論的検討を事前に行う必要がない。事後的な記述的な分析さえあれば、学問的に十分ということになる。

私はそういうスタンスは違うと思う。多くの法制度設計に置いて政治的力学が最前面に出ることは、少なくとも十分な教養ある人たちが立法に中心的に関わる社会ではまず無いと思う。理由は2点だ。

・理論的な裏付けに乏しい、政治力学のみで制度をつくっていっても、利害の異なる人たちの中では合意形成が困難だと考えられる。バカばかりならば政治力学でなんとかなるかもしれないが、立法の現場はバカではやっていけない。これは国際的な場になればいっそう強調されるのではないか。
・理論的な裏付けに乏しいまま立法しても、エンフォースの段階で対立利害の者のコミットを得られない。結果的に力で押し通した意味が大きく減殺される。合理的な人間ならば、立法段階で理論的裏付けを確保し、コミットメントを得ようとする。

さらに言えば、私は政治的力学が働く場面は次のようなきわめて限定的な場面だと思っている。

・理論的につめていったときに、価値観の対立に至ることがある。そのときに政治的な力学が考慮される(これは言い換えれば民主的正当性が担保されるということだが)。

質問者は、著作権制度の立法課程の政治過程研究というきわめてユニークな研究をされていた方だった。おそらく、質問者の意図は法学研究全体の意味を否定したかったのではなく、政治学研究者の立場から、法学者が理論を詰めていく作業を怠ってはならない、という警鐘を報告者に対してなさったものと思われる。

(注1)記述的な調査報告と、理論的研究の報告には聴衆の期待が大きく異なる、と私は思う。その意味で、タイトルのつけ方が残念であった。また、報告者はプレゼンに慣れてらっしゃらないのか、Ricketson教授の議論紹介でほぼ終わってしまった点も残念であった。これからの糧にしていただければ、と感じた。
(注2)おそらく、これ:Amici Curiae in support of Petitioners, May 22、2002。
posted by かんぞう at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月01日

[時事][特許]特許維持手数料が安くなる

特許商標の維持年金・登録更新手数料を最大4割引き下げる、という報道があった。

手数料等を下げても良いと思う、特許庁サイドの気持ちも分からないでもない。特許行政年報2007を読むと、特許料等収入の繰越分だけで各年度の歳出が賄えている状況であり、なかなかの「金余り」の状況のようである(1000億円を越える余剰金が発生している)。

年報では商標の登録にかかる収入と、特許の登録にかかる収入の内訳が分からないが、登録件数などから考えると、商標の登録手数料収入もかなり多いものと推測される。ならばディスカウントしてやっても良いゼという太っ腹なお話なのかもしれない。

ただし、問題もあろう。
『企業法務戦士の雑感』のFJneo1994さんが触れられている所(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070628)はまさにその通りで、商標についても同じように下げてよいのか?という疑問が湧く。(FJneo1994さんはこの点を明快に説明されている)

私としてはもう一点、法的な問題ではないが、国が推進する知的財産経営の視点からの懸念に触れておきたい。

知的財産経営においては、効果的に知的財産を使うことが望まれる。その要素として定期的に知的財産の価値をレビューし、活用用途を探し、活用できない場合には技術提携のネタにするなどして生かす、というものが挙げられると思うのだが、その原動力の制度的な要素は知的財産の維持コストの高さだと思う。

あまり安くすると、「とりあえず権利にして安心してしまう」という状況に戻りかねないのでは…などと、思ってしまった次第である。
posted by かんぞう at 18:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ★時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする