2007年05月31日

[著作権]著作権で工夫している官庁・自治体の邪魔をしよう!?

今朝の日経新聞にこんな記事があった。
税金滞納者からの差し押さえ品をもとに、国税庁が6月から入札を始めるネットオークションを巡り、文化庁が「著作権法違反の疑いがある」と指摘していることが分かった。(NIKKEI NET 2007/5/31)


ネットオークションでは美術の著作物のプレビュー画像が欠かせない。それが公衆送信権侵害および同一性保持権侵害(これはプレビュー画像では通常元の絵を小さく映したり、トリミングが行われるため)になる、という指摘を行ったものと思われる。確かに、形式的には公衆送信権侵害に当たる。しかし、著作権侵害としてしまってよいのか?きわめて疑問である。

既に田村先生がその論文(田村善之「絵画のオークション・サイトへの画像の掲載と著作権法」知財管理56巻9号(2006年)1307頁以下)で指摘されていることがだが、頒布権を持たない絵画等の著作物の著作権者がネットオークションを通じた売買については事実上コントロールすることが可能になってしまうところに問題がある。

そんなところまで著作権で塞ぐことが、文化の発展につながるとは思えない。

田村先生が32条の解釈問題で解決しようと試みているのであるから、文化庁として行うべきは国税庁にケチをつけるより、この問題を法制度の問題として俎上にあげることではないだろうか。引用規定を多少書き換えるのか、あるいは、新たな権利制限を設けるのか、はたまた、フェアユース規定導入に議論を行うか、アプローチはいくらでもある。

こんなことを繰り返していると、著作権は旧弊な制度の保護者になりさがってしまう。まぁ、それが「文化伝統を愛する」「美しい国」のツールだと言われれば、もう手に負えないわけであるが。
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2007年05月30日

[著作権][時事]「ドラえもんの最終話」とキャンディキャンディの関係

ドラえもんの最終話と名付けた漫画を元プロ漫画家が描いて出版していたのだが、小学館と藤子プロの警告を受けて、出版の中止と利益の一部支払うことで和解契約をしたらしい。13000部も売れていたというのだから、なかなかのものだ。

さて、これは「著作権侵害」ということだが、この手の二次創作は厳密には著作権侵害の判定が難しいように思う。

例えば極端な例を考えていただきたい。

「緑色の大樹のような見た目の、森の妖精で、森のことは何でも知っている長老のような雰囲気のキャラクター」の一枚絵(注1)があったとして、世間にはこれだけしか公開されていないところ、これを漫画化したら著作権侵害なのだろうか?一枚絵と同じ絵ならば侵害に間違いは無いが、一枚絵と似てなかったら??それぞれの絵が「翻案」にあたるか、という微妙な問題となってしまう。

翻案の判定に当たっては、「緑色の大樹のような見た目」「長老のような雰囲気」というところを重視すると、抽象的なキャラクター、つまり、アイディアに近いところを保護してしまう(注2)。しかし、表現の表面的なところのみを問題にしようとすると、「翻案」というのが一体なんなのかわからないくなる。その基準をどこに置くかは悩ましい(注3)。

では、なぜこの手の二次的創作がアウトになるのか?

推測にすぎないが、多くの場合、たくさんあるコマ絵の中で、原作のコマ絵に似ているもの、同じものが登場していると考えられる。これが複製権侵害あるいは翻案権侵害となってしまう。(これは全ての絵がというのではなく、たくさんあるうちのいくつかが、ということである。なお絵がうまく、似ていれば似ているほど複製権侵害と言われる可能性があがるだろう。)

もちろん、二次的創作の作者としては、特定の絵をモチーフにしていない!と反論することもできるだろう。二次的創作として作っている場合は、明示的に元画を見ていなくても、頭の中に残った絵のイメージが強く作用した結果、似てしまったということもありうる。

しかし、著作権法上は「描くときに見たか」は問題でない。「表現上の特徴」が問題になるのだから、頭の中にあるものを真似たら翻案といわれても仕方の無い面がある。また、キャラクターを利用している以上、原作品へのアクセスがあったことは間違いない。独自創作と抗弁するのは厳しい。

キャラクターの保護は、悩ましい問題としてまだまだ議論に上っている。翻案の議論もしかり。「ドラえもんの最終話」は、終わらない問題を提示してくれたのである。

(注1)モリゾー(のつもり)である。
(注2)抽象的キャラクターを保護しないと明示したものは、〔ポパイネクタイ事件最高裁判決〕最判平成9年7月17日民集51巻6号2714頁。
(注3)今年の著作権法学会のテーマが翻案だったことを鑑みれば、古くて新しいホットトピックだと言えよう。
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2007年05月29日

[著作権]音楽曲のオンラインストレージサービスが違法とされた例〔MYUTA事件〕

話題となった、オンラインストレージが間接侵害となった例である。判決文《裁判所へのリンク》が出たので読んでみた。

〔MYUTA事件〕東京地判平成19年5月25日(判例集未搭載)平成18年(ワ)第10166号
著作権のいわゆる間接侵害が行為主体論によって認められた例


事実の概要

Xは、CDから取り込んだ楽曲をXの管理するサーバーに貯蔵し、ユーザーの携帯電話端末のみに配信することで、いつでもどこでもユーザーが所有するCDの楽曲を携帯電話端末で聴くことが可能となるサービス(以下、本件サービスという)を展開していた(注1)。これに対し、音楽曲の著作権管理団体であるYが本件サービスは音楽曲の著作権を侵害する恐れのあるものとして警告したため、Xは本件サービスを一旦停止した上で、著作権に基づく差止請求権の不存在確認を求めて提訴した。

判旨

本件サービスは、CD→aviファイルへ変換(複製)→3pgファイルへ変換(複製)→Xサーバーにアップロード(複製)→ユーザー携帯端末へ送信(公衆送信?)→ユーザー携帯端末に複製という過程を辿るものであり、太字の過程はXの提供するソフトにより実現していると認定された。そして、本件サービスを用いずに、3pgファイルへ変換(複製)後、自らの携帯電話端末で視聴することは困難であることが認められた。また、本件サービス提供時は無料のサービスであったが、有料化が検討されていたことも認定された。

その上で、Xサーバーにアップロード(複製)する行為の主体については、
 ・当該複製行為が本件サービスにおいて重要なプロセス
 ・XサーバーについてXは支配下に置き管理していた
 ・複製行為を行うシステムはXの設計に寄るものであり、複製行為はXのサーバー上で行われること
 ・著作権侵害となる可能性が高い
から、Xが行為主体と認定した。よって、複製権侵害の可能性を認めた。

また、ユーザー携帯端末へ送信行為についても同様の理由から行為主体はXであるとした上で、
ユーザは…(中略)…本件サーバを設置する原告にとって不特定の者というべき

と述べ、公衆送信権侵害の可能性を認めた。

私見

一般論を提示している訳でないので、どのようなロジックにたっているかについては精緻な分析をするべきと思われるが、表面的な分析の限りでは、「行為の支配・管理」「営利性」を前提としている点で、いわゆる「カラオケ法理」に立ったものと推測される。また、〔ファイルローグ事件中間判決〕(注2)のように、行為内容の悪性について言及していると読めないことから、〔クラブ・キャッツアイ事件〕(注3)の判断基準に近いものと考えられる(注4)。
裁判例ではこのような判断基準を採るものが多いことから、行為主体論について本件の判断基準が特殊であるとは言えない(注5)。もっとも、このような「カラオケ法理」そのものに批判が存在することには留意する必要がある(注6)。

一点疑問を持つとすれば、ユーザーが原告にとって不特定多数と言い切れるのか、という点である。これを一般化すれば通信事業者は「公衆送信」をしていることにならないだろうか?そうすると、メールサーバーの管理者は場合によっては、「公衆送信権侵害」をしている主体とされてしまうのだろうか?(注7)この点については、もうちょっと詳細な説示が欲しかった。

本判決のロジックについてはそれほど違和感は無い。しかし、世間では異論が少なからずあるように思われる。その要因は2つあると思われる。
第1に、ユーザーの感覚においてはCDの所有者内部で閉じた行為が違法とされることへの違和感が挙げられる。しかし、CDの所有者であることと、その内部の著作物を自由に利用できることは別物である。
第2に、サーバーへの複製行為の行為内容の許容性については踏み込んでいないこと違和感の要因となっていることが考えられる。この点についてはそうかもしれないが、間接侵害の判断基準の議論を進める必要があるだろうし、、あるいは、フェアユース規定導入の議論で解決を図るべきと思われる。いずれにせよ、今後の議論につなげていくきっかけとするのが良い。

なお、念のため述べておくと、本件サービスが著作権侵害とされたのは、あまりにユーザーに使いやすいシステムを提供したからである。Yahoo!などのオンラインストレージまで否定する論旨ではないので、過剰反応をする必要は無い。
(注1)仕組みはhttp://www.infocom.co.jp/cone_new_jp/info/
press/2005/p05111402.htmlを参照。
(注2)東京地中間判平成15年1月29日判時1810号29頁。
(注3)最判昭和63年3月15日民集42巻3号199頁。
(注4)本ブログ「[著作権]間接侵害についての整理」(2006年11月22日)http://chiteki-yuurei.seesaa.net/article/28054454.html>参照。
(注5)世間では高部裁判官であることを理由に異論があがっているようであるが、高部裁判官は著作権においてはそこまで突飛な考えをしてきたとは思えない。
(注6)上野達弘先生の論文の指摘が的確である。
(注7)感覚的な感想にすぎないが…。誤りがあればご指摘いただきたい。
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2007年05月28日

[著作権]映画盗撮防止法が成立へ…法技術上のちょっとした疑問

議員立法として提出された「映画の盗撮の防止に関する法律」《衆議院へのリンク》が参議院を通過した。

提出法律案の情報では刑の重さがわからないのであるが、その日のCNetの報道によると、「懲役10年以下もしくは1000万円以下の罰金」になったようだ。

この法律の要点は、
・日本の映画館で封切りされて8ヶ月以内の映画の著作物を許諾無く撮影または録音したら懲役!
・映画館も盗撮対策しなさい!

というもの。

著作権侵害の予備的行為を明示的に刑事罰対象としたところが特徴である。

何カ所かツッコミどころがある。

まず、なんで映画だけ手厚いの!?という疑問がわく。
映画と同じく、一定の管理可能な場所で著作物を公衆に提示することを行いロイヤリティを回収するビジネスモデルは、演劇、音楽実演(いわゆる音楽ライブ)も考えられる。配給会社制度は映画に特徴的だが、音楽ではプロダクションが同様の地位に立っているように思われる。
もっとも、この点はコンテンツ産業に政策的に力を入れているからだ、と言われればそれまでだが。

次に、なぜ特別法をもうけたか、という疑問である。
著作権法上の私的複製の例外の例外とするか、刑事罰規定の中に規定することもできたはずである。

また、条文についてもやたら定義を先にしており、構造に無駄も感じられる。
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
 一 上映 著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)第二条第一項第十七号に規定する上映をいう。
 二 映画館等 映画館その他不特定又は多数の者に対して映画の上映を行う会場であって当該映画の上映を主催する者によりその入場が管理されているものをいう。
 三 映画の盗撮 映画館等において観衆から料金を受けて上映が行われる映画(映画館等における観衆から料金を受けて行われる上映に先立って観衆から料金を受けずに上映が行われるものを含み、著作権の目的となっているものに限る。以下単に「映画」という。)について、当該映画の影像の録画又は音声の録音をすること(当該映画の著作権者の許諾を得てする場合を除く。)をいう。

第四条 映画の盗撮については、著作権法第三十条第一項の規定は、適用せず…(略)

などというのは回りくどくて、たとえば
映画館等において観衆から料金を受けて上映が行われることを目的とする映画の著作物の影像または音声を著作者の許諾無く録画または録音した者は…

とすればすっきりしないだろうか。

蛇足的に述べれば、映画館に対する努力目標も定められているが、これは配給会社と映画館の契約で実現可能なものではないのか。あえて法定する必要はあるのだろうか。

最後に、予備的行為だと捉えてしまうと、著作権侵害罪は5年以下、500万円以下であることと対比すると違和感を覚えてしまった。(2007/5/25削除。平成19年7月1日より、著作権侵害罪の厳罰化があり、そことの辻褄はあっていました。ご指摘いただいた水際君さま、ありがとうございます。基本的な見落としに恥ずかしい…。)
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2007年05月24日

[特許]侵害組成物、侵害供用施設の引き渡し請求について考えてみた

特許法100条2項は、侵害組成物や侵害供用施設の除去/廃棄請求を認めている。

古典的、かつ、些末な論点ではあるが、除去/廃棄ではなく、引き渡しが求められるか、というのは、学説が分かれている。占有の引き渡しも認められると述べるのは、吉藤幸朔『特許法概説 第12版』(有斐閣、1997年)474頁。他方、認められないと述べるのは、中山信弘『工業所有権法 上 第2版補訂版』(弘文堂、2000年)332頁である。

ここで、「占有の引き渡し」がどこまでを意味するのかは判然としない。2通り解釈できる。
まず、単に占有だけを引き渡し、処分方針について特許権者が決定することができる、という趣旨だとする。ならば、廃棄したことにして、こそっと売却するということができる。ちょっと後ろめたい。
次に、所有権の移転までも意味するとする。すると、権利者は堂々と換価できる。

つまり、非合法にしろ合法にしろ、権利者にすれば損害賠償ではとれなかった利得を得ることができる。

立法的には懲罰的損害賠償の方法の一つとして考えられないことも無い。問題もあるだろうが、オプションとしては興味深い。

この思いつきは中山先生の教科書を読んでいてわいてきた。改めて読んでみて、中山先生の教科書はすばらしい。
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2007年05月23日

[時事][知財イベント]研究会を阻むもの

早稲田大学COE 企業法制と法創造総合研究所 知的財産法制研究センター(RCLIP)が主催する研究会が、はしか流行の影響で延期になった。茶園先生が商標権の機能という視点から、判例上登場している事実上の商標権制限を分析される、ということであったので興味深く思っていただけに延期は残念である。

翌日は著作権法学会で「翻案」について議論が展開されるようで、アカデミックな視点からは興味深いこと、間違いない。ここで一つの基礎理論が形成され、実務の場に応用されることが望まれる。

ところで、RCLIPの次の回の研究会も申し込みが始まっていて、21回は著作権延長についてのアメリカの議論の紹介を行うようだ。アメリカでは経済学的モデルによる計量研究も含めた議論が行われてる。それだけに興味深い。どなたでも参加できるようなので、興味ある方はぜひ。

↓こちらを参照
http://www.21coe-win-cls.org/project/activity.php?gid=10052
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2007年05月21日

[時事][著作権]著作権法がヤバイ方向にうごいているかどうか

【著作権】とんでもない法案が審議されている(たけくまメモ)が話題になっているようだ。

ざっとその要点をまとめると、

”知的創造サイクル専門調査会で「著作権の非親告罪化」が議論されている。これが仮に通ってしまうと、同人誌など二次的著作物は壊滅的な打撃を受け、模倣に基づく著作物創作に萎縮効果を生じさせる。”

というのがたけくまさんの趣旨である。

火急の問題か、何が問題か、どうすればいいか、についてちょっと考えてみた。
(軽くまとめた後で、ざっと審議会記録を見ていたら、同じことを言っている人がいた。
なので、まぁ、審議会の中の一意見の紹介と思って読んでいただいた方がいいかもしれない。)

すぐに改正されそうか?

確かめてみると、たしかに著作権侵害罪の非親告罪化は検討対象になっている。もっとも、調査会自体は非親告罪化の方向に議論がまとまっているという印象は無い。この中で著作権法学者は中山信弘先生だけなのだが、さすがに、非親告罪化には否定的な発言をなさっていた。

また、著作権を審議する本筋ルートは文化審議会著作権分科会だが、こちらではまだ議論が始まったばかりであり、小委員会レベルで論点整理が行われている段階なので、これから議論が尽くされるところである。拙速な改正は無いように思う。私は、この問題についてそう騒ぐ必要も無い、と思っている。

もっとも、[時事][知財一般]日米首脳会談の合意事項を読み取る(2007/4/30)で触れたが、首相の政治決断もあり得るわけで、もしそうなってしまうと、私の予言はオオカミ少年に終わってしまう。

非親告罪化すると何が問題か?

仮に著作権侵害罪をすべて非親告罪化したとする。
今回の話はすべてここがミソだと思う。

問題は大きく3つではないかと思う。

1)権利行使しないという選択肢を著作者が採っている場合やライセンス契約を結んでいる場合にも、利用者が刑事裁判にもちこまれうるという点にある。告訴されてから許諾の存在を弁解する、という構図をとらなくてはならなくなる。常識的にはそのような運用をしないだろうが(注1)、理論的にはリスクとなる。

2)第3者からの濫訴が起きる。

3)軽微な改変や、翻案の範疇にあるのか非侵害なのか判然としないときにも、刑事裁判に持ち込まれうる。

それぞれについて検討してみる。

1)については、すでに触れたが、運用次第である。

2)については、その通りであるが、これも運用次第である。逆に司法警察の立場から見たときに、しょうもない告訴にも取り合わなくてはいけなくなることが問題かもしれない。

3)ひとたび著作権者をキレさせたら、身柄拘束までされうる、というのが懸念される。また、民事では勝てない無理な事案でも、とりあえず告訴…ということも懸念される。この場合は2)と同じこととなろう。

以上に挙げた問題については、非親告罪化によりめちゃくちゃヤバい問題が起こる、というものではない。また、本題の海賊版被害においては、6ヶ月の親告期間内に告訴に必要な証拠が集められないための不都合もある、らしいので、検討の意味はあながち無いとはいえない。

ではどうすれば良いのか?

そもそも、著作権侵害罪をすべて非親告罪化する必要があるのか?たけくまさんが懸念されるように、翻案なども非親告罪化するのは、大量の「被疑者」を生み出しうる。
であるならば、海賊版対策であるところを貫徹させ複製権侵害に限るのが一案である。

著作権侵害といっても、どの支分権侵害かで分けるのがいいのじゃないか、というのが、私の意見。

(注1)無駄な公権力発動をする訳で、警察/検察には赤点となってしまう。彼らもそんな危ない橋はわたりたくないだろう。
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2007年05月20日

[商標]極真空手商標事件大阪地裁判決から窺える裁判所における権利濫用の捉え方

団体・組織内部での争いが生じたときに、著名な団体・組織であれば知的財産権侵害という形で積年の恨み?を果たすことがある。最近は実務的にあるいは学問的にインパクトのあるものが多く出ているように思う。天理教(不正競争防止法違反が争点)、華道専正池坊(不正競争防止法違反が争点)などは記憶に新しい。

事案としては4年前のものになるが、商標権を巡る争いに判決が下ったものがあり、分裂により分かれた団体内での商標権の行使が権利濫用とされていた。結論としては自然に思える。理論的には目新しいように感じたので、簡単に判決をまとめ、検討してみた。


極真空手商標事件大阪地裁判決(大阪地判平成15年9月30日判時1860号127頁)(注1)評釈

事実の概要

Xらは故人のAが創設した空手の流派「極真会館」(以下、B)に所属する者であり、現在はそれぞれがBの名を用いて道場を開いている。YもBに所属する者であるが、Aの死去に当たり、Aから後継者に指名する旨の遺言を受けたとし(なお、後、裁判で当該遺言書の有効性は否定された)、Bの館長となった。このとき、Bの幹部的な地位にいたXをはじめとする会員の同意を得ず、Bの名称につき商標登録出願をおこない、商標登録を受けた(Bは法人格なき社団であるため、B名義で商標登録を受けている)。その後、B内部での対立が激化し、YがXらに対しB名称の使用をやめるよう求め、タウンページへの電話番号掲載を阻止した。本件は、XがYに対しB商標使用差し止め請求権を行使することは権利濫用であるとして、B商標使用差し止め請求権不存在確認と、電話番号掲載阻止行為により門下生が減ったことにつき不法行為に基づく損害賠償請求を行った事案である。


判旨の要約

前提として、YのB館長としての地位は無効となった遺言によるものであるとし、これが無効となった状況下では、YはBの承継人であるとはいえず、Bは分裂したものと評価できると判断した。そして、商標は自他識別機能を発揮するためのものであることを理由に、(a)「表示の周知性・著名性の獲得がほとんど特定のものに集中して帰属していること」、かつ、(b)「グループ内の他の者は、そのものからの使用許諾を得て初めて当該表示を使用できるという関係にあること」を満たす場合以外は、グループ内の他の者に対して商標権を行使することができない、とした。
結論として、B商標使用差し止め請求権が存在しないことを認めた。ただし、損害賠償については、損害との因果関係が証明されていないとして、弁護士費用のみの賠償を認容している。


私見

YによるB団体の承継の有効性が一義的には判断に大きく影響を与えたものと思われるが、この点については割愛し、商標権行使が権利濫用とされた点について考察を行った。

(1)商標権行使の場面における権利濫用法理のこれまでの展開

商標権行使の場面における権利濫用の適用をまとめた論考によると(注2)、無効理由の存在を理由に権利濫用とされたもの(注3)の他、他人の著名な著作物を濫用した事案(〔ポパイ事件〕最判平成2年7月20日判時1356号132頁※公的判例集未調査)、傍論ではあるが企画立案事業者がクライアントの事業名称を無断で商標登録出願し行使した事案(〔PAPiA事件〕東京地裁判決※判例集未調査)、著名標章を冒用した事案(注4)(〔ぼくは航空管制官事件〕東京地判平成14年5月31日判決)において権利濫用が認められている。〔PAPiA事件〕を除いて、無効事由を有する商標をめぐる事案と評価できるように思われる(注5)。
なお、本件のように団体内部での紛争により団体の分裂が起こった場合での事案は管見の限り発見できなかった。

(2)本事案の位置づけ

本事案について考えれば、出所がYのみではないB商標の登録が問題となった事案であり、商標法3条1項6号、あるいは、4条1項7号に該当する要素があるものと思われる。ただし、当事者からその旨の主張が無かったため、単に権利濫用と述べたようにも読める。事実、知財高判平成18年12月26日平成17(行ケ)10028〜10033では本件Yの登録は「公正な取引秩序を害し、公序良俗に反するものとして、商標法4条1項7号に違反」する、として登録無効とした審決を維持、本件で問題となった商標の登録が取り消されている(注6)。
「権利濫用」という一般法理で理由付けがされているものの、無効事由存在を理由とするものの一部として整理することが、議論を混乱させずに済むようにも思われる。

(注1)本事件に関する評釈は管見の限り見当たらない。
(注2)日本知的財産協会商標委員会「商標権における権利濫用に関する判例研究」知財管理55巻13号(2005年)1993頁以下。
(注3)平成16年改正で商標法13条の2第5項が改正され、特許法104条の3同様の規定が設けられたため、現在では当然のことである。
(注4)異議申し立てが成されているが、異議申し立てを行った者は、当該標章を用いた商品の直接の販売者でなかったためか、登録が維持されている(この点は要調査)。
(注5)ただし、明示しているわけではない。当事者からその旨の主張が無かったため、無効事由に触れず権利濫用とただ述べたのではなかろうか。
(注6)その理由は、本件Bのような規模・内部組織の団体においては、Y名義で商標登録出願をするにあたっては、組織としての合意形成につとめ、直ちに報告する等の義務があり、これに違反した出願は商標法の予定する秩序に反する、と述べている。
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2007年05月19日

[時事]手品の種を明かされた!…何の侵害?

5月最初に、ニュース報道で手品の種を不必要に明かされたとしてマジシャンがテレビ局を訴えたという事案があった。

知財に関わる方々のブログでも取り上げられていたが、著作物とはいえないよね、とか、特許にもできないよね、という反応が多いように思う。

もちろん、その法的な解釈には異論は無いし、私も著作権や特許での保護は厳しいなぁと思うのだが、その書き方をみていると、原告が著作権等を理由に訴訟提起したかのような印象を抱いた。

事実関係がよくわからないのだが、本件の面白いところを見逃しているように思える。

念のため述べると、仮に著作物だとしても、権利の帰属はタネを作った方であり、マジシャンではなかろう。本件はタネ製造業者が作ったタネが問題となっていたはずである。特許権・実用新案権にしても同様である。

新聞報道をみていると、「自らが所有してる手品のタネがしこんだコインの価値が損なわれた」ことを理由に訴えているように読めた。
もしかすると、顔眞卿、長尾鶏、気球写真、ギャロップレーサーと同じく、原告サイドは有体物の無体的利用の利益を所有権のなかに読み込む理論構成をとっているのではないか。だとすれば、なかなか面白くないだろうか?

もっとも、直感的にはそんな請求は認められないだろうなぁというのが本音である。
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2007年05月16日

[特許]キャノン・インクカートリッジ事件伊藤評釈の批判的読書メモ

●伊藤隆史「特許権の消尽理論と競争法政策――キャノン・インクカートリッジ事件――知財高判平成18・1・31」ジュリスト1334号(2007年)頁番号確認忘れ 読書メモ

独占禁止法と知的財産法の交錯領域を研究されている伊藤講師が、あの著名な事件をあつかっていたので読んでみた。競争法に興味を持たれているだけあって、判決で傍論として触れている、インクカートリッジを比較的高く設定するビジネスモデルについて言及されていた。だが、理論的に2点疑問を感じるところがあり、既に著されている評釈に比べると見劣りする印象も抱いてしまった(注1)。

本判例評釈の概要

伊藤講師はインクカートリッジ事件の控訴審と第一審の違いは、「消尽アプローチ」をとったか、「生産アプローチ」をとったかが決定的に作用した結果だと述べている。本判決は消尽アプローチにおいて2類型があるという解釈論を示したものと評価しながらも、当てはめにおいて不適切だったと批判される。
また、その後の経緯として、ICにより非純正品を排除する同社の姿勢が公正取引委員会の調査対象になった事実を挙げ、競争法上問題のあるビジネスモデルであるとし、そのような場合に特許権行使を許容する「消尽アプローチ」は問題であると指摘されている。

私見

独占禁止法と知的財産法の交錯領域を研究されている伊藤講師が、あの著名な事件をあつかっていたので読んでみた。競争法に興味を持たれているだけあって、判決で傍論として触れている、インクカートリッジを比較的高く設定するビジネスモデルについて言及されていた。だが、理論的に2点疑問を感じるところがあり、既に著されている評釈に比べると見劣りする印象も抱いてしまった(注1)。

本件が第1審と判断が分かれた理由付けに第1の疑問がある。まず、「生産アプローチ」を採らなかったと評価することができるのだろうか?「生産」という言葉をどう定義するかにかかってきてしまうが、「効用終了後」は「生産」行為が観念される、ということを述べている判決と理解すれば、生産アプローチと言えなくもない。

そもそも、「消尽アプローチ」「生産アプローチ」の区分は、一定時期の裁判例のぶれを説明するための説明変数であり、理論的な大枠にすぎないのではなかろうか。原審と判断が分かれた決定的な理由というにははばかられるように思う。吉田先生が指摘されるように(注2)、裁判例の流れは、たとえば「生産だから」「消尽したから」というようなドグマティックな議論を展開しているのでなく、どういう場合に特許権の効力を認めるべきか慎重に衡量している。今回もその衡量の基準が示されたものと評価するべきだろう。また、主要な技術的思想について事実認定の違いが第1審と結論を違える最大の要因という感触も否めない。

第2の疑問点は、競争法との交錯点である。たしかに、直感的にはビジネスモデルとして問題は感じるし、あるいは独占禁止法上の問題となる可能性もある。しかし、そのような現象を生み出すからといって、消尽理論上の問題があるとは言えない。消尽理論は特許権の目的に立ち返って効力範囲を解釈する理論である。特許法の目的においても、深いところでは競争秩序維持の精神はあると思うが、一義的には独占禁止法秩序とは別の法秩序であろう。特許法上で独占禁止法上の考慮をするならば権利濫用として処理することになろう。伊藤評釈には論理飛躍がある。この点は改められた方がよいように思う(注3)。

伊藤講師は知的財産研究所で、技術標準化における知的財産権、とくに特許声明書の効果についての研究をされていた。このテーマを選ばれるあたりに、きわめて鋭い嗅覚を持っていることが窺われる。それだけに、この論文には物足りなく思う。もっとも、本業の競争法分野でなかったことが大きく影響したのだろう。今後、標準化におけるホールドアップ問題などで理論的貢献をなさることを願っている(注4)。
(注1)本号のジュリストには若手研究者の知財がらみの判例評釈が2つあったのだが、インクカートリッジと鉄人28号であり、いずれも評釈が出尽くした、という感じすら受ける物であった。厳しいことを言えば、すでに開拓されたフィールドなら、いっそういかに理論的貢献をするかが問われると思われる。
(注2)吉田広志「判評」判例時報1909号(2006年)188頁。
(注3)なお、独占禁止法違反行為に対する民事的アクションに対しては制約が多い(損害賠償請求権行使、差し止め請求権行使の場面での制約)に鑑みれば、軽々に権利濫用が認められるべきでなかろう。
(注4)中規模の企業のサラリーマンとなった今、ジュリストは数少ない法学論文の源泉である。ついつい期待をしてしまうので、我が身の程も思わず、酷評をしてしまった感はある。
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2007年05月15日

[時事][著作権]比較的珍しい罪での逮捕

Impress Watchで次の記事が流れていた。
 山口県警察本部生活安全部と岩国警察署が14日、携帯電話向けのレンタル掲示板サービスを使って権利者に無断で音楽ファイルを公開していた岩国市の男性(25歳)を著作隣接権侵害にあたるとして逮捕した。日本レコード協会(RIAJ)が同日明らかにした。

 男性は、携帯電話向けに音楽ファイルを無料ダウンロードできるレンタル掲示板を2006年5月から開設・運営するとともに、自らも権利者に無断で倖田來未Every Little Thingらの楽曲を多数アップロードし、不特定多数がダウンロードできる状態にしていた。着うたなどの携帯電話向けの違法音楽配信による逮捕は今回が初めてだという。

著作権侵害罪は全刑法犯でみると珍しい。レアだが5年以下もしくは500万円以下の罰金だからなかなか重たい。こういう事例では問題ないように思うが、ささいな著作権侵害でも同じように捕まる可能性があることには若干疑問も覚えてしまう。

さて、著作権法を学ばれた方ならうなずいていただけると思うが、このニュースのミソは著作者隣接権=送信可能化権侵害だ、という点にある。これが仮に作曲家から告訴があれば、公衆送信権侵害になる。微妙な規定の仕方の違いが面白くて仕方のない箇所である。

ところで、着メロの無断作成&配信と、本件のような着うたの無断作成&配信であれば、前者の方が許してあげたくなるのは私だけだろうか。前者はがんばって打ち込んだんだし…などと思ってしまう。着メロの事案は既にあるので、量刑で差が出たらおもしろいなあと思う次第である。
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2007年05月14日

[知財一般]2006年度の模倣品被害の実態――中国偏重が窺える

特許庁が2006年の模倣品被害実態調査結果を公表した。
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/puresu/puresu_jittai.htm

調査方法は企業への模倣品被害の有無を問うアンケート調査のようなので、厳密な知的財産権侵害の有無とは異なるので注意が必要だが(注1)、傾向としてみるべきところが多い。
おおよその傾向として、商標権侵害の割合が増えていること、中国での被害が顕著なこと、があげられている。それだけ、中国での知的財産権侵害を日本企業はしっかりウォッチしているということが読み取れる。

発展途上国が模倣をしてくることは世の常だと思う。だからといって許容するのでなく、断固侵害阻止を働きかけるべきと思うが、他方で日本企業にも対策が求められる。安い労働力を目当てに安易に飛びつけば、簡単にノウハウが盗まれる。これほど愚かなことはない。もちろん、多くのまともな企業はこのことにとっくに気がついていて、中国進出には巧妙な戦略を練っている。この姿勢は守り続けてもらいたいものである。

さて、報告書を見ていて一つ気になった。中国での侵害実態の多さに比べ、BRICs中、インド、ブラジルの割合が極めて低い。少なくともインドは地理的に遠いとは思わないし、十分市場になるはずなのだが…。模倣品被害が多いというのは、それだけ経済交流が活発なことの証左だと思っている。変な言い方をすれば、インドでの模倣品被害が増えること望む。
(注1)例えば特許権では、文言侵害でなくても侵害している、というように映ることもあろう。反対に、侵害の事実を知らない場合もあるだろう。
posted by かんぞう at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆知財一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月07日

[つぶやき][その他]イノベーションのためにお父さんにもっと休みを!(笑)

イノベーションとはどこぞの首相が一時期連呼していた単語であるが、なるほど、重要であることは間違いない。

さて、イノベーションにも社会インフラ、ビジネスモデルなどなどいろんな側面のイノベーションがあるが、主に考えられているであろう科学技術のイノベーション促進にはどのような施策が良いのか考えてみた。

まず、科学技術の基礎となるのが、基礎的な数学能力だと仮定しよう。(おそらくこの仮定には直感的には多くの人が賛同していただけると思う。)

ある研究(The Harvard Educational Review(1993)に載っているらしいが、未確認)によると、父親が子供に関わる時間が多い方が、その子供の数学能力が高いという相関関係があったらしい。

もちろん、父親が子供に関わる時間が多い=教育熱心=教育への投資が大きい、ゆえに数学の能力が高い、可能性もある。実際の研究でどこまで意識され、どこまで分析がなされたかによることは注意しなければならない。

とはいえ、仮にこの研究成果が承認されるならば、先の前提の下では、科学技術イノベーションのためには、父親が子供と関われる環境作りが大事である、と言えることになろう。

耳目を引く提言では!?
posted by かんぞう at 21:00| Comment(4) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月06日

[つぶやき]細々とやっているこのブログの注目点?

このブログのサービスを提供しているseesaaでは、簡単なアクセス解析が用意されている。どこからアクセスがあった、というのではなく、どこを見た、どういう検索ワードで来た、というくらいの本当に簡単なものである。情報の出し手としては、見てみるとなかなか面白い。

トップページのアクセスは、次のようになっていた。

  訪問者/ページビュー
2月 135名/449回
3月 148名/440回
4月 97名/246回

1日あたり3〜5名なので、本当に細々したブログである。ただ、こんなところでも見ていただいた、というのはうれしい。

さてアクセスは自己満足であるから良いとして、興味深いのは、検索ワードである。

2月の上位5位が、
1:ひよこ
2:商標
3:著作権
4:特許
5:引用
3月の上位5位は
1:著作権
2:特許
3:判例
4:意匠
5:台湾
であり、4月は
1:ひよこ事件
2:商標  
3:著作権  
4:意匠  
5:森田果
であった。

ひよこ事件の強さが窺える。なお、2月と4月をご覧になって分かるとおり、表記が異なる検索が多々あり、事実上圧倒的にひよこ事件でこのサイトにたどり着いた方が多い。

ただ、ひよこ事件がそれほど商標法上インパクトがあったか、と言われれば、私は消極的に捉えている。実務家の方には、具体的判断が下った先駆的な例として「興味が引かれる」ものであろうが、特許庁の指針に沿った判断であるように思われるし、わざわざ取り上げるものでもないのではないか。
だからこそ、こういう軽いサイトでさくっと見たいという思いがあるのかもしれないなあ、と思った次第である。

なお、4月の森田先生をキーワードにされた方の多さには驚いた。正直すまんかった、としかいえない(笑)
posted by かんぞう at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ●つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[特許]審決取消訴訟は固有必要的共同訴訟か、共有者の一人に原告適格を認めるか?――経済的合理性からのアプローチの練習として――

問題の所在

特許法、商標法上の著名な論点として、審決取消訴訟において共有に係る特許権の共有者の一人に原告適格を認めるか、否かというものがある。民事訴訟法理論と関わるものであり、難しく、私にはきちんと考えることもできないというのが正直なところである。
ところで、この論点については立法的解決が必要、との指摘がある。そこで、法理論的なことはさておき、立法論としての合理性を検討してみる。具体的には、共有者の一人に原告適格を認めることが合理的がどうか、というアプローチで、へたくそながら若干の分析を試みる(注1)。

分析の方法

分析の便宜上、今回のモデルの対象とするのは、無効審判を請求され、これが認められた場合とする。(表記の上で楽だ、という理由で、無効理由審判請求者をR(Requester)、特許権者のうち審決取消訴訟を提起したい=権利を維持したい者をPc(Committed Patentee)、権利維持について態度を決めかねている者をPs(Swing Patentee)とする。)。

では、その上で共有者の一人に原告適格を認める制度を採るか採らないかで分けて考える。

分析

(1)共有者の一人に原告適格を認めない場合(固有必要的共同訴訟と解する場合)
まず、審決取消訴訟への対応について事前に契約が無かったと仮定する。
その場合、Rの合理的行動としては、権利侵害となった場合に払わなくてはならない額(主にライセンス料相当額)に至らない額を用いて、Psのうち誰か1人を翻意(要は買収)させればよいこととなる。
他方、Pcにとっては、Ps全員に対して、Pcが特許権から受ける利益に至らない額を分配してでも、Psの参加を促すこととなる。
Pcが特許権から受ける利益額/Psの人数 < Rが権利侵害のなった場合に払わなくてはならない額/1人

となった場合、常に審決取消訴訟に至ることができず、Pcはその利益を失うこととなる。
例えば権利者が多い場合などが典型であろう。

そこで、Pcにとっては事前に審決取消訴訟に参加することを契約で結んでおく必要が生じる(注2)。
問題はその契約に係る取引費用である。少なくとも取り消し訴訟への参加は名を連ねるだけでよいから訴訟参加を強制されることによって負担するコストは無い。また、共有権者が不明と言うことも事前段階ではまず無い。よって、事前契約を結ぶことを誘導することは、不合理であるとはいえないように思う。

ただし、共有権者の行方が知れないなど、事前の契約が無意味に帰する場合には、Pcの利益損失は回避できない。
この場合には、(1)の考えを貫徹することは特許権を共有する負のインセンティブとなってしまう。

(2)共有者の一人に原告適格を認める場合
この場合、Psが仮に特許権を消滅させても良いと考えている場合でも、たった1人のPcの存在のために意に反して特許権を存続させざるを得ないと言う、「抽象的な」コストが発生する。また、特許登録料や審決取消訴訟定期に係る費用負担の分配(注3)の仕方次第であるが、Psは特許登録料、審決取消訴訟費用という負担を負う可能性も出てくる。これは場合によってはPsに損失が生じさせる可能性も示唆する。
現実的にはそれほど大きい額ではなく数百万程度であろうが、事前に予測不可能な額であり、特許権を共有する負のインセンティブとなろう。

結論

以上を見る限り、原則、事前契約を誘引する固有必要的共同訴訟の考え方を採りつつ、例外的に保存行為を認めることが合理性があるように思われる。
共有に係る特許権が、企業間共同研究や産学連携の場面で活用されていることにかんがみて、政策的判断として、共有にすることを極力阻害させない、という価値判断を行うのであれば、この考え方は支持されるのではないだろうか。
(注1)ただし、このアプローチはまだ勉強途中。練習としてやってみているだけなので、間違っていたら教えていただきたい…。思い切り間違っている気がしてならないが。
(注2)このような契約が公序良俗に反し無効、というならば別であるが、おそらくそのようなことはなかろう。仮に機会主義的にPsが訴訟に参加しない場合は、形成訴訟を提起することになる。(…ふと気が付いたのだが、形成訴訟を起こしている間に審決取消訴訟の出訴期間が過ぎてしまう?対応策ってないのだろうか。仮に無いならば、Pcに生じる不利益を防ぐ手がないこととなり、(2)と解する方に合理性があると言えるように思う。)
(注3)保存行為と解釈されると、審決取消訴訟の費用は持分に応じて負担することとなろう。
posted by かんぞう at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月05日

[やるべきこと][特許法]馴れ合いによる審判という再審事由がよくわからない

大学の環境から離れてしまうと、途端に当たり前の情報から遠ざかってしまう。つくづく、大学の情報(ITの意味に限らず)環境の豊富さを痛感する次第である。

さて、今回疑問に思ったのは特許法172条の規定。
第百七十二条  審判の請求人及び被請求人が共謀して第三者の権利又は利益を害する目的をもつて審決をさせたときは、その第三者は、その確定審決に対し再審を請求することができる。

同条は特許法に定める唯一の独自の再審事由である。わからないのは、この場合にいう「第三者」の具体的な例だ。

そこで審判ごとに分けて考えてみた。

(1)馴れ合いで行われたのが拒絶査定不服審判に対する審決である場合
これは審判官との馴れ合いと言うことになり、まず想像できない事態だが、仮にあったとしよう。
ここで言う第三者とは誰か?おそらく、当該技術を利用し、また、利用しようとしている者となる。無効審判請求人適格をめぐって議論される「利害を有する者」と同義になろう。かなりの程度ぼやけて実はほぼ誰でも、といえるかもしれない。

(2)馴れ合いで行われたのが特許無効審判に対する審決である場合
馴れ合い自体が想像しにくい。一事不再理効を利用して、特定の請求理由を証明する証拠での審理を塞ぐために敢えて馴合って負けた場合ぐらいだろうか?
この場合、ここで言う第三者も、(1)と同じく、当該技術を利用し、また、利用しようとしている者となろう。第三者という言葉で絞りきれていない感じを受ける。

(3)馴れ合いで行われたのが訂正審判に対する審決である場合
これは拒絶査定不服審判と同じになろう。よって割愛。

(4)馴れ合いで行われたのが延長登録無効審判に対する審決である場合
これは(2)と同じタイプとなろう。よって割愛。

(5)馴れ合いで行われたのが訂正無効審判に対する審決である場合
これも(2)と同じタイプではないかと思われる。

すると管見では第三者と敢えて書く意味が分からない。読者の方でご存知であれば教えて欲しい…。

もっとも、このようなことは逐条解説や、『詳解 特許法』を読めば載っているのかもしれない。不勉強がそもそもの要因であるし、冒頭に書いた情報の無さに転嫁するのは恥ずかしいことであるが、まあ、恥を敢えてさらして、勉強意欲につなげてみた。
posted by かんぞう at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ○やるべきこと(自分用メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月04日

[知財一般][やるべきこと]パブリシティ権を整理する枠組みについてのおもいつき

早稲田大学のCOEのひとつ、RCLIPの研究会(第19回)に参加してきた(レポートがちょっと遅くなってしまったが…)。今回の担当は上野准教授(立教大学)で、パブリシティ権についての考察がテーマであった。

パブリシティ件については、権利の法的性質論においての対立が注目されがちなものなのだが、上野准教授は、性質論から議論をスタートすることは議論を不毛なものにしかねないと指摘されていた。この指摘には賛同する。パブリシティ権一般の議論に用いる際に性質論を強調すると、そのあとの話がドグマティックになるように思う。もちろん、法的性質論は(注1)、判決の解釈としては意味があるだろうが…(注2)。

上野准教授の話は示唆的で思うところがいろいろあった。こういう風に考えれば議論の整理に繋がるのではないかなぁ、という枠組みを思いついたので、覚書として残してみる。読者の意見をいただけると幸いである。

まず、「パブリシティ権」の用語でどこまで論者が意識しているかを整理してみたい。おそらく、パブリシティ権との用語で保護されるべきと考えている利益領域にはズレがあると思う。また、法律家の机上の空論にしないためにも、保護して欲しい!というニーズもここに入れて考えるべきだろう。
その上で、それぞれの利益を保護するメリット・デメリット、また、他の法律との抵触・不整合のチェックを行う。

次に、既存の法枠組みで保護が可能か、を検討する。
人格権で可能なもの、および、不正競争防止規範としての枠組みで保護可能なもの、については当面は民法709条の枠内で捉えていくことになろう。

最後に、それぞれの利益を(a)排他的権利とした場合、(b)報償請求権として構成した場合、それぞれについて費用・便益の分析を行う。

最後の分析は立法論において求められることで違和感があるかもしれない。しかし、私はパブリシティ権の問題は最終的に立法的解決がいるのではないかと思っている。
また、この検討枠組みは、パブリシティ権を1個の権利とするのでなく、多層的な法的性質を持つものとして構成している。パブリシティ権の本質に基づいた大胆な再構成を図るものではない。この点は批判を受けるところだろうが、安定性のある解決を図る点でメリットがあるとは思うのだが…。
(注1)財産権説、人格権説、不正競争防止規範説、インセンティブ説である。学説については、内藤篤=田代貞之『パブリシティ権概説 第二版』(木鐸社、2005年)に詳しい。
(注2)ちなみに上野准教授は詳細な判例分析を行って、人格権説が有力であることを指摘されていた。
posted by かんぞう at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆知財一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月01日

[やるべきこと(勉強課題)][著作権]プログラムの複製物の公衆への提示?

著作権法って、細かいところまで見ていくと、意外な規定があったりする。なぜ、こんな規定が?という例の一つが49条1項3号。
第49条  次に掲げる者は、第21条の複製を行つたものとみなす。
(略)
三  第47条の2第1項の規定の適用を受けて作成された著作物の複製物(次項第2号の複製物に該当するもの〔引用者注:翻案される等して生成された二次的著作物〕を除く。)を頒布し、又は当該複製物によつて当該著作物を公衆に提示した者

47条の2とは、いわずと知れた、プログラムの著作物の所有者による複製許容規定。要はバックアップ用にプログラムをコピーして良いよ、というものだ。

49条1項3号を読むと、写真美術の著作物で無い限り、公衆への提示は権利が及ばない。しかし、バックアップ用プログラムについては公衆への提示へ権利が及んでしまうようだ。

なぜそんな必要があるのだろう??全くもって不思議。制定の経緯や意味を知りたい。
posted by かんぞう at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ○やるべきこと(自分用メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする