2009年06月30日

[不正競争]不正競争防止法2条1項3項の摸倣の意味

大阪地判平成21年6月4日(判例集未搭載)平成20年(ワ)第15970号

■事案の概要
Xは2007年9月からステンレス製真空マグボトル(P)を日本で販売していた。2008年1月ころから、YがPに酷似したステンレス製真空マグボトル(Q)の販売を開始したことから、不正競争防止法2条1項3項に違反するとして、Qの販売差止と損害賠償を求めたものである。
これに対しYは、Qは2003年以前から中国製造されていた物品を輸入したものであるとして摸倣の要件を満たさないとして反論している。この主張に対し、Xは2003年以前から中国で製造されていた物品との同一性を否定しつつも、仮に同一であったとしても、(1)不正競争防止法は我が国の主権内においてのみその効力を有するのであるから、Xは我が国に置ける市場の先行者として保護されるべきこと、(2)「摸倣」行為の定義(不正競争防止法2条5項)の解釈について、「作り出す」は市場に置くことであると解釈するべきこと、の(1)、(2)を主張し、Yの行為は不正競争防止法2条1項3項にあたると述べた。
(不正競争防止法2条5項)
「模倣する」とは、他人の商品の形態に依拠して、これと実質的に同一の形態の商品を作り出すことをいう


■判決の概要
判決は、PとQは同一と言えるとした一方、Qは2003年以前から中国で製造されていた物品を輸入したものであると認定し、QはPに依拠して作り出されたものでないと判断した。Xの「摸倣」行為の定義の解釈に対しては、以下のように述べ、否定した。
市場に置く行為を同項の「同一の形態の商品を作り出すこと」に含めることは,「作り出す」の語義から乖離する上,そもそも同条1項3号が「他人の商品の形態(中略)を模倣した商品を譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しのために展示し,輸出し,又は輸入する行為」を「不正競争」と定義し,模倣行為と輸入等の行為とを分けて規定した上で,後者のみを「不正競争」として規制対象としていることに照らし,輸入等の市場に置く行為を「模倣」に含めることは,同号の規定の構造からしても採用することのできない解釈である。


■私見
不正競争防止法2条5項にいう摸倣は、法案作成行政機関(注1)も、学説も、一致して製造を前提とした理解をしている。その上、不正競争防止法2条1項3項の趣旨が裁判例、法案作成行政機関、学説が共通して、
「他人が資金・労力を投下して開発・商品化した成果に対して、その模倣が行われた場合には、模倣者が商品化のためのコストやリスクを大幅に軽減することができる一方で、先行者の市場先行のメリットは著しく減少することとなるから、模倣者と先行者との間に、競争上著しい不公正が生じるとともに、個性的な商品開発や市場開拓への意欲が阻害されることになる。そこで、不正競争防止法2条1項3号は、他人が資金・労力を投下して開発・商品化した商品の形態につき、他に選択肢があるにもかかわらずことさらにこれを模倣し、自らの商品として市場に置くことを、競争上不正な行為として位置付け、先行者の開発利益を模倣者から保護することとしたものである」(注2)

と理解しており、開発・商品化につながる資金・労力投下へのフリーライドを問題としている。これに対して、原告の主張は苦しいものがあり、判決は妥当である。判決は、不正競争防止法2条1項3号が日本国内の市場での先行利益のみを問題とするものではないことを確認した点で新しい。

それにしても、一見するとこの原告の主張は疑問符がつくが、おそらく、訴訟を遂行していたところ、予想に反して原告の物品(P)の製造以前に被告の物品が製造していたことが立証されたために、無理筋の主張をして最後の抵抗を試みたものなのだろう。
なお、本件は知的財産大家弁護士さん対本人訴訟の事案で、本人訴訟が勝ったというあたりが少しだけ面白い。

(注1)経済産業省知的財産政策室編『逐条解説不正競争防止法平成13年改正版』(2002年、有斐閣)38頁。
(注2)東京地判平成18年4月26日判例時報1964号134頁、〔ヌーブラ事件〕大阪地判平成18年3月30日(判例集未搭載)平成16年(ワ)第1671号など。
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2009年06月27日

[特許]紛らわしい…

アメリカで競争法関係の本を執筆されているH. Hovenkamp教授が、"Patent Continuations"と"Patent Deception"をテーマにRambus事件とBroadcom事件に触れている(ように見える)論文があったので飛びついてみた。…というのも、タイトルが、"Patent Continuations, Patent Deception, and Standard Setting: the Rambus and Broadcom decisions"となっていたからだ。

が、読んでみると、patent continuationsの問題はLemley教授が指摘しているし、Rambus事件でもcontinuationによるclaimの範囲が事実上拡大してしまった特許権の行使が問題を引き起こしているのだけど、争点は標準化過程における背信的行為であるし、裁判所もその点を見ているよね、というあたりをさらっと触れて、あとは両事件の判決を丁寧に評釈したもの。

判例評釈としては役に立つけど、continuationの視点からの切り口を期待した人間にはガッカリだったりする。
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2009年06月26日

[特許]Bilski以後

RCLIP国際知財戦略セミナー「欧米特許判例の最新動向」(2009年6月26日開催)を聞いてきた。Bilski事件米国連邦控訴裁判所(CAFC)判決を受けた米国でのコンピュータプログラム、ビジネスモデル特許を巡る状況と、欧州でのコンピュータプログラム、ビジネスモデル特許を巡る状況が説明されており、昨年度盛り上がった話題がどのあたりに収束しつつあるのかがうかがえて興味深かった。

Bilski事件判決を私は咀嚼できていないので、概要は米国特許実務に詳しい諸先輩の論稿・ブログに譲るが、日本と欧州はハードウエアとソフトウエアの協働がコンピュータプログラムが特許発明となる要件となっており、その「協働」の解釈は緩やかであるが、Bilski事件CAFC判決を受けた米国は、通常のコンピュータとの協働以上のものを求めるようになった、ということがポイントのようだ。

個人的におもしろかったのは、高林教授の指摘で「コンピュータを前提としないビジネスモデルが特許発明に該当するか否かについて下した判決なのに、どのようなロジックでコンピュータプログラムの先例と理解できるのか」という点であった。
ビジネスモデルであるから、とか、コンピュータプログラムであるからといって、特許発明の該当性(=35 U.S.C. Sec.101を満たしているか否か)の基準を変えるべきでないと述べているので、そこから考えると、コンピュータプログラムについても言及していると考えられるが、慎重に読まないといけないように思う。将来、コンピュータプログラムについて異なる判断が下されたときに、BilSki事件CAFC判決の射程外だ、という説明がされる可能性がないわけではない。
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[商標][時事]不使用商標対策としての登録証明導入を巡る報道

先日の日経新聞の記事で、不使用商標対策に登録証明を求める方向で検討されている旨が紹介されていた。
「政府の知的財産戦略本部(本部長・麻生太郎首相)は、社名や商品名の独占的な使用を認める商標登録制度を見直す方針を固めた。」
「具体的には登録から一定期間後に実際に使われているかどうかを証明することを登録した企業に義務付ける。6月下旬にも決定する「知的財産推進計画2009」に盛り込む。」
〔日本経済新聞2009年6月22日夕刊(なお、『企業法務戦士の雑感』より再引用〕

予想していなかった方向であり、驚きをもって受け止めたものであった(注1)が、昨日決定された『知的財産推進計画2009』を見ると、どうも見当たらない。これは誤報だったようだ。
不使用商標対策を強化する
使用されていない商標権が新たな商標選択の幅を狭め、新商品・新サービスの事業展開の制約要因となっていることにかんがみ、不使用商標の削減や商標の円滑な取得のための方策について2009年度中に調査・研究を行う。
〔「知的財産推進計画2009」21頁〕
調査研究に「登録証明」の研究が含まれるかと思いきや、倒産した企業の商標により後願が排除されることがどうやら研究のテーマのようである。
あわせて、倒産して企業等が名目上の権利者となっている不使用商標により後願の商標出願が拒絶される問題について、その対応策の検討に向け、調査・研究を行う。
〔「知的財産推進計画2009」59頁〕
これなら極めて妥当であるし、よい研究を計画されていると思う。単に統計的に見るだけでなく具体的不利益の状況について、各企業の知的財産戦略もふまえて研究してほしい。

なお、「登録証明」に言及した意見が「知的財産推進計画2008」の見直しに対するパブリックコメントにはあった。
不使用登録商標を減少させるためには、(1)不使用取消審判の活性化(審判請求費用の低減、実体審理の有無に応じ審判請求費用の負担を可能とする制度の導入等)、(2)不使用商標の商標権に基づく権利行使の制限、(3)使用供述宣誓書提出の義務化(登録後5乃至6年目の段階で使用の証拠及び宣誓書の提出を権利者に義務づける制度)等の検討に取り組むべき。(日本弁理士会)
〔「「知的財産推進計画2008」の見直しに関する意見募集の結果について 結果概要」〕

さすがに弁理士会が出しているだけあって、実務の観点から詰められた意見になっている。しかし、この意見でも、登録証明は検討する選択肢の一つにすぎない(まして、登録の5年後から6年後に求めているものである)。

そうするとあの報道は一体なんだったのだろうか…(注2)。
と疑問は感じるものの、知的財産制度に関する話題を迅速に提供しているので、日経新聞には私は感謝していることを申し添えておきたい。
(注1)『企業法務戦士の雑感』のFJneo1994さんも「[企業法務][知財]「不使用商標」対策はこれでよいのか?」『企業法務戦士の雑感』2009年6月22日記事でその手段としての妥当性に疑問を示されている。私も賛同する。
(注2)一部の巻き返しを狙った方のアドバルーンなのかなぁなどと思わなくもないが可能性は低い。
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2009年06月25日

[特許][時事]坂田一郎「グリーン・イノベーション下の特許制度 学術研究との接近図れ」読書メモ

坂田一郎「グリーン・イノベーション下の特許制度 学術研究との接近図れ」日本経済新聞2009年6月24日記事(東京版29面)読書メモ

特許制度改革案のいくつかを補強する論稿が先日の日経に掲載されていた。

■論稿概要

太陽電池分野での学術論文の展開状況に着目すると、とくに太陽電池のセル技術に関しては、特許化が進んでいない分野での研究の積み重ねがあることがわかった。(少なくとも)環境技術においては、特許対象として有望な技術が大学・研究機関に多数存在するといえる。
しかし、大学の知的財産体制は必ずしも十分とはいえない。また、特許庁の審査においても産業界の技術論文が専ら参照され、学術論文を十分に参照していない場合があり、これが、事後に無効となる特許を生み出している原因となっている。
そこで、以下の3つの施策の推進が望まれる。
・学術・特許文献のシームレスな検索
・仮出願制度を設ける
・大学の特許出願を支援するドリームチーム編成

■私見
□提言の目新しさを見ると…

提案する3つの施策案のうち、「学術・特許文献のシームレスな検索」「大学の特許出願を支援するドリームチーム編成」の2つはそれぞれ特許庁で取り組みが始まっているが、その施策の妥当性を、太陽電池分野の技術情報の分析結果から補強している点で意義深い(注1)。

他方、「仮出願制度を設ける」と主張されている点は目新しく、興味深い。

この制度案は、米国が特許法改正に当たって、諸外国に求めている内容と重なる部分がある。米国の制度を変える引き金にするためにも、日本が制度変更をする手もあって、その場合であっても、大学・研究機関にはメリットがあり、ひいては大学・研究機関に強みがある技術分野で日本のプレゼンスが向上する…という趣旨の主張が背景にはあるのかな、などと勝手に想像してしまう。

□提言を実現することの望ましさを考えると…
提言のうち、学術・特許文献のシームレスな検索の実現は、主に特許庁に向けたメッセージであると思う。おそらく、IPDL(工業所有権情報・研修館)とJ-Dream(科学技術振興機構)、CiNii(情報学研究所)の壁を超えた連携がポイントとなるだろう。それが達成できるのかは、官僚機構研究の視点からは面白いかもしれない。

ところで、この提言が「シームレスなデータベースを構築し、広く開放すること」を提言するものでないことは注目に値する。仮にそのようなデータベースが出来ると、上記のようなデータベース間の縄張り争いを起こすことはもちろん、学協会が独自に公開している電子ジャーナルの意味も没却し争いの種になるだろう。

次に、仮出願制度については、確かに大学や公的研究機関には望ましく(注2)、大学の発明を実用化するさらなる追加投資を呼び込みやすくする点で利点がある。
ただし、坂田教授が指摘されるように、大学では、どの部分を共有として、どの部分を守るかという「知的財産哲学が定まっていない」ところが多いように思う。その中で、社会で共有する範囲を広く設定すべきと考える大学を許容しても良いように思う私の立場からは(注3)、仮出願制度は、特許取得を是とする価値判断からのみの制度として理解されないことを願う。
少なくとも、大学自身が発明についての排他権を取得することの望ましさを、改めて確認した上で制度の検討を行うことが望ましいのではないだろうか。
(注1)坂田教授は経済産業省の方であるので、既に行われている施策の宣伝目的でもあるのかも。
(注2)過去、本ブログでも指摘した。「[特許]アメリカの中に先願主義へ転換を嫌がる声がある理由は何か?」(2008年3月27日記事)参照。
(注3)本ブログ「[知財一般]大学と知的財産:知的財産権確保とコモンズ、戦略として双方の選択をもっと明示的に許容することもいいのでは?」(2009年1月4日記事)参照。
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2009年06月20日

[知財一般]小坂準記「知的財産信託の構造と課題」読書メモ

小坂準記「知的財産信託の構造と課題」知的財産法政策学研究14巻(2007年)281頁以下読書メモ

当時北海道大学法科大学院に在籍されていた学生さん(注1)の書かれた論稿なのだが、知的財産を基礎とする資金調達の法的仕組みと課題を非常にわかりやすくまとめていらっしゃり、また、制度設計時において知的財産研究所の指摘した法解釈上の課題について見解をまとめており、有益なものだった。
基本的には現状をまとめているものなので、概要には触れないが、小坂さんのオリジナルな見解については備忘のためにまとめておきたい。

■小坂さんの見解の概要
知的財産研究所は、知的財産信託制度が出来る前に検討事項として以下の2点の問題を挙げている(注2)。
・信託であることを登記していない場合、受託者の債権者が信託財産に強制執行を書けたり、受託者が破産し信託財産が破産財団に組み込まれたりすることを、受益者(原権利者)は信託であることをもって対抗できない。特許を受ける権利を信託財産とした場合、信託であることが登記できないと、前述のような不都合が生じる。
・自己の財産を信託することは信託宣言として無効になる(注3)。特許を受ける権利を信託財産とした場合、特許権の設定登録を受けると、信託宣言と解釈されうる。

この点について、小坂さんは、
・特許を受ける権利については特許法施行規則により信託である旨記載できることになっており(特許法施行規則26条1項、2項)、特許権の場合は特許登録令上、信託できることが定められているため、「信託の公示」にあたるかについて争いはあるかもしれないが、不動産信託の登記事項と同一であること、(閲覧可能な)公募に記載されることから、信託の公示に当たると解釈すべき(注4)。
・特許庁は信託であることを認識しているのであるから、職権で信託である旨の登記がなされればよく、しかも、信託宣言として無効とする根拠は、信託法上受託者の他人性が求められていること、財産隠匿の危険が論拠であるところ、特許を受ける権利が特許権となった場合においては、財産隠匿の危険があるとは言えず、また、他人の財産を管理していることには変わりないのであるから、信託宣言と解するべきではない(注5)。
と述べている。

■私見
上記の解釈は結論として妥当であるし、解釈論としてもほぼ無理が無い。ただし、後者については、特許庁が確実に職権で信託である旨の登記がなされることが施行規則等で明確化されておく制度設計を提言するほうか、余計な解釈論上の疑義を生じさせないように思う。

■小坂さんの見解(その他)+私見
上記に加えて、知的財産信託が活用されていない理由を信託銀行ノウハウ不足であることも指摘されている。
もっとも、著作権に関わる知的財産信託は、他の資金調達スキームで事足りていることもあるだろうし、あるいは、当事者が信託銀行という新たなアクターの参加に抵抗感があることが理由なのかもしれない。特にメリットの1つである倒産隔離機能は、実際のところ倒産による大きな弊害が無い可能性もある。
他方、特許権に関わる知的財産信託は、ライセンシー保護機能としての登録制度がいまだ有効に機能していない(注6)ことを考えると倒産隔離機能にはメリットがある。大田区の中小企業が知的財産信託を行った例はそのメリット生かした例だろう。他方、資金調達については、特許単独では足りず、結局のところビジネスモデルの評価となるのであろうから、既存の融資スキームで十分と考えられている可能性もある。

(注1)現・TIM総合法律事務所。
(注2)いずれも、財団法人知的財産研究所(編)『知的財産権の信託』(2004年、雄松堂)132頁-137頁。
(注3)小坂さんによると英米法では一般的な解釈のようだが、日本では争いがあるらしい。否定説として、新井誠『信託法 第2版』(2005年、有斐閣)122頁。
(注4)小坂・325頁。
(注5)小坂・326頁。
(注6)もちろん今後、特定通常実施権が活用される余地はあるし、制度の再設計の議論が進めば状況は変わりうる。
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2009年06月12日

[意匠]中国意匠権の権利範囲

初歩的なことを知らなかったので、備忘がてら。

中国特許法では、意匠権のみ「使用」が権利範囲に含まれていない。
専利権(特許権)や、日本の意匠権とは異なる。
また、特許権の使用についても日本と異なり「生産経営目的」であることが求められている。そうすると流通してしまった侵害物品は排除できないのだろうか…?
[中国専利法]
第12条
第1項
発明及び実用新案の専利権が付与された後、本法に別途規定がある場合を除き、如何なる単位又は個人でも専利権者の許諾を受けずに、その専利を実施すること、即ち、生産経営の目的で、その専利製品を製造、使用、販売の申出、販売、輸入すること、その専利方法を使用すること、及び当該専利方法により直接獲得した製品を使用、販売の申出、販売、輸入することをしてはならない。
第2項
意匠権が付与された後、本法に別途規定がある場合を除き、如何なる単位又は個人でも専利権者の許諾を受けずに、その専利を実施すること、即ち生産経営の目的で、その意匠製品を製造、販売の申出、販売、輸入することをしてはならない。
(出所:ジェトロ北京による訳)
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2009年05月30日

[時事][著作権]駒込大観音仏頭改変事件(その1)

著作者の死後の人格権侵害にあたる行為についてのそうめったにない判決が下された。
まだ判決文を入手できていないが報道発表の限りで論点となりうるところを抽出したい。

■事実関係
毎日新聞2009年5月29日の記事は次のように報道している。
東京都文京区の光源寺にある仏像「駒込大観音」の頭部を無断で取り換えたのは、制作した仏師の著作権侵害として、遺族が寺を相手取り、頭部を元に戻すよう求めた訴訟で、東京地裁は28日、訴えを認める判決を言い渡した。大鷹一郎裁判長は「頭部は仏像の重要部分。改変は制作者の意図に反している」と指摘した。

 判決によると、駒込大観音は江戸時代の1697年につくられたが、1945年の東京大空襲で焼失。寺は87年、仏師に新たな仏像の制作を依頼し、93年に完成した。99年に仏師が死亡した後、寺は別の仏師に新しい頭部の制作を依頼して取り換えた。原告側は「遺族への報告もなく、制作者の創作意図を無視した形で改造され、一般の目に触れている」と主張した。


読売新聞2009年5月29日の記事は、
現住職は訴訟で「元の像はにらみつけるような表情で評判が悪く、すげ替えはやむを得なかった」と主張したが、判決は「信者がすげ替えを望んでいたとまでは認められない」と指摘。

としている。

このほか、知財情報局では
東京都文京区の光源寺にある仏像「駒込大観音」の頭部が無断で取り換えられ、制作した仏師の著作権が侵害されたとして、亡くなった仏師の弟の男性が寺などに対して、頭部の復元などを求めた訴訟で、東京地裁は5月28日、訴えを認め、寺側に頭部を制作当時の状態に戻すことを命じる判決を下した。
(中略)
なお、仏師の弟の男性は、仏像の共同制作者であり著作権者であると主張していたが、これについては、裁判長は「仏像の制作に関する作業内容や経緯の具体的な供述がなく、共同制作者とまではいえない」として否定。しかし、遺族として復元を求めることは可能として、その請求の一部を認めた。
URL:http://news.braina.com/2009/0529/judge_20090529_001____.html

とある。これらを総合すると、
1993年 著作物が完成
1999年 著作者死亡
200?年 著作物改変
200?年 著作者の弟が、主位的請求として共同著作者の同一性保持権侵害に基づく復元請求、予備的請求として遺族の立場として著作者死亡後の著作者人格権に相当する行為の救済を求めた
という事実関係があることが推測される。

■考えられる論点
報道を見る限り次のような疑問がわく。報道は必ずしも法的な論点を把握して記述しているわけでないので、判決文を読まない限りわからないが…。

□本当に主位的請求と予備的請求があったのか?訴訟指揮なのか?
知財情報局の報道によると、原告は著作者の地位に立って訴訟を起こしている。周到な弁護士でない限り、遺族固有の立場での請求は起こさないようにも思う。あるいは、裁判所が訴訟指揮を行ったのかもしれないが、もしそうだとすると民事訴訟法上の問題はないのだろうか?

□事実認定に関する論点:著作者が信者の合理的な意思を尊重する旨を宣言していた?
興味深い点として、読売新聞報道は「信者がすげ替えを望んでいたとまでは認められない」ことに判決が言及していたことに触れている。これは「信者がすげ替えを望んでいた」のであれば著作者の意を害しないとの判断があったことを示唆する。
著作者がそのような意思を明示していた可能性もあるし、「その意」を傍論ながら合理的に解釈したのかもしれない。仮に後者であるのならば、遺族の言ったもの勝ちになるのではないか、とすら認識されることもある著作権60条但し書きに言う「著作者の意」に踏み込んだ判決として、おもしろい先例となる。

■余談:有名な仏像であるため、私的領域の改変ではなかったことは明白
著作権法60条(著作者の死後の人格権侵害にあたる行為)の規定は、私的領域で行われた改変等には適用されない。
しかし、ウェブ調べる限り駒込大観音は著名な仏像のようで、これを見るために参拝する人も少なくないようである。そうすると、私的領域で行われた改変と評価することは出来ず、被告とされた寺院が著作権法60条にいう「著作物を公衆に(中略)提示する者」にあたることした認定は適切である。
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2009年05月28日

[特許]大学からの特許出願の現状・今後(その2)

特許庁「大学知財研究推進事業研究成果報告会」(2009年5月21日開催)聴講メモ

■瀬川友史(株式会社三菱総合研究所)「大学における研究成果と特許の質の関係に関する研究」
□報告概要
(1)調査対象
・本調査は特許の質を「技術の質」「法律的な質」「経済的な質」に分節し、「法律的な質」に限って分析を加えている。
(2)大学の知的財産活動と提言
・審査経過情報の集計によると、特許出願の目的、技術分野、代理人とのネットワーク、権利化方針は大学により異なっている。例えば、大学の独立行政法人化後は、依頼する代理人がそれまでは特定の代理人に偏りがちであったが、現在は多様化している。また、早期審査を徹底的に活用する大学が存在する。
・このような多様性を踏まえ、出願の目的を明確化し、戦略を検討するべき。
(3)明細書記載の現状と提言
・限られたデータではあるが、これを分析すると、「単純な記載ミス」「請求項に対応する記載が明細書に見られない」「発明の課題解決手段の整理が不十分」など、明細書作成上の更なる質の向上を図る余地がある。
・記載の充実のため、研究者の協力を得つつ丁寧な明細書作成を行うべき。そのために国内優先権の活用を行うことも一手段である。
(4)権利範囲の現状と提言
・データを分析すると、大学発特許は、拒絶査定を受けることなく特許査定を受けるものが多い、拒絶査定に対して請求項を削除しがちである、など、権利範囲を縮小する方向に向かいがちであることがうかがえ、インタビュー調査からも事業化が明確でないため死守すべき権利範囲が無いことが指摘されている。
・技術移転を意識し、研究者、知的財産部門、弁理士の連携が望まれる。

□私見
大学の知的財産活動の多様性や、大学発特許の審査経過の特徴をしっかりとデータで押さえ、視覚的にも非常にわかりやすいグラフで示しており、優れている。大学全体の質の把握にはもちろん、個別の大学のデータを示している点は、他の大学としのぎを削る知的財産活動を行う大学には、ある種の成績票のようなもので、気になるものだろう。
ただし、大きなテーマの足元を固めるために、研究の範囲を限定している結果、「大学の特許の質は高いのか?」との問いの答えを期待したときには、物足りない点はある。しかし、もし答えが出るならばとてつもない成果となるだろうし、まずは基礎から固めることが適切であろうから、本報告のアプローチの意義は小さくない。

とはいえ、試論として踏み込んだ結論を言う余地もあるように思う。報告で示された提言が、かなり実務的に踏み込んだものであったことを考えると、大枠として質に問題は無いと言ってよいのではないか。
いずれにせよ、大学関連施策の根拠となる有益なデータ分析であると思われる。
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2009年05月26日

[特許]大学からの特許出願の現状・今後(その1)

特許庁「大学知財研究推進事業研究成果報告会」(2009年5月21日開催)を聴いてきた。時間の都合で2つしか聞くことができなかったが、その参考になった点と考えた点をまとめた。


■木下孝彦(財団法人比較法研究センター)「大学の国際連携に係る海外特許出願戦略に関する研究」
□報告概要

(1)日米の違い
・米国と比較すると、日本の大学は海外出願率が低い。ただし、米国の主要大学のインタビュー調査結果によると、米国の主要大学・研究機関であっても自国の市場性をなお、自国以外の出願先として欧州がいずれもおおむね多いことは共通している。
・米国の主要大学と比較すると、日本の主要大学は企業との共同出願率が高い(米国は10%程度、他方、日本は40%程度)
(2)提言
・海外を第一国出願とすること、英語で出願書類を作成することを検討するべき。
・海外出願を行うために、大学間の連携を検討するべき。
・研究成果を共有とすることが妥当か検討するべき。

□私見
(1)産学連携の研究で開発する技術が、日本を生産地とする製品の生産に関する技術に偏りがちなのか?)あるいは、海外企業との共同研究が多いのか?
報告では追究されていなかったが、日本の大学は企業との共同出願率が高いにもかかわらず、海外出願率が低いことが気になる。日本の出願人は海外への出願件数が米欧に比べて少ないわけではなく、むしろ、件数ベースでは多い(注1)。この傾向は日本企業にもあてはまると推測される。そうであるならば、日本企業との共同出願であれば海外出願比率は高まるのではないだろうか。報告されたデータの分析結果はこの直感に反する。
この背景を説明しうる仮説としては次の3つが考えられる。
 ・日本の大学における産学連携研究の成果は、生産技術に偏りがちであり、かつ、その利用が日本国内に留まる技術分野(日本を生産地とする製品分野)に偏りがちである
 ・日本の大学における産学連携研究の成果は、国際的に通用するものでない、または、国際的に通用するものは企業名で出願されている。
 ・日本企業以外との共同研究が多い
このうち、後者の「日本企業以外との共同研究が多い」との仮説は、日本の大学の共同研究先が限定されていることを問題視する声に鑑みると棄却される(注2)。残る2つの仮説は今後検証したい。

(2)共有特許としない方がよいのか?
報告では米国の主要大学の運用との比較から、共有特許とすることの見直しが提言されていたが、本報告や他の報告を踏まえると、本当に妥当なのか疑問が沸いてきた。
報告で指摘されていたように、日本の大学の知的財産部門の体制・予算が不十分であるからこそ、共同研究者や利用者となる企業のコミットメントを得た方が望ましいのではないだろうか。
別の報告でもあったように、共同出願であるほうが特許査定率が高い(出願費用に関していえば知的財産部門の予算を浪費する結果となっている(注3))(注4)
このように、共同出願を経た方がよいことが示唆されている。わが国の特許法上、共有特許とすると権利の利用に当たって手間が増えることから、出願過程で共有し、その後、単独の権利帰属にすることも考えられるが、これでは権利成立後に片方が特許の利用をコントロールする権利を失うことになる。いかにも片方に都合が良すぎる、と評価されてしまうこともあるだろう。そうであるならば、結果として共有特許となることはやむをえないのではないか。
なお、米国の大学で共有特許が少ない理由の1つとして、米国特許法上共有特許の利用に、他の共有者の承諾が不要であることがあるのではないか(注5)。米国ではそうだから、というのは理由として説得力に乏しい。

(注1)特許庁『特許行政年次報告書2008年版』(2008年)
(注2)文部科学省 科学技術・学術審議会・技術・研究基盤部会・産学官連携推進委員会「大学等の国際的な産学官連携活動の強化について」(2006年
(注3)もちろん、無駄な登録をあきらめたために拒絶されたものも含まれており、
(注4)株式会社三菱総合研究所『大学における研究成果と特許の質の関係に関する研究』(2009年)
(注5)なお、話がそれるが、興味があったので調べた結果、私が勉強になったものとして:米国では発明者を出願人としなければならないため、PCTルートで米国に出願する場合、出願人に発明者を含める必要がある。そのため、申請書類に「米国のみでの出願人」というチェックボックスが設けられている。
posted by かんぞう at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆特許 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする